1-14:帰還
「さて、お前らに聞きたいことがある」
暗殺者どもがうめき声を上げながら身体を起こそうとしているところに仁王立ちして、隊長格っぽい感じがする男の喉元に剣を突きつけながらそう宣言する。
「こ、殺せ……」
だが男は自らの敗北を悟るとそう一言発し、黙ってしまう。
「自分らが何者か、しゃべるつもりはない、と? 大した忠誠心だな。だがその態度で、半分以上は自分らが王国軍の者だ、と自白してることに気づいているか?」
「!?」
おおよそメドはついていたが、それでも確証は無かった。だが今の隊長格の動揺した表情が全てを物語った。ついでに言うと、こいつら暗殺者としては二流、いや三流以下だな。
「さっきはいきなり殺されかけたから勢い余ってひとり殺してしまったが、話すべきことを話してくれればお前らの命までは奪わないと約束する。もちろん、軍に所属していない民間人を不意打ちで殺そうとした、その罪は償わないとならないだろうが、それはあくまでこの国の法に委ねる。だが、もしそれでも黙秘を貫くというのなら、俺はお前たちを今の縛られた状態のままこの場に放置する。そうなれば、良くて餓死、悪ければ魔物のエサだ。さあ、どうする?」
男の眼前に剣を突き立て、務めて笑顔を作りながら選択を迫る。
「……我々は、王国軍に所属してはいるが、表立っては存在しない闇の小隊。存在を公表していないため、関係者からは王国の闇、という部隊名で呼ばれている。とはいえ、その実態は騎士団を統括するヴィクター=バーンズ公爵の私兵と言って差し支えない」
さすがにその選択には黙秘を貫くことはできず、男がポツリポツリと口を開き始めた。ふむ、王国の闇、と呼ばれる部隊か。どうでもいいけど、王国軍の中に厨二病をこじらせてる奴でもいるのか? 公爵とやらの私兵で、関係者にそう呼ばせている、と考えると、公爵は厨二病なのだろうか。……いや、本当にどうでもいい。今は置いておこう。
「なぜ俺たちを襲った。その公爵の命令か」
「……そうだ。だが、理由までは知らぬ。我々には命令を拒否することも、質問をすることも許されていないのでな。ただ、これだけは言える。我らが主、公爵様はとても臆病なお方だ。大方、あんたたちが強いから、刃向かわれたら困る、とでも思われたのだろう」
開いた口がふさがらない、とはこのことか。軍を統括する貴族が臆病で、戦果を上げた冒険者が刃向かわないように暗殺しに来るなんて、国を守るつもりがあるのだろうか。
「済まないが、我々に話せることはこれで全てだ」
「そうか。まあおおよその事情は把握できたからそれでいい。縄を解くわけにはいかないが、置き去りにはしないと約束する。シトアの街へ戻って、後は騎士団に預けた上で王国の司法に委ねるとしよう」
「暗殺しようとした相手に向かって言うのもなんか妙だが、ありがとう」
「こっちこそ、事情を話してくれてありがとうよ。もう少ししたら、街へ向けて出発する。それまで身体を休めておくといい」
リーフィアが魔族であることはここで話すわけにはいかないので、どうしてこれほどまでに身体がだるいのか、彼らにはわからないだろうが、それを話す必要性は無いだろう。
と、その時。急速にこの場へ迫り来る気配を察知した。その数、およそ20。王国軍の新手が襲撃してきたかと、身構えた俺の前に現れたのは――
「トーマ殿! 無事だったか!」
先日、ともにオーガと死闘を繰り広げた、騎士団シトア支部所属、セシル隊長率いる銀竜隊の面々だった。
「おやおや、暗殺者を俺に嗾けたノーランド王国軍の関係者が何の用かな? そこの連中だけでは倒しきれないかもしれない、と追撃任務でも受けたのか?」
しかし、顔見知りであるセシル隊長の顔を見ても、今の俺は安心などできはしない。セシル隊長も王国軍の一員なのだから。警戒心を再び高め、腰の剣に手をかけながら問う。
俺が無事だったことにホッとした表情を見せたセシル隊長だったが、俺の言葉を聞いて瞬時に表情を引き締めた。
「トーマ殿が怒るのも無理は無い。だが、聞いて欲しい。確かに王国軍の中にはトーマ殿を危険視して排除しようとする勢力もいるが、我々のように護ろうとする勢力もいる」
「ほう、じゃあ、アレか。勧誘に失敗したから暗殺しようとして、それも失敗したから救助するフリをしてお前たちが出てきたのか?」
「ち、違うっ! 我々は本当にトーマ殿を助けに――」
「不意打ちで殺そうとしてきた相手の仲間をどうやって信用しろって言うんだ!? 俺たちの味方だと言って安心させて、背後からブスリとやるんじゃないだろうな?」
自分でも今まで出したことの無いくらい低く、ドスの利いた声だ。だが止める気は無い。
「トーマさん、落ち着いてください」
イライラが募り、命を奪わないと約束した暗殺者たちも含めてここにいる王国軍関係者を皆殺しにしてやろうか、という危険な考えが頭をよぎり、マジックナックルに魔力をチャージし始めたところで、リーフィアの手がそっと俺の手を押さえた。ふわりと、まるで俺の心まで包んでくれるような感覚に、冷静さを取り戻すことができた。チャージした魔力も霧散していく。
「確かに、話を聞きもせず、いきなり暗殺者を差し向けてきたことには怒りを覚えますが、だからと言ってノーランド王国の全てを敵に回し続けるのはとても困難です。王国軍全体を信用するのは私とて無理ですが、せめてセシル隊長と銀竜隊は信じてみてもいいんじゃないですか? トーマさんと銀竜隊の皆さんはともに死線を潜り抜けた戦友、でしょう?」
リーフィアは俺の表情を伺いながら言葉を紡いでいる。まあ、言っていることは理解できるし、事実その通りなんだろう。セシル隊長や銀竜隊とは協力してオーガを撃破した、戦友と呼んで差し支えない間柄だ。
「わかった」
「トーマさん、ありがとうございます。セシル隊長、信じますから、裏切りはナシですよ? もし裏切ろうものなら、トーマさんと私はノーランド王国を滅ぼしに行きますので、そのつもりで」
「この剣と、私の騎士としての魂に誓おう」
リーフィアの言葉にハッとして、セシル隊長が片膝をついて頭を垂れた。王国を滅ぼす云々はどこまで本気にしてるかわからないけどな。
ひとまずシトアの街に戻ることになり、銀竜隊主導のもと、俺たち2人や、捕らえた暗殺者部隊6人も一緒に歩いている。なお、暗殺者部隊や銀竜隊が俺たちを正確に追って来れたのは、騎士団から褒章として受け取ったボロックナイフの刀身に、ごく小さな魔法陣が刻まれており、それから放たれる魔力を追ってきたとのことだ。見てみると、確かに刀身の根元、普通は銘を入れるような部分に刻まれている。文様には気づいていたのに、スルーしたのが悔やまれるな。
なんでも、騎士団が褒章として贈る品には必ずこのナイフがあり、ひとつひとつ魔力の波動が違うので贈り先をいつでも追跡できるらしい。俺の暗殺を命じた段階ですでに俺とリーフィアがシトアの街を脱出していたため、暗殺者部隊には追いつき次第不意打ちでもなんでもいいから仕留めろ、という命令が下されていたようだ。全くもって公爵許すまじ。王都に行ったらもうひとりの勇者を見つけてとっとと出て行こう。可能なら国を出る前に公爵をぶん殴りたいが、なかなか難しいだろうな。
銀竜隊だけで20人ほどになる上に、俺たちや暗殺者部隊も合わせると30人近い大所帯だ。必然的に移動には時間がかかり、森を出てシトアに戻るまで、2日半を要した。50人もの大所帯で行軍していた時より時間がかかっているのは、ロープで縛られて自由の利かない暗殺者部隊の歩行速度に合わせていることや、全員が肉体的あるいは精神的に疲労していたことが挙げられるだろう。銀竜隊が持っていた食料が途中で尽きてしまうハプニングもあったが、そこは俺のインベントリの中にあるイノボアなどの肉を振舞うことで解決した。
6月28日、およそ7日ぶりにシトアの街に帰還した。セシル隊長には、「近いうちに改めて謝罪をしたいので、ギルドに使者を出す。それまでゆっくり身体を休めておいてほしい」と言われた。俺の返事を待たず、彼らは暗殺者部隊を引き連れ、騎士団の詰め所のほうへ去っていった。
「しばらく姿を見せないと思ってたら、とんでもない量の死体を持って帰ってきましたねぇ……」
ひとまず俺とリーフィアはギルドへ向かい、俺のインベントリの中身を整理することにした。森へ向かう道すがらに倒したイノボアの毛皮やゴブリンの死体、そして森へ入ってからのブラックバッファローほか、やや強めの魔物。例によって倉庫に案内されて積み上げた死体の山に、これも毎度のことだがベラさんの顔が引きつる。なんか、受付での営業スマイルと、倉庫での引きつった表情しか見てない気がするな。まあ、いっか。
結局、今回の買い取り額は合計で200万ゴルド、金貨2枚分だ。連日森の中を歩き回って魔物を狩り続けた成果だな。なお、俺のレベルが20に、リーフィアも15に上がり、冒険者ランクも上がった。俺がC、リーフィアがD。そもそもゴブリン討伐戦でオーガとの死闘があったおかげで、あの時点で俺がD、リーフィアがEに上がっていたのだが、予定外のオーガ戦が発生したことでいろいろとばたついていて昇級手続きが取られないまま俺たちが姿を消し、そしてさらなるランクアップの条件を満たして帰還したため、傍目には一気に2ランクアップ、という形になった。
「おや、トーマさん。お久しぶりですね」
とりあえず、今は宿無しなので再度宿を確保しないと街の中にいながら野宿になりかねないので、リーフィアと2人で竜頭亭へ行くと、7日程度では何も変わらない姿のご主人が今日も書き物をしていたが、索敵のスキルでも持ってるのかというほどの反応の良さで俺たちに気づいて営業スマイルを浮かべていた。
「ああ、宿泊したいんだが、部屋は空いているか?」
その問いに、ご主人は困ったような顔になり、
「申し訳ありません。ただいま、個室部屋は満室になってしまっておりまして、お連れ様との相部屋であればご用意できるのですが……」
カウンターから出てきて丁寧に腰を折って謝罪してきた。
「ああ、相部屋でも大丈夫だ。ただ、今回は何日滞在するかわからないから、1日ずつの支払いになるが、それでもいいだろうか?」
「もちろん、それは構いませんよ。相部屋ですと、1泊、朝食付きで4500ゴルドになります。昼食や夕食のお値段は変わらずおひとり様1食200ゴルドですので、どうぞご利用くださいませ」
ほう、相部屋だと個室部屋を2部屋取るより少しお得なんだな。
そんなことを考えながら今日の分の宿代を支払い、俺とリーフィアは部屋に案内された。
広さは個室部屋の1・5倍ほどのおよそ6畳くらいか。だが、今俺の目を惹いているのは、部屋の広さよりも、寝具だった。
「この世界にも2段ベッドがあったのか……」
いや、まあどうでもいいと言えばそれまでなんだが、こっちにあると思っていなかったので驚いているのだ。もちろん、日本で見ていたものとは比べるべくもないのだが。
「トーマさん、私、上がいいです!」
どうやらリーフィアも見るのは初めてのようで、やや興奮気味に寝床の主張をし始めた。
「ああ、好きにしろ」
「……なんですか、その表情は。どうかしたんですか?」
おそらく、俺の表情が相当ニヤけていたのだろう、リーフィアがジト目で訊ねてきた。
「いや、そうやって声高に上がいい、と主張する姿を見たら故郷の妹を思い出してな。あいつ、兄の俺にべったりだったからな。今ごろ大泣きしてるんじゃなかろうか」
ごまかしなど一切無し、の事実を打ち明ける。紛れも無く今のリーフィアの姿は妹の柚希を彷彿とさせた。柚希がブラコンだったのと同様、俺もまたシスコンだったのかもしれないな。
「わ、私はそんな子供じゃないですーっ!」
リーフィアがなにやらわめいているが、まあ放っておこう。
しばらく何もする気が起こらず、7日が過ぎた。
7月5日。久々にギルドに顔を出すと、騎士団から使者が来て、リーフィアと2人で詰め所に来て欲しいという話があった、とベラさんから聞いた。
まあ、謝罪であれば向こうから出向いてくるのが誠意として当たり前、だとは思うが、街中や宿に来られてもそれはそれで困るから、やっぱりこれでいいか。
「よし、行くか」
「はい」
さすがにあれだけ言ったからシトアの騎士団が敵に回ってるなんてことはないだろうけど、気を引き締めておくことに変わりは無い。リーフィアと頷きあい、俺たちは硬い表情で騎士団の詰め所へ向かった。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回……1-15 和解
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