1-09:ゴブリン討伐戦(その3)~怪物撃破~
ドスドスと大きな足音を立てながら、オーガはその巨体に似合わぬスピードで俺に迫る。
柄だけになった剣を持っていたって仕方ないのでオーガに向かって投げつけてやる。もちろんダメージを期待してのことでも、目くらましになれば、とか考えたわけでもない。単純に足元に投げ捨てると戦闘の邪魔になると思っただけだ。
勢い良く投げつけられたショートソードの柄はカン、という小気味いい音を立ててオーガの頭部でバウンドし、どこかへ消えていった。あ、余計に怒らせたか?
と、とにかく剣を失った以上、マジックナックルに魔力を溜めて法闘術で戦うしかない。オーガとの距離はおよそ10メートル。もう猶予は無いが、さっき火魔法を放つときにチャージした魔力が残ってたからギリギリで性能の限界まで魔力を溜め込むことができた。あとはオーガの棍棒をさっきと同じようにかわして拳を叩き込む!
「グゥオオオオ!!」
だが、今度はさっきと同じようには行かなかった。オーガの棍棒は確かに俺を狙っていたが、縦の振り下ろしではなく、横の薙ぎ払いを放ってきたのだ。見た目脳筋のくせに、仲間のやられ方から学習しているとでも言うのか?
くっ、回避が間に合わない! 仕方ない、予定変更だっ!
「だぁりゃああああっ!!」
魔力を限界まで込めたマジックナックルを、オーガの棍棒にカウンターで叩きつけた。最悪、軌道を逸らして棍棒が俺に直撃しなければいい、くらいの思いで放たれた左ストレートは、バギャアッ、という破砕音とともに棍棒を粉々に破壊したどころか、オーガの右半身をも消し飛ばしていた。なにこれこわい。
当然、オーガは絶命しているが、法闘術凄まじいな。条件さえ整えば俺の習得スキルの中で最強なんじゃね?
「おいおい……」
騎士団が戦ってるあと2体のほうも、そろそろ終わりそうだと安心していたら、さらに2体、森の奥から出てきやがった。いや、マジでこいつら何体いるの?
新たに出現した2体のうち1体は、脇目も振らず俺のほうへドスドスと走ってきた。まずいな、さっきまでの奴らより速い。さっきの一撃でナックルに蓄積してあった魔力は使い切ってしまっている。魔法での迎撃が間に合わな――
「フレアシュート!!」
迎撃態勢が間に合わず、棒立ち状態の俺に棍棒が振り下ろされようとした、その瞬間。俺の後方より飛来した炎がオーガに命中、一気に炎上した。
「と、トーマさん! 逃げてください!」
「助かった、と言いたいところだが、お前こそ早く逃げろ!」
援護の火魔法を放ったのは、リーフィアだった。震える足でこんなところまで来やがって……
まずい、今の火魔法を受けたオーガが完全にリーフィアをロックオンしてやがる。俺を無視してリーフィアへ突進し始めた。リーフィアも慌てて回れ右をして逃げ出すが、プレッシャーからか足をもつれさせて転んでしまう。
「待てやコラァアアア!!」
慌てて態勢を立て直し、オーガを追いかける。なんだか、身体が軽い。すぐにオーガに追いつき、そのまま背後から奴の腰にドロップキックをかます。オーガの巨体は転んだリーフィアの上を飛び越えるように水平に吹っ飛び、木を何本かへし折り――動かなくなった。
あのくらいでオーガって死ぬものなのかとそっと接近してみたら、奴自身がへし折った木が胸を貫通していた。リーフィアの火魔法で治癒力や防御力が低下したところで胸をブチ抜かれたら、そりゃ死ぬわな。また、首の骨も折れているようだ。どちらにしても倒したんだから良しとしよう。
そうしている間に、騎士団が交戦していた個体も全て退治されたようだ。もう、おかわりはいないな?
最終的に倒したオーガの数は合計で7体。俺が3体、騎士団が4体。最後の最後で俺MVPかしら。
とはいえ、そんなおちゃらけてはいられない。こちらにも甚大な被害が出ているのだから。冒険者の死亡者は2名、負傷者が8名。うち骨折などの重傷者は4名。一方の騎士団は軽傷者が10名のみ。自力で歩けないほどのケガをした人はいない。
騎士団のほうは魔法兵のお嬢さんが治療にあたるようなので、俺は軽傷だったカレンさんと一緒に冒険者の治療にあたることにした。
まさか樽で持ってきた水がこんな形で役に立つとはね。樽は2つ持ってるので、騎士団の治療にも役立ててもらうために1つ渡してある。
ひと段落ついたところで、俺は後をカレンさんに頼んで、オーガの死体をインベントリに収納しに行った。
合計7体ものオーガの死体、しかもそのうち半数弱を俺が仕留めてるから、相当な額の収入が期待できそうだ。新しい武器は硬い皮膚を持った魔物や、魔法剣にも耐えられるような、良質の素材を使った剣がいいな。
7体の死体を回収してみんなのところに戻ると、リーフィアと騎士団の隊長、それと魔法兵のお嬢さんが待っていた。
「お待たせしてしまって、すみません。死体、全部回収してきましたよ」
俺の言葉に、その場にいた全員が怪訝な表情になる。中でも、リーフィアは眉根を寄せすぎて表情が崩れてる。せっかくの美少女が台無しだ。
「あのなぁ、俺だって丁寧な言葉遣いくらいはできる。切羽詰まった戦闘中でもなければ、それなりに気を使うくらいはするぞ。まして今みたいに顔見知りでもないような相手の時はな」
「はは、気にしないでくれ。君みたいな実力のある冒険者に気を使われるのはかえって変な気がするからな」
騎士団の隊長は笑いながらそう言って手を差し出してきたので、しっかりと握り返す。
「ノーランド王国騎士団シトア支部、銀竜隊隊長のセシル、セシル=スターンだ。以後よろしく頼む」
「トーマ=サンフィールドだ。こちらこそ」
「冒険者と言っていたが、あれほどの力があるならC、いやBランクか? Aでもおかしくないとは思うが」
「いやいや、俺はまだEランクだよ。冒険者になって10日弱しか経ってない。これがまともな依頼としては2回目なんだ」
『……えっ?』
俺の言葉にセシル隊長も魔法兵のお嬢さんも目を丸くして固まっている。ついでに声が聞こえる範囲にいた騎士たちも軒並みフリーズしている。
「あ、あのあの、あれほどの魔法を扱える上に剣も格闘も騎士団に匹敵するような実力を持つあなたがEランクなんて、ウソですよね?」
ようやくフリーズから復帰した魔法兵のお嬢さんがおずおずと訊ねてくる。
「いえ、全て本当のことですよ。これが証拠」
言葉で語るより証拠を見せたほうが早いので、ギルドカードを提示した。そこには俺の名前や冒険者ランクが表示されているので、一目瞭然だ。
なお、当然だが、ランクの詐称は不可能だ。冒険者ギルドは大陸の各国にあり、名目上国ごとに独立運営されてはいるが、ランクの制度や昇級に関しては各国で統一基準があり、その審査にはどこのギルドも威信を懸けているため、仮に詐称が明らかになれば、その国のギルド全体が信頼を失うのだ。まあ、この場合ランクを下に詐称することに何の意味があるのか、という話になるのかね。
「なるほどな。だが、だとしたらそれほどの戦闘能力をどこで身に付けたんだ?」
「田舎で親父に魔法や戦い方の指導を受けていたから、それだろうな、きっと」
いくらなんでも、異世界から来て、創造神さまに力を授けてもらいました、なんて言ってもな。信じてもらえないだけならまだしも、下手したら頭のおかしい男、なんてレッテルを貼られる可能性すらある。
セシル隊長が何か考えてるみたいだけど、どうしたんだろうね。
「今回、君が居なかったらもっと大きな被害が出ていたであろうことを考えると、その功績は素晴らしいものだ。騎士団としては、その功績に報いなくてはならないと考えている。君たちに何か用事がある時はギルドを通せば問題ないだろうか?」
「ああ、それで構わない。じゃあ、そろそろみんなの治療を手伝いに行ってくる」
俺はセシル隊長の質問に頷きを返すと、一言断りを入れてから冒険者たちの集まってる場所へ向かった。カレンさんだけじゃ負傷者を全員診るのは大変だろうから、手伝わないと。
「トーマさん、もしかしたら騎士団に目を付けられたかもしれないですよ」
リーフィアが後に続きながら、そう声をかけてきた。
「それはどういう意味だ? 騎士団に入れとかそういう勧誘が来るかも、ってことか?」
「その可能性は十分あると思います。1人でオーガを3体も仕留められる戦力なんて、国としてはできるだけ首に縄をつけて管理しておきたいと思うでしょうからね。少なくとも、帝国でそれほどの力を持つ者がいたら、間違いなく軍の幹部として登用されるでしょう。トーマさんがどう考えてるかわかりませんけど、あまり関わらないほうがいいと思います」
なんか珍しくリーフィアが深刻そうな表情をしているな。
「そうは言ってもな、一応俺は神に選ばれた“勇者”として、国家という枠を越えて戦っていかないとならない存在なわけだし、遅かれ早かれ国や騎士団とかとの関係は結んでいくことになるだろう。とはいえ、同様の理由でひとつの国に留まるわけにはいかない以上、騎士団に入るつもりは全く無いけどな」
せいぜい、一時的な拠点としての「家」は持つとしても、魔族の国デビルロード帝国の野望を打ち砕いて、その上でこちらに永住する、とでもならない限りはどこか一国に永住拠点は設けないだろう。
そもそも俺はまだ20歳で、大学生だったからちゃんとした社会人としての生活はしたことがない。けど、親父が宮仕え――公務員をやっていて、あまりの激務に身体を壊したのを見てると、宮仕えなんて、と思ってしまう。
そうこうしているうちに、冒険者たちが集まってる場所に到着した。
行軍中はベテランとルーキーで分かれていたため、実際にオーガと戦って酷く負傷したのはベテラン組だけで、後方にいたルーキー組はほとんどゴブリンの生き残りやグラスディアーなどの弱い魔物との小競り合いだけだったようだ。
とはいえ、小競り合いが落ち着いた後で何名かはオーガとの戦闘を見に来ていたらしい。ステラさんに叱られてすぐに下がったようだが。
「あんなバケモノに自ら突っ込んでくだけじゃなく、それを3体も撃破して生還するとか、トーマさんすげぇっすわー。あ、肩をお揉みしましょうか?」
「いらん。キモイからやめろ」
ニヤニヤと半ばからかうような口調のハリーを追い払い、重傷者の容態を診る。
カレンさんが何回もヒールをかけて命に別状がないところまでは回復させたらしいが、それ以上は魔力が尽きてしまって現在休憩中とのことだ。
一番の重傷者だった斧使いの重戦士のオッサンの傍に膝をつき、傷の具合を診る。
このオッサンはCランクの冒険者で、現れたオーガにパーティメンバーだったもうひとりの剣士とともに先頭で突撃し、2人まとめて棍棒で殴り飛ばされたらしい。剣士の男は一撃で頭部を砕かれて遥か後方にいた俺たちのところまで飛ばされ、このオッサンも斧をとっさに盾代わりにしてダメージを軽減したものの、衝撃で斧はへし折れて破片が足を貫通しただけでなく、肩は骨折、危うく右腕そのものがちぎれ飛ぶところだった。
何度もかけられたヒールで腕や足の傷は見た目には治ったが、まだ痛みがあるらしい。
「済まないな、お前やカレン姐さんがいてくれて助かったぜ」
「気にしないでくれ。同じ依頼を請けてるんだから、助け合うのは当たり前だろ?」
そう言いながら、俺は回復魔法のレベル2で覚えた中級回復魔法、トワイヒールを発動させる。どうやらそれで完全に痛みが引いたようで、利き腕である右腕を開いたり閉じたりしている。
傷は癒えても、握力は落ちているだろう。俺も、以前腕を骨折したことがあるが、リハビリにかなりの月日を要したし。
回復魔法も万能ではないってことだな。これは覚えておかないと。
「ありがとな。当分は、いやもしかしたら二度と斧を持てないかもしれないが、なんとかなりそうだな。これでカレン姐さんの治療を受ける必要がなくなるのが残念といえば残念だが」
「あはは、そりゃ確かに残念かもな」
そのくらい冗談が飛ばせるようになれば大丈夫だろう。オッサンの肩を叩いて、俺は次の負傷者を診に回る。
犠牲者は出たが、俺もリーフィアも生き残った以上、俺としては大勝利といっていい。
翌朝、予定より少し遅れて街の南門から凱旋した俺たち討伐隊を、街の人々は様々な表情で出迎えた。無事に戻ってきてホッとした表情をしている人、騎士団が担いでるオーガの死体を見て驚いてる人、亡くなった冒険者に祈りを捧げる人など。ちなみに騎士団の担いでるオーガは街の少し手前で俺のインベントリから出して担いできたものだ。ずっと担いでくのは重いしな。
そのまま街の東側にある騎士団の詰め所まで行進した俺たちは、セシル隊長の号令で解散となった。
疲れたけど、とりあえずは冒険者ギルドで報告だな。
「リーフィア、俺はこのままギルドに報告に行くが、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、行きましょう」
あまり疲れた様子もなく、淡々とした様子でリーフィアが後に続く。
他の冒険者は俺たちと同様にギルドに向かう者と、宿などに戻る者に分かれたようだ。朝だから、ひとまず朝食でも取りに行ったかね。
ハリーはギルドに向かう集団の中に交じっている。ライオネルは……いないな。宿に戻ったか?
「きちんと報告して、報酬をもらわないと依頼を終えた気分にならないからな」
なるほどな、一理ある。
「ああ、おかえりなさい。皆さんが出発された後、ゴブリンが街の近くまで出てきまして、何かあったんじゃないかと心配していたんですよ」
ベラさんがギルドに現れた俺たちを見て安堵の表情を浮かべる。
俺もそれを見て日常に戻ってきたんだと安心できたが、残念な報告もしなくてはならない。
「そう、ですか……2人、やられてしまいましたか」
今回の件で亡くなった冒険者の遺体は一度騎士団のほうで引き取り、近いうちにギルドと騎士団が合同で葬るとのことだ。
遺品は回収され、国内に遺族がいれば届けるらしい。
遺体は街の片隅にある共同墓地に埋葬される。
「これ、死んだ2人のギルドカードだ。惜しい奴らを亡くしたぜ……」
見ると、あの斧使いのオッサンがギルド職員に亡くなった2人のギルドカードを手渡していた。
「それじゃあ、皆さんもギルドカードを見せてください」
ベラさんの言葉に、各々カードを提出していく。
カードを職員がひとつずつチェックし、討伐報酬を支払うためだ。
「え、なにこの記録……オーガ?」
ベラさんが俺のカードをチェックして驚いている。まあ、オーガの撃破記録が3つも入ってるもんな。
「ええ、オーガの撃破の件でしたら間違いないです。前衛にいた私たちがみんな戦線離脱した後に前線に出てきて、魔法で援護して騎士団と一緒に1体倒した後、さらに4体出てきたのも燃やしてました」
「剣の一撃で首を落としたり、格闘グローブで接近戦挑んだと思ったらワンパンでオーガの棍棒を粉々にしてた」
「じょ、冗談ですよね?」
「いや、本当。迫る棍棒をカウンターパンチで迎撃したら棍棒と一緒に奴の半身まで消し飛んだとか、見てなかったら信じられるような話じゃないけど、全部本当の話」
「そういえばストレージボックスでオーガの死体を持ってきてたよな? アレ出せば一発で信じざるを得ないだろ」
討伐隊に参加して最前線にいたベテラン冒険者たちが口々に俺の功績を証明してくれる。
いやはや、照れるなぁ。
さすがにホールでオーガの死体を出すわけにはいかないので、つい先日も連れてかれた倉庫へ案内される。
「す、すごいですね。これはかなりの財産になりますよ」
倉庫に出された7体のオーガの死体。それらを検分しながらベラさんは目を丸くしている。ちなみに、騎士団が倒した4体分の買取報酬は騎士団を通じて国に入る。
ギルドに持ち込まれた魔物の死体は解体後にそれぞれ加工され、販売される。当然、死体を持ち込んだ者がギルドに売却して得る報酬より外部に販売する価格のほうが高くなるため、ギルドは加工の手間賃などを考えても利益が出る仕組みになっているようだ。
「どのくらいになります?」
「そうですね、オーガは皮や骨がそのまま武具の材料に、棍棒もそのまま重戦士の方が武器として使えます。脂は燃料などに、肉は見た目に反して柔らかいので高級品として取引されます。どの死体もどこかしらが損傷してるのが残念ではありますが、少なくとも素材だけで1体あたり150万から200万ゴルドにはなると思います。討伐報酬はオーガ1体あたり10万ゴルドになりますので、計算が終わりましたらまとめてお支払いさせていただきますね」
てことは少なくとも480万ゴルド。ケタが違うとはまさにこのことか。まあ、こないだのグラスディアーはともかく、今回のオーガ戦は命がけだったわけだから、妥当な報酬なのかなぁ。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回……1-10 宴会
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