3-06:蜘蛛討伐(後編)
「ああ、戻られましたか。ずいぶん遅くまで、お疲れ様でした」
メーチェ村へ戻る頃には、すっかり陽も沈み、夜の帳が下りてきていた。依頼遂行中の拠点として間借りすることになっている村長の家へ入ると、村長がホッとした表情で出迎えてくれた。
「とりあえず、今日のところは森の入り口で通せんぼをしていたヤツを含めて、全部で10体ほど仕留めて来ました。おおよそ片付いたとは思いますが、明日、また朝から捜索を再開します」
依頼主でもある村長に、本日の成果を報告しておく。おそらく、それが気になって俺たちの帰りを待っていたんだろうからな。
「じ、10体もですか。しかも、村の若い衆が手も足も出なかった相手も仕留めて頂いたなんて……早いうちに王都のギルドに依頼を出しに行って正解でした」
俺たちの伝えた成果に、村長は目を丸くして驚いている。
「おっと、疲れていらっしゃる皆さんをいつまでも立ち話させているわけにもいきませんな。お食事の用意はできていますので、こちらへどうぞ」
村長は我に返ってポン、とひとつ手を打つと、俺たちを先導して居間へと移動した。なお、一日中森の中を歩き回ってジャイアントスパイダーを討伐していたことによる汗などの汚れは森を出る前に生活魔法の“浄化”で全員キレイにしてある。本音を言えば風呂に入りたいが、無いものねだりをしても仕方ないので、今は我慢だ。もうしばらくすれば、国王陛下から与えられる家が引き渡されるだろうから、そうしたら存分に風呂を楽しもう。
翌日。
俺たちは昨日よりはゆっくり、夜が明けてから森へと入った。昨日と違ってどこにジャイアントスパイダーが潜んでいるかわからないので、ある程度明るくなるのを待って、探索を開始する。
昨日の探索で、メニュー機能のマップで見る限り、森の7割程度のエリアで蜘蛛退治が終わっているので、まだ行っていないエリアへと足を運ぶ。昨日探索していないエリアにいた個体が探索済みのエリアに移動した可能性は今は考えない。キリがなくなるからな。
「……いないな。まだ森の中で行っていない部分はあったっけ?」
残り3割程度の探索は昼過ぎにほぼ終了したが、今日は1体もジャイアントスパイダーに遭遇していない。見落としたエリアがあるかも、と後ろを歩くアンナに訊ねてみるも、
「いいえ、もうこれで地図のエリアは全て回ったわ。昨日の時点でジャイアントスパイダーは全滅させていたみたいね」
アンナも地図の見落としは無い、と大きく頷いた。
「じゃ、今日のところは村へ戻って、明日の朝から村の人を連れて確認をしてもらおうか」
「そうね。今から村に戻って、また森に入ったら日が暮れちゃうものね」
そんなわけで、少し早いが今日は村へ引き上げることにする。
「おや、今日はお早いお帰りですね」
村へ戻ってくると、どこか外出中だったらしい村長の帰宅とちょうどかち合った。
「ええ、森を一通り探索して、ジャイアントスパイダーの討伐が済みましたので、先日お話させていただいたとおり、明日にでもどなたか村の方にご同行いただき、確認をしていただきたいのですが、よろしいですか?」
討伐に向かう前の打ち合わせで、片付いたら村人に同行してもらえるよう頼んでおいたのを、準備してもらうよう村長に話す。
「も、もう全部討伐していただいたのですか! し、承知しました! 実は今、その件で出かけていたのですよ。皆さんからお話があれば、すぐにでも動けるようにしたいですからね。でも、早くてもあと2日くらいはかかると思っていたので、ちょっとまた出てきますね。同行させる者にその旨伝えてこないとなりませんので」
村長は驚き、小走りになりながら再度出かけていった。
「おう、あんたたちが王都から来たって言う冒険者か。ずいぶん若いんだな。おっと、自己紹介が遅れたな。俺はブライアンだ。今日はよろしく頼むぜ」
翌朝、朝食後に森へ同行してもらう村人が村長の家を訪ねてきた。ブライアンと名乗ったその男性は、非常にがっしりした体格をしているが、左腕には包帯が巻かれている。
「王都から来た、冒険者のトーマです。それと、仲間のアンナ、ユズキ、リーフィアです。よろしくお願いします。ところで、その包帯は、ジャイアントスパイダーにやられたんですか?」
包帯が巻かれていない右手で握手をしてみると、かなり強い力を持っているようだった。おそらく、森の中で幾度となく魔物と戦ってきているのだろう。ただの村人にもかかわらずレベルが8と、冒険者に転職しても生きていけそうなステータスをしている。
「ああ、俺が一番最初のケガ人だ。いつものように森へ入ったら入り口の近くであのでかいのに出会っちまってな。一度村へ戻って村長に報告した後、いつも使ってる槍を手に挑んでみたんだが、あっさり返り討ちに遭っちまったんだ。槍を持ってたのが左腕で、ケガはそこだけで済んだから他の連中みたいに寝込むまでは行かなかったけどよ。幸い、俺は右手も左手も両方使えるから日常生活にも支障は無い。とはいえあの大蜘蛛が片付くまでは何もできないからヒマだったんだ」
「そうだったんですか。じゃあ、早速ですが参りましょうか。日が暮れる前に確認を終えてしまいたいので」
「おう。道案内は任せてくんな」
話もそこそこに、俺たちは森へと向かった。
入り口から延びる道を境に、北側と南側に分け、午前中は北側を見てまわることに。一角ウサギがより強く、凶暴化した魔物であるビッグラビットや、グラスディアーが知能をつけて魔法を覚えたメイジディアーなどは次々に遭遇するが、蜘蛛とは会うことなく北側の確認は終了した。
「あんたたち、本当に強いな。あの大蜘蛛を倒せるくらいだから相当なものだろうとは思ってたが、思ってた以上の強さだ。ただの村人の俺たちと比べること自体がおかしいんだろうが、大ウサギや魔法鹿に挟み撃ちされて無傷で魔物を全滅させるなんてな。冒険者ギルドに依頼を持ち込んだ村長の決断は正しかった」
北側のエリアから森の入り口へ戻りながら、ブライアンさんが俺たちの実力と村長の決断を称える。
彼の言うとおり、さっき北側を探索している最中に、前からビッグラビット、さらに後ろからメイジディアーにも襲われ、挟み撃ちにされたのだが、メイジディアーの魔法は火属性の火弾と土属性の土弾のみであり、冒険中はケンカをしないと取り決めを交わしたアンナとリーフィアが常に魔法を撃てるよう待機し、俺がビッグラビットを始末するまでの間、ひたすら放たれた魔法を相殺し続ける、という作戦を立てて2人に指示し、俺は3体いるビッグラビットに挑みかかった。
☆ ☆ ☆
「じゃあ、リーフィア。あなたは火属性の魔法への対処をお願い。わたしは土属性の魔法を担当するわ」
トーマ君がウサギの相手に向かってしまったので、わたしがこの場を仕切ってみる。リーフィアが反発しないか少し心配だけど、取り決めもあるし、信じなくちゃね。
「わかったわ。でも、トーマさんが戻るまで耐えてなくても、別にアレを私たちだけで倒してしまっても問題ないのでしょう?」
すると意外にもナディアは素直に頷いたが、どこかで聞いたことのある死亡フラグめいた発言をしてきた。もちろん天然なんだろうけど、忠告せざるを得ない。
「ちょっ、リーフィア。その発言はいろいろと危ないわ。主に、フラグ的な意味で」
「ふらぐ? ってなんですか?」
でも、リーフィアがわたしたちとは出身が違う、ということを忘れていたとしか言いようが無いわ。聞いたことの無い単語に、リーフィアが首を傾げる。
「ゴメン、今の言葉は忘れて! って言ってる間に撃ってくるわ! 火属性よ! リーフィア、任せたわ!」
わたしが大声をあげて誤魔化そうとしていたら、ちょうどメイジディアーが火弾の魔法をこちらに向けて撃ちだすところだった。渡りに船、とばかりに火属性担当ということに決めたリーフィアに声をかける。
「はーい! でも、後で絶対、聞かせてもらいますからね! ファイアバレット!」
リーフィアは頷きながらも、しっかりわたしを問い詰めると宣言し、敵と同じ火弾の魔法を放った。後出しなので、普通なら打ち負けるんだろうけど、メイジディアーのMAGはリーフィアのそれと比べて10分の1も無いはず。攻撃魔法の威力には術者のMAGの値が大きく影響するため、後から放たれたリーフィアの火弾はメイジディアーのそれを容易く打ち破っただけでなく、メイジディアーの身体をも燃やした。後に残ったのは、真っ黒な炭となったメイジディアー“だったもの”だけ。結果的には、フラグが成立することなく、リーフィアの言葉通りにトーマ君が戻るのを待つことなく倒しきれたことになるのね。
☆ ☆ ☆
「まあ、普通に考えてみればそうなるよな」
俺がビッグラビットを全滅させて戻ってくると、すでにメイジディアーもアンナとリーフィアの手によって片付けられており、メイジディアーだったものと思われる黒焦げの炭が風に吹かれて散っていった。
「そうね。トーマ君が意外にも慌てて飛び出してっちゃったから作戦の修正もできなかったし、それなら一応は任せられたわけだから倒しちゃっていいでしょ、っていうことよ」
アンナが頷きつつも仲間の意見を聞かず飛び出した俺をやんわりと批判する。全くもって反論のしようもないな。
「ところで、トーマさん。その時に私が『でも、トーマさんが戻るまで耐えてなくても、別にアレを私たちだけで倒してしまっても問題ないのでしょう?』って言ったらアンナが“ふらぐ”っていう単語を口にしたんですけど、どういう意味か知ってますか? アンナってば、聞いても教えてくれないんですよ」
するとナディアが妙なことを訊ねてきた。
「ん? まあ、フラグってのは俺たちの国の言葉で、一種のお約束みたいなもんだな。それ以上は知る必要は無いだろう」
「えぇー……そこまで話したんなら全部教えてくれても……ひゃっ!?」
「ブライアンさんがいるところで俺たちが異世界出身だってわかるような事柄を話せるわけないだろ。そのくらい察しろよ」
中途半端に聞いたことでより不満を顕わにしたリーフィアの耳元に口を寄せて小声で理由を話す。いきなり耳に息を吹きかけられて驚いているが、気にはしない。
「わかりました。じゃあ、そろそろ行きませんか? あまりこんなところに長居していると、また魔物に挟み撃ちされないとも言い切れませんから」
「それもそうだな。じゃあ、行こう」
ブライアンさんはリーフィアの提案に頷くと、再度森を歩き始めた。
「そういえば、トーマ君。トーマ君ってたしか“索敵”のスキルを持ってなかった?」
午後、森の南側を歩きながら、アンナが先頭を歩くブライアンさんに聞こえないよう、小声で訊ねてきた。
「ああ、最近あまり使ってなかったから忘れてた。よく覚えてたな?」
習得した当人が覚えていないのに、パーティ結成時に一度ステータスを見せただけのアンナがよく俺のスキルを覚えてたな、と本気で思う。
「うん。だって、こういうことを考えて、パーティを結成した時にステータスを開示したんでしょ? スキルを自由に覚えられるわたしとトーマ君は特に、自分でも何のスキルを習得したのか忘れるかもしれないから、みんなで情報を共有してサポートし合えるように。……あれ、わたしの見当違いだった?」
どうしよう、まさか単純に興味があっただけ、なんて言える雰囲気じゃない。
「いや、アンナの言うとおりだよ。ただ、あの時はそういう意識をせずに言ってた部分が大きいから、少し戸惑っただけ」
どうだ。これなら、単純な興味だけでステータスを開示し、させたという後ろめたい事実をオブラートに包んで隠すことができる。俺ってば天才?
「へー、単なる興味だけでやってたんだー」
だが、俺の回答に返ってきたのはアンナが機嫌悪くなると出てくる、抑揚の無い、冷たい声音だった。バカな、なぜバレたし……
「トーマ君、自分で気づいているかわかんないけど、ウソをつくとすぐ顔に出るんだよ? 今回なんて特にわかりやすかったわ。あれだけドヤ顔されて、ウソに気づかないほど、わたし鈍くないんだからね? それで、どうなの? わたしたちにステータスを開示させたのは興味本位だけでやってたわけ?」
な、なんてこった……どうりでアンナにはウソがつけないはずだ。そう考えると、これまで何回も小さなウソをついては見破られて怒られて、それでも破局しなかったのは、アンナが寛大であったことと、俺が浮気だけはしなかったからなんだろうな。うん、今後はなるべくウソはつかないようにしよう。とりあえずは、現状の解決をしなくては。
「すみません、興味だけでやりました。でもさ、同じようにスキルカスタマイズ能力を授かっても、どんなスキルを取得するかはそれぞれ違うから、気になるのは仕方ないと思わないか?」
事実を認めて謝りながらも、返す刀で早々と自らの正当性を主張する。
「まあ、その気持ちもわからなくはないけど、ウソはダメだよ、ウソは。わたしたち、知らない仲じゃないんだから、興味本位だとしても、ちゃんと言ってくれれば嫌な顔しないで見せたわ」
俺の態度があまり反省していないように見えたのだろう。アンナは苦笑いを浮かべながら俺を諭した。
「おーい、仲間同士で盛り上がってるのはいいんだが、まだ奴らがいるかもしれねえんだろ? ジャイアントスパイダーはもちろんのこと、他の魔物でも死角から襲われたら俺ひとりじゃ対処しきれないかもしれねえんだから、まだ気を抜かないでくれよ?」
そこへ、会話に夢中でやや遅れ出している俺たちにブライアンさんが苦言を呈した。
「あ、すみません。今行きます」
瞬時によそ行きの顔になると、アンナたちを促してブライアンさんに追いついた。まあ、追いつくために早足で歩きながら索敵のスキルで周囲を探ってみたが、ジャイアントスパイダーはともかく、森に生息していた他の魔物もジャイアントスパイダーに恐れをなして森から退避しているようなので、今日のところは魔物に会う心配はなさそうだった。
「どうやら、本当に奴らを全部片付けてくれたようだな。ありがとう」
森を一通り巡り終え、1体もジャイアントスパイダーと遭遇することはなかった。こういう状況になると立ちやすいフラグとしては、全てが終わったと思い帰ろうとした矢先に背後から襲撃されるとかだろうか。しかし、すでに俺たちは森の入り口まで戻ってきているから、このフラグは不成立だな。まあ、なんでもかんでもフラグが回収されなくてはならないとは決まっていないわけだから、別にいいんだが。正直、ジャイアントスパイダーみたいな魔物は何度も見たいものじゃないしな。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回…3-07:新たな拠点