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1-12:逃避行(前編)

「ただいまー」

 模擬戦とかをしていたせいで、ギルドに戻ったのは陽が沈もうとしている時間だった。

「ずいぶん遅かったですね。何かあったんですか?」

 ずっとギルドで待っていたのだろうか、リーフィアが駆け寄ってきた。

「まあ、いろいろとな。やっぱり騎士団へ加入して欲しい、と要請はされたが、断った。どうも、俺を勧誘しろと命じたのは騎士団を統括する王都の貴族らしい。命令には逆らえないから、って支部長さんが嘆いていたよ」

「そうだったんですか」

「ああ。その後は騎士と模擬戦とかをしていたら、こんな時間になっちまった。今からじゃ時間も遅いし、今日はもう宿に戻るか」

 騎士団の詰め所であったことを話し、リーフィアとともに宿に戻ることにした。


「トーマさん、ちょっといいですか?」

 夕食後、部屋でくつろいでいたらリーフィアが訪ねて来た。最初はパーティを組むことを拒否して追い払おうとしていたのに、気がついたらこんなに仲良くなってる。

「うん、どうした?」

 パーティを組んで以降、見ていなかった真剣な表情に、寝転がっていた身体を起こし、ベッドの縁に腰掛けて話を促す。

「さっきの話なんですけど、騎士団の勧誘は支部長っていう人やあのセシル隊長の考えではなくて、さらに上の人たちの指示だった、って言いましたよね」

「ああ、そう言っていたな」

「だとするとやはり勧誘の意図はトーマさんという強大な戦力を軍が管理する、ということでしょうね。そしてそれを断られたとなれば、相手が打つ次の一手は……」

「懐柔に失敗した以上、暗殺、か……?」

 とても強い、だが特定の所属を持たないフリーの傭兵戦士を軍が懐柔しようとして失敗した後に暗殺しに来る、みたいな展開の小説か漫画を元の世界に居たときに読んだような記憶がある。事実は小説より奇なり、という諺もあるくらいだ、無いとは言い切れないだろう。

「それも手として十分あるでしょうね。ただ、相手はトーマさんの強さを知らないでしょうから、そう簡単に動きはしないと思うんですが……」

「あ。騎士団の詰め所で能力計測器メジャーメント・アビリティっていう魔道具を使用させられて、俺の能力値は知られてる。ただ、スキルはその魔道具では出なかったし、半分は魔法兵団の支部長の個人的な興味だと言っていたから、それが伝わっているかはわからないけど、実は魔道具の使用は上からの指示で、測定結果は軍の上層部にまで伝わっている、っていう最悪のケースを想定しておくべきかな?」

「ええ。トーマさんの能力値を知った上で、相手が持つ手駒の能力値と比較して、殺せるとなれば迷わず仕留めに来るでしょうね」

「……よし。リーフィア、今から街に出るぞ」

「えっ?」

「王都からここまで何日かかるのか、俺は知らない。だけど、仮に今日暗殺者が放たれるとしても明日の朝にもう到着している、なんていうことはさすがにないと思うんだよ。だから、今のうちに必要なものを買い揃えて、しばらく街を離れて野営を行う。野営をしながら魔物を倒してレベル――強度指数を上げるんだ。たぶん初めて話すけど、俺は勇者として、創造神さまから特別な能力を授かっている。強度指数を上げると、スキルを習得するためのポイントを得られる。そのポイントを割り振れば、あっという間に達人冒険者の完成だ。武器も魔法も思うがまま、ってわけなんだ」

 王国軍が暗殺者を放つことを想定し、そいつらとやり合うことを前提にした俺の作戦、そしてさらりと明かされた俺の秘密に、リーフィアは唖然としている。


 すっかり日も暮れ、店じまいの準備をしているところも多い中をリーフィアと2人で駆け回り、野営のための道具類を買い漁った。食事とトイレは野営のキモなので、それらについては便利な魔道具を購入。食事に使う携帯用の魔道コンロは25万ゴルド、携帯用のトイレは40万ゴルドと高価だったが、今は金を惜しんでいる場合ではない。

 その他もろもろ揃え終わるのにおよそ1時間かかり、合計で100万ゴルド、金貨1枚分の買い物をしていた。


「よし、行くぞ」

「はい」

 そして、翌朝。まだ夜も明けきらぬ中、俺たちは宿を出発した。宿を取ってから10日近く経って、契約を延長するか聞かれていたので、引き払う旨は伝えてあった。その際、新たに街中で拠点となる家を借りるつもりだ、と宿の主人には言っておいた。

 街に入るときには身分証の提示だとかあれこれチェックが入るが、出る際にはそれほど気にはされないのも良かった。難なく街を脱出した俺たちは、ついこないだオーガとの死闘を演じたあの森へと向かっている。森には魔物も多いし、それに森を抜ければ検問のない国境線があるから、ヤバそうならこの国を脱出することも考えている。

 と、森を目指していた俺たちの行く手に何かが飛び出してきた。

 ……なんだ、イノボアか。

「リーフィア、ちょうどいい。コイツならそんなに強くないから、武器の扱いを練習してみろ」

 そう言って一歩下がる。

「は、はいっ!」

 リーフィアはやや緊張した面持ちで、短剣を構えてイノボアと対峙する。安物とはいえ、鈍い煌めきを放つ短剣を見て、イノボアもリーフィアを敵と認識し、鼻息を荒くする。

「突進は直線的だから、少し横に動いて回避しながら斬りつけるんだ」

 そんなアドバイスをしたそばからイノボアが突進攻撃を仕掛けてくる。

「えいっ!」

 こう見えてリーフィアの身のこなしは軽く、華麗に突進を回避してすれ違いざまに短剣でイノボアの頭部を斬りつける。うーん、ちょっと浅いかな。事実、イノボアはさほどのダメージも負った様子もなく、方向転換して再度リーフィアに狙いを定めている。

「むー、あんまり効いてない……でしたら、こうですっ!」

 するとリーフィアは何を思ったか、短剣を右手で持ち――それ自体は利き手が右なので問題はない――、左手の指先を短剣の刀身に向けた。

「おい、リー――」

「ファイアバレット!」

 何をしようとしているのかピンときた俺は慌ててリーフィアを止めようとするが、一歩遅かった。もちろんリーフィアに魔法剣のスキルなど存在しない。よって、放たれた火弾の魔法はあっという間に安物の短剣の刀身どころか柄までをも燃やし尽くし、灰にしてしまった。短剣という対象物を灰にしたことで火弾の魔法は消滅し、術者であるリーフィア自身にはケガはないようだ。

「あ……」

 あまりに一瞬の出来事に、リーフィアは茫然自失。果たしてそれを好機と見たか、イノボアが突進してきた。まずい、あれじゃ回避できない!

「この、バカッ! 何をやってるんだ!」

 タイミング的に俺の魔法もリーフィアを巻き込みかねないので、とっさに大声で叫びながら、腰のベルトからボロックナイフを抜き放ち、イノボアに向けて投げた。俺も投擲のスキルは取得していないので、命中はしなかったが、コースは悪くなかったようで、突進するイノボアの足元に刺さり、その足を止めることができた。その間にリーフィアを回収し、ついでにさくっとイノボアを仕留めてインベントリに収納しておく。ともかく説教だ、説教!


「すみません……」

 草原の石に腰かけ、反省の弁を述べるリーフィア。その姿はいつも以上に小さく見える。

「その『すみません』は何に対しての謝罪だ?」

 対する俺は仁王立ちでリーフィアを見下ろす。周囲の見通しは良いので魔物が接近すればすぐにわかるが、念のため時折周囲を伺ってはいる。

「えっと、武器の扱いを練習するための戦いだったのに魔法を用いようとした挙句武器を失くしたことと、それによって結局トーマさんの力を借りてしまったこと、です」

「別にな、戦闘中にピンチになって俺が助けに入ること自体はいいんだよ。雑魚だと侮って仲間を失ったら悔やんでも悔やみきれないからな。でも、だ。そのピンチを引き起こした原因が原因だから、俺は怒っているんだ。だいたい、剣技もまともに習得してないお前がいきなり魔法と剣を合わせようなんて、できるはずがないだろう」

 一応、自分の失敗は理解しているようだが、その回答ではちょっと不満なので、声を荒げないよう気をつけながら叱りつける。さっきは緊急事態だったから声を荒げてしまったが、あんまり女の子に怒鳴り散らすのもカッコ悪いからな。

「えっ……? あの、今のトーマさんの言い方ですと、剣技に習熟すれば剣に魔法を乗せられる、という風に聞こえるんですけど……?」

「んあ? できるぞ? 俺はすでに習得済みだからな。どれ、ちょうどいい生贄が来たみたいだし、見せてやるよ。これが剣と魔法の合わせ技――魔法剣だ」

 意外そうな表情で聞き返してくるリーフィアに頷きを返すと、こちらの様子を伺いながら近づいてくるゴブリンを発見した。その数、5体。ちょうどいいデモンストレーションになるので、分かりやすいように火属性の魔法を纏わせて赤い煌めきを放つミスリルソードの刀身をリーフィアに見せつけつつ、一気にゴブリンを切り払った。さすがミスリルソード、切れ味は以前の剣とは比べ物にならないな。ゴブリン5体は一撃で真っ二つになっていた。しかも火属性の魔法を纏わせていたので、切断面は焼け焦げている。どう見てもオーバーキルですね。

「す、すごい……あ、トーマさん。それも、創造神からもらった能力で覚えたんですか?」

「ああ、そうだ。剣術のスキルを上げたらそこから派生して、な。だからあんまり胸を張って威張れるようなことでもないんだが、この世界で生きていくためには必要なことだと割り切ることにした」

「そうですか。私もいつか使えるようになりたいですね」

「使えるようになるには、相当頑張らないとならないだろう。でも、お前は元から魔法の才能はあるから、剣だけ使えて魔法ができない人が魔法剣を目指すよりはまだマシだろうな。とりあえず、予備の短剣を何本か買ってあるから、1本渡しておく。もう、燃やすなよ」

 さっき街を出る前に俺の秘密をリーフィアには明かしているので、魔法剣スキルのタネもすぐに見破ったが、それでもリーフィアはがっかりするどころか、自分の力で魔法剣を使えるようになることを目標に定めたようだ。



 その後、再びイノボアと遭遇。今度はリーフィアがきっちり手持ちの短剣だけで始末をつけた。一撃の攻撃力がイマイチで、突進を回避しながらちくちくとダメージを蓄積させ、やや突進のスピードが鈍ったところで狙いを足に変えて動きを完全に封じ、最後は首に短剣を突き刺してトドメを刺した。

 まだ武器の扱いに習熟しているとはいえない状況下で、自分だけで、しかも魔法を使うことなく魔物を仕留めることができたリーフィアは嬉しそうだ。弾けるような笑顔に、俺まで嬉しくなってくる。

「トーマさん! 私、やりましたっ!」

 ああ、見ていたよ。でもな、リーフィアさん。返り血を浴びた上にまだ血が付着したままの短剣を振り回しながら笑うのは、やめてくれませんかね。ぶっちゃけ、怖いんで。

お読みいただき、ありがとうございます。

次回……1-13 逃避行(後編)

11/6 15:00 予約投稿をセットしておきます。

9時間ごとの投稿にしているので11/6分は2話のみになります。

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