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3-05:蜘蛛討伐(前編)

 7月15日。いよいよ蜘蛛退治が始まる。

 夜が明けるとともに、俺たちは村長以下、村人十数名に見送られて、森へと足を踏み入れた。

 道はきっと代々の村人たちが長い年月をかけて整備したのだろう、まっすぐ延びており、しばらく進んで村の家屋が見えなくなろうかというあたりで、道の奥に巨大なシルエットが見えてきた。

 ……デカい。想像を遥かに上回るサイズに、俺を含めて全員の足が止まった。

 俺たちを、というか森に入ろうとする人間を待ち構えるソレは、シルエットは確かに蜘蛛だ。だが、せいぜい地球のものは大きくても体長数十センチ程度で収まっていたのに対し、目の前の大蜘蛛の体長は少なく見積もっても7、8メートルはある。もしかしたら10メートルをも超えるかもしれないな。

 今までにも、地球産の動物と比べてこっちの動物系魔物のサイズがデカい、ということはあったけど、コイツは今までのどの動物系魔物よりもサイズ比が違いすぎる。正直な話、あんなのと相対して、村人がケガだけで済んでいるのは奇跡なのではないだろうか。

「…………」

「お兄ちゃん……アレは気持ち悪いなんてレベルじゃないよ……」

 見ると、アンナは弱音だけは吐くまいと思いながらも、不気味すぎる姿に泣き言を漏らさないようにするのが精一杯、と言った感じだ。ユズに至っては蜘蛛と聞いた時点ですでに弱音を吐いていたこともあってか、堂々と、というのも何か変だが顔面蒼白で泣き言を漏らしている。

「…………」

 ただひとり、リーフィアだけは取り乱すことも無く、淡々とした表情で集束具のコンバットスタッフを握り、戦闘態勢を整えていた。


 そんなリーフィアにやや遅れて剣を抜いた俺がジャイアントスパイダーに飛びかかろうとした、その時。機先を制するように、ジャイアントスパイダーが糸を吐き出してきた。

「うおっ!?」

 吐き出された糸は凄まじい勢いで先頭に躍り出ていた俺を目掛けて迫ってきたが、いかんせん直線的なので、回避は容易い。リーフィアやアンナ、ユズには当たらないコースだったため、俺が回避した糸は俺の後ろにあるメーチェの大木にヒットした。

 あれだけの勢いだ、ある程度太さのある樹木でなかったらまずへし折られていただろうし、仮に人間にヒットしたら、革鎧くらいは軽く貫通してくるだろう。俺とリーフィアの防具はミスリル銀製とはいえ、全身鎧プレートメイルではなく胸当て(ブレストプレート)だからな。革製の胸当てを身につけているアンナやユズよりはまだマシだとしても、直撃したら無事で済む保証が無い。ますます村人が無事だったのが奇跡に思えてくる。

 蜘蛛が吐き出した糸は後ろにある大木にヒットし、未だ蜘蛛と繋がっている。今度はこちらから攻めてやる。そのまま綱引きでもしていやがれ。

「はぁっ!」

 気合一声、俺はミスリルソードを構え、ジャイアントスパイダーに飛びかかる。だが、やはりこの蜘蛛は相当知能が高いらしく、俺が迫っていると見るやすぐに糸を断ち切り、新たな糸を吐き出して頭上の枝に引っ付けると、それを利用して素早く後ろへ跳び退ることで俺の攻撃を回避してみせた。

 しょせん虫だから表情などあるとは思えないが、奴はどことなく得意げな雰囲気を漂わせて後退した。だが、もし奴に表情があったのならば、その得意げな雰囲気は一瞬で塗りかえられていただろう。奴が着地した瞬間に地面から生えた2本の土の槍が奴の身体のど真ん中を射抜いたのだから。アレはよほどの体術が無いと回避できないだろう。

土槍アーススピアか。着地点ドンピシャなんて、やるなあ、2人とも」

 今の魔法を放ったのはリーフィアとアンナの2人。意図的かどうかはさておき、完璧にタイミングを合わせ、着地と同時にズドン。結果的に俺の攻撃が囮になり、美味しいところを持ってかれたが、まあ倒せればそれでいいのだ。

 もちろん、土槍で身体を貫かれたジャイアントスパイダーは即死。こうした大型の魔物は素材の宝庫だということは以前のオーガの例でわかっているので、インベントリに収納しておく。

「…………」

「…………」

 ジャイアントスパイダーの死体をインベントリに収納してアンナたちのところへ戻ると、アンナとリーフィアが無言で視線を交わしている。どことなく火花が見えるのは俺だけだろうか。

「ふふ、やりますねリーフィアさん」

「いえいえ、アンナさんこそ勇者の素質があるとはいえただの人間ヒューマンにしておくのはもったいないですよ」

 うわ、これが噂に聞く“女の戦い”ってヤツなのか? 2人とも、にこやかに言葉を交わしていながら、目だけが全く笑ってない。うかつに首を突っ込むとやぶ蛇になりかねないからとりあえず黙っとこっと。

「はーいはい、アンナさんもリーフィアさんも、ほどほどにしてくださいね。あたしとしては、少しでも早くおぞましい蜘蛛を殲滅してこの森から出たいんですから」

 そこに、蜘蛛は怖いが女の戦いは怖くないらしい、ユズが乱入した。でも、ケンカを止める理由がパーティの和のためじゃなく、自分のためなんだな。ま、理由はなんであれ、ケンカが止まるならいいか。やぶ蛇を恐れて介入できなかった俺よりよっぽどマシだ。


 どうやら最初に撃破した、森の入り口にいた個体がこの森の蜘蛛どものボスみたいな存在だったらしく、その後はほとんど危ない局面は無かった。唯一、2体の蜘蛛に挟み撃ちされた戦闘がやや危なかったが、それも後方をリーフィアとアンナが引き受けてくれている間に前方の個体を俺がミスリルソードで一刀両断したことで、少しの負傷だけで切り抜けることができた。もっとも、後方の個体を引き受けたリーフィアとアンナの息が合わず、アンナは水銃、ナディアは火矢の魔法で攻撃し、蜘蛛に当たる前に両者の魔法が交錯して爆発してしまい、蜘蛛の反撃を許す場面もあったのだが。


 以下、2体の蜘蛛に挟み撃ちされた場面の顛末。


「どうやら相当な数が棲みついているみたいだな。またいるぞ」

 森の中の狭い道を進むに当たり、俺たちはまるで某有名RPGのように縦一列になり、周囲を警戒しながら進んでいたが、行く先にジャイアントスパイダーの姿を発見し、軽く振り返って後ろに続く面々に伝える。

 なお、隊列は俺、ユズ、バサきち&ボアたん、リーフィア、アンナの順だ。近接で最も攻撃力が高い俺が先頭になりつつ、見通しの効かない森の中でのバックアタックにも備え、殿しんがりにも近接ができる万能型のアンナを配置する。真ん中の2人については、まだまだ戦力として考えるには不安があるユズを俺が護りやすくするために、俺のすぐ後ろにいてもらってる。同時に、ユズの使役するバサきちとボアたんをセットにしてユズの護衛に当たらせる。リーフィアは純魔法使い型なので、後列ぎみに配置するのが望ましいだろう。うん、なんだかんだで隊列の組みやすいパーティだよな、俺たち。まあ、考え方があの某有名RPG的なものに凝り固まってる自覚はある。だが、あながち間違ってもいないと思ってる。

「またぁ? これで何体目だったっけ?」

「えーと、これで6体目ですね」

 蜘蛛が苦手なユズが表情を歪めて苦々しげにこれまでの遭遇数を訊ねると、リーフィアが数を答えた。

「お、おい……マジかよ」

 振り返った俺は見てしまった。後方から迫っている、もう1体の蜘蛛の存在に。

「正面のヤツは俺が片付けるから、アンナとリーフィアで後ろのヤツを頼む! ユズはバサきちやボアたんに護ってもらってくれ!」

 バックアタックを想定して、アンナを殿に配置しておいたのが功を奏した。だけど、まさか挟み撃ちとはな。最初の1体以降、さほど強くない個体が続いていて、俺は1対1でも勝てているので、挟み撃ちに対して戦力を分散させる作戦を取ることができる。蜘蛛を怖がり、また戦力的にもまだ頼りないユズは調教した魔物に護らせておく。


 俺が担当したほうは、1分とかからず終わった。蜘蛛の先制攻撃を回避して一刀両断、それだけ。最初にやりあったボス級蜘蛛との落差が激しすぎるが、これはゲームじゃないからな。楽に片付くに越したことは無い。

 自分の持ち場を片付け、振り向いた俺の目に映ったのは、アンナとリーフィアが同時に魔法を撃つ光景だった。だが、さきほどの土槍同時撃ちとは違い、なぜかアンナが水銃、リーフィアが火矢を撃っていた。しかも、それらの魔法は蜘蛛に届く前にお互いに衝突してしまい、小規模ながら水蒸気爆発が発生してしまった。爆煙で視界が閉ざされる中、アンナとリーフィアの悲鳴が聞こえた。何やってんだあいつらは。

 慌てて風の魔法で煙を晴らしてみると、2人はまとめて蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされていた。だが、

「ちょっと、リーフィア! なんでわたしの邪魔するのよ!?」

「何言ってるんですか、邪魔したのはアンナのほうでしょう!?」

 2人は糸に巻かれていることもお構い無しに喧々囂々の口げんかをしていた。その背後に蜘蛛が迫る。

「お前らまとめて頭冷やせ! 水渦メイルシュトローム!!」

 このまま放っておくと2人が蜘蛛に食われてしまうので、糸に巻かれて動けない2人に代わって俺が魔法を撃つ。敵は1体なので、水銃とかでもいいのだろうが、敵をそっちのけでケンカしているアホ娘どもの頭も冷やさせなくては、と考えて魔法を放つ。この魔法は、高速回転する渦潮を発生させるもので、簡単に言ってしまえば洗濯機の刑だ。

「おばばばばば!?」

「がぼぼばぼぼ!?」

 蜘蛛もろとも、アンナとリーフィアも水の渦に飲み込まれて高速で回転している。2人を拘束していた糸は水の勢いに負けて千切れていた。

「お兄ちゃん……意外とえぐい」

 俺の後ろで見ていたユズがポツリと呟いた。


「し、死ぬかと思った……」

 数分後、蜘蛛は溺死し、アンナとリーフィアは渦から解放され、息を荒げながら地面に横たわっていた。

「落ち着いたか? ったく、魔物に食われかけてるのに口げんかしてるからだ」

「だって、リーフィアが!」

「いーえ、アンナのほうこそ!」

 頭どころか全身を水の渦で冷やされたことで少しは落ち着いたかと声をかけたが、それでも懲りずに言い争いを続けている2人に、

「……もう一発、行っとくか?」

 右手に魔力を練り上げながら、意識して低い声で2人を脅す。

「え、遠慮しとくわ。リーフィア、謝るつもりはないけど、一時休戦よ」

「私も謝るつもりはありませんけど、休戦の申し出は受けます」

 これにはさすがに2人ともぎょっとした表情になり、「謝らない」と宣言しながら互いに握手をする、不思議な光景が見られた。

「わかったんならさっさと服を乾かしてこい。日が暮れると面倒だ」

 今のアンナとリーフィアは全身ずぶ濡れの状態なので、身に着けている革鎧やミスリル銀の胸当ての下に着ている服が身体に張り付き、それぞれのスタイルを浮き彫りにしている。なお、アンナもリーフィアも全体的にスレンダーな体型をしているが、唯一胸部装甲だけは異なる。アンナはどちらかというと慎ましやかなサイズ、リーフィアは豊かな膨らみを有している。今は防具を身に着けているのでそこまで目立たず、あまり意識せずに早く乾かせ、と指示を出せているが。


 その後、日が暮れるまでにさらに3体のジャイアントスパイダーを討伐し、合計で10体のジャイアントスパイダーを仕留めた。いずれも大きさは最初の大蜘蛛ほどではなく、せいぜい3メートル前後。

「さて、そろそろ日が暮れるな。どうする? ランタンは俺のインベントリに入っているから、その気になれば夜を徹してサーチ&デストロイもできるけど」

 さっき、ユズが「早く殲滅して帰りたい」みたいなことを言っていたので、そう訊ねてみると、

「それはやめとこうよ。あたしたちはこの森に土地勘あるわけじゃないし」

 意外にも、当のユズ自身がその提案を否定した。

「ユズキちゃんの言う通りね。いくら灯りを持っていても、土地勘の無い場所での無理はするべきじゃないと思う。ましてわたしたちはパーティを結成したばかりで、夜間の戦闘経験も無いわけだし」

 続けてアンナもユズの意見を支持する。

「私も同感です。なので、完全に暗くなる前にメーチェ村へ戻りましょう」

「よしわかった。戻ろう」

 俺とて、本気で夜間戦闘をやろうと思っていたわけではないので、すぐさま提案を撤回する。まあ、仮に俺が乗り気だったとしても、3対1の多数決で引き上げることになってただろうけどな。

お読みいただき、ありがとうございます。

次回…3-06:蜘蛛討伐(後編)

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