3-01:再会
「さて、まずは王都での拠点になる宿を見つけないとな」
創暦1763年7月9日。ノーランド王国王都イェスラの王城で国王陛下との謁見やその他事務的な話を全て終えた俺、日野刀馬ことトーマ=サンフィールドとこの世界で知り合い、いろいろあったが今は共に戦う仲間、リーフィア=ドーラは預けていた武器を返してもらい、王城を後にした。
「確か、宿などのお店はほとんど第三区に集中している、って銀竜隊のランディさんが言ってましたよね」
リーフィアは俺の横に並ぶように歩きながら、さっき王城内に入る前に俺たちをここまで案内してくれたシトアの騎士団支部に所属する人物の話を思い返すように言った。
「そうだな、とりあえずお勧めの宿があれば聞きたいし、先に冒険者ギルドを探すか」
「ギルドも第三区にあるみたいですよ」
なるほど、そりゃ好都合だ。
第二区と三区を隔てる城壁をくぐって第三区に入ると、途端に人が増え、活気溢れる通りになる。まあ、貴族の暮らす第一区や第二区が静か過ぎるだけなのかもしれないが。
冒険者ギルドは割とすぐに見つかった。城壁をくぐった、そのすぐ傍にあったからな。
だが、世の中全てが順風満帆には行かないものである。
「おうおう兄ちゃん、なかなか別嬪な彼女連れてんじゃねぇか」
「独り占めしてんのは良くねえなぁ、俺たちにもおすそ分けしてくんねえ?」
うわぁ……ギルドのカウンターを目の前にして酔っ払いの冒険者に絡まれるとかマジ勘弁なんだが。お約束と言えばお約束なんだけど、だからと言って受け入れられるものでもない。
いくらもうじき日が暮れるとはいえ、この泥酔っぷりじゃ一体いつから呑んでたんだかわかりゃしない。ギルドに併設されている酒場って大体24時間営業だし。
観察眼でステータスを見てみると、2人の男はいずれもレベル23。最初の男が斧のスキルをレベル2で、2人目がメイスやハンマーを扱う打撃武器のスキルをレベル3で習得し、かなりの手練なんだろう。まあ、こんなに酔っ払った状態じゃまるで怖くなんかないが。……いや、たとえシラフだったとしても、武技一辺倒な脳筋なんて俺の敵じゃないか。
「あー、止めといたほうがいいぜ? コイツ、可愛い顔して割と容赦なくえげつないマネしてくるから、命が惜しかったら手を出さないほうがいい」
「ちょっ、トーマさん!? 何を言ってくれてるんですか!」
「落ち着け。お前だってヤりたくもない奴とヤって吸精で死なせたら気分悪いだろ? いいからここは話を合わせとけ」
「…………!」
猛然と食って掛かってくるリーフィアに耳打ちして気勢を削ぐと、酔っ払いどもに再度向き直る。どうやら今のヒソヒソ話は気づかれなかったようだ。
「へへ、命が惜しくて冒険者が務まるかってんだ! そんなにいいものならなおさら独り占めはさせらんねえなぁ! そこを退くのか、退かないのか、どっちだ!?」
ったく、せっかく忠告してるのに、この脳筋め。
「退かない。こんなんでも大事な仲間だ。お前みたいな単細胞の筋肉ダルマに譲るつもりはねえよ」
酔っ払いどもは立ち上がると俺より背が高い上にガタイもいい。正直、日本にいた頃の俺だったらこんなのと睨み合いなんてできなかっただろう。だが、今は違う。余裕をうかがわせる涼しい表情で、酔っ払いと真正面から睨み合う。
「あぁん!? 誰が単細胞の筋肉ダルマだぁ!?」
俺の暴言に、筋肉ダルマ呼ばわりされた斧使いが吼えながら殴りかかってくるが、あえて避けずにそのまま殴らせる。ズドン、となかなかいい音がしたが、しょせんは酔っ払い。本来持っているであろう力の半分も出せていない。それでも並の人間なら吹っ飛んだだろうが、俺は少しのけぞっただけだ。お返しに、人差し指の先にほんの少しだけ魔力を込め、斧使いの握り拳を押し出すように突く。ほとんど力なんて入れなかったが、それでも斧使いはよろめいて後ろへ数歩下がり、元々座っていたイスにすとん、と腰を下ろす格好になった。何が起こったのかわからない、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしている。
「この野郎、なめやがって!」
すると2人目がテーブルのそばの柱に立てかけてあった自分の武器であるハンマーを持ち上げ、構えた。周囲がざわめくが、意に介した様子は無い。まったく、ギルド内で武器を抜くなんて、非常識にもほどがある。こうなったときに止めるべき職員は何をしているんだ、とカウンターのほうに目を向けると、現時点で客の応対などの業務を何もしていない職員が拳をグッと握り締め、こちらをワクワクした表情で見守っている。ちっ、観客かよ。これじゃあ自力でなんとかするしかなさそうだな。
だが、結果的には俺は何もする必要が無かった。ハンマーを構えた男が酔いのせいか足をもつれさせ、彼らが座っていたのとは別の、近くにあったイスなどを巻き込んで自滅するように転倒したのだ。その際、ハンマーも男の手を離れ、あろうことか転倒した男の腹に落ち、男は呻き声すら発することもできず、白目を剥いて意識を手放した。腹に当たったのは柄の部分だったのがまだ救いだろうが、見事な自爆だった。乙!
「……済まん、今ので酔いが醒めた。酔った勢いとはいえ、いきなり絡んだりして申し訳なかった。許してくれ」
自身があまりに軽くあしらわれたことと、仲間の自滅の際に発せられた大きな音が泥酔状態を醒ましたのだろう。斧使いの男が深々と腰を曲げて頭を下げた。
「まあ、殴られはしたけど大したことはないから別にいい。けど、そこで伸びてる仲間の回収や壊したものの弁償はちゃんとそっちで責任持ってくれよな。じゃあな。行こうぜ、リーフィア」
俺は頭を下げる男の肩をポン、と軽く叩いて言うと、リーフィアを促してカウンターへと向かった。
「ようこそ、冒険者ギルドへ! お兄さん、なかなかやりますねえ」
今の騒動の間、カウンターで観客になっていたダメ職員のところをあえて選び、受付をする。へえ、コイツ、何事もなかったかのように応対するか。肝が据わってるな。
「なあ、ああいう場面って普通は職員が止めるもんじゃないのか?」
「まあ、普通はそうなんですけどね。お兄さん、≪オーガ殺し≫のトーマさん、ですよね? シトアのギルドから連絡をもらっています。そのような方がどういった対応を取るのか、興味があったのであえて手出しをせず見守ってみました!」
おいこら、それでいいのかギルド職員。
ん? ってか今、なんて?
「確かに俺はシトアから来たトーマだが、その≪オーガ殺し≫ってなんだ?」
「ひとりでオーガを3体も仕留めたトーマさんに対して付けられた二つ名ですよ。いやあ、すごいですよね。あのタフな怪物を、ありふれたショートソードで首を落とし、格闘グローブの一撃で粉砕。最後は蹴りで首の骨をへし折った、と。それを当時Eランクで成し遂げれば、二つ名のひとつやふたつ、付けられるのは当然ですよ」
う、改めて称賛されると恥ずかしくなってくるな。話が聞こえていたであろう周囲の冒険者たちもざわめいている。
「トーマさん、顔が赤いですよ。照れてるんですか?」
すっかり黙り込んだ俺の顔を見てリーフィアがニヤニヤした笑みを浮かべながらつついて来た。なんかムカツク。
「うっさい黙れ。…………ふう、まあ二つ名のことはいいや。どんな風に呼ばれたとしても俺が気にしなければいいだけだしな。ともかく、これからしばらくは王都に拠点を置いて活動することになるだろうから、よろしく頼む。今日は挨拶を兼ねて、まだ拠点にする宿を決めていないから、お勧めの宿はあるかどうか聞きに来たんだ」
「こちらこそ、よろしくお願いします。Cランクで剣と格闘、魔法までも使いこなす万能タイプのトーマさんと、Dランクにして強力な魔法を操る凄腕の魔法使いリーフィアさん。あなたがたの活躍を期待していますよ。それで、宿でしたね。当ギルドと提携している宿は何軒かありますが、今日はそのほとんどがすでに満室、という情報が入っているんですよね。空室がある宿は……満月屋と、爽風亭の2軒ですね。場所は、満月屋がギルドの3軒隣になります。爽風亭はギルドからはやや距離があり、この第三区の東側になります」
職員の男性は丁寧にお辞儀をすると、カウンターの下から羊皮紙を束ねたファイルのようなものを取り出し、手元のメモと合わせてペラペラとめくっていき、空室のある宿の情報を教えてくれた。
「満月屋と、爽風亭だな。ありがとう」
教えてもらった宿の名前を復唱して頭に入れると、リーフィアを促してそそくさとギルドを後にした。今の騒動から職員とのやりとりまで一部始終を見ていた冒険者たちが俺のほうを見て何かひそひそ話をしてるのが聞こえたんだが、「アイツがあの噂の……」とか「意外と優しいんだな」とかはまだいいとしても、「アラ、いいオトコ」は無いだろう。だって、野太い野郎の声だぜ? つまるところ、「ウホ、いい男」の亜種だろ? 勘弁してくれ、俺はいたってノーマルだ。
結論から言えば、宿は爽風亭に決めた。満月屋は立地条件がいいせいなのか、高めの料金設定をしているにも関わらず、清掃が行き届いてなくてがっかりしたので保留にして爽風亭へ向かったところ、第三区の東側のやや外れたところに立地している、という条件を逆手にとって穴場の安宿のスタンスを築き上げ、1人1泊夕食と朝食がついて2800ゴルド。連泊なら一定の割引が利くのはシトアの竜頭亭と一緒だ。おそらく、連泊割引はこの世界の宿の共通サービスなんだろう。1泊ごとの値段や割引率なんかは各宿ごとに違うようだが。とりあえずシトアの時と同じく10日分先払いで2万5000ゴルドだった。
宿の手続きをしているところに、「ただいまー」という声が聞こえた。だが、どこか聞いたことのあるような声に何気なく振り向くと、そこにいたのはシトアのギルドで受付をやっていた、ベラさんだった。
「え? え? ええええ!?」
「あら、トーマさんにリーフィアさん。お久しぶり……でもないですね。うちの宿に泊まっていただけるんですか?」
「え、ここってベラさんの実家? っていうかギルドの仕事は?」
驚きすぎて何から聞いていいかわからない俺の混乱っぷりにベラさんはクスクスと笑い、
「はい、ここ爽風亭は私の実家ですよ。シトアのギルドの仕事は退職しました。お父さん、そういうわけだからしばらくは宿の仕事を手伝うわ」
俺にそう話すと、カウンター内で、突然の娘の帰郷に俺たちと同等以上に驚いている宿の主人――ベラさんの親父さん――に宣言した。
「なんだ、ベラ。帰ってきたって事は相手が見つかった……ってわけではなさそうだな。見合いの話を進める気になったのか?」
「見合い……?」
すると親父さんとベラさんが俺たちを挟んで会話を始めたが、気になる単語が出てきた。
「お父さん! そんな話、お客さんの前ですることじゃないでしょ!? そういう話は後でね! トーマさん、ごめんなさいね。いま、お部屋に案内しますから」
しかしベラさんはその話を強制的に打ち切ると、自分の手荷物を親父さんに投げつけるように預け、俺とリーフィアの背中を押すようにしながらそれぞれの部屋へ案内してくれた。
ベラさんが突然ギルドの仕事を辞めて実家に帰ってきたのは、さっき親父さんがポロッと漏らした“見合い”っていう話が何か関わってるのかな? でも、こんなこと聞けないよな。
うん、気にするのは止めよう。余計なことに首を突っ込むとロクなことにならなそうだからな。
宿を爽風亭に決め、新たな拠点での生活を始めるに当たり、俺たちはまず王都の街並みを散策し、各種の店がどこら辺にあるのか、を調べることにした。この国の中心であるこの街は当然だがシトアとは比べ物にならないほど広い。平民の住宅が立ち並ぶ第四区は店などがないためさほど時間をかけずに回れたが、各種の店や施設が集中する第三区はつぶさに調べていたら全部回りきるのに2日がかりになってしまった。武具屋が全部で8軒、雑貨屋が5軒。それと食事ができる場所は露店も含めると100軒以上にもなり、さすがに全部を食べ歩くのは無理だと早々に諦めている。
なお、幸いにして爽風亭の近くには武具屋も雑貨屋もある。なので、ギルドなどがあり、第二区及び第四区とを隔てる城壁の門からやや遠い、ということさえ気にしなければ、実際のところあまり立地条件が悪い、とは思わない。冒険者が歩くことを嫌がったら終わりだろうからな。
そんな王都散策もひと段落し、ぼちぼち何か依頼を請けて金を稼いでいこう、とリーフィアとともにギルドにやってきた。ああ、そういや今日は7月12日。俺がサイネガルドにやってきてもう1ヶ月か。早いもんだな。
「うーん……どれもピンと来ないなぁ」
ギルドの依頼掲示板を漁り、討伐系で何か目ぼしい依頼が無いか探してみたが、あるのは売れ残りであろう、報酬が安く、美味しくないような依頼ばかり。掲示板が2つあるにもかかわらず、そもそも討伐系が少ない。数少ない討伐系の依頼も、「イノボアの肉2頭分狩ってきてください」だとか「一角ウサギの毛皮5頭分」など、ぶっちゃけシトアのほうが強い魔物と出会えるのでは、と言いたくなるような有様。もちろん報酬もそれなりだ。今の俺たちには小遣い稼ぎにもならない。まあ、王都だしな。強い魔物は王国軍が片づけているんだろう。
「仕方ない、今日のところは諦めるかぁ」
「そうですねー、でも明日以降も無かったらどうします?」
「そん時はそん時だ」
「つまり何も考えてないんですね」
「そうとも言う」
そんな下らないやり取りをしながらギルドの扉を開けた俺は、その時たまたまギルドの前の通りを歩いていた女性と目が合った。
瞬間、時が止まったように感じた。
「えっ……?」
「と、刀馬君!?」
「あ、杏奈ぁ!?」
おいおい、マジかよ。杏奈がサイネガルドに来てるなんて、仮説の域を出ないと思っていたのに。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回……3-02:再会(その2)
3章は1日1話ずつの更新とします。続きは明日!
 




