3-07:新たな拠点
その晩、俺たちは村の人たちが開いてくれた宴で盛り上がった。俺とアンナは少しだが酒も呑み、村でも年に1回の収穫祭(メーチェは現在ではほぼ通年で収穫できる作物だが、昔はそうでなかったのか、他の地域などと同様に秋ごろに収穫祭を行う習慣が残っているらしい)に勝るとも劣らない規模の豪華な宴だったようだ。なにぶん俺たちは収穫祭の様子を知らないので、比較することはできないんだが。
こちらには15歳のユズがいるため、わりと早い時間で失礼して、休むことになった。村の人たちはまだまだ盛り上がっているようだが。
ユズの15歳というのはこちらでは十分成人しているとみなされる年齢だが、まだまだその辺の感覚には慣れないし、慣れちゃいけないとも思う。
明日には村を出て王都に戻るつもりだから、疲れを残さないことも必要だしな。
「あー、ところで休む前にみんなに相談なんだが――」
「――うん、そうだね。トーマ君に任せるよ」
「――ええ、私もトーマさんにお任せします」
「――お兄ちゃんが決めたことなら、あたしは従うよ」
「ありがとう、みんな」
「それでは、こちらが依頼の達成報酬の2万ゴルドです。報酬に加えていた、メーチェの収穫は今日これから向かわれますか? そのつもりであれば、またブライアンを案内に付けようと思いますが」
翌朝、村長は宴の疲れを感じさせない表情で俺たちに銀貨2枚を手渡すと、もうひとつの報酬である1人3個までのメーチェ収穫権について訊ねてきた。
「その件なのですが、昨日仲間と話し合いまして。メーチェの収穫権は放棄しようと思います。その分、王都などに出荷してください。私たちがこの依頼を受けたのは、王都で値段が高騰しているメーチェの現状を調べるため。私たちが収穫する分も出荷して売り出せば、値段の高騰もすぐに収まるでしょうし、そうしたら、自分たちで買って食べますよ」
そう、昨夜寝る前に相談したのは、この件だ。1人3個まで収穫して持ち帰れる権利が今回の報酬には入っていたわけだが、俺たち4人だと最大で12個。値段が高騰する前の通常の売値でも1個で2000ゴルドは下らない高級フルーツのメーチェ、それを12個もタダでもらってしまえば、村だけでなく、それを仕入れて売りに出す王都などの商人にも損をさせてしまいかねない。別に俺たちは現状そこまで金に困っているわけでもないし、ましてや俺のインベントリにはジャイアントスパイダーの死体がいくつも入っている。素材としてまたギルドに持ち込めば、それなりの収入にはなるだろう。そんなわけで、メーチェの収穫権を放棄することに決めたのだ。事件が解決すればそれでオールオッケー。
「それでは今回の依頼に対する報酬がたったの2万ゴルドにしかならない、ということになってしまいますが、本当によろしいのですか?」
村長はやや困った顔で確認を取る。確かに、普通に考えればあれだけの大物を含む10体もの魔物を倒して2万ゴルドにしかならないのは冒険者としてはあまりよろしくないと思う。だが、それはあくまで一般的な冒険者の話だ。ここでいう「一般的な冒険者」ってのは魔物の死体とかを素材としてギルドに持ち込みはするが、倒した魔物のごく一部、自分たちの手で持てる分だけ持ち込み、わずかな追加収入を得る者のことを俺は考えているんだが、それに対して俺たちはといえば、アンナはどうかわからないが、少なくとも俺のインベントリは無限の容量を誇り、ジャイアントスパイダーを10体放り込んでも全く問題ない。
「構いません。人助けの価値は値段で決まるものではありませんから。それでは、私たちはこれで失礼します。また何かあれば、王都のギルドまで依頼をお願いします」
倒した魔物の素材で十分潤う、などということは一般人である村長に言っても理解されないだろうから、当たり障りのないような言い回しで、かつ良い印象を与えるであろう言葉を選んで答える。
「そ、そうですか。大したおもてなしもできませんでしたが、どうぞお帰りの道中もお気をつけて。私どもはこれからも美味しいメーチェをお届けすることで、皆さんへの恩返しをさせていただきます。この度は本当に、ありがとうございました」
村長はまだ戸惑ったような表情のまま、立ち去っていく俺たちに礼を言って頭を下げ続けていた。
「いい村だったな。直接ジャイアントスパイダーが攻め込んできていたわけじゃないからすぐに存亡に繋がることはなかったとしても、守れてよかった」
村を後にして王都への街道を歩きながら、ポツリと呟く。
「うん。でも、もうしばらくあんなおっきな魔物は見たくないわ……。どの依頼を請けるかはお兄ちゃんに任せるけど、そのあたりを少しだけでも考えてくれると嬉しいな」
俺の呟きが耳に入ったのか、ユズが心底げんなりしたような雰囲気でボヤく。
「ところで、トーマ君。今回のジャイアントスパイダーの死体、どのくらいのお金になるのかしら?」
するとアンナがそう訊ねてきた。実は内心報酬が少ないことを気にしていたのだろうか。
「いや、俺もまだジャイアントスパイダーは倒したことがないからわからないんだよな。こういう大型の魔物だと、以前オーガを3体討伐したことがあるんだけど、たしかその時は死体の破損でいくらか減額されて、それでも1体あたり200万ゴルド、討伐報酬とか込みで632万ゴルドになったんだったな。今回は1体当たりの買取額は安かったとしても、10体もいるから、相当な収入になるのは間違いないだろうな。しかも、一番最初に倒したあの一際大きな個体はどうもジャイアントスパイダーの亜種的なモノみたいだから、もしかすると通常の個体より素材としての価値が高いとかあるかもしれないな」
「巨大な生物の亜種とか、それなんてハンティング?」
森にいる間は気を張り詰めていたために気づかなかったのだろう事実を告げると、即座にアンナのツッコミが返ってきた。いや、俺に突っ込まれても困るんだが。アイツ1体だけ、名前が“ジャイアントスパイダーX”になってるんだから、亜種的なナニカだろう?
なお、アンナが引き合いに出した某狩りゲーは俺もアンナもユズも大いにハマり、ユズが受験勉強に入るまではしょっちゅう通信プレイを使って3人で遊んでいた。俺が片手剣、アンナは槍、そしてユズは双剣を好んで装備していたな。
その後は特に何事も起こらず、俺たちは7月19日の朝に王都イェスラに帰還した。王都に着く前に無理をせず野営をして夜を明かしているのでさほど疲れも無く、ギルドに依頼を完遂したことを報告し、狩ってきたジャイアントスパイダー(Xを含む)の素材を持ち込んだことを話すと、シトアの頃と同様にホールの奥にある倉庫へと案内された。
「こ、これは……!」
「そういえば、シトアの支部からトーマ殿の話が流れてきた際に、魔物の死体を根こそぎストレージボックスに詰め込んで持ち帰る、っていう話もあったな」
どさどさとジャイアントスパイダーの死体をインベントリから出して積み上げていると、それを見ていた職員の顔が引きつっている。まあ、シトアのギルドでも見慣れた光景だが、惜しむらくは今回の担当職員が最初に王都のギルドに来た時に俺と酔っ払い冒険者とのやりとりを止めることなく観戦していたあの職員、ジミーとかいう男ということか。ずっと王都で活動していたので顔なじみであろうアンナが「ジミーさんならウデは確かだから安心ね」って言うからにはまあ問題は無いんだろうけどな。そういや、ベラさんがどうして急にシトアのギルドを辞めて王都の実家に戻ってきたのかわからないけど、こっちではギルドの仕事はしないのかな。今度会いに行ってみるか。
「ほっくほくね」
「ほっくほくだな」
鑑定の結果、俺たちは合計で800万ゴルド、金貨8枚を手に入れた。ジャイアントスパイダーの通常種が素材として1体80万ゴルド、亜種と思しき“X”が1体120万ゴルドが基準額となり、さらに討伐報酬は通常種、“X”ともに2万ゴルド。俺たちは通常種を9体、“X”を1体持ち込んだので、計算上は合計で860万ゴルドなのだが、オーガ戦同様に死体の損傷などもあり、一部の死体が減額されるなどの結果、800万ゴルドで決着したのだ。まあ、ぶっちゃけ「どんぶり勘定」だとは思う。でも、たとえ「どんぶり勘定」だとしても十分な収入になってる以上、細かいことをあーだこーだ言うつもりは無いけどな。普通の冒険者は1回の討伐の報酬で金貨を拝むことなんかまず無いだろう。オーガ戦の後の宴会の中でそんな話をしていたヤツがいた気がする。
倉庫からホールに戻ってくると、受付のカウンターに冒険者らしくない、仕立てのいい服を着た男性がいるのが目に入った。
「毎日の質問で申し訳ないが、そろそろ戻られただろうか?」
「ええ、つい先ほど戻りましたよ。今は狩ってきた魔物の素材を鑑定しに倉庫へ行ってるので……ああ、戻ってきましたね。トーマさーん! あなたにお客様ですよー!」
うん? カウンターで応対していた職員が呼んでるな。俺に客? あの上品そうな男性が? なんだろう。ブレットさんからの使いかな?
「はいよ。俺がトーマだけど、あなたは?」
「私はブレット伯爵閣下の使いのクロウと言う者だ。この度は、国王陛下よりブレット伯爵閣下を通じてあなた方に与えられる邸宅の用意ができたことをお伝えしに参った次第」
なるほど、やっぱりその件か。
「もしかして、何日か待たせてしまいましたか? 申し訳ない、依頼で南西にある農村、メーチェ村に行っていたもので」
「確かに、私が伯爵閣下の命を受けてギルドにあなたを訪ねて来たのは4日ほど前のことだ。しかし、あなた方は冒険者であり、伯爵閣下も『彼らは用意ができるまで依頼を請けながら過ごすと言っていたのですれ違いになることもあるだろうが、何日待つことになろうとも構わない』と仰られている。最初に訪ねてきて、出かけていることを知った際はもう少しかかるかもと思っていたが、早く済んで良かった。それでは、ご案内しますのでついてきてください」
「ああ、わかった」
俺は頷くと、クロウさんの後に続いてギルドを出て行く。もちろん、俺の後に続くようにアンナたち3人もいる。
クロウさんはどうやら元冒険者だったらしい。ケガで一線を退き、新たな就職先として冒険者時代に縁のあったブレット伯爵が執事見習いとして雇ってくれたのだとか。まだ執事見習いになって間がないので、やや言葉遣いが不安定になっている。具体的に言うと、冒険者時代のような無骨さと、執事としての丁寧な口調が一部混ざっている。まあ、俺たちだって冒険者で、ある程度金は稼いでいるとはいえ、根は小市民だ。言葉遣いなどいちいち気にはしない。
ブレット伯爵が用意してくれた邸宅はギルドなどがある第三区の西側の大通りから1本路地裏に入った、その片隅に位置していた。最初に王都にやって来た時、第三区はほぼ全域が各種の店などが占めるエリアだと聞いていたが、どうも少ないながらも宅地もあるようだ。とはいえ、庶民向けの家が立ち並ぶ第四区のように雑多に建てられてるわけではなく、しかし貴族街である第二区ほど高級感も無い外観をしている。2階建てで、外から見ただけでも結構な大きさだ。部屋数は5部屋程度で十分と伝えたが、これはそれ以上あるんじゃないだろうか。
「では、私の役目はここまでになります。後のことは、中に居るはずの管理人と話をしていただくよう、閣下から申し付かっております」
クロウさんはあくまでここまでの道案内のみを命じられていたらしく、一礼して去っていった。
思っていたよりも大きな家にやや気後れしそうになりながらも、意を決してドアにつけられたノッカーを鳴らした。実際、ノッカーなんてものは小説なんかではたまに見かけるけど、リアルで見るのは初めてだ。当然、鳴らすのも初めてなわけだが、コンコン、と普通に拳でドアをノックするような軽やかな音がするものなんだな。
ノッカーを鳴らし、少しドアから下がって待つ。おそらく内開きのドアだとは思うが、もし外開きだったとしたら、ドアが開いた瞬間に頭をぶつけかねないからな。用心しておくに越したことは無い。
しばらくして、ドアがゆっくりと内側に開かれた。俺たちを迎えたのは初老の男性。執事服をピシッと着こなし、小説や漫画、ドラマなどでたびたび目にする「ザ・執事」という雰囲気をかもし出している。
背丈は183cmの俺より少し低いくらいなので、180cmに届くかどうか、といった所か。体格は引き締まっており、髪はすっかり白くなってはいるものの、まだまだ現役でやれるだろう。
俺たち一行を見てすぐに何者であるか気づいたのだろう。彼は俺たちを屋敷の中へ招き入れると、恭しく礼をした。
「お初にお目にかかります。当館の管理をブレット伯爵閣下より賜りました、アドルファス=ブルックと申します。私めのことはアドルファスとお呼びください」
「トーマ=サンフィールドです。よろしくお願いします」
「アンナ=ブラックウッドです。お世話になります」
リーフィアとユズも口々にアドルファスさんに挨拶をする。その左後方にはメイド服の女性の姿があった。
「は、それと私めの娘であるテリーサがメイドとして私めとともに当館に勤めさせていただきます。テリーサ、ご挨拶なさい」
「はい、お父様。お館様、お初にお目にかかります。アドルファスの長女、テリーサ=ブルックと申します。至らない点も多々ありますでしょうが、よろしくお願い申し上げます」
アドルファスさんに促されて、女性――テリーサは深々と一礼した。美人だな。シブいオジサンであるアドルファスさんにこんな美人の娘がいるって、奥さんはどれだけ美人なんだか……はっ、周囲の仲間の視線が冷たい!?
「トーマ君、後でお話があります。異論は認めません」
「私たちだけじゃ足りないんですか?」
「お兄ちゃん、フケツ」
「ぐっ……アドルファスさん、中を案内してもらってもいいか?」
どうあってもアンナにお仕置きされるのは避けようがなさそうなので、半ば諦めてアドルファスさんに内部の案内を頼んだ。
「お館様、私めは使用人。使用人にそのような言葉遣いは無用です」
アドルファスさんはそう言うが、父親ほど年が離れた、しかもこんなピシッとした人にタメ口はなぁ。しかも、使用人と言っても俺が雇っているわけでもない。彼らの給金は国から支払われるらしい。まあ、郷に入れば郷に従え、という諺もあることだし、徐々にでも慣れていくことにしよう。
話が落ち着いたところで、テリーサは買い物に出かけ、俺たちはアドルファスさんに館内を案内してもらう。
1階、玄関を入って広々としたホール。正面には2階への階段があり、玄関ホールから見て右手には食堂とキッチンと食料庫。食堂がめちゃくちゃ広い。どこの豪邸だ……ああ、ここ豪邸だったわ。左手にはリクエストしておいた鍛冶や錬金ができる工房、それとこれもリクエストの大浴場、それと階段の隣には倉庫。大浴場の隣にあるトイレは最近王都で普及し始めた最新の水洗式。さすがに現代日本のようなウォシュレット的なモノは存在しない。まあ、俺が日本にいる頃に読んだ異世界トリップ系の物語の一部では職人系のスキルを持ったキャラクターが開発してたりもしたが、今んとこそれは無理だな。
2階に上がると、廊下があり、階段を挟んで左右両側に4部屋ずつ、合計8部屋の私室。各部屋とも、かなり広い。12畳程度はあるだろうか。室内には、ベッドと机くらいしかないせいで、ものすごく広く感じる。でも、5部屋程度あればいいと言っておいたが、8部屋もあるとは予想外だ。なお、階段を上がって正面にはトイレと倉庫がある。
「お館様。ブレット伯爵閣下より、お手紙を預かっております」
一通り館内を巡ったところで、アドルファスさんが懐から俺に封のされた手紙を差し出してきた。
「伯爵から? ああ、ありがとう」
それを受け取り、封を開けると、中からは羊皮紙が1枚。そこには、こう書いてあった。
[トーマ殿がこの手紙を読んでいるということは、無事に屋敷の案内が済んだのだな。屋敷の管理人として派遣したアドルファスは元々私に仕えてくれていた執事で、とても有能だ。必ずや、リーフィア嬢のリクエストである、“信頼の置ける管理人”になってくれるだろう。なお、トーマ殿は5部屋もあれば十分だ、と言っていたが、なるべく短期間で引き渡せるよう、工房をもともと備えてあり、浴室も少しの改装で済む物件にした結果、8部屋を有する屋敷になったのだ。その屋敷は私が城勤めを始める前、鍛冶を営む夫と、錬金術を学んだ妻がそれぞれの弟子と共に暮らしていた記録が残っているが、弟子が十分に育つ前に夫妻が病死してしまい、弟子も散り散りに。以降、空き家のままだったようだ。設備の類は幸いにもホコリを被っていただけで使えるであろうが、気になるなら自分で整えたほうがいいだろう。どうかその屋敷を有効活用してくれることを願っている]
なるほどな、それで8部屋もあるのか。まあ、現状俺たちは4人しかいない。あんまり増やす予定もないから4部屋も余っているし、アドルファスさんやテリーサにもそれぞれ1部屋使ってもらうか。
「部屋を余らせておくのもなんだし、アドルファスさんやテリーサも部屋を使ってくれ」
手紙を元通り折りたたむと、俺はアドルファスさんにそう告げた。
「お館様……ありがとうございます」
アドルファスさんは一瞬驚いた表情になったが、すぐに深々と腰を折って礼をした。
こうして、俺たちは新たな拠点を手に入れた。
アンナ達が借りていた家に置いていた荷物はインベントリに残さず放り込み、軽く掃除もしてから賃貸契約を解除。さほど興味がなかったので聞いていなかったが、大家はなんと冒険者ギルドだった。第四区で持ち主のいなくなった物件をいくつか買い上げ、王都を拠点とする冒険者に比較的安めの賃料で貸し出す、不動産業のようなこともしていたとは、さすがは王都のギルドというべきか。
なお、この後屋敷にて小一時間ほどアンナに正座させられてお説教されたことを追記しておく。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回…3-08:一方その頃
1章の終盤で登場し、リーフィアを連れ戻そうとしに旅立ったデビルロード帝国の刺客たち。