1-17:閑話 ベラ=オルセン
シトアの冒険者ギルドで受付嬢として勤めていたベラさんの視点でお送りします。
いらっしゃいませ、ようこそ冒険者ギルドへ。どのようなご用件でしょうか。
私は、これまでに一体この言葉を何回言ったのでしょう。13歳で実家を離れ、遠く離れたここ、シトアの街のギルドの受付嬢として働き始め、気がつけば10年以上。
えっ? わざわざ実家から遠く離れた理由ですか? 変に実家が近くにあると、甘えてしまいますからね。子供の頃は泣き虫で甘えん坊だった私が大人になるためには、実家を離れるのは必要なことだった、と思っています。
一緒に王都の実家を出てシトアにやってきて、でも他の仕事を選んだ幼なじみの友達、そしてギルドの仕事を丁寧に教えてくれた先輩たちも、次々に結婚したり、年齢を理由に仕事を退職していき、気がついたら25歳の私はこのギルドの中でも古株、それこそギルドマスターに次ぐ在職年数になっており、受付を含むホールの業務は一通りこなせるどころか、どの職員より上手くやれる、と自負しております。
しかし、私だってひとりの女性として、結婚願望が無いわけではありません。むしろ、世間一般では「行き遅れ」と称される年齢に突入した昨今、かなり焦っています。
すでに結婚して幸せを掴んだ幼なじみの友達に相談したところ、「冒険者ギルドなんて男だらけなんだから、相手には事欠かないんじゃないの?」と言われました。確かに、その言葉自体は間違ってはいません。でも、でもです。冒険者の男性のところに嫁ぐのは構わないんですが、40代のオジサンだったり、逆に10代前半の若すぎる子だったりで、私が求める20代の男性ってなかなかいないか、いたとしてもすでに売約済みばかりなんです。男性職員は恋人持ちがほとんど、フリーな男性は入りたての若い男の子ばかり。
私としても、いくら焦っているとは言っても「男なら誰でもいい」とまで言うつもりはありません。顔の美醜などはどうでもいいですが、やはりそれなりの強さと、性格面。それと年齢。それくらいは求めても、いいですよね?
ですが、年齢を30代前半まで広げて妥協点を探っても、見つかりません。強さと、年齢はクリアできても、なかなか性格面で「この方なら」という人がいません。性格面、なんてものは真っ先に妥協すべき点なのかもしれませんが、私はそこで妥協したくはありません。
ちなみに、私の誕生日は9月12日なので、その日を迎えてしまうと私は26歳になります。
この前実家から届いた手紙では、いつになったら結婚するんだ、と書かれていました。26歳の誕生日までに相手を連れてこないと見合いをさせるぞ、とも。
その手紙にまた焦りを覚えながらも、状況が好転することもないまま月日は流れ、創暦1763年6月12日。26歳の誕生日まで残すところ3ヶ月。
この日、ギルドに新人が2人入りました。はい、職員ではなく、冒険者登録です。ひとりはリーフィアと名乗る10代半ばくらいの女の子で、潜在能力は高そうでしたが、まだ開花していないのか、そのままでは戦闘が発生するような依頼に送り出せるだけの基準を満たしておらず、見習いともいえるF-ランクでの登録になりました。
そしてもうひとりは、10代後半に見えましたが本人曰く20歳だという男性でした。トーマと名乗ったその方は華奢な見た目に反し、剣術、格闘、魔法を使いこなす期待の新人です。そして、顔は普通ながら、性格がとても謙虚で、ある意味では冒険者らしくない部分もあり、かなりの部分で私の理想を体現したような男性。さらに、用が無いときも結構私のほうをチラチラと伺ってるような感じがありました。これはイケるかも? と思い、どうやってアプローチをかけようか、と考え始めていました。
しかし、アプローチする前に私の淡い恋の火は吹き消されました。
トーマさんと同じ日に登録したもうひとりの女の子――リーフィアさんが、大胆にも修練場で結婚を申し込んだという話が舞い込んできたのです。その日はちょうど勤務時間が終わるところだったので、偶然を装って話し合いを始めた当事者の2人の隣のテーブルに陣取った私は、夕飯を食べながら2人の話し合いに耳を傾け、時々我慢できずに口を挟んだりもして、状況を把握しました。――リーフィアさんの求婚に、トーマさんは応じるつもりがまるで無い、ということを。
そのことに少しホッとし、再び恋の火を灯しましたが、だからと言ってすぐにアプローチをかけるのは、時期尚早でしょう。私もまた、トーマさんと出会って間もないのですから。今しばらくは、冒険者とギルドの受付嬢という関係で様子を見ることにします。
しかし、その判断は結果的に間違っていたのかもしれません。一体何があったのか、次の日には2人連れ立ってギルドに現れただけでなく、リーフィアさんは前日とは別人かと思うほど戦闘能力が上がっており、Fランクに昇格を果たすと同時に、前日求婚して断られていたトーマさんとパーティを結成することになっていました。トーマさんのほうは、あくまでパーティを組んでいるだけだ、という風な感じでしたが、リーフィアさんのほうは、陥落するのは時間の問題とばかりに浮かれているように見えました。
そうなると、私にできるのは受付嬢としての仕事での付き合いのみ。そうしながら、チャンスを伺うしかありません。
その仕事においても、彼らがグラスディアーを討伐しに出かければ、グラスディアーだけでなくゴブリンまで数十匹単位で狩り、さらにその死体まで全部持ち帰ってきたり、ゴブリンの討伐隊への参加要請を快諾して出て行ったらこのエリアでは見たことの無い、オーガなんていう怪物と遭遇し、討伐して生還。Eランクの冒険者とは思えない戦闘能力です。それらを思うと、どうしても顔が引きつってしまいます。
オーガとの死闘から帰還後、手に入れた多額の報酬を使ってトーマさんは酒場を貸し切りにし、討伐隊に参加した冒険者はもちろんのこと、直接関係の無い私たち職員、さらには居合わせただけの冒険者さえも巻き込んで、大宴会を開催していました。
主催ということでいろいろなところで話をしているトーマさんを見ていると、どうしても視線に熱がこもってしまいます。
「なあ、トーマ。お前さんはついこないだふらっとこの街に現れて冒険者になったんだよな? それが10日も経たないうちにオーガを3体も討伐? しかも命に関わりかねないほど重傷を負った人間を歩けるくらいまで治すほど回復魔法を連発できるその魔力。どこをとってもEランクの冒険者に成せる所業じゃねえ。そんな凄腕なら、以前から噂になっていてもおかしくないが、今まで全く噂の類は無し。一体この街に来る前はどこで何をしていたんだ?」
あ、Cランクのガンツさんがトーマさんに質問してる。その答え、私も気になります。
「まあ、俺はこの街に来るまで、ここから遠い国の小さな村で両親と暮らしていたからな。戦闘能力はそこで親父に仕込まれたんだよ。だから、噂になってないのは当然といえば当然だな。で、今はその親父に世界を見て来いと言われて田舎を出てきたところだ」
遠い国の小さな村、か。私はこの国以外の国がどうなっているのか、詳しくないですけど、トーマさんは外国出身だったんですね。言われて見れば、トーマ=サンフィールド、という名前はあまりこの国では聞かないような語感ですし、黒髪と黒目というのも珍しいですものね。
そうなると、もっともっとトーマさんのことを知りたい、という思いが湧いてきて、見つめるのを止められなく――気づかれた、恥ずかしいっ!
目が合っただけで顔が火照るなんて、どうしようもないくらいに、私、トーマさんに恋しちゃってるみたいね。
その日、私はずっとチラチラとトーマさんの姿を目で追っていました。
それから数日して、トーマさんがギルドに姿を見せなくなりました。パーティを組んでいるリーフィアさんも同様に姿を見せなくなったので、どこかへ遠出でもしているのでしょうけど、気になるのは、依頼を受けた形跡が全く無いこと。心配ではありますが、そればかりを気にしているわけにも行きません。他の街に拠点を移した、という可能性だってあるのですから。今はとにかく彼らの無事を祈りましょう。
私が身を案じたことが奏功したわけではないでしょうが、彼らは7日ほどが過ぎた頃、再びギルドに姿を見せてくれました。……呆れるほど大量の魔物の死体をストレージボックスの中に携えて。
その中には、オーガほど強くはないですが、森の奥深くまで行かないと出会うことすら無いような魔物もおり、それが彼らの足跡を教えてくれていました。ギルド職員として、最低限の戦闘能力を身に付け、冒険者ランクで言えばDランク程度の力はある私ですが、正直な話、今回彼らが出かけていたと思われる森の奥地には行ったことがありませんし、今後もベテラン級の冒険者たちが大人数で組むパーティの一員として、という条件が付かない限りは決して足を踏み入れようとは思わないでしょう。あの森の奥地でこれだけの魔物を狩るには、パーティは最低でも10人以上、かつCランク、できればBランク以上の冒険者が数人は欲しいところですね。
トーマさんは正式な昇級手続きが取られてないですがオーガの討伐によりDランクへの昇級が決定し、同様にリーフィアさんもEランクへ昇級。しかし、それでもDとEの2人だけ。個人のギルドカードには他人がトドメを刺した数は記録されませんので、確実にあの2人だけであれだけの数の魔物を狩った、ということになります。本当に、彼らは何者なんでしょう。
なお、今回の大量討伐は依頼ではないため、依頼達成で加算される昇級ポイントは貯まりませんが、魔物を討伐するだけでもその強さに応じたポイントが加算されていき、彼らの昇級が決まりました。これでトーマさんがC、リーフィアさんがDランクになりますね。
ところで、彼らが無事に戻ってきてホッとしている私なのですが、抱いていた淡い恋心は完全に打ち砕かれそうです。森で過ごした7日ほどの間にどれだけ距離を縮めたのか、戻ってきたトーマさんはリーフィアさんに自然な笑顔を向けていたのです。もう、以前のような私のほうを伺う視線はありませんでした。
彼らが街へ戻ってきてからまた7日ほどが過ぎた頃、騎士団の使いの方がトーマさんたちに向けて「正式な謝罪をしたいので騎士団の詰め所へ来て頂きたい」という伝言を残していきました。
謝罪? それも騎士団――王国軍が? 一体、彼らが姿を消していた間に何があったのでしょう。気にはなりますが、私はあくまで一介のギルド職員。そこまで事情通でもなければ、その事情に踏み込む権限もありません。できるのは、その伝言を受け取り、確実に伝えることだけ。
そのことを伝えると、2人は表情を引き締め、頷きあってギルドを出て行きました。
それから幾日も経たないうちに、トーマさんたちが連れ立って私のところに来ました。用件は、シトアを離れて王都に活動の拠点を移すから、その挨拶だそうです。ホント、トーマさんって律儀ですね。私もギルドの受付嬢として10年以上働き、数多の冒険者たちを見守ってきましたが、女性ならともかく、男性冒険者でこんなに律儀な人は見たことありません。
でも、王都ですか……。実は、私の実家は王都にあるんですよね。つまり、実家に戻ればトーマさんたちの活躍を引き続き追いかけていける、ということでもあります。もちろん、トーマさんは外国出身で、世界を見て来い、とお父様に言われてるらしいので、いずれは王都を離れる日も来るでしょうけど、しばらくは滞在するでしょうし、決めた! 私もトーマさんたちが街を離れた後で王都へ行きましょう! 彼を追いかけるためなら、仕事なんて二の次よ!
でもやはり、ギルドマスターをはじめとして、同僚職員たちは私が退職すると申し出たことに驚き、なぜどうして、の連呼と、辞めないでくれの大合唱でした。
もちろん、本当の理由を話せば周りに呆れられるであろうことは私にも予想ができたので、実家から呼び戻された、という半分本当、半分ウソの理由を伝えて、渋々ながらも納得してもらいました。
こうして、創暦1763年7月7日。私は10年以上働いたシトアの街の冒険者ギルドを退職し、王都の実家へ戻りました。
少しは親孝行もしないとならないし、ひとまず実家の宿屋で手伝いをしようかな。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回から2章に入ります。
明後日、11/9よりスタート。




