4-05:盗賊団退治
(連中の数は、ひい、ふう、みい……10人か。全員が灰色の外套ねえ……)
互いの距離は、およそ50メートルほど。熟練の戦士であれば1秒あれば詰められる距離だ。盗賊団“灰空”だと思われる向こうさんの数は10人。対する俺たちは3人と2匹。バサきちとボアたんは荷馬車より少し離れてついてこさせていた。今は荷馬車を停めている大岩の陰で待機中だ。伏兵として使うよう、俺がユズに指示しておいた。まあ、ひとまず確認を取らねばな。九分九厘クロだろうがな。
「お前らが最近街道を荒らし回っている、灰空とかいう盗賊団か?」
開口一番、怯えた様子もなく放たれた俺の言葉に、連中は一瞬「は?」という間抜け面を晒してくれたが、すぐにぎゃははは、といういかにもバカっぽい笑い声を上げ始めた。
「ああ、そうだ。どうやら俺たちも相当名が売れてきているようだな。で? 軽装の冒険者さんよぉ、死にたくなけりゃ後ろの荷物と、てめぇが連れてるそこの女2人を置いていけ。そうすれば、半殺しで済ませてやるよ」
なるほど、彼らは本物の盗賊団“灰空”であり、また本物のバカでもあるようだ。荷物と、アンナやユズキを置いてったら普通は無傷で逃がすだろう。まあ論点はそこではないのだが。
「はっ、寝言は寝て言え。てめえらに渡せるようなものなんざここにはひとつもねえよ。俺たちを半殺しにする? やれるものならやってみろよ」
頭の悪い盗賊団でも理解できるよう、精一杯の挑発で応える。
「野郎っ! 行くぞてめーら、相手はたったの3人だ、遠慮はいらねえ、やっちまえ!」
まったく、この程度で激昂するなんてな。さて、サクッと返り討ちに……
「3人じゃないよ? バサきち! ボアたん! GO!!」
俺が剣を抜く前に、ユズの声が高らかに戦場に響いた。
「ガアアアアアアア!!!!」
「ブオオオオオ!!」
「なっ!? バーサクベアにヒュージボアだと!?」
ユズの呼び声に応じ、2匹は大岩の陰から戦場に駆け込むと、バサきちがまず先陣を切って得意技、威嚇声を放つ。唐突に現れた魔物というだけでも連中を驚かすには十分なのに、さらに強烈な雄叫びを浴びせかけられ、完全に動きが止まった。そこにもう1匹、ボアたんの突進が炸裂する。
「がげふぅっ!?」
完全な直撃は1人だけだったが、その直撃した1人が近くにいた仲間を2人巻き込んだのと、ほかに2人ほど掠めて転倒させた。突進して通り過ぎたボアたんは少し先でUターンすると、こちらへ戻ってくる際にもう1度突進を敢行し、転倒させた2人を踏んづけながら戻ってきた。たったこれだけで、早くも半数の5人が戦闘不能。死んではいないようだが、戦うことはできないだろう。
「てええええいっ!!」
戦闘開始直後からの急展開に俺とアンナが唖然としている間に、バサきちとボアたんをけしかけたユズは次の行動を起こしていた。――手にしたチェインウィップを振りあげ、右からの振り下ろしでバサきち達の餌食にならなかった残りの5人のうちの1人を叩き、返すムチで別の1人をさらに叩く、連続攻撃を決めていた。
「ふへへ……もっと、もっと叩いてくだせえ、女王様ぁ……!」
おい、ちょっと待て。なんだあの盗賊。ムチで叩かれて悦ぶって、ドMかよ。しかもおあつらえ向きに容姿がまるっきりブタっていうね。
「いやああああああっ!!!!」
ああ、やっぱりユズが怯えて悲鳴をあげてる。けど、悲鳴をあげながらもチェインウィップを乱舞させて、盗賊を引っ叩いてるな。でも、あんまやりすぎると死ぬんじゃね? ……って言ってる間にドMのブタ顔盗賊が力尽きたようだ。だが、遠目にもその最期の表情は満ち足りたものに見える。
とりあえず、そろそろ俺も参戦するか。ユズにばかり任せてるわけにもいくまい。横を見ると、アンナも遅ればせながら槍を構えて参戦しようとしており、互いに目があったので頷き合って戦場に駆け込んだ。
正直、ユズとバサきち&ボアたんだけで十分カタが付きそうな雰囲気ではあったが、勝利を確実なものにするために俺とアンナも参戦した結果、あっという間に盗賊団「灰空」は壊滅した。こちらの損害はもちろんゼロ。誰もかすり傷すら負わず、逆に灰空の連中は10人のうち2人が死亡、5人が瀕死の重傷、3人が軽傷から瀕死にはいたらない重傷。死亡した2人は、1人は先ほどユズがムチで叩いて死なせたヤツ。もう1人は最後まで抵抗したリーダー格で、生きて降伏させることはついにできなかった。瀕死の重傷の5人ってのはボアたんに轢かれたり踏まれたりした5人。軽傷から瀕死に至らない重傷で降伏した3人はある程度の抵抗を試みたが、結果としてまるで敵わず降伏したので、負傷具合には個人差がある、といったところだ。
翌朝になり、俺の張った結界の効果が切れると同時に、すでに起きていたであろうアロイさんたちが馬車から出てきた。生き残っている8人の盗賊たちは最低限の回復を施した上で、ロープでふん縛ってある。俺たちとの圧倒的な実力差を理解しているのか、もはや暴れる様子はない。ちなみに、彼らが移動するのに使っていた幌無し馬車は戦闘の騒ぎで馬が驚いて暴れ、繋いであった馬具を壊して逃げ去ってしまった。その際に幌無し馬車本体も車輪部分などが破損してしまっており、もはや使い物になりそうもないので粉々に破壊した。
「おはようございます。見ての通り、街道を荒らしていた盗賊団“灰空”を打ち倒し、捕らえました。つきましては、トラツァルーチェまで護送して、現地の騎士団に引き渡そうと思うのですが、荷馬車に同乗させて構いませんか?」
ロープで縛られている8人の盗賊と、地面に転がされている2つの麻袋を見て驚きに目を見開いている商隊の面々に、盗賊団の護送に関してお伺いを立てる。
「あ、ああ。それはもちろん必要なことだと思うんだが、まさか生け捕りにしてしまうとは思っていなかったからどの馬車も商品が満載で、トーマさんたちだけならともかく、8人も乗せる余裕なんてないぞ?」
驚きながらも、アロイさんが荷馬車内のスペースという現実的な問題を指摘してくる。もちろん、それに対する返答は決まっている。
「それでしたら、私とアンナがストレージボックスを使えますので、3台目の荷馬車に積まれている荷物を一時的に私のストレージボックスに収納させてもらったうえで、彼らを護送するのに荷馬車を使わせていただきたいのですが、いかがでしょう」
「ストレージボックスを使えるのか! それならその言葉に甘えさせてもらい、盗賊団の処遇も君たちに任せるとしよう。ところで、良かったら今後私たちの商会の専属になってはもらえないかな?」
よし、とりあえずこれで盗賊団の件はよしとしよう。あとはトラツァルーチェを管轄する騎士団に引き渡すだけだしな。で、アロイさんたちの商会専属ねえ。ストレージボックスの話を出してから慌てて誘いをかけてきたくらいだ、十中八九、護衛の戦力よりストレージボックスの収容力目当てだろうな。
「そうしたお誘いは光栄ではありますが、私たちは冒険者ギルドの所属であり、また同時に商業ギルドにも籍を置いておりますので、自己判断でいずれかの商会などの専属になる、というわけにはまいりません。そうしたお話は両ギルドへご相談ください」
そうした打診に対しては断ることが前提だが、まだ依頼を完遂したわけではない以上、下手な断り方をして依頼者であるアロイさんたちと気まずい雰囲気にはなりたくないので、俺なりに最大限気を回した返事をした。
「ほほう、商業ギルドにも加入されているのですか。失礼ですが、どういった品を扱われているのですかな? やはり冒険者としての顔を見ていると、商人らしくはなかなか見えづらいもので」
するとアロイさんは断られたことはさほど気にした様子もなく、別の質問を投げかけてきた。
「ええと、私が鍛冶による金属製品で、アンナが錬金術によるポーションですね。やはり本業が冒険者なので、皆さんのように商売をすることはありません。ただ、鍛冶や錬金で作った品を売りさばくのに、商業ギルドへの登録が必要だっただけですから」
商人に見えなくて当然だ、という返事にアロイさんたちは苦笑いを浮かべる。商人というのは、ある程度「人を見る目」というものが必要になる職業だと思う。今の俺との会話で、アロイさんたちはそういう点がやや欠如している可能性があることを自らバラしてしまったことになる。まあ、俺たちに関してはだからどうする、ということもないのだが。
その後はそこかしこで魔物との戦闘はあったものの、灰空以外の盗賊団などが現れることも無く、無事にトラツァルーチェに到着した。門での身分証のチェック待ちのための列の最後尾につき、順番待ちをしている間に生け捕りにした灰空の連中を荷馬車から下ろし、俺のストレージボックスに入れておいた商隊の荷物を元通りに積んでおく。
「次、身分証を見せろ」
「はいよ。道中で盗賊団に襲われて返り討ちにしてやったんだが、騎士団の詰め所はどっちだ?」
「なに、盗賊団? ……もしかして、最近ここと王都を結ぶ街道沿いに出るとかいう、灰空なのか? ああ、騎士団の詰め所は門をくぐったら3つ目の十字路を左に曲がって突き当たりだ。よし、通っていいぞ」
衛兵としても街道沿いの盗賊団は悩みの種だったらしく、生け捕りにされ大人しく連行されている盗賊を嬉しそうな表情で見やりながら俺たちの身分証をチェックし、通行許可を出した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次回:4-06:トラツァルーチェ
すみません、更新未定です。(いつになるかわからない、という意味で、更新自体は多少間が空いても必ずします)