1-13:逃避行(後編)
翌日、俺とリーフィアは森の中へ足を踏み入れた。
この前討伐隊の一員として訪れた時は、襲ってくる魔物は前衛のステラさんたちがほとんど蹴散らしていたので俺たちが戦うことはほとんど無かった。
しかし今回は木々の隙間から次々に一角ウサギやらグラスディアーやらが飛び出してくる。飛び出しては来るのだが、ひと目見て明らかにかなわない相手に、交戦することなく逃走していくものがほとんどだ。
なお、先日の戦いで死闘の末倒したオーガはもうさすがに出てこなかった。出てこられても困るが。
森の奥へ進むにつれ、今まで見たことのなかった魔物も姿を見せ始めた。全体真っ黒な外見で、闘牛じみた突進を見せるブラックバッファローや、一撃で木をへし折るだけの攻撃力を持ちながら、理性を持たず見境なく暴れるだけのバーサクベアなどの動物系の魔物、そして森ならではの植物系の魔物、根っこを足代わりに自在に歩き回ってるマンドラゴラ、無数のツタを振り回し、あるいはそれでこちらを捕らえようとする頭脳派な植物、アルラウネといった初見の魔物たちはやはりこれまでの魔物より数段強いようで、今の俺たちを見てもひるむことなく攻撃を加えてきた。もっとも、アルラウネ以外は俺たちにとってはさほど苦戦する相手ではなかったが。アルラウネに関しては、俺はなんともなかったがリーフィアがツタで捕らえられてしまい、植物系に対して割と有効なことが多い火属性魔法の攻撃が封じられた点でやや苦戦した。もちろん、俺の剣で細切れにしてやったけどな。
やがて俺たちは、森の奥に一軒の小屋を見つけた。そこはどうやら森で獲物を探す狩人たちが一時的な拠点として使う場所のようで、簡素ではあるが生活できる設備が整っていた。利用代金もかからず、誰でも使えるようなので遠慮なく使わせてもらうことにする。
「トーマさん、これからどうするんですか?」
「ひとまず、ここを拠点に魔物を狩り、強度指数を上げる。王国軍がどう出てくるかわからないから警戒を怠るわけにはいかないが、街で買いこんできた物資が心もとなくなって、それでも何もなければ、一度街へ戻るつもりでいる。その頃にはだいぶ強度指数も上がっていると思うしな」
現在、というかここしばらく小屋は誰も利用していないようなので、リーフィアと手分けして簡単に掃除をしてから小屋に入り、今後の予定を確認する。
なお、ここに着くまでにリーフィアのレベルが12に上がっている。スキルは新たに剣術のレベル1が増えた。彼女が持つのは文字通りの短剣、ダガーだが、それも剣術スキルの中に含まれるんだな。
それから数日の間、日中は森の中を歩いて魔物を討伐し、夕方になると小屋に戻る、という生活を繰り返した。それにより、俺はレベル19に、リーフィアもレベル14に上がった。
……ん? そういえば、こないだも思ったんだが、以前と違ってリーフィアに対する俺の態度がずいぶん柔らかくなった気がする。
パーティを組む前、組んだ直後、オーガとの死闘の後、騎士団の勧誘を受けた後、そして今。段階を経るごとに少しずつではあるものの、確実に態度が軟化しているな。
「なあ、リーフィア。ひとつ、聞きたいことがあるんだが、いいか?」
その晩、俺はある決意をもってリーフィアに声をかけた。
「どうしたんですか、急に改まって」
「ああ、いや、そんな大したことでもないんだが、お前が最初に俺に接触してきたとき、『結婚してくれ』みたいに言ってただろう? あの時は結局俺を暗殺するための方便だったわけだが、今はどう思っているんだ?」
杏奈がこの世界に来ているかもしれないと気づいた時から、考えていたこと。杏奈と再会できれば、当然一緒に冒険をすることになるだろう。そうなったとき、リーフィアをどういう風に扱うか。杏奈は元の世界で俺と交際していたし、素性の知れない、あるいは下半身直結型と言われるタイプの男は毛嫌いする傾向はあるものの、おそらく杏奈は魔族であってもリーフィアのことを受け入れるだろう。だがリーフィアはどうだ? ……まあ、そもそも、リーフィアのあの発言が今も有効なのか、という点を確認しないとならないんだけどな。
「確かに、最初はトーマさんに近づき、暗殺をしやすくするためのウソでした。でも、今は本気でトーマさんのことが好きです。真剣に、結婚したいと思ってます」
なるほどな。第一段階はクリアかな。
「そうか。俺としても、パーティを組んで共に行動するうちに情が移った、というわけではないけれど、交際するのもアリかな、とは思ってる。だから、その前に確認したい。リーフィア、お前としては俺が複数の女性と関係を持つのはアリか、それともナシか。どっちだ?」
「それはもちろんアリですよ。強いて言えば、複数の女性と関係を持っても、その中で私を一番じゃなくてもいいので疎かにしない、と約束してくだされば、相手の女性が受け入れてくださる限り何人でも構いませんよ。でも、トーマさん。そんなことを聞いてくるということは、どなたか心に決めた方がいらっしゃるんですか? ギルドの受付やってるベラさん? それとも、この前の討伐隊に参加していた魔法兵の方ですか?」
リーフィアは一瞬の迷いもなく首を縦に振った。しかも、自分を疎かにしなければ何人でもいいって、ずいぶん寛容だな。まあ、そんなに増やすつもりはないけどさ。
「ああ、心に決めた人がいるのは確かだが、その2人ではないよ。俺が創造神さまによってこことは違う世界からやってきた、という話は前にしたな? その世界で、俺は交際していた女性がいたんだ。名は杏奈。……けど、俺がこの世界に来るよりかなり前に、アンナは俺の前から姿を消した。向こうの世界の金や持ち物を全て置き去りにして、な。それで、いろいろと考えてみた結果、もしかしたらアンナもこの世界に来ているんじゃないか、って思ったんだよ。創造神さまによると、俺より先にこの世界に来ている勇者がいるらしく、その人は王都を拠点にしているらしい。もちろん、その勇者がアンナである保証はどこにもないけどな」
そんなリーフィアの無形の信頼に応えるため、俺はこんな話をした背景を包み隠さず話した。それでもアンナの苗字について話さなかったのは、俺と同様、中途半端な英訳がなされている可能性があるからだ。黒木だから、ブラックウッド? うん、俺の日野と大差ないな。
「ええと、トーマさんが交際していた、って言うくらいですからその方は女性ですよね? だとしたら、トーマさんの前に来た勇者はそのアンナさんという方で合ってるかもしれませんよ」
「当たり前だ。俺は純度100%のノーマルだ。いや、それより何か知っているのか?」
「ええ。数ヶ月ほど前に、創造神の導きで勇者がこの世界にやってきた際にも、父――皇帝陛下は勇者抹殺を命じ、私の弟であるマインツを派遣しました。ですが、弟は功を焦って単身で勇者の宿に夜這いをかけた挙句、返り討ちに遭って命を落としています。もしその方が加わるとなると、出奔の目的が弟の仇を討つためでもあった私としては少々複雑な気分になりますが、私はトーマさんについていきます。弟の死はもちろん悲しいですが、突き詰めれば自業自得とも言えるわけですからね」
うわあ、弟の仇より俺とその仲間を選ぶか。まあ、今は気にしないでおこう。
「ありがとう。でもそうなると、今このタイミングでこの国を脱出するのはダメだな。なんとかして、一度は王都に行かないとならないか」
何はともあれ、一度は王都あるいはその周辺に行き、もうひとりの勇者と会うべきだろう。創造神さまも前の勇者ひとりだけでは大変かも、とかいう理由で俺を呼びつけたんだし。その後行動を共にするかどうかも、まずは会わないと決めようがない。
「そうですね。今回の件が落ち着いたら、行ってみましょう」
「ああ。……っと、どうやらおいでなすったようだな」
「えっ……ほ、ホントですか?」
先日取得した索敵のスキルにより、この小屋の入り口を7人で半包囲するような位置で様子を伺っているのがわかる。確かリーフィアも索敵のスキルは持ってたと思うが、スキルレベルの差なのか、掴みきれていないようだ。
「え、おい、ウソだろぉっ!? リーフィア、伏せろっ! バリアぁっ!!」
「きゃああっ!?」
唐突に小屋の外で魔力が練られるのを感じ取った俺は、即座にリーフィアを引き倒すように床に伏せた。直後、放たれた魔法――風の刃が木造の小屋を切り裂き、ガラガラと大きな音を立てながら小屋は崩壊した。床に伏せただけの俺たちの頭上から小屋の残骸である木の廃材などが降り注ぐが、伏せると同時に発動させた無属性魔法の防御障壁がそれらを全て防いでいる。
「ったく、やってくれるぜ……」
しばらくして、完全に崩壊した小屋の残骸の下から這い出す。時間がかかったのは、障壁の上に降り積もった小屋の残骸を振り払うのに手間取ったからだ。障壁が間に合ったおかげで、俺もリーフィアも無傷だ。しかし、俺を狙っているのに不意打ちでリーフィアまで巻き添えにするあたりが気に食わんな。
「トーマさん、戦うんですか……?」
俺のしかめっ面を見たリーフィアが心配そうな声をかけてきた。
「ああ。あいつらは俺を暗殺するために来たんだろう。それなのにただパーティを組んで共に行動しているという理由だけでお前まで巻き込んだ。いわば人間のクズだ。そういう、目的のためには手段を問わない、無関係な人間を巻き込むことも厭わない、っていう姿勢が気に食わないからな。お前は下がってろ。奴らのターゲットは俺だけだ。ちょいと、暴れてくる」
あえて剣を抜かず、マジックナックルに魔力を込めていく。改造でより多くの魔力を蓄積できるようになったが、それを早くも活用することになるのか。しかも魔物ではなく、クズとはいえ同じ人間相手に。なんだか、ちょっと複雑な気分だ。
ちなみに、俺たちが小屋の残骸の下から這い出して数分、襲撃そのものからは十数分ほど経っているが、敵である暗殺者パーティは動いていない。こいつら、暗殺者のクセに戸惑ってやがったのか?
「トーマさん、貴方の隣に立つのは誰だか、お忘れですか?」
魔力の充填を終え、戦闘態勢を整えた俺の横に並び立つリーフィア。何を言っているんだ、コイツは? ――俺の隣に立つのは魔族の元皇女……あ、そういうことか。
「リーフィア、お前……」
「今の私は実情はともかく、対外的にはトーマさんの従者です。主人であるトーマさんが命を狙われた、それだけで私が戦う理由には十分です。さらに言えば、相手がこの世界の人間である以上、私は魔族である自身の固有能力を惜しげもなく振るえますから。さあ、やっちゃいましょう!」
2対7という数的不利を覆し、俺とリーフィアは暗殺者たちに勝利した。結果だけをあっさり言ってるように見えるが、事実あっさり決着がついたのだから仕方ない。
撃破数は俺が1、リーフィアが6。俺が撃破した奴は無力化ではなく、殺してしまった。俺が動き出すのと同時に再び襲い来る風の刃を回避し、それを放った男に肉薄して拳をヒットさせたら、一撃で身体が粉々に消し飛んだのだ。体内の血液などは霧状になって飛び散った。まあ、改造前でさえオーガの半身を消し飛ばした威力を持つ法闘術だからな。改造でチャージできる魔力も増えれば人間なんてひとたまりもないよな。ああ、もちろんこうなることを分かっていてやった、完全に確信犯だ。俺たちのいる小屋を破壊し、殺しに来たんだ。殺される覚悟も当然持っていたはずだ。人を殺すことへの迷い? 無かったわけじゃないが、自分の命を守るためには迷ってなんていられないさ。
1人目を消し飛ばした勢いで次――短剣を構えた暗殺者に飛び掛ろうと思ったら、そいつを含めた残りの6人が同時に崩れ落ちた。
「私だって、いつも守られてばかりじゃないんですよ?」
リーフィアが真剣な表情で呟く。6人が一斉に崩れ落ちた真相は、リーフィアの魔眼だった。以前、俺の動きを封じた際にも使用した魔眼だが、魔眼とひと口に言っても目的によっていくつか種類があるらしい。ひとつは、俺の動きを封じる際に使用した拘束の効果。これは意識を鮮明に保ったまま、身動きだけを封じるとのことだ。ふたつ目に、催眠術のごとく他者に暗示をかける効果。これはシトアに来てからは使っていないらしい。みっつ目、これが今回暗殺者6人に対して使った、睡眠の効果。文字通り、ターゲットを強制的に眠らせるもので、魔眼で拘束された俺が最後の抵抗とばかりに声を上げようとした際に使われたのも、この睡眠の魔眼だ。リーフィアのスキルの中で変り種といえる吸精と魔眼。そのうち吸精はリーフィアを含む魔族の固有能力で、この世界の生物にしか効果を及ぼさないが、実は魔眼はただのスキルだ。一応、俺の習得可能なスキルリストにも入っている。だがそれゆえに、異世界人である俺にも等しく効果を上げる、地味ながら有用なスキルなのだ。今のところ俺は取得するつもりはないが。だって拘束だの暗示だの睡眠だの、どれもこれも犯罪じみてるじゃないですかやだー!
ちなみに、眠らせただけでも無力化としては十分だと思うが、いきなり命を狙われたことにはリーフィアも思うところがあるようで、さらに吸精で体力を瀕死まで、魔力は全て奪い取っていた。リーフィアには観察眼のスキルは無いが、吸精中は大ざっぱながら対象の体力や魔力の残量を把握できるらしい。もっとも、今までは把握できていても手加減したことは無く、相手の命のカウントダウン程度にしか考えていなかったようだが。
「それで、この人たちはどうするんですか?」
青白い顔をしたまま眠り続ける6人を俺のインベントリの中にある冒険セットから出したロープで縛り上げると、リーフィアが訊ねてきた。
「とりあえずこいつらが何なのか、情報が欲しい。せっかくリーフィアが生かしたまま無力化してくれたことだし、少しこのまま様子を見る。こいつらが目を覚まして、黙秘を貫くなら置き去りにして魔物のエサにしてしまえばいいだろう」
「わかりました。しばらくは野宿、ですね。まあ、そのつもりでいろいろ準備してましたからいいんですけど」
襲撃も落ち着いたので、食事を取ることにした。晩飯前に襲われたので、いい加減空腹だ。保存食は今日の昼飯で全部無くなってしまったので、インベントリの中を見て食材になりそうなものを探す。
「トーマさん、料理できるんですか?」
「料理と言っても、宿の料理みたいな高尚なものではないが、食えないほど酷いものにはならないと思うぞ」
森に入る前に仕留めたイノボアの死体をインベントリの内部で解体し、肉だけを出すとコンロの上に置いたフライパンで焼く。肉から脂が染み出し、いい具合に焼けていく。よほどいい匂いでもしたのか、もう少しで焼けるというあたりでゴブリンがよだれを垂らしながらふらふらと寄ってきたが、やはりいい匂いによだれを垂らしそうなリーフィアが邪魔しないでください、と言わんばかりに水銃の魔法で全て撃ち抜いた。見た目は凛々しいんだけど、魔法を詠唱しながら「じゅるっ」とか聞こえてたら台無しだ。
やがて食事を終える頃、暗殺者どもが目を覚まし始めた。
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次回……1-14 帰還
11/7 00:00 更新予定です。




