4-04:商隊の護衛
「えっ? こっちではギルドで働かないのか、ですか?」
護衛依頼を請けた次の日、予定ではこの日も3人揃っての活動日だったが、護衛依頼に出ることが決まっているため、予定を変更して休日とすることにした。アンナとユズは食料とかの買い出しに出かけたので、俺は1人で爽風亭を訪ね、ベラさんに会って聞いてみた。王都ではギルドで働かないのか、と。だってそうだろう? 俺とリーフィアがシトアを旅立つ際に挨拶した時は特に変わった様子もなく、シトアのギルドを辞めるような理由なんて無かっただろうに、王都に来てその日のうちに彼女も来ているってことは、俺たちが旅立ってすぐに後を追うようにシトアを旅立った、ってことになるわけで。シトアで活動していた頃、ベラさんから熱視線を受けたこともあったし、もしかしたら俺を追いかけて、なんてこともあったりするのだろうか。いやさすがにそれはうぬぼれ過ぎか。それに、アンナと再会した今、ベラさんにそういう気持ちを向けられても応えられる気がしない。
「そうですね……考えてみます」
ベラさんは少し困ったような笑顔で答えたが、どことなくその表情の裏には「待ってました」的な感情が見え隠れしていたので、王都でのギルド職員として復職することに前向きと考えていいのかもしれない。
「あなたがトーマさんですか。私がこの商隊のリーダーを務めているアロイです。トラツァルーチェまでの道中、よろしく頼みます」
翌朝、早朝の1の鐘が鳴る頃に待ち合わせ場所である王都東門に向かうと、すでに商隊の面々は揃っていた。いくつかの商人グループが合流して作った商隊らしく、荷馬車は計3台。自己紹介して握手を求めてきたリーダーのアロイさんを筆頭に、5名ほどの商人が所属しているようだ。とはいえ、あくまで荷物を共同で運んでいるだけで、商いそのものは各々で行っているとのこと。
今回の王都からの荷は、主に内陸で採れる野菜類。それをトラツァルーチェに運んで売りさばき、帰りにトラツァルーチェ近海で採れる魚介類を積んで王都に戻る行程だ。なお、荷馬車の速度で王都とトラツァルーチェの間は1日弱だそうだ。
「初めまして、このパーティのリーダー、トーマです。そして仲間のアンナと、ユズキです。ギルドから聞いてるとは思いますが、私たちはパーティランクがDであり、まだ護衛依頼の経験はありませんが、少人数パーティでの戦闘力を買われてこの依頼に指名されました。こちらこそよろしくお願いします」
以前のメーチェ村での依頼の時同様、丁寧な挨拶を返す。やはり後ろの2人が噴き出しそうな雰囲気を感じるな。そんなに俺が丁寧な挨拶をするのが似合わないかね。
「では、出発しましょう。なるべく道中を急いで日の高いうちに距離を稼ぎたいので、皆さんも荷馬車に同乗してください」
挨拶さえ済めば、すぐ出発するのは当然だろう。また、速度を出して距離を稼ぐために全員荷馬車に乗り込ませるのも正論と言える。だが、ひとつだけ俺から改善提案をしよう。
「それなんですが、アンナとユズキはアロイさんのおっしゃる通りに馬車に同乗させていただければいいと思いますが、私だけは最後尾の馬車の屋根の上に乗り、周囲の警戒に当たろうと思っています」
実をいうとアンナのほうが索敵スキルのレベルは上なのだが、そういう役割はパーティリーダーであり、男の俺がやるべきだろう。ついでにいうと、索敵スキルは別に屋根に上らず、馬車の中にいても使えるが、それだとこの世界の人間が理解できないだろうから、物理的に遠くを見渡せる屋根の上で行うのだ。
「そうしていただけると助かります。明るいうちから盗賊団が出ることはおそらくないでしょうが、万が一ということもありますからね。では、今度こそ出発しましょう」
アロイさんは俺の提案を受け入れ、アンナとユズキは3台の馬車のうちの先頭に、俺は最後尾の屋根の上によじ登った。荷台にはしっかりと幌がかけられており、骨組みもしっかりしているため、俺1人程度、屋根によじ登ったところで何も問題は無く、3台編成の荷馬車隊は王都を出発した。
(くあ……さすがに朝早いせいか、まだ眠いな。けど、どうも寝ている場合じゃなさそうだ)
出発して1時間ほど、日も高く昇ってきた。今日は風も無く、9月の上旬という季節の割には気温の上がりもさほどではなく、穏やかな陽気だ。久しぶりに早朝から活動していることと、ポカポカ陽気に誘われて眠気が襲ってくるが、その時俺の索敵スキルが怪しげな気配を捉えた。
(あれは……例の盗賊団なのか? そういや、外見に関する情報、聞き忘れてたな。それとも、ギルドは俺たちが盗賊団を返り討ちにすることを前提にして、あえて情報を伝えずにいたのか……?)
幌の無い荷馬車に10人ほどの男が乗り込み、こちらの荷馬車に対して一定距離を取りながら付かず離れずをキープしてついてきている。装備はややくたびれた革鎧と、剣や槍など、思い思いの武器。遠目にみたこれだけの情報では、彼らが街道沿いに出没する盗賊団だとは断定できない。一応、アロイさんには後方にそういう集団がいることは伝えておこう。
「後方に幌無し馬車に乗った10人ほどの集団、ですか。ほぼ間違いなく、問題の盗賊団ですな。ひとまず、今は機会を伺っているのでしょう。今夜の野営地で、仕掛けてくる可能性が高いですね。なるべく皆さんが守りやすいように、トラツァルーチェ寄りにある、巨大な岩が点在する荒れ地まで進んだら、野営にしますので、よろしくお願いします」
アロイさんは報告を聞くなり、後方からついてきている集団を盗賊団、グレースカイだと断定した。以前にも襲われたことがあり、その際は荷物を放棄することで命拾いしたらしいが、その際も幌無しの荷馬車に10人ほどの男が乗り込んで移動しており、それが連中の特徴のひとつらしい。
その後も俺は屋根の上から周囲の監視を続け、やはり後方の荷馬車がつかず離れずで付いてくるのを見ながら荷馬車隊は街道を進んでいく。
やがて陽が沈み始めるころ、荷馬車隊はアロイさんの言っていた、大岩が点在する荒れ地のエリアに到達した。速度を緩め、中でも一際大きな岩を背にして、荷馬車を3台連ねて停車させる。
「とりあえず、夕飯にしましょう」
索敵スキルで調べたが、まだ連中は距離を詰めてきていない。十中八九、陽が完全に沈んだ後の宵闇に紛れて襲ってくるだろう。今はまだ沈みかけで、明るさはそれなりに残っているので、今のうちに夕飯を済ませてしまう。腹が減ってはなんとやらだ。
食材はさっき移動中に狩ったイノボアの肉と、出発前に買い込んでアンナのストレージボックスの中に仕舞っておいた野菜類を使った、肉野菜炒めもどきだ。アロイさんたちはそれぞれで保存食らしきパンと干し肉を齧っているだけだったので、声をかけて一緒にどうですか、と聞いたらすっ飛んできた。やはり彼ら商人も街にいるときならともかく、移動中は干し肉などの保存食がメインで、温かい食事などまず摂れないそうだ。そのあたりは冒険者と一緒だな。俺たちがつくづく例外、というか常識はずれなんだろう。
「どうやら、そろそろ来そうだな」
俺たち3人はもちろん、商隊の面々も満足するまで食べて落ち着いたころ、索敵スキルが反応した。すでに日も暮れたからか、少しずつじわりじわりと距離を詰めてきている。この分だと、あと10分ほどでエンカウント、ってところか?
「来そう、と言いますと、例の? わかるのですか?」
「ええ、気配を感じます。なので、アロイさんたちは全員、荷馬車の中に避難していてください。馬車は大岩を背にし、前には私たちが立ちはだかるのでそこまで危険はないはずですが、念のため護りの結界を張ります。明日の夜明けまで保つようにしておきますので、外の私たちのことは気にせずにお休みください」
この世界の一般人にスキルの概念を説明しても理解できないと思うので、簡単な説明に留め、馬車の中に立てこもってもらう。外にいられたら気がかりで思い切り戦えないからな。全員が馬車の中に入り、扉を閉めたところで、腰につけた鞘からボロックナイフを抜き、馬車の前の地面に突き立てる。それを基点になるように魔力を注ぎ込んで結界作成スキルを発動、3台の荷馬車を背後の大岩ごと覆う。そうすることで、戦闘中に少しやり過ぎて流れ弾とかが大岩のほうに飛んでも、大岩が破壊されることは無く、崩れないので馬車に被害はいかない、という寸法だ。
さて、準備はできたな。そろそろ見えるだろう……と思った通りに、幌無し馬車が視界に入ってきた。連中も戦う気満々なのだろうか、俺たちのいる場所から少し離れた位置にある大岩の陰に自分たちの馬車を停めると、ゾロゾロとこちらに歩み寄ってきた。
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