表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/48

4-08:開戦へ向けてのカウントダウン

 トーマ達が商隊の護衛依頼を請けてトラツァルーチェに出発した頃、デビルロード帝国では、リーフィアが1ヶ月の謹慎を終え、再度皇帝エスペラードに謁見していた。

「リーフィアよ、下等なヒューマンどもと共存しようなどという考えは捨てられたか?」

「いいえ、謹慎程度で私の考えが変わることはありません。私たち魔族とヒューマンなど他種族はこれまで相容れることなく、戦乱の歴史を紡いできましたが、それを連綿と繰り返していてはいけません。これからは、互いに滅ぼしあうのではなく、発展を目指して手を取り合うべきなのです」

「リーファよ、前にも言ったがそんなことは不可能だ。我ら魔族は丈夫な肉体、強大な魔力を持ち合わせた至高の種族。対してヒューマン種は肉体は貧弱、魔力も限られた者しか持っておらぬ。獣人やドワーフは肉体の丈夫さだけは我らに匹敵するものがあるが、魔力はからっきし。エルフは魔力に関しては我らと肩を並べるやもしれぬが、肉体は貧弱。そんな、我らより劣る種族とどうして手を取り合えようか」

 エスペラードはやはりリーファの掲げる理想は理解できず、受け入れられないと一刀のもとに斬り捨てる。

「私の掲げる理想をお父様に受け入れていただけないのであれば、仕方ありません。改めて、私は帝国の第一皇女の地位を返上し、異世界の勇者、トーマさんとともに歩むことにいたします。さようなら、お父様。――いえ、第一皇女ではなくなった以上、親子でもありませんね。皇帝陛下、ごきげんよう。失礼いたします」

 リーファは交渉の決裂を宣言し、踵を返して玉座の間から立ち去ろうとするが、

「――――ッ!?」

「素直に行かせると、思ったか?」

 玉座の間の扉を開けたリーファは、その先に広がる光景に、思わず足を止めた。――玉座の間の前の廊下には、リーリアと、彼女の指揮下にある50人の魔族兵が完全武装で待ち構えていた。通常であれば、玉座の間に近い場所で兵が完全武装しているなどあり得ないことだが、エスペラードの名において、リーファの反乱に備えて準備させておいたのだ。そして背後からゆっくりと歩み寄るエスペラード。

「リーファ様。反逆者として堕ちてしまわれたとしても、我々は貴女を斬りたくありません。抵抗はおやめになって、大人しくしてください」

 武装兵の先頭に立つ隊長が手にした槍の穂先をリーファに突き付けながらも、抵抗をしないよう求めた。自ら皇女の地位を返上、反逆者となったとはいえ、兵士にとっては敬愛する皇女様であることに変わりはなかった。

(トーマさんと過ごした1ヶ月ほどの冒険で、私のレベルはかなり上がって、魔力も増えてるから、皇帝陛下はともかく、前に立ちはだかる兵士たちをなぎ倒して強引に突破することはできなくはないけど、兵士である前に国民である彼らに手をかけたくはない……)

 徐々に狭まる包囲網に、突き付けられたままの隊長の槍。絶体絶命ともいえる状況の中、リーファは徹底抗戦するか否かを考えていた。そこで国民の命を考えるあたりは、まだ皇女としての心が残っているのかもしれない。

「……どうにもなりませんね。これ以上の抵抗は行いません」

 たっぷり考えて出した結論は、「抗戦しない」だった。兵士=国民の命を優先したこともあるが、最大の理由は正面の兵士を突破できたとしても、その時点でエスペラードかリーリアがバックアタックを仕掛けてくる可能性が高いという点だった。いくらリーファの魔力が高くなっているとはいえ、魔王を称する皇帝エスペラードや、幹部級魔族のリーリアに無防備な背中から襲われたら、間違いなくやられてしまう。しかし抗戦しなければ、きっと脱出の機会がどこかにあるはず、そう考えたからこそリーファは抵抗をやめたのだ。

「反逆者リーファはひとまず地下牢に入れておけ。処遇は追って通達する」

「はっ!」

 こうしてリーファは帝国城の地下牢に幽閉されることとなった。


 改心した姿勢を見せるまで無期限の投獄、それがリーファに下された処分であった。もっとも、リーファ当人としては改心するつもりなど皆無、どうやってこの牢獄から脱出するかを考えていた。牢に入れられているとはいえ、鎖につながれるなどの拘束は受けていないので、その気になれば牢を破って脱獄することもできそうではある。だが、それにはいくつもの高いハードルを乗り越えねばならない。

 ひとつ、牢の格子に使われている金属がオリハルコン製で、並の武具では破壊できず、さらに魔法もほとんど受け付けない。ふたつ、投獄されているこの地下牢は帝国城の最下部に位置し、階層で表現すると地下4階ほどの深さになる。城内は入り組んだ構造になっている上に、仮にも皇女であったリーファは基本的に足を踏み入れることがなかったために地下エリアの通路の構造を知らず、仮にオリハルコンの格子を破って脱獄できても、兵士に見つからずに地上に出ることはかなり厳しいと言わざるを得ない。みっつ、最後の理由は、日に6回、リーリアが見回りに来るためだ。朝昼晩の食事を運ぶだけでなく、食後の食器を下げるのも、部下に任せることなくリーリアが自ら行っている。

「ご機嫌いかがですか、リーファ様?」

「間違っても良い、だなんて言えないわ」

 夕飯後の食器を片付けに訪れたリーリアが、牢の格子越しにそう声をかけると、リーファは不機嫌さを隠そうともせずに応える。

「まだ、陛下の言うことを受け入れられないのですか?」

「当たり前じゃない。私は勇者であるトーマさんと出会い、血で血を洗うような魔族の歴史を変えられる可能性を見つけたのよ? 戦乱なんて、無いほうがいいのよ」

 そもそもリーファがこのような地下牢に投獄されているのは、「自分たち魔族こそが大陸を統一、支配すべき種族であり、ヒューマンなど大陸に蔓延る他種族はすべからく下等種族である」という考え方が大多数を占めている帝国内において、「ヒューマンなどの他種族は下等種族なんかじゃない、共存することは不可能ではない」などという主張を行い、皇族でありながら皇帝に反逆し、人心を惑わせかねない、という理由によるものなので、ヒューマン種などとの共存を掲げる主張を取り下げ、皇帝エスペラードへの恭順を示せばすぐにでも合法的に牢から出られるのだが、リーファにはそんな気などさらさらなく、頑なに恭順を拒み続けている。

「そう……じゃあ、また明日来るわね」

 リーリアは残念そうにそう告げると、リーファの使用した食器を持って地下牢を出ていった。

 会話の様子だけ切り取ると、単なる雑談をしているようにしか見えないのだが、実はリーリアはリーファとの会話の最中ずっと彼女に対して魔眼スキルを発動させ続けていた。魔眼スキルはレベル1で対象を眠らせる「催眠」、レベル2で「暗示」、レベル3では対象の動きを封じる「拘束」の効果を持つ。現代ではレベル3までしか存在しないとされている魔眼スキルだが、古の時代にはその上を行くレベル4の魔眼が存在したらしいと帝国の古い文献に散見されている。その効果は「精神支配」。読んで字のごとく、対象の自由意思を奪い、術者の意のままに操るという、古の時代では王族などが有していたと文献には記してあった。

 そしてリーリアは文献を読み漁った際に、偶然か必然かわからないが、現代ではもはや幻と言われる、魔眼スキルレベル4を習得してしまっている。無論、リーリアはすぐにエスペラードに報告を上げ、実験も行っている。そうしてわかったのは、精神支配の魔眼は対象にそれと悟られることなく徐々に支配していくため、完全に支配するまでそれなりの時間を要することだった。なので、食事の運搬などいろいろと理由をかこつけてリーリアはリーファのいる地下牢を訪れては、こっそり魔眼をかけ続けていたのだ。

 そうして1週間が過ぎた。

「ねえ、リーリア? 私、どうしてこんな狭いところに入れられているんでしたっけ?」

 リーファに対する精神支配は深化し、それまでの記憶が曖昧になってきていた。

「リーファ様、貴女は我らの仇敵である勇者トーマに捕らえられていた状態から救出され、城にご帰還なされました。ですが、かの勇者によって洗脳されていた可能性があるため、しばらく経過観察ということで他の者と隔離させていただいておりました。おそらく、そろそろ元の生活に戻れるでしょう」

 精神支配の完成まであと少しと見たリーリアは魔族にとって都合のいいように改変してリーファに伝える。実態はリーリアがリーファを洗脳しているのだが。

 それから数日後、リーリアからリーファに対する精神支配が完成したという報告がエスペラードのもとに届いた。

「機は熟した! 今こそ下等なヒューマン種を駆逐し、豊かな大地を我らの物にしようではないか!」

 その報告を受けてエスペラードは帝国から見て北東側の麓に広がるヒューマン種の国、ノーランド王国への全面侵攻を決断し、幹部を中心に主だった魔族を集めてそう宣言して見せる。

「侵攻するにあたり、最終目標は異世界より召喚されし勇者、トーマとアンナを消すこと。彼の者どもは王都を拠点にしている。王都へ攻め込む部隊は兵250と、魔物500。その他に現地で好きなだけ調達して連れていけ。部隊長はリーファ、お前だ」

「はい。謹んでお受けいたします」

 この出陣宣言には、精神支配を受けているリーファも地下牢から出て参加している。

「彼の国には他にもシトア、トラツァルーチェなどといった大きめの街が点在し、王都だけを集中して攻めればそれらの街から援軍が送り込まれるやもしれぬ。よって、それをさせぬよう、両都市にも兵を送り、王都への援軍を出させぬようにするのだ」

 おそらく、この宣言前に行われた軍議によって軍師の魔族から指摘されたのであろう、他の街からの援軍の可能性。王都イェスラから南に馬車で約2日ほどのところにあるシトア。また、イェスラから東に馬車で約1日ほどのところにある海沿いの街、トラツァルーチェ。実際、それぞれの街には騎士団が支部を置いているため、王都などで有事の際には駆け付けることになっている。そうさせないために、エスペラードは王都イェスラを含めた3都市に同時侵攻をすることを決めた。

 シトアには兵100と現地調達の魔物。隊長はレオナルト。また、トラツァルーチェには兵50と現地調達の魔物。隊長はリーリアが務めることになった。いずれも王都に援軍を送らせないための小競り合い程度の侵攻で十分なため、少数精鋭の部隊編成となった。

「なお、シトアに侵攻するレオナルトの部隊は準備が出来次第出立せよ。王都イェスラおよびトラツァルーチェ侵攻部隊は準備を整えたら待機。転移魔法を使用して、3都市同時に侵攻を開始する!」

「はっ!」

 下された命令に、各々が行動を開始する。


 レオナルト以下100名の魔族兵はわずか2時間で出立の準備を整えると、帝国城がある山の麓からそう遠くない場所に位置する街、シトアへ向けて進軍を開始した。


 2日後、何事もなくレオナルトの部隊がシトア近郊に陣を敷いたという報告を受け、王都イェスラに侵攻するリーファの部隊、そしてトラツァルーチェに侵攻するリーリアの部隊もそれぞれに帝国の極秘技術である転移魔法で出撃していく。


 各街には騎士団が常駐しており、常時見張りが街の周囲に異状が無いかを観察している。そのため、シトアは徒歩で接近してきた謎の部隊に、そして王都イェスラとトラツァルーチェでは突如として出現した集団に対して即座に警戒態勢を敷くことができていた。さらに、どの街でも冒険者ギルドを通じてFランクを除く全冒険者に非常召集がかけられていた。


 大規模な戦闘が、始まろうとしていた――──

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

次回:4-09:非常召集

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ