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3-08:一方その頃

「では、行くぞ。この任務中は、私のことは隊長と呼べ」

「は、承知いたしました」


 時間は数日ほど遡り、7月13日。

 トーマがアンナやユズキと再会を果たし、メーチェ村に関する依頼の情報を集めている頃、デビルロード帝国。

 帝国の第一皇女リーファを誑かした、異世界より召喚されし勇者トーマを討伐し、皇女リーファを取り戻すため、レオナルト第三皇子率いる遠征隊は、多くの同胞に見送られて帝都レズントを出立した。


 デビルロード帝国は大陸中央の高山地帯に位置している。この山は標高がおよそ5000メートル。いくつかの山が連なった連山ではなく、なだらかな台地がそのままそっくり隆起して高山になったような、不思議な形をしている。だからこそ、その台地の部分に都市を形成し、帝都とすることができているわけなのだが。もっとも、“帝都”などと銘打ってはいても、帝国自体が事実上の都市国家のようなもので、他の都市はおろか、村さえも帝国には存在しない。帝都を出れば、急斜面だったり断崖絶壁だったりする、高山の厳しい自然と向き合うことになるのだ。


 レオナルト一行はそんな急斜面の山道を2日ほどかけて下り、7月15日に高山地帯の裾野に広がる森林地帯――ノーランド王国とその南にあるオスヴァルト王国にまたがるルースア大森林――へと足を踏み入れた。ここまでの道中、レオナルト以下50名の魔族、1人もリタイアすることなく進んでこれたのは、やはり体力、魔力あらゆる面で人間ヒューマンより優れた能力を有する魔族だからだろう。


「では、そろそろ人間ヒューマンへの擬態を行う。その後は出立前に振り分けた5人1組で行動し、情報収集に当たれ」

 さらに1日をかけ、レオナルトたちはリーファが消息を絶った街・シトアが見えるところまで来ていた。街の外だというのに人通りが多いので、そろそろ擬態を行っておかないと、シトアの住人や出入りする冒険者などに見つかる恐れがあると判断したレオナルトは、連れてきた配下の魔族兵に擬態を行うよう命じた。

 現在レオナルト一行がいる場所からはシトアの門が見えるのだが、街に潜入するためには門を管理する衛兵をなんとかしなくてはならない。無論、レオナルトたちが本気で襲撃すれば、衛兵程度は軽く始末できるだろう。だが、そんなことをすれば調査どころではなくなってしまうので、レオナルトは擬態させて人間っぽい姿になった配下の魔族兵をより門の近くまで近づかせて様子を伺わせてみたり、夜になるのを待ったりして、衛兵がいないタイミングは無いか、など調べてみたが、彼らは常に複数で門を管理し、昼夜を問わず街に入ろうとする者をチェックしているようだった。

「隊長。奴ら、スキらしいスキがありません。ですが、隊長もご存知かと思われますが、私の率いる小隊は幻影魔法に長けた者で構成されております。幻影魔法ならば、奴らの目をも欺くことができるやもしれませぬ。隊長、ご命令を」

 7月17日。シトア付近に到着してまる1日以上経つが、衛兵にスキはなく、このままでは埒が明かない。そこへ、10ある5人組のうちのひとつがレオナルトへ直談判を行った。

「……うむ。このままでは時だけが無為に過ぎてゆくだけ。人間ごときを相手に、作戦が失敗に終わるのは癪だが、奴らにスキが無い以上、打てそうな手は打っておくべきだな。よし、ディーデリヒよ。お前の小隊のみ擬態を解除することを許す。幻影魔法を活用し、街に潜入。リーファ皇女殿下の情報を手に入れてまいれ。皇帝陛下からの情報によれば、リーファ皇女殿下は街ではリーフィアという偽名を使っていたらしい。それで聞き回れば、いくらかは情報も集まるだろう」

「はっ、お任せください」

 レオナルトは少し考えるそぶりを見せてからディーデリヒに命令を下した。


 そうと決まれば、ディーデリヒたちの動きは早かった。一旦街から離れ、すぐさま擬態を解除して魔法を使えるようにすると、5人それぞれが幻影魔法を自らにかけて風景と一体化し、こそこそと衛兵の目を欺いてシトアの街に潜入することに成功した。


「うおっ!? お前らどこから出てきやがった! ってか、その姿……?」

 だが、風景と一体化したままでは当然情報収集もできないので、人目につかないところで幻影魔法を解除し、再び人間に擬態しなくてはならない。そこで彼らは人気の無い裏通りに移動し、幻影魔法を解いて姿を現したのだが、タイミング悪くガラの悪そうな男が現れ、見つかってしまった。

「ちいっ!」

 ディーデリヒは瞬時に男との距離を詰め、声を出せないようにそのノドを掴み、軽く持ち上げる。

「貴様はここで何も見なかった、いいな?」

 首を横に振れば殺す、と言外に匂わせて脅しをかけると、男は涙目でこくこくと頷いた。それを確認するとディーデリヒも投げ捨てるように男を放してやる。恐怖に腰が抜けたのか、四つんばいになりながら男は裏通りから逃げ出した。

「では、行くぞ。夕暮れ時、再びこの場所で落ち合おう」

 ディーデリヒも他の魔族兵ももはや男のことなどどうでもいいらしく、一瞥すらせずに人間への擬態を済ませると、それぞれ街へと散っていく。


「済まないが、リーファ……じゃないリーフィア、という名前の少女を探している。この街にいる、と聞いてきたんだが、何か知っているか?」

「ああ、リーフィアちゃん? つい最近までこの街でトーマっていう凄腕の冒険者とパーティを組んでいたわ。でも、10日くらい前に、そのトーマ君と一緒に王都に活動の拠点を移す、って言って街を出て行ったわよ」

 他の面々が街の各地へ散っていく中、ディーデリヒはまっすぐに冒険者ギルドを訪れ、酒場で呑んでいた女に単刀直入に訊ねたところ、あっさりと情報を得ることができた。

「そうか、ありがとう。ついでと言ってはなんだが、王都はどっちだ? 最近この国に来たばかりでな、地理に疎いんだ」

 魔族の中には完全に人間ヒューマンを見下し、対等に扱うなんてあり得ない、という考え方の者もいるが、ディーデリヒはそうではない。もちろん、完全に対等などとは思ってはいないが、求めている情報を提供してくれた相手に対して礼を言う事くらいは普通にできるのだ。

「王都? ここから北、あっちのほうに馬車で2日程度行ったあたりよ。なんで彼女を探しているのか、は詮索しないほうがいいかしら?」

 女はさほど酔っているわけではないのか、しっかりした手つきで王都がある北の方角を指差して見せると、ディーデリヒに訊ねた。

「なに、大したことではない。彼女はとある貴き家系のお嬢様なのだが、お父上と意見が合わなくて、家出なされてしまわれたのだ。いろいろな場所で聞きまわって、ようやくこの街にいるらしい、という話を聞けたのだが、少し遅かったようだ。では、私はこれにて失礼する。これは少ないが礼だ。取っておいてくれ」

 ディーデリヒは虚実織り交ぜた“事情”を話すと、ここまでの旅路で拾った硬貨のうち、銀貨を1枚テーブルの上、女の目の前に置くと、ギルドを後にした。


「なーんか、キナくさいわね。いつまでも、遊んでいる場合じゃないかしら」

 ディーデリヒが去ったギルドの酒場では、彼に情報を提供した女冒険者――ステラ=プリムローズが置かれた銀貨を見ながらポツリと呟いた。

 ステラはシトアのギルドでトップの実力を持つパーティのリーダーで、Bランクだ。それなりに経験も積んできており、人を見る目はあるほうだろう。そんな彼女から見ても、先ほどの男に特に変わった点はなかった。だが、それとは別に、冒険者としてのカンのようなものが、ほろ酔い程度だったステラの酔いを完全に醒ましていた。

 ステラたちのパーティは、ゴブリンの群れを討伐しに出かけた際に不意に遭遇したオーガとの戦いで全員が負傷した。ケガの具合そのものは他の冒険者と比べると軽いほうで、応急処置は騎士団の魔法兵に、最終的な治療はトーマの回復魔法でしてもらったが、なまじシトア最強のパーティと目されていただけに、1体のオーガに手も足も出ず、何度か合同パーティという形で一緒に戦ったこともあるCランクの冒険者仲間を殺されてしまった、という現実が彼女たちの心を深く傷つけていたのだ。そして、そんなオーガを当時Eランクだったトーマが騎士団と協力して、とはいえあっさりと始末し、あまつさえ新たに現れたオーガを単独で撃破してしまったということも、落ち込ませるに十分な理由だっただろう。

 そんな、いくつもの理由からあの討伐依頼の終了以降、ひと月近くステラたちは療養を名目に依頼を受けることなく過ごしていた。収入は無くとも、これまでの蓄えがあったので、それで生活してきたが、復帰することを決断したようだ。

「マリア、カレン。おかえり。待たせちゃって、ごめんね。私も今日から復帰するわ」

「なーに、気にしないでよ。わたしらだって、動き始めたのはつい最近なんだから。ま、それはともかく、おかえり。また、3人で頑張ろうぜ」

「うんうん。あのバケモノに直接挑んだステラが一番傷ついてるのはあたしもマリアもわかってるから大丈夫だよ。おかえり、ステラ。やっぱり、魔法使いと弓使いだけだと、なかなか遠出ができなかったから、剣士のステラが戻ってくるのを待ってたよ。もう、負けないように頑張ろう!」

 ギルドを出て宿泊している宿に戻り、剣などの装備を整えていると、パーティの仲間である弓使いのマリアと、魔法使いのカレンが戻ってきた。彼女たちもまた傷つき、しばらく冒険に出ない日々を過ごしていたが、ステラよりは早く心の整理をつけて復帰し、今日まで2人で依頼に出ていたのだ。だが、ステラの復帰により、全員が揃った。彼女たちは抱きしめあってまた一緒に戦える喜びを分かち合うのだった。



「……以上が、街で入手したリーファ皇女殿下の足跡に関する情報でございます」

 ディーデリヒは約束の時間に他の仲間と落ち合うと、再び幻影魔法で姿を隠して街から脱出、レオナルトに報告していた。

「そうか。その、トーマという冒険者が陛下の仰っていた勇者の素質を持つ者だろう。その者が、姉上を誑かし、帝国を裏切らせた。我々はこれより王都に向けて北上し、勇者トーマを急襲し、リーファ皇女殿下を取り戻す。行くぞ」

「はっ!」

 レオナルトは結論を出すと、配下の者とともに王都へ向けて北上を始めた。


「ふはははは、待っていろ、勇者トーマ……リーファ皇女殿下(あねうえ)は返してもらう……!」

 歩き始めて早々、不敵な笑い声とともに漏らされたレオナルトの呟きに、付き従う配下たちは内心「隊長はシスコンだったのか」などと思ったとか思わなかったとか。

お読みいただき、ありがとうございます。

次回…3-09:今後の活動指針[キャラクターステータス付]

4人での初依頼を無事にこなし、魔物の素材で大金ゲット。拠点の屋敷も手に入れた。さあこれからどうしよう?

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