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ソロン山・1

「おお・・・」


初めて見る外の村の姿にセシルは驚嘆する。ここまで大人がいて、店があって、しかし緑が無いというのはセシルの少ない記憶の中では存在しないし、同時に想像すらままならないものであったため発された声であった。


「何をそんなにビビってんだ?」

「びび・・・っビビッてなんていませんよ!き、緊張しているんです!」

「・・・質問を変えるぞ。何をそんなに緊張しているんだ」

「・・・そ、それは」

「大方バーゼル以外の村を見るのは初めてで、どう振る舞えば良いのか分かんない・・・とかだろうけどよ。」

「うぐ。」


図星を刺されたセシルは黙ってしまう。仕方ないではないか、こんなに多くの大人たちを見たことなんて無いのだから。今まで二番目に年長者だったのだから。


「兄ちゃん兄ちゃん」

「あん?」


恰幅の良い近くの店の主がリュードに話しかける。どうやら自分の商品をお勧めしているみたいだ。時折聞こえるやれ何ゼネだという店主の油っこい声で判断が出来る。しかしリュードは首を横に振ると顎でセシルを呼びながら歩き出してしまう。慌ててヒョコヒョコとセシルはリュードに着いていくのであった。


「何をお勧めされたんですか?」

「・・・ん?ああ。ちょっとした武器だよ」

「武器ですか」

「ああ。ソロン山には猛獣がいたりするからな。その護身で武器を売ってたりするんだよ。この村は」

「へえ・・・でも買わなかったんですね?」

「別に必要ねえからな」

「今の剣の方が使いやすいとか質が良いとか?」

「使いやすい・・・ってのはまああるが質についてはさっきのデブ店主の方が良いものを持ってたな」

「え?でも買わなかったんですか?」

「言ったろ、必要ねえからって。大体俺は既にソロン山を越えているんだ。どんな猛獣が出るかくらいなら分かってるんだよ」

「な、なるほど!流石傭兵・・・!」

「・・・傭兵は関係ないと思うがな」


他愛もない話をしながらセシル達は歩いていく。見慣れないものを見つけてはリュードに問いかけるセシルに苛立ちを覚えながらも多少の説明をするリュード。この二人の関係は三日前では全く考えられないものであった。


「着いたぞ」

「何です?この店」

「雑貨屋・・・みたいなもんだ。実際にはソロン山登山の為のものが色々売っているんだ。俺は向こう側からこっちに来たんで特にこの店で何か買ったわけじゃあないが、一応場所だけは覚えておいたんだ。」

「・・・登山の為の・・・ですか」

「ああ、食料とかはここで買い溜めしておいた方が良いだろうな。食器とかもあるし」

「食器・・・お皿とかフォークとかですか?」

「ああ。ソロン山にはいないけれど、山越えをした先には毒を持つ獣とかもいるんだ。例えば食事中に獣に襲われたとして食器がそのまま使えるか怪しいってんで幾つか買い溜めしておくってやつもいる」

「や、山の向こうってそんなのがいるんですか・・・!ペルちゃんも確かに色々な獣が外にいるから気を付けた方が良いよ・・・とは言ってたけれど・・・」

「まあそういうことだ。」

「でもそんな大変なんですね。山越えって」

「ここが特別な感じがしなくもないがな」


ふとセシルは上を見上げる。確かにソロン山はそこにある。大きく、気高く。自分が見上げているのか、それとも見下ろされているのか。変な錯覚に襲われてしまう存在感が確実にそこにあった。


「さて・・・とそろそろ入るか」

「待ちな!」

「あん?」


突如呼び止められたリュードは後ろを振り向く。そこには立派ないで立ちをした青年と薄着でロングヘア―の女性。そして大柄な男が立っていた。


「何だよ」

「いや、呼び止めてすまないな。別に盗み聞きしてたわけじゃあないんだが・・・」

「?」

「あんた等・・・ソロン山を越えるつもりかい?」

「あ、はい。そのつもりですけど」

「やめとけやめとけ。お前達じゃあ到底不可能だよ」

「いや、既に越えてるし」

「そう既に・・・え?」


聞き間違いではないか?と言わんばかりに目を大きく見開く青年にリュードだけでなくセシルも苛立ちを覚えていた。それを意に介さないかのように青年は嗤う。


「ああ・・・そっかそっか。ソレインを使ったのか。それなら納得だ!しかしソレインを雇えるにしては大分みみっちい格好だが・・・何だ?借金してでも山を渡りたかったのか?」

「ソレイン?」

「ああ。いくらソロン山が険しいからってこの村も山の向こう側と関係を断っているわけじゃあない。ソレインってのは金で雇われて雇主を無事に山の向こう側まで届ける仕事だ」

「へえ。凄い人たちなんですね。」

「まあそうだな。決して楽な仕事じゃ無い筈だ。聞いた話程度だが命を落とすソレインもいるらしい」

「うえ・・・」

「おいおい!俺を無視するなよ!」


何故かよくわからないが青年は顔を真っ赤にして怒り狂い良く分からない言葉をこちらに投げかけてくる。慌ててロングヘア―の女性がなだめるが大柄の男は微動だにしない。まるで現状を気にしていないみたいに。


「と、とにかくだ・・・どんなつもりであっても俺の前で軽々しくソロン山越えなんて言うんじゃないぞ!」

「言ってねーよ。てかお前が聞き耳立ててたんだろうが」

「な、なんだと!ふざけたことを言うのも大概にしろよ!」

「いや、お前が言ってたんだろーが」

「な!い、言ってない」

「いや、言ってたよ」


ロングヘア―の女性はリュードの言葉にうんうんと頷いている。


「エリー!お前はどっちの味方なんだ!」

「いや、味方とかないから。実際に言ってたじゃん」

「ぐぬぬ・・・ダナ!本当に俺はそんなこと言ってたのか!?」

「・・・だな」

「ぬおおおおおおお!」


エリーと呼ばれた女性に指摘されて更に顔を真っ赤にした青年はダナ、と呼ばれているであろう大男に助けを求めるがどうやらその助け舟は出航が見送られたようである。


「・・・なあそろそろ行っていいか?俺は漫才トリオに付き合っているほど暇じゃないんだが」

「だ、誰が漫才トリオだ誰があ!」

「・・・この場所には私たち以外居ませんけど」

「・・・つまり・・・俺たちが漫才トリオだと?」

「・・・最初からそのつもりで言ってたんだが?」

「うん言ってた。しかも皮肉たっぷりに」

「・・・だな」

「お前たちは何なんだ!エリー、ダナ!良いのか!俺たちはお笑いグループ扱いされているんだぞ?」

「・・・主にあんたのせいでね」

「俺なのか!?」

「付き合い切れるか・・・行くぞ」

「あ、はい」


リュードに促され着いていこうとするセシル。確かにこんな良く分からない三人組に付き合っているのは建設的ではないだろう。そのまま店の中に入ろうとする。


「・・・話は終わってないぞ」

「・・・」


グイ、とリュードの肩を掴む青年。今まで相手にしていなかったリュードの眼に確実に敵意が走る、果たして青年はそれに気づいているのだろうか?


「放せ」

「ああ、放してやるよ。但し一言だけ言わせろ」

「・・・」

「俺はカイト。冒険者だ。聞いたことあるだろ?」

「職業はな。ただの浮浪者だろ?そして悪いが名前については聞いたことねーな」

「上等だよ。構いやしない・・・だがな」


リュードの肩を掴む手が強くなる。更にリュードの顔が強張る。


「あの山は俺の獲物だ。次に俺が乗り越えると決めた試練だ。本当かどうか知らんが乗り越えたなんて言ってるやつは気に食わねえし・・・簡単に越えられると思ってるやつは・・・許せねえ」

「・・・随分と理屈になってない理屈だな」

「知るかよ理屈なんて・・・夢なんだ、俺の。世界中の秘境を巡るのが」

「じゃあまたどっかで会うかもしれねえな。そんときはよろしく」

「けっ。野垂れ死んでたら花と小便を食らわせてやるよ」


行くぞ、とエリーとダナを引き連れて去っていく。憎まれ口を叩き過ぎていると思ったのか取り巻きの二人はぺこりとお辞儀をしながら去っていった。


「冒険者ですか・・・過ごそうですね」

「凄いわけねーだろ」

「え?でも色々なところを旅するんですよね?さっきあの人も秘境を巡るとかなんとか・・・ずっと外の世界に憧れてきたのもありますし・・・私には羨ましいです」

「まあどう思うのも勝手だが・・・少なくとも奴らはそんなに立派なもんじゃねーよ」

「どうしてですか?」

「・・・少し考えれば分かる」

「?」

「さて、とそろそろ入るか。店の前で長居しすぎちまったな。

「あ、リュードさん。その前に一つだけいいですか?」

「ん?何だ?」

「漫才ってなんですか?」


リュードは深いため息を漏らした。



「いらっしゃいませー!」

「おおお・・・」


初めて見る店員。初めて入るお店。初めて尽くしのセシルは本日何度目になるか分からない驚嘆の声をあげていた。


「・・・みっともないからそれやめてくれないか?」

「ええ?だって凄いんですもん」

「凄い・・・か?」


売っているものはテントとか寝袋。それと簡易食につるはしやロープといった登山道具が主であり、華やかなものなどほぼないのだ。他の村や街ならば年頃の女性が好むものも売っている可能性があるが所詮は山の麓。売っているものなどたかが知れているはずなのだが・・・。


「ね、寝袋・・・!や、やっぱり買うんですか?」

「いや、買わない。徹夜して次の日・・・可能ならその日のうちに向こう側まで辿り着くつもりだからだ」

「・・・一日!そんな簡単にいくんですか?」

「俺が一人で、向こう側から来たときは行けた・・・大体十二時間くらいでな。二人ならもう少しかかるとは思うが・・・」


本当かなあ、と疑うセシルにおでこが広く眼鏡を掛けた雑貨屋の主が失礼します、と話しかける。


「確かに黒いお客様の仰いますように登りこそキツイものの、降りに入ってしまえばもうゴールが見えたようなものでございますからね。出立されますお時間にもよりますがスムーズにいけば山越えだけなら、一日でお釣りがくると思われますよ。」

「なるほど・・・リュードさん、ちなみに明日って何時に出るんですか?」

「早朝」

「・・・七時とか?」

「四時とかな」

「四時ぃ!?無理です早いじゃないですか!」

「早く寝れば良いだろ。この買い物が終わったらすぐに宿を探して寝るだけだぞ?」

「私は聖書を読まなきゃいけないんです!寝るのは大体・・・十一時とか・・・」

「読まなきゃ良いだろ。一日くらい怠っても死にはしないだろう」

「死ぬとかそんな問題じゃなくて・・・!」

「大丈夫だろ、どうせ毎日読んでるんだろ?野宿の時も隠れて読んでるくらいだし。つーか眠れないだのなんだの言いながら結局聖書読んでただろ?十分だろどう考えても」

「読んだ回数じゃないんです!気持ちの問題なんです!」

「じゃあ尚更大丈夫なんじゃねーか?知らねーけど」

「だーかーら!」


ワイワイと続ける二人におずおずと店主は話かける。


「・・・ソロン山を越えられるんですよね?」

「ん?ああ。」

「それでしたら差し出がましいかもしれませんが、一つご助言を・・・」

「助言ですか?」

「ええ。ソロン山が難関と言われている最たる理由・・・ソロナーヴァの存在について」

「ソロナーヴァ?」

「ええ。ソロン山に住み着いている巨大な怪鳥のことでございます。とても凶暴で冒険者たちを襲い貪り尽す・・・と言われております。私は空を駆ける影でしか見たことはございませんが・・・」

「そ、そんなのいるんですか」

「・・・前回の山越えでは会ったことないな」

「運がよろしかったのか、はたまた他の誰かが犠牲となっていたか・・・といったところでしょうが・・・とにかく危険な猛獣がおりましてそれだけはお伝えしようかと」

「あの・・・ソレイン?の方々はどうやってソロナーヴァから・・・?」

「この雑貨屋にはソロナーヴァが嫌う匂いのする香水を取り扱っておりまして、それをソレインの方は使われております」

「リュードさん、私たちもその香水を買った方が・・・」

「・・・大変申し訳ありませんが現在品切れでございます。正直それもございますのであまり私としてはこのタイミングでの山越えはお勧めは出来ないのです・・・」

「なるほど、そいつぁご丁寧にどうも。だがな」


リュードはニヤリと笑いながら続ける。


「止まるわけにはいかねえんだよ。進む以外に道はねえ。」

「さようでございますか・・・ご武運をお祈りしております」

「ああ。・・・じゃあこいつとこいつを買おうかな」

「かしこまりました、少々お待ちくださいませ」


店主は梱包の為いそいそと戻っていく。セシルは心配そうな顔でリュードをのぞき込むがリュードは表情を変えずに告げる。


「大丈夫だ。俺が守る」



その夜。八時半。

夕食と風呂を終え、宿の布団に寝転がるセシルは自分の懐から何度も読み返してボロボロになった聖書を取り出し、二十秒ほど表紙を見つめた後・・・


聖書をテーブルの上に置き明かりを消した。


(明日は四時に出発だもの・・・)



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