3-03:4人の初依頼
そんな感じで情報交換を終えた俺たちは4人で王城を訪れている。
城門を守る兵士に俺とリーフィアの通行証を見せ、アンナたちの入城審査を経て、ブレットに取り次いでもらい、待つこと数十分。
「待たせたな」
「いや、忙しいんだろうから構わない。今日はそっちで用意してくれる家が見つかるまでの拠点の報告と、今後行動を共にする新たな仲間の紹介に来た」
「ふむ……第四区の借家を当座の拠点とする件と、新たな仲間だな。承知した。だが、先日話をしてからまだたったの3日しか経っていないが、信頼に足る仲間なのだな?」
「もちろんだ。新たな仲間のアンナとユズキは、俺と同郷でな。故郷で別れて以降しばらく会ってなかったんだが、ここで再会したのも何かの縁、ってことでパーティを組むことになったんだ」
ブレットとしては、アンナやユズキはポッと出の冒険者に過ぎないので、すぐに城の通行証を発行するわけには行かないのだろう。いくら俺が信頼できる仲間だと言い張っても、騙されていたり脅されて言わされたのだとしたら、とんでもないことになりかねないもんな。
「ほう、トーマ殿と同郷か。それに、2人ともとても澄んだ、まっすぐな目をしている。いいだろう、私の責任において2人にも通行証を発行しよう」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「では、済まないが私はまだ仕事が残っているので、これで失礼させてもらう。トーマ殿に進呈する物件はすでに目星をつけてある。引き渡す準備ができたら使いの者を送ろう」
ブレットは話が終わったと見るや、急ぎ足で応接室を出て行った。今度からはちゃんと事前にアポを取るべきかもな。
「ところで、アンナ、ユズ。2人が使ってる武具、だいぶくたびれてないか?」
王城を後にして家がある第四区への道を歩きながら、俺は2人に訊ねてみる。2人の防具は革鎧だが、表面がやや色褪せてきているし、縫い合わせている糸もところどころほつれが見られる。
「そうね、でもあんまりお金が無いから、武具にお金をかけられないのよ。特にこの前初期装備のショートスピアが壊れて、新しく鋼鉄製の槍を買ったせいで深刻な金欠なのよね。そういうトーマ君はずいぶんいい武具使ってるわね。ちなみに、それって素材は何?」
「ああ、これか? 剣も胸当てもミスリル銀だよ。胸当ては国王陛下からのもらい物で、剣はシトアにいた時に自分で買ったんだ」
「み、ミスリル銀……そんな高級品、とても手が出ないわ」
「ねー、お兄ちゃん。何か――」
「みなまで言うな。まだ金には余裕あるし、今後のためにも武具のグレードを上げようか」
「いいの!?」
「やったぁ!」
当然だ。もともとそういうつもりで話を振ったんだからな。だってそうだろう? 俺とリーフィアが国王陛下からの詫びの品としてもらったミスリル銀の胸当てを身に着けているのに、アンナとユズはくたびれた革鎧だなんて、他の誰が許せても、俺自身が許容できない。
好みの問題もあるから金属製の防具を、とは言わないが、それなりのグレードアップはさせてやりたい。半分以上は俺の自己満足だけどな。
「支払いは全部俺が持つから、武器も防具も好きなものを選んでいいよ」
そんなわけで第三区にある武具屋のひとつ、爽風亭にほど近いハリスン武具店にやってきた。早速俺は金貨が詰まった袋を軽く掲げてアンナとユズに言ってやる。
「ホント!? じ、じゃあ、これでもいい?」
アンナがおずおずと指差したのは、柄から穂先まで全体がミスリル銀で造られた、ミスリルスピア。値段は金貨1枚、100万ゴルド。
「ああ、構わないよ。じゃあ、これください」
「毎度! こんな高価な槍をポン、と買ってあげるなんて、兄ちゃん、やるねえ。ああ、なんだったらお姉さんが使ってた鋼鉄の槍、1万ゴルドで下取りするけど、どうする?」
へえ、武具の下取りもしてくれるのか。
「じゃあ、お願いします」
アンナは即答で頷き、ミスリルスピアを受け取りつつ、鋼鉄の槍を武具屋の親父に手渡した。
「ユズは決まったか?」
「あたしは使う武器が鞭だから、あまり選択肢は多くないんだ。でも、このトゲの鞭と、金属の鎖でできたチェインウィップのどっちにしようか迷ってる」
日本のゲームでも鞭という武器はあまりメジャーではなかったが、それは異世界サイネガルドでも似たようなものらしい。剣や槍といったメジャーな武器に比べると、鞭などのマイナーな武器は取り扱っている品数が限られ、それはすなわち選択肢の幅が狭い、ということに繋がる。
「チェインウィップでいいんじゃないか? トゲの鞭だと、手入れが大変そうだし」
「そうだね。じゃあ、これにする」
俺の意見を受けて、ユズは革の鞭だった武器を10万ゴルドのチェインウィップに買い換えた。なお、革の鞭は1000ゴルドで下取りしてもらえた。
「防具はどうする?」
「うーん、武器を買ってもらっちゃったし、防具は新調しないで修理だけでいいかな。この革鎧、くたびれてるけど結構丈夫で長持ちするしね」
「あたしも、別に金属製の防具はいらないかな。重いのが嫌で革鎧を使い続けてるんだし」
「ああ、防具の修理かい? ――ほう、バーサクベアの胸当てか。ずいぶん使い込んだな。ここまでくたびれてると、修理して使い続けるのと、鋲を打ってより防御性能や頑丈さを上げた、当店謹製の改造品を新たに買うのと、あまり値段は変わらないんだが、どうだい?」
すると、店の親父がここぞとばかりに商品を勧めてきた。ふむ、改造品か。
「なあ、親父さん。その改造品ってのは、従来のものと比べてどのくらい防御性能が引き上げられているんだ?」
「そうだな、装備する奴次第だから防御性能を一概に比較するのは難しい。だが、鋲を打ったことでより頑丈になってるから、大規模なメンテナンスを必要とする回数は従来品より減らせるだろうな」
「よし、じゃあその改造品を2つくれ。こっちの2人が身に着けるものだから、それでサイズを調節してくれよ」
「毎度あり」
鋲を打って改造したバーサクベア・ブレストプレートは2個で12万ゴルド。金属鎧を買うよりずっと安上がりだ。なお、くたびれた従来品は合わせて200ゴルドで下取りしてもらった。こんなにくたびれた品でも何か役に立つのか、と聞いてみたら、一度バラして、使える部分を組み合わせたりして再構築品として通常より安い値段で再び店に並べるそうだ。そういった品は、冒険者のような日常的に防具を必要とする職業向けではなく、一般市民が護身用などの用途で武器と一緒に買って行くようだ。果たして、平民の家に物盗りなどの不審者が侵入したとき、武器はそのまま手にとればいいだけだとしても、鎧などの防具を身に着ける余裕なんてあるのだろうか、と真面目に考えたくなるが、きっと気にしないほうが幸せになれるのだろう。
武具屋を後にし、家へ戻る途中。
「あ、みんなは先に家に戻ってて。夕飯の後のデザートにするフルーツを追加で買ってくるから」
アンナがそう言って足取りも軽やかに市場へ駆けて行った。
フルーツか。そういや、シトアにいた頃から市場へ行ってみようと思いつつ、結局一度も行ってないな。どんなフルーツを買って来るんだろう。少し楽しみだな。
あ、宿を引き払いに行かないと。
「ただいまー!」
俺たちが家に戻って1時間も経たないうちにアンナも戻ってきたが、妙に声がトゲトゲしい気がするな。何かあったのかな?
「おかえり、アンナ」
「ちょっと、聞いてよ! わたしたちの再会祝いにちょっと奮発して、1個2000ゴルドくらいが相場の高級フルーツ、メーチェを人数分買おうと思ったら、品薄で1個1万ゴルドまで値上がりした上にひとり3個までだなんて! 1個ずつ分けられないじゃない!」
「ちょっと、落ち着けって。俺はそのメーチェっていうフルーツを全く知らないんだが、品薄って、旬の季節が過ぎてる、とかじゃないのか?」
「お兄ちゃん、それは違うと思う。あたしもアンナさんと会う前に一度だけメーチェを買ったことがあるけど、メーチェが高級フルーツって言われるのは、ほぼ年中収穫できる代わりに生産できる環境が限られているからなんだ、ってその時の店のおじさんが言ってた」
ユズが話してくれた内容をまとめると、メーチェ、別名をフォレストピーチというそのフルーツは、ここ王都から南西に位置する農村、メーチェ村の特産品であり、そこでしか育たない不思議なフルーツなんだとか。
メーチェ村でそのフルーツを食べて気に入ったとある商人が、夜間にメーチェの木の枝をこっそり折って持ち帰ったり、種を持ち帰ったりして栽培をしようと試みたが、他の地域では何をどうやっても芽すら出なかったらしい。
逆に、メーチェ村とその周囲に広がる森では生長が早く、一定の気温や降水量があれば果実を収穫しても2ヶ月ほどで次の果実が生るため、真冬を除いてほぼ年中収穫でき、王都を中心に高値で取引される。村民の大多数は森の中に代々権利を持つメーチェの木があり、そこからの収穫と、村全体で管理している木からの収穫で生計を立てている。普通の野菜などを生産するのはメーチェのついでだったり、自分たちが食べていくのに困らないだけの生産量が維持できればいい、と言った具合らしい。
「なるほどな。じゃあ、7月の今は収穫が途絶えることは無いだろうし、何かあったのかもな」
「とりあえず、今日は2個だけ買ってきたから、夕飯の後に切り分けるね」
アンナはここで当り散らしても何の意味も無いと思った……のかどうかはわからないが、幾分落ち着きを取り戻した声でそう言うと、夕飯の支度に取り掛かった。
「美味い!」
夕飯を食べ終え、早速アンナが買ってきたメーチェを切り分けて食べているのだが、これがめちゃくちゃ美味い。桃のようなみずみずしさに、メロンのような甘さ。確かに高級フルーツと呼ばれるのにふさわしい果物だ。
「初めて食べましたけど、ホント美味しいですね」
「うん、うん。味は落ちてないみたいね」
「あたしも久しぶりに食べたけど、甘くて美味しい! ねえ、お兄ちゃん。メーチェの値段が暴騰した理由、調べてみない? こんなに突然値段が暴騰するなんて、ただ事じゃないよ」
「ああ、俺も賛成だ。品薄ってことは、何らかの理由でメーチェ村からの流通が途絶えたか、完全に途絶えていなくても激減しているということだ。その理由が何なのか、探る価値はあるだろう」
考えられる理由としては、まず外的なものとして魔物。それと賊の類。内的なものとしては村に病気が流行して収穫ができない、とかかな。魔物や賊の類なら俺たちでも解決できる可能性は十分にあるけど、流行り病とかだと、回復魔法レベル3のワイドヒールにある程度の病気をも治せる効能があるくらいで、それが効かなかったらお手上げだからな。
ともかく、明日市場へ行って、メーチェを売ってる商人に話を聞いてみるか。
翌日、俺たちは朝から連れ立って第三区の市場に店を構える、アンナが昨日メーチェを購入した露店のオッサンに話を聞きに来ていた。
「え? メーチェが品薄な理由かい? なんでも、最近になってメーチェが生る森に魔物が棲みついてしまったらしくてね。収穫に行こうとした村人を次々に襲っているらしいんだ。おかげで収穫量は激減して値上げせざるを得ないんだが、もともとメーチェは高級品だったとはいえ、さすがに1個1万ゴルドにもなると買ってくれる人がいなくてな。いくら腐りにくいフルーツとはいえ、このまま売れなければ、いくらか値下げをしないとならないかもなぁ」
オッサンはそう言って後頭部を掻きながら苦笑する。なるほどな、やっぱり魔物が原因か。だとしたら、もしかすると討伐系の依頼が出てるかもしれないな。
「よし、ギルドへ行って依頼を探そう」
一様に頷く3人とともに、ギルドへ向かう。オッサンに同情したわけではないが、メーチェを1個だけ購入した。
「じゃあ、俺とリーフィアで掲示板を漁るから、アンナとユズは聞き込みをお願いしていいか? 2人なら王都で活動して長いし、ある程度人間関係築いてるだろ?」
せっかく4人もいることだし、手分けしないとな。まして王都で何ヶ月も活動してきてる2人がいるんだ、掲示板だけでなく人からも情報を集めてみることは無駄にならないだろう。
「わかった、任せて!」
アンナとユズは頷くと、ギルドの奥へと小走りで消えて行った。
「よし、それじゃ俺たちは大量に貼り付けられた依頼票の中からメーチェに関するものを探す作業だ。依頼が出てる保証も無いから、徒労に終わる可能性だってあるけど、片っ端から探すぞ」
「はい!」
「じゃあ、リーフィアはそっち側を頼む。俺はこっちを見る」
さすがは王都のギルド。依頼掲示板がふたつある。どちらにも依頼票が乱雑に貼り付けられており、混沌としている。果たして、見つかるだろうか。
――☆ ☆ ☆――
わたしとユズキちゃんはそれぞれギルド内にいる冒険者や職員から聞き込みをする。
「え? メーチェ村? ごめん、最近そっちの方には行ってないからわからないな」
何人も立て続けに聞いてみるけど、どの人も芳しい答えは返ってこない。あ、ジミーさんだ。さっきまでいなかったのは、休憩中だったからかな?
「おや、アンナさん。どうされました? え、メーチェ村、ですか? それでしたら、昨日の夕方ごろに確か依頼を1件受理していますね。あいにく担当したのが僕じゃない上に、今日はその職員が休みなので、詳しい内容は実際に依頼票を探していただくほうが早いかと」
「わかったわ、ありがとう。――ユズキちゃーん、情報得たから戻るよーっ!」
わたしはその回答を持ってトーマ君のいる掲示板のところへまた小走りで向かう。
――☆ ☆ ☆――
「トーマ君、掲示板の中にメーチェ村関連の依頼があるってのは職員に聞いて確認が取れたわ。後は見つけるだけ――」
「あっ! たぶん、これだ!」
アンナが戻ってきて、聞き込みの成果を伝えてくれたのとほぼ同時に、メーチェ村の村長名義で出された依頼票を見つけた。
「どれどれ?」
聞き込みの成果が芳しくないまま戻ってきたユズも合流し、4人で依頼票を確認すると、依頼主はメーチェ村の村長。内容は魔物の討伐を依頼するもので、対象は巨大な蜘蛛、ジャイアントスパイダー。何体生息しているのかは不明。不明かよ、と思ったが、何かその近くに注釈めいたものが書いてあるな。どうやら、森の入り口近くに1体居座っているために、調査すらできていないようだ。だがこのままでは村の存亡に関わるために早急な解決を望む、と書いてある。
「蜘蛛……しかも“巨大な”って言うくらいだから相当大きいんだろうね」
「うわぁ……あたし蜘蛛苦手なんだけど。正直、見るのもイヤなくらい」
「ユズキ、あなたよく今まで冒険者やってこれたわね? 蜘蛛を怖がってたら、冒険者なんて務まらないわよ? だって、他にも虫系の魔物はいっぱいいるんだから」
蜘蛛と聞いて、顔をしかめるアンナと今にも泣きそうな表情になるユズを、リーフィアが苦笑いで嗜める。
「そんなこと言われたって、苦手なものは苦手なんだもん……」
「大丈夫だ。ユズが先頭に立つ必要は無いんだから。基本的には俺が最前線で近接攻撃、リーフィアが攻撃魔法を連発し、アンナは遊撃として、状況を見て対応して欲しい。ユズは……そうだな、調教で仲間にした魔物を使っての攻撃。あるいは、できそうなら鞭での直接攻撃だが、無理はしなくていい」
依頼を請けることを前提に、作戦会議っぽいことを行い、ユズを元気付ける。
「うん、ありがと。このメンバーの中じゃ今のあたしはお荷物になっちゃうけど、頑張るよ。それじゃ、早く解決するためにも依頼を請ける手続きをしに行こっ!」
果たして俺の励ましがどれほどの効果を挙げたのかはわからないが、多少はユズの表情が和らいだので良しとしよう。
「ああ、そうだな。とっとと片付けて、またメーチェで勝利の祝杯を挙げよう」
「「「賛成!」」」
かくして、俺たちは4人のパーティ結成後初の依頼を正式に受領した。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回……3-04 メーチェ村




