表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

ソロン山・3

「セシル。」

「はい?」

「少し休憩をしよう」

「え・・・?でも・・・」

「・・・別に気を遣っているわけじゃない。ここまで来ればもうすぐで頂上だからだ」


セシルは辺りを見回す。歩いていたときは気付かないものだが、確かに景色が変わっている。

野生動物も少なく、木々も少しづつ減っている、少なくとも少し下を見るとあまりの高さと緑の多さに少し戸惑いを覚える。もうここまで登ってきたのか、セシルは思った。


「ここまで来ればもうひと踏ん張りだ。おそらく夜までには向こう側に辿り着けるだろう」

「も、もうそんなに歩いたんですか?」

「時間は嘘をつかないだろう。」

「そ、そりゃそうですけど・・・」

「事実登山のペースがみるみる上がっていた。野生の獣たちを相手にする時間も少しずつ縮まっていたしな」

「リュードさんがズバズバ蹴散らしてくれましたもんね!」


セシルは剣を持つ素振りをしながら縦横に腕を振る。獣たちと戦うリュードの姿を真似ているつもりだ。


「まあそれもあるが、お前の立ち回りもある」

「私のですか?」

「ああ。お前の立ち回りが俺の邪魔をしなくなった。これは十分な成長だ」

「・・・褒めてます?それ」

「ああ。褒めてるよ、セシル。今回の依頼主様はやりやすい方だ」

「えへへ・・・」


照れくさそうにセシルは自らの頬を掻く。あれだけ迷惑をかけていると思っていたのに、今では少しでも負担にならなくなっているのだ、こんな嬉しいことがあるだろうか?今まで外の世界も、野生の獣も何も知らなかった唯の村の娘だったというのに。


「なんだ?ニヤニヤして」

「な、何でもないですー!てゆーかニヤニヤなんてしてないですー!」

「いやしてんだろ・・・まあいいか」



二人は大きな石に腰掛けている。リュードは昨日の夜買っておいたという干し肉を取り出し、セシルに渡す。


「なんです?これ」

「干し肉だ。生肉だと腐りやすいが干し肉にするとかなり長持ちする、旅のときの重要な仲間さ」

「・・・あむ。」

「どうだ?」

「・・・これはこれで美味しいです。」

「なら良かった。いくら休憩とはいえ長くはいられない。日が落ちる前には山を越えたいしな」

「?」

「いや、だから・・・短い休憩時間だから少し腹を満たすくらいしか出来ないしな、それでその干し肉をと思ったんだが、口に合わなかったら、と思ってな」

「・・・リュードさん・・・優しいんですね」

「・・・依頼主にはな」


少しだがリュードが口元を緩める。良かった、少しでも心を許してくれているみたいだ・・・セシルも口元が緩み始める。


「セシル」

「はい?」

「確かお前もセルフェス大陸の生まれだと言っていたな」

「はい・・・ん?お前も・・・?」

「・・・俺もセルフェス大陸の生まれだ」

「え?あ、そうなんですか?!」

「とは言ってもセルフェスは広い・・・何分この世界で最も大きい大陸だからな。おそらくすれ違ったりはしてないと思うが」

「仮にすれ違ってたとしても私覚えてるか怪しいですけどね・・・記憶あんま無いし」

「・・・それもそうだな」

「でも、いきなりどうしたんですか?」

「いや、なんとなくだ。・・・思い出したんだよ昔のことを」

「聞きたいです。リュードさんの昔のこと」

「・・・話すようなことなんて無いんだがな・・・」

「例えば・・・傭兵やる前はなにをしていたのかとか?」

「・・・傭兵の前か・・・そうだな・・・」


リュードは腕を組み目を細める。昔のことにふけっているみたいだがその表情から読み取れる情報は余りにも少なすぎる。


「カムラ平原の戦い・・・あれに俺は参加していた」

「え・・・?」

「括りで見ればあのバーゼルの孤児院の子供達、例えばロックが親を亡くす原因の片棒を担いでいるかもしれないな」

「・・・どうして戦争に・・・そ、それに・・・」

「セルフェスには二つの国家がある。ルクス帝国とグラン帝国だ。カムラ平原の戦い、ってのもその二つの国の戦争だ。俺は元々ルクスの兵士でな・・・」

「・・・そ、そうだったんですか・・・」


こんなにもリュードが自分のことを話してくれるなんて思ったこともなかった。昔のことを話すリュードはいつもの怖い顔よりも幾分か優しそうに、穏やかに見えた。


「そして色々あってな・・・俺はルクス帝国から抜けて今、こうして傭兵をやっているんだ」

「その、ルクスは今・・・?」

「さあな、俺にはもう何の未練もない国だからな。たまに噂は聞いたりもするが詳しいことは分からん。」

「・・・そ、そうなんですか・・・そ、その・・・」

「さ、行くぞ。喋り込んでいたら日が暮れてしまう。」

「は、はい!」

「・・・少し話しすぎたかな」



険しい山道を越えて行くと、空が近くなってくる。更に酸素も薄くなってくる。本では知っていたが、実際に体験すると全然違うものだ、とセシルは思う。


「もうすぐ頂上だな」

「さ、流石に疲れました。もう足が棒ですよー!」

「ま、あとは降りるだけだからな、登りほどは辛くないぞ」

「それならまあ良いんですけど・・・あ、そういえば」

「ん?」

「出ませんでしたね?怪鳥」

「・・・頂上付近でそんなことを言うなよ・・・出る気がしてきた」

「でもリュードさんが山越えした時は出なかったんですよね?」

「まあな、そんなに前のことじゃないが」

「じゃあ大丈夫じゃないですか?きっと出ないですよ」

「・・・出てこないことを祈る」

「?祈るって言ってもリュードさん、神を信じてないじゃないですか?何に祈るんです?」

「・・・あー、いや何でもない。気にしないでくれ、めんどくさい話になりそうだから」

「?」


他愛もない話をしている二人、しかし二人は「その声」を聞き逃さなかった。


「・・・くれ・・・」

「・・・?セシル、今何か聞こえなかったか?」

「・・・ええ、何か聞こえたような・・・」


改めて耳を澄ませる・・・確かに聞こえる。

・・・助けを呼ぶ声だ!


「助け・・・くれええ・・・!」

「頂上からだ!」

「い、行きましょうリュードさん!もしかしたら・・・!」


駆ける、目指すは頂上。そして辿り着いた頂上・・・そこには


「グワアアアア!!」

「な、なんだ・・・あれは・・・」


目の前に居るのは怪鳥、と呼ぶにふさわしい余りにも巨大な鳥。確実に5Mはあろうかという巨大な鳥だ。

鋭いくちばしと鋭利な爪を持っている。特に爪は危険だということが目で見てわかるほどだ。到底ファングウルフのそれとは比べ物になるべくもない。


「こ、これが・・・ソロナーヴァ・・・!?」

「・・・みたいだな、なるほどこんなのがいるのか・・・この山は!」

「き、貴様ら!確か昨日の・・・」

「あん?」


恐らく悲鳴を上げていたであろう人間たちを見下ろす。どこかで聞き覚えのある声と思っていたが、どうやら当たりだったようだ


「お前らは確か昨日の・・・冒険家たちか」

「・・・ふ、ふんなるほど・・・ここまで辿り着くとはどうやら口先だけの連中じゃなかったみたいだな」

「は?」

「このソロン山はかなり険しい・・・しかしそれに負けじと攻めようとするその姿勢は認めてやらんでも・・・」

「いや、もう降りるだけなんだが」

「む・・・」

「てゆーか!それよりもカイト!こ、こいつを・・・」


エリーは怪鳥を指差す。どうやらこの冒険家たちはソロン山を命辛々乗り越えてきたもの最後の砦である怪鳥ソロナーヴァを前に命の危険に陥っていたようだ。


「ギャアアア!!」

「ひいっ・・・え、エリー!」

「う、うん・・・」

「ダナ!」

「・・・だな」

「・・・逃げるぞおおおおおお!!!」


三人組は一目散に逃げ去っていく。下り坂だからというのもあるがその逃げ足はとても早いものだ。

時折エリーと呼ばれていた女のヒステリックな恨み声のようなものも聞こえてくる。


「・・・騒がしい奴らだったな」

「リュードさん・・・」

「ん?」

「・・・多分ですけど・・・落ち着いている場合じゃないと思いますよ。」

「ん?」

「グルルルル・・・」


どんなに大きくても、例え鳥と狼の違いがあったとしても、腹を空かせたり敵だと認識した時の獣は同じだ。その凶暴性は何も変わることはない、つまり・・・


「グウゥオオオ!!!」

「確かに・・・落ち着いている場合じゃないな」

「さ、サポートとかすることありますか?」

「無い」

「そんなバッサリ!」


剣を抜き、構える。開戦の合図だ。

さあ、命の奪い合いだ―


「うおおおおお!!」


先に攻めたのはリュードの方だ。お世辞にも鋭いとは言えないその刃で果敢にも切り込んでいく。

横に薙いだその刃は怪鳥の足に傷を付ける、しかし・・・


(浅い・・・!!)


想像した通り、怪鳥にダメージは与えられていないようだ、動きが全く衰えることが無い。


「クォオオオ!!!」


怪鳥は大きく翼を羽ばたかせる、その風圧だけでリュードは吹き飛ばされそうになる。


「ちっ・・・!」


剣を地面に突き刺し、堪えるも怪鳥は遥か上空に舞ってしまう。

空中に逃げられては剣を使うリュードには手も足も出ない。流石に剣を投げつけるわけにもいかないからだ


「・・・さて、と仕方ないな」


リュードは剣を構えなおし、態勢を整える。巨大な怪鳥がどうやって攻めてくるのか予想もつかない以上相手の出方を見るしかない…そう判断したのであった。


「ギャァァァ!!!」


怪鳥はその巨大な翼を再び上下させる。その激しい風に再びリュードは飲み込まれ身動きが取れなくなってしまう。


「ワンパターンな奴だな…全く…」


口では強い言葉を発してはいるがその暴風はとてつもないものでリュードも顔が歪む。


「キュルル…」

「…?ソロナーヴァ…一体何を?」


ソロナーヴァは空中でその嘴をリュードに向けながら矢のように身体を縦一列に揃える。

そう、「矢のように」


「あのやろう…まさか…!」


激しい回転とともに怪鳥は巨大な一本の矢となり、リュードに襲い掛かる。身動きの取れないリュードにとってこの一撃を受けたら結果は見えている。


「…糞ッ」

「リュードさん!」

「安心しろセシル…大丈夫だ」

「キュォォォ!」


巨大な一本の矢はリュードを貫こうという位置まで辿り着いた。鋭い嘴は最凶の武器となっている


「…らぁっ!」


ギリギリのところでリュードは地面を蹴り怪鳥の一撃を避ける、しかしその衝撃はとてつもないもので地面は大きな穴を開け、風圧はリュードどころかセシルまでもを襲う。


「す、凄い…!」

「…だな…ソローネの連中の言っていた通り…厄介だな」

「リュードさん…」

「黙ってみていろセシル…」


嘴を抜くと怪鳥はその恐ろしい目をこちらに向ける。敵意に満ちたその目をリュードは直視する。


「…長期戦にするのは不味いな…」

「ヒュルルル…」

「ウォォォォ!!」


リュードは剣を構えながら駆け出す。何度も剣を振るうが巨大な怪鳥はその巨駆に似合わない俊敏な動きでその刃をスルリと避けていく。


「く……」


リュードにも焦りが見え始める。幾ら歴戦の勇士といえども自然が生み出した最凶の怪鳥には勝てないというのだろうか?


「ビャアッ!」

「ウグッ!?」


大振りの一撃を避けられると後ろに回られてしまったリュードに鋭き爪が食い込む、その痛みにリュードは思わず吐血をしてしまう。


「リュードさん!!」

「…たく、本当に厄介だな…だが」


「捕まえたぞ…ソロナーヴァ!」


食い込んだ爪を掴み、怪鳥を睨むリュード

この至近距離なら避けられようはずもないー!


「うぉぉぉ!!!」


縦に一閃、大きな一撃が怪鳥を襲う、怪鳥は血を流しながら地面に倒れ込んでいく


「はぁっ…はあっ…」


息を切らしたリュードは怪鳥を見下ろす

しかし…


「グゥゥ…」


フラフラとその巨体を起き上がらせる怪鳥

どうやら戦いは未だに終わってないようだ


「…やれやれだな…」


再び剣を構えるリュード

怪鳥に渾身の一撃を与えたものの自らも致命傷を受けているのだ、しかしここで退くわけには行かない…


「リュードさん!」

「何だ!」

「聞いてください!多分その鳥…」


「雌です!」


「…は?」

「だから雌なんですってば!」

「…だから何だよ」

「えーっと多分崖の下に…」


セシルは山頂の下を突然覗き込む

すると、突然怪鳥がそちらを向きだすではないか


「おい、セシル!危ない!」

「…あ、やっぱり…」


セシルはニコッと笑いながらこちらを振り向く


「大変だったね、お母さん!」

「…は?」



崖の下には大きな巣がある、そこには雛鳥たちが餌を求めてピヨピヨと鳴いているではないか

…雛鳥と言っても成人男性と同じくらいの背丈はあるが


「ソロナーヴァはきっとこの子達を守っていたんですよ」

「…こいつらを?」

「推測ですけどカイトさんたちは珍しいものを見付けたと覗き込んだりしたんじゃないかな?」

「もしかしたら食おうとしたのかもしれないがな。なるほどそれでこいつは奴等を襲ったのか」

「まぁ実際の詳しい部分は分かりませんがそんなところじゃないかなって」

「…俺がこの前ソロナーヴァに会わなかったのは…」

「まだこの子達が産まれる前でずっと卵を温めていたんだと思います」

「…辻褄は合うな」


草の蔭から、さっきまで激闘を行っていたのが嘘のように穏やかな母鳥と傭兵達を見つめる目が三つ…カイト達冒険者だ


「カイトが食べようなんていうから」

「俺はただ珍しいものがいるって言っただけだ!食べようなんて言ってない!」

「あ、あたしだって言ってないわよ!」

「…くそ…何にせよ…負けたのか…」

「…だな」

「救われたよ、あのリュードって傭兵に」

「…覚えたぞ…リュード…!」


「さて、とそろそろ降りるか」

「そう…ですね、日が暮れる前には着きたいし」

「ああ」


振り返ると今までの激闘を忘れているかのように優しく餌を渡す怪鳥の姿が見える。先程の目とは全く別物だ。


「…リュードさん」

「…ソロン山頂攻略まであと少し…急ぐぞ!」

「はい!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ