3-04:メーチェ村
依頼を正式に受領した俺たちは、夕方までかけて食料など遠征に必要な準備を整え、日が暮れるころ、王都を出発した。
「お兄ちゃん、紹介するね。バーサクベアのバサきちと、ヒュージボアのボアたんよ」
メーチェ村を目指すために王都を出発した直後、ユズが調教した魔物を俺やリーフィアに紹介してくれた。
「なんだって? バサきちと、ボアたん? 相変わらずだなぁ、ユズは。ペットに一風変わった名前を付けるクセは昔っからだもんな」
そうなのだ。俺が小学生、5歳離れたユズが保育園とか幼稚園に通ってた頃から、日野家ではいろいろとペットを飼っていた。割と田舎の街で、実家の敷地はかなり広かったから、一番多かった時でネコが3匹、イヌが2匹、ウサギが4頭、さらにニワトリが3羽。そのペットに名前を付けたがるのが決まってユズだったのだが、どれもこれも良く言えば個性的、酷い言い草をすればおかしな名前ばかりだった。ネコならナーゴ、ニャルコ、コニャ。約1匹、どこぞの這い寄る混沌めいた名前を付けられたネコは、その名前に反してとても大人しい、近所のアイドルだった。その他、イヌもウサギもニワトリも、子供が考えそうな安直な名前――イヌならポチ、ウサギなら色にもよるがシロとか、ニワトリならコッコなどなど――からなぜか大きく外した、とんでもない名前を提示してくる上に、それが通らないと拗ねるため、ことごとくとんでもない名前のペットだったと思う。幸い、変なのは名前だけで、どの子も可愛かったけどな。
「ええーっ! バサきちとボアたんのどこが変なのよー」
やはり、名づけた名前を批判されたユズが頬を膨らませて抗議してくるが、
「良かった、トーマ君はまともなネーミングセンスがありそうね。今いる子達の前に、バーサクベアがもう1匹いたんだけど、その子なんて名前が“バサべえ”だったのよ。最初に名づけたとき、わたし笑いをこらえるのに必死だったんだから!」
アンナがいいぞもっとやれとばかりに俺を援護してくれる。
「ちょっ!? アンナさんまで! 酷くないですか!? えーと、リーフィアさん! リーフィアさんはどう思いますか!?」
必死に味方を探そうとするユズは、リーフィアに同意を求めようとした。
「えっと……全否定するつもりもないですけど、賛同もしかねます。今の子達はもう名づけられた名前を受け入れてるみたいだからいいんでしょうけど、今後新たな魔物を調教した際には名づけをみんなで話し合うことにしてはどうでしょう?」
お、リーフィアが中立という形で逃げを打ったな。
「うう、誰にもあたしのセンスは理解してもらえないのね……」
全員が敵ではないが味方もいない状況に、ユズががっくりと崩れ落ちた。
王都イェスラから目的地のメーチェ村までは歩いて半日程度かかるらしいので、日が暮れるころに出発すれば、朝のうちに村へ到着できるだろう、という計算だ。
だが、そんな計算は早々に崩れ去ることになる。やはり夜間は魔物が活発に活動しているのか、それとも元々王都周辺に魔物が多く生息しているからなのかはわからないが、とにかく次から次へと魔物と遭遇する。出てくる魔物はシトア周辺とそれほど変わらない、今の俺たちから見れば雑魚でしかないような魔物ばかりだが、だからこそ余計に面倒に思えてしまう。以前、リーフィアとシトアから脱出して森への逃避行をした際には弱い魔物は出会うなり逃げていくことが多かっただけに、イライラもひとしおだ。
結局、森に囲まれた小さな農村、メーチェ村に到着したのは、陽も高く昇った、翌日の昼近くになってしまった。
ひとまず村長に会わないとならないので、近くを歩いていた村人に家の場所を聞き、村長の家を訪ねることにする。
村長の家は、他の家々と比べても別段大きいわけではなく、きちんと場所を聞いていなかったら間違いなく判らない自信がある。
「ごめんください」
玄関にノッカーなどというものは付いていないので、ドアを直接ノックする。
「はいな、どちらさんですかの?」
すぐに玄関が開き、初老の男性が顔を見せた。
「初めまして。王都から来た冒険者のトーマです。メーチェ村の村長は貴方ですか?」
よくいる田舎のご老人、といった雰囲気の男性に、普段どおりの粗野な口調はまずいと思い、精一杯の物腰の柔らかさを出して挨拶をする。後ろで必死に笑いをこらえているような雰囲気を感じるな。もし笑うようならあとでシメるか。
「ええ、私がこの村の村長を務めております、ゴドウィンです。冒険者、と申しますと、もしや?」
「はい。村長さんが王都のギルドに依頼なさった、森に巣くった魔物の討伐の件です。詳しいお話を伺ってもよろしいですか?」
「おおっ! そうでしたか! ようこそおいでくださった! ささ、狭い家ですがどうぞお入りくだされ!」
依頼を請けたことを知るや否や、俺たちは村長に引きずり込まれるように室内へ通された。
だが、話は進められなかった。自覚は無かったが、俺は相当疲れていたらしい。村長の家に通され、昔、父方の祖母の家で感じたような懐かしさについ気が緩み、イスにかけるなり居眠りしてしまったようだ。
ハッと気がつくと、室内は薄暗くなっており、夕暮れ時を教えてくれていた。
「トーマ君、起きた?」
イスで居眠りしていた俺の身体にはおそらくアンナのインベントリに入っていたものであろう毛布がかけられており、アンナは隣のイスで俺を見ていてくれたようだ。
「あ、ああ……済まない、寝ちまってたか」
「大丈夫よ。村長さん、見た目どおりのいい人で、話は夜にでも、って言ってくれたから」
「そうか、ところでその村長さんは? あとリーフィアとユズは?」
部屋の中を見回しても、居るのは俺とアンナだけだ。
「村長さんは、村の人と話があるから、って言って出かけてる。リーフィアとユズキちゃんはリーフィアを先生代わりに魔法の習得に挑戦中。そろそろ戻ってくるんじゃないかな」
「なるほど、わかった。ああ、これありがとな」
俺はひとつ頷くと、大きく伸びをしてイスから立ち上がり、アンナに毛布を返した。
「あ、うん。どういたしまして」
アンナは毛布を受け取ると、自分のインベントリに収納した。
「ただいまー。あ、お兄ちゃん起きたんだね」
そこへ、リーフィアとユズが戻ってきた。
「ああ。で、そっちはどうだったんだ? アンナから聞いたけど、魔法を学び始めたんだって?」
「まだ、全然ダメ。リーフィアの教え方は分かりやすいんだけど、あたし自身の資質がダメみたいで、全くできる気がしないよ」
まあ、そうだろうな。俺やアンナみたいなチート、あるいは生来の資質が高い魔族のリーフィアと違って、ユズはごく普通の一般人に近い。そんなユズが教え方が上手い先生に付いただけで簡単に魔法を習得できるなら、今ごろこの世界は魔法使いで溢れているだろう。
「おお、皆さんお揃いですな」
どうやら、村長さんも戻ってきたようだ。
「先ほどはお話できませんでしたが、皆さんがこの村に滞在される間は、この家を拠点に使ってください。まあ、ひとまず食事にしましょうか」
すると、村長の奥さんであるカーラさんが食事を運んできた。俺が早々に居眠りしてしまったために紹介ができなかったそうだ。なんか、ホント申し訳なく思う。
「依頼の詳しい部分を話す前に、この村のことをお話しておきましょう」
食事を取りながら、村長は話を始めた。
割と話が長くなったので要約すると、現在、この村の総人口は100名ちょうど。そのうち、20歳から49歳の、主要な働き手たちが半数弱の46名。それ自体はさほど問題は無いようだが、それより下、次世代を担う子供たちが少ない。働き始めの10代が4名、9歳以下の子供が5名。それに対して、未だ現役とはいえ、60歳を超える高齢者が30名ほどおり、平均年齢は他の村や王都などの都市に比べてもかなり高いようだ。
まさか異世界でも少子高齢化の問題を目の当たりにするとは思っていなかった。
閑話休題。
メーチェが生る森に入って収穫作業を行うのは、ほとんどがこの20歳から49歳くらいまでの村人たちなのだが、今回の魔物の出現により、半数がすでに負傷して臥せっているらしい。当然、魔物が道を塞ぐことで収穫量が減っているところに、人手が減ればより収穫は減ることになる。そうなれば流通量も合わせて減り、価格が暴騰する、という流れになるわけだな。
「森にジャイアントスパイダーが現れたのはいつごろですか?」
「ええと、確か半月ほど前のことだったと。自力で解決しようと腕に覚えのある村人たちが次々に武器を手に森へ入りましたが、ことごとく返り討ちに遭い、逃げ帰ってきました。死者が出ていないのがせめてもの幸いです」
確かにそうだな。ケガだけで済んでいるなら、いずれはまた仕事に復帰できるだろうが、死んでしまったら終わりだものな。
「依頼書には、森の入り口付近に立ちふさがっている個体がいるために調査も満足にできず、討伐数の目安になる生息数も分かっていない、と書かれていましたが」
「はい。この村の奥に森の入り口があるのですが、奴らはどういうわけか村を襲うことは無く、ただ我々が森に入ることだけを妨害しているような感じなのです。しかし、この村はメーチェからの収益無しに存続することはできないので、奴らを討伐し、我々をまた森へ入れるようにしていただきたいのです」
ふむ、目の前の村を襲うこともせず、メーチェの生る森を封鎖しているだけの魔物? だとすると、それなりの知能を持つ可能性があるな。
「わかりました。では、明日の朝から森に入って魔物の討伐を行いましょう。討伐対象が見当たらなくなったなら、一度村へ戻ってきます。その際、討伐状況を確認していただくために、どなたか村の方が私たちに同行していただきたいのですが、よろしいですか?」
「承知いたしました。村の者に声をかけておくので、その時になったら私に言ってください」
「わかりました。同行していただく方は私たちが責任を持ってお守りしますので」
「よろしくお願いいたします」
そうして、話し合いは終わった。
明日、夜が明けたら蜘蛛退治の始まりだ。
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次回……3-05:蜘蛛討伐(前編)




