1-16:王都イェスラ
「おおう……これはまた」
シトアを出て2日。俺とリーフィア、それと俺たちを護衛してくれている銀竜隊の面々を乗せた馬車は、王都イェスラに到着した。さすがは王都、シトアとは比べ物にならないほどデカい。
「王都イェスラの人口はおよそ12万人。一時滞在の冒険者や商人、それと先に挙げた人口に含まれない浮浪者なども含めると、15万人を超えると言われているんだ」
非常に大きな街並みにあんぐりと口を開けて間抜けな声を漏らす俺に説明してくれたのは、銀竜隊の副長、ランディさん。セシル隊長とはまた違ったタイプのイケメンだと思う。
王都イェスラは中央に王城があり、その外側に伯爵位以上の貴族が暮らす第一貴族区(通称“第一区”)、その外側にそれ以外の貴族が暮らす第二貴族区(第二区)、商工業者などが立ち並ぶ商業区(第三区)を経て、一番外側に平民の居住区である第四区。なお、いわゆるスラム街区は第四区の外側に位置し、そこには奴隷商や奴隷に関する物品を取り扱う店も立ち並んでいるようだ。
それぞれの街区は城壁で区切られ、貴族ではない身分の者は第三区までしか立ち入ることができない。そのため、第三区と第二区を区切る城壁には常に兵士が立っており、立ち入る資格の無い者を追い返す役目を担っている。同様に第二区と第一区の間を区切る城壁にも兵士が立っているが、そこまで立ち入ることのできる身分は限られている以上、厳格な身分照会は行っていない。無論、第一区と王城を区切る城壁ではきちんと身分照会及び登城の目的などを確認している。
ちなみに、銀竜隊の面々のように近衛兵団以外の王国軍に所属する兵士や騎士は第一区までの立ち入りが許されている。その先、王城は近衛兵団の領分になり、特別な許可が無いと立ち入ることは許されないのだ。
今はセシル隊長が王城の入り口で近衛兵団に引継ぎを行っているので、王都を初めて訪れる俺やリーフィアにランディさんが引き続きいろいろと説明をしてくれた。
「トーマ殿」
そうしているうちに、どうやら引継ぎを終えたらしいセシル隊長が俺を呼んだ。
「我々の役目はここまでだ。ここからは、彼ら近衛兵団が案内人となってくれるだろう。では、さらばだ。またシトアに来ることがあれば、詰め所に顔を出してくれ」
セシル隊長は片手を挙げて俺たちに別れを告げると、颯爽と去っていった。
「それでは、ここからは我々がご案内します。どうぞ」
「ああ、よろしく頼むよ」
こうして、俺とリーフィアはノーランド王国の中枢部へ足を踏み入れた。
ふかふかの絨毯が敷き詰められた広い廊下を、近衛兵の後ろについて歩く。ところどころに見るからに高級そうな花瓶やら置物、絵画などが飾られていて、中世ごろのヨーロッパあたりの王宮のイメージをそのままそっくり再現したらこうなるのか、というような感じ。ちなみに俺のイメージのもとは関東北部にある世界各国の建造物や世界遺産などを集めたテーマパーク。そこにあったヨーロッパの城。
とはいえ、そこらへんの置物などの値段は正直想像したくないので、それらに触れないよう、なるべく真ん中を歩く。時折メイドさんっぽい人とすれ違ったりもするが、多くの物語に登場するようなドジっ子属性を備えている人はいるのだろうか。まあ、現実に居たとしても関わりたくは無いが。そういうのは自分に被害が来ないからこそ笑っていられるものだからな。
「それでは、しばしの間こちらでお寛ぎください。御用がありましたら、何なりとお申し付けくださいませ」
やがて、俺たちはひとつの部屋に通された。応接室らしいが、かなり広い。シトアで宿泊していた宿、竜頭亭の部屋が5つは入ってしまいそうだ。執事さんが待機しており、置いてある調度品もやはり高級感がある。それでいてゴテゴテしていない。
「ところでリーフィア、武器を持ったまま謁見に臨むのはやっぱりまずいよな?」
ここまで、特に武器を預からせてくれ、という話は無かったが、だからと言ってこのままでいいとも思えない。そこで、種族は違うが国を治める立場に近かったリーフィアに訊ねてみる。
「そうですね。預けておいたほうが無難だと思います」
リーフィアの回答は少し曖昧ではあったが、そこは国や種族の違いから来る習慣の差だろう。魔族が魔王に謁見する際にどうしていたのかはわからないが。
「執事さん、武器を預かってもらっていいか?」
「は、承ります」
すると執事さんはどこからか黒いお盆を持ち出して、俺たちの武器をそれに載せた。お盆の大きさは両手を伸ばしてやっと端が掴めるほどなのに、どこから取り出したんだ?
そんな疑問はさておいて、預けたのは俺のミスリルソードにマジックナックルとボロックナイフ、それとリーフィアのコンバットスタッフと鉄のダガーだ。リーフィアの予備用に買ってあるダガーはインベントリに入ったままだし、最悪の場合俺もリーフィアも集束具無しでも攻撃魔法の発動は可能だ。もちろん、そんな事態になってほしくはないが。
それからしばらくして、俺たちは謁見の間に向かった。
結構待たされて、緊張感ばかりが高まりそうになる中、隣に座るリーフィアの存在は不思議と心強かった。
それに、ハーブティーの類だろうか、出されたお茶が少し緊張を和らげてくれたような気もする。
そして今、俺たちは謁見の間で国王に向かって跪いている。
「余がノーランド王国の国王、ノーランド23世である。冒険者よ、面を上げよ」
「お初にお目にかかります、トーマ=サンフィールドと申します」
ぶっちゃけ俺はそういう礼儀作法など皆無だ。だからこのセリフも、漫画か小説か忘れたけどどこかで読んだ言い回しを流用したものに過ぎない。まだ20歳で社会人経験も無いから敬語にも自信ないしな。
そんな内心はおくびにも出さず、俺は顔を上げる。
見上げた先にいる国王、ノーランド23世。その見た目は50歳近いオッサンだ。だが、ピンと整ったカイゼル髭や豪奢な衣装、そして頭に頂く王冠にはきらびやかな宝石の数々。
まさにイメージどおりの王様の姿だろう。
「うむ、なかなか良い目をしておる。従者の娘も面を上げよ」
「国王陛下、お初にお目にかかります。トーマ様の従者、リーフィアでございます」
リーフィアが顔を上げると、周囲を固める側近たちが息を呑むような音が聞こえた。まあ、反応する必要は無いな。
「さて、まずは我が国の軍を預からせていた者がそなたたちに迷惑をかけたこと、国王として正式に謝罪しよう。その者は爵位を2つ降格させ、当代の隠居を命じた。それと、詫びの品を用意させたので、受け取ってくれ」
爵位の降格は聞いていたが、強制的に代替わりさせるまでやったのか。まあ、それだけ陛下が今回の件を重大なものとして捉えてくれている、ということなんだろう。それに加えて詫びの品か。何をもらえるのだろうか。
すると、近衛兵と執事服を着た少年が台車を押して謁見の間に入室してきた。その台車には、白銀に輝く胸当て型の鎧が2つ、載せられている。
「硬さの割にとても軽い魔法金属、ミスリル銀で作らせた胸当てだ。そなたたちは革製の防具を使っていたと聞いている。ならば、軽装の防具を好むであろうと思い、このような物を用意させた。余からの詫びの気持ちだ」
なるほど、ミスリル銀の胸当てか。金も貯まってきたから買い換えようと思っていたので、ありがたいな。
「はっ、ありがたく使わせていただきます」
「うむ。ところで、トーマよ。そなたは、ひとりでオーガを3体も葬り去ったという話が伝わっておるが、まことか?」
「はい、まことの話でございます」
「ほう、それはどのようにして仕留めたのか、聞かせてもらえるか? 余も、若い頃は父上に命じられて兵とともに各地の魔物を討伐し、一度だけオーガとも戦ったことがあるのだが、余の未熟な剣技では奴めに一太刀の傷も付けられなかった。見れば、そなたは当時の余よりも若い。いかにしてあの魔物を葬り去ったのか」
「はい」
俺は頷き、オーガとの死闘を振り返りながら説明して聞かせた。風の魔法剣で首を一撃で落とすも剣が壊れた事。やむを得ず格闘グローブでオーガの棍棒を迎撃したらオーガの半身ごと消し飛ばした事。そして援護に来たリーフィアを救うために全力で飛び蹴りを入れたら首の骨を折り、奴自身がへし折った木が胸を貫通して死んだ事。最後の1体は完璧な勝利ではなく、事故の要素が強かっただけに、今となってはやや気恥ずかしささえ覚える。
「ほう、魔法剣とな? 今まで見たことも聞いたことも無いが、剣と魔法を同時に使う、ということかね?」
「はい。今は陛下との謁見に臨むために武器を預けてしまっているのでお見せすることはできませんが、剣技に習熟し、かつ魔法を修めている方であれば訓練次第で使えるようになるかと存じます」
「なに、そのようなこと。この者の武器をここへ持て。トーマよ、ぜひその魔法剣とやらを余にも見せてくれぬか?」
「へ、陛下!?」
唐突に放たれた命令に側近の皆さんが慌ててるが、当の陛下は知らん顔でこちらに興味津々な視線を向けてくる。
そう間をおかずに、俺の武器であるミスリルソードが運び込まれた。
「そうですね……見せるだけでよろしいのであれば、わかりやすいように火の魔法を剣に付与しましょうか」
そう言って俺は魔法剣のスキルを使って火魔法を剣に乗せる。白銀に輝く刀身が炎を纏うと、途端に驚きの声が謁見の間の方々から上がる。
「見事じゃ。トーマよ、面白いものを見せてもらった褒美だ。そなたの望みを言うが良い。なんでも、とまでは申せぬが、可能な限り応えようぞ」
へえ、こんなことで望みのものが手に入るのか。国王様、思った以上に太っ腹だな。
「それでは、お言葉に甘えまして。よろしければ、王都イェスラに拠点となる家をご用意していただければ、と思います」
「拠点、と申すか。その心は?」
「はい、まだ訪れて間もなく、ほんの一部分を見たに過ぎませんが、陛下の治める王都イェスラは人も物も活発に往来し、笑顔が溢れる素晴らしい街です。私はこのような場所に拠点を置き、活動したいと考えております。人が集まれば自然と情報も仕事も入ってきますので、冒険者である私にはとても都合が良いのです」
王都でもうひとりの勇者と出会えたらとっとと国を出ていくつもりだったが、陛下との謁見で気が変わった。しばらくはこの国にいてもいいかな。
「あいわかった。詳細はブレットに任せる」
「はっ!」
国王の傍に控えていた側近のひとりが頭を下げた。
「わたしはブレット=スチュアート。陛下の側近とだけ覚えてもらえればいい」
「トーマ=サンフィールドです。よろしくお願いします」
「リーフィア=ドーラです。私のことはお構いなく」
謁見を終え、俺たちと国王の側近、ブレットは俺たちが最初に案内された応接室へ戻ってきた。
メイドさんがお茶とお茶菓子を出して退室すると、部屋の中には俺とリーフィア、ブレット、それと執事さんだけになった。執事さんは空気を読んでいるのか、可能な限り気配を薄くしてくれている。
「わたしは一応伯爵位を持つ貴族ではあるが、ここには我々しかおらぬ。言葉遣いなど一切気にせず、腹を割って話そう」
へえ、なかなかいい人そうだ。
ブレットはだいたい30代半ばくらいだろうか、若くはないが老けている、というほどでもない。ブラウンの髪に細く鋭い目つき、体格は引き締まっている。貴族でなければ騎士団にでも入っていそうな感じだ。
「すでに聞き及んでいるかもしれないが、改めて詳細を説明させてもらおう。此度の件は王国軍を統括する立場にあったヴィクター公爵の独断による暴走だ。王国軍の精鋭を勝手に引き抜いて私兵のような扱いをするに留まらず、爵位を傘にやりたい放題だったのだ。それでいて、有能だからなかなか処罰に踏み切れなかったが、此度の件は限度を超えている。さすがに陛下も見過ごすことはできず、処罰に踏み切った、というわけだ。改めて、君たちが無事で良かった。襲われた際にひとり返り討ちで殺したとのことだが、気に病むことは無い。その兵の遺族への補償も、ヴィクター“伯爵”に命じたからな」
少しずつ詳細が明らかになっていくが、結局はその貴族が全て悪い、ってことか。まあ、国王から直接謝罪され、詫びの品まで受け取った以上、蒸し返すことはしないけどな。
「ああ、わかったよ。事件が解決しているのであれば、それ以上言うことは無いよ」
「そう言ってもらえるとありがたいな。では、もうひとつの話に入ろうか。拠点となる家を、と言っていたが、具体的な希望はあるか?」
ここからが俺たちにとっての本題だ。
「そうだな、部屋は予備も含めて5つほどあればいいからそこまで大きな建物でなくても構わないが、広い浴室は最低限で付けて欲しい。あと、可能であれば鍛冶や錬金ができる工房。リーフィアは何か希望はあるか?」
「そうですね、ソファーやベッドは大きくて座り心地や寝心地のいいものが欲しいですね。あと、冒険に出て家を空けることも多くなりますから、留守を預かる管理人やメイドさんなんかも必要ですね」
あー、なるほど。確かにそれは必要だな。庶民の俺にはその発想は無かった。元とはいえさすがは皇女か。
「わかった、それなら十分希望に添えるだろう。用意ができるまでの間はどうするつもりだ? 必要なら、城内に部屋を用意させるが」
「これからの活動資金を貯めるためにも、ギルドで依頼を請けながら過ごすつもりだから、街中で宿を取るよ」
一応、それなりの所持金はあるが、いち地方都市だったシトアと違って、ここは王都だ。同じ国内だから物価にそれほど差はないとしても、やはり金は持っておきたい。あって困るものじゃないからな。
「そうか、わかった。では、滞在する宿が決まったら教えてくれ。これは城の通行証だ。これを兵士に見せれば、すぐに城内へ入ることができる。まあ、入らずとも、わたしに伝えるように誰かに言えば、伝わるとは思うが」
ブレットはカードのようなものを懐から出して俺とリーフィアに渡してきた。なるほど、通行証か。
「わかった。じゃあ、拠点の件、よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
「ああ、確かに承った」
最後に俺はブレットと握手を交わすと、執事さんに預けた武器を返してもらい――謁見の間で使ったミスリルソードも再度預けていた――俺たちは王城を後にした。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回……1-17 閑話 ベラ=オルセン
11/7 21:00 予約投稿をセットしておきます。
ギルドの受付嬢、ベラさん視点。
章の最後に持ってきた閑話ですので、ここまでの更新間隔とか無視して投下します。




