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対話

火が揺れる。

食事を終え、近くにあった川で水浴びも終えた。確かにもう、今日行うことは無い。

目的地であるソロン山まで目測ではあるが、2、3日はかかるであろうことは想像に難くはない。

しかし、今日は昨日に続いて色々なことがあったのだ。感情を整理するだけでも難しい。

今まで共に過ごした家族は死に、自らの信じていた命の価値は食事という形で裏切られた。

信じてきたもの、セレスト・カムで教わったことなど、襲われた時には何の役にも立たず外に出た時には腹の足しにもならないのだ。でも、大好きだった村はもう無い。

目の前に揺れる焚火だけがセシルにとっての真実なのだ。


「・・・眠らねーのか?」

「・・・すみません、その、眠れなさそうなので・・・」

「・・・まあ、気持ちがわからないってこともないが・・・明日も早いし、歩き続けることになるんだ。夜更かししてもい良いことは無いぞ」

「・・・分かってます」

「それなら良いんだが」


口ではどうとでも言えるものだ。聞いている言葉なんてこれっぽっちも耳に入っていない。今この草原に寝転んでも睡魔は訪れないし、星々を見上げていれば気晴らしで数えだして寝れなくなるだろう。ならば、目を閉じればいい?いや、あの惨劇を思い出してしまう。何度も試して何度もぶつかった壁だ。かれこれこうして二時間になるのだ。


「・・・リュードさん」

「・・・何だ」

「少し・・・話をしませんか?」

「・・・お前はそれで眠くなるのか?」

「話し疲れれば」

「・・・何時間話すつもりだ」


そう言ってリュードは体を起こし、何を話すんだ、とセシルにせかしてくる。相手が依頼人だからなのだろうか、どうも甘いところがあるかのようにも思えるが、それは自分の勘違いなのかもしれない、とセシルは首を振る。


「・・・貴方のことが知りたい」

「・・・俺の?」

「自分の命を託す人なんですよ?信頼に値する人であると思いたいんです」

「・・・へえ、命と貞操を助けられただけじゃ足りないか?」

「・・・それは・・・そうですけど」


思い返せば命を託す、といっても自分から一方的に命をやるから命を守れと依頼したのではないか。その上で信頼できないからお前のことを教えろと言うのはあまりにも傲慢かもしれない、とセシルが思い立った時のことだった。


「そんな面白い話は無いぞ」

「え?」


耳を疑った。


「・・・話をすれば寝てくれるんだろう?なら話をしてやるさ。こっちは出来るだけ早く依頼を終わらせたいんだ」

「・・・傭兵って早く依頼を終わらせたいものなんですか?」

「・・・まあ、依頼人によっては延長したり、専属になってくれっていう人もいるけれどな。正直傭兵って言っても色々なタイプがいるから何とも言えないんだが。」

「タイプ・・・ですか?」

「徒党を組んで依頼を受け持つ傭兵団みたいな奴等もいるんだ。例えば勢力争い・・・戦争とかな。そういった大きな舞台で駆り出されるのもいれば、金さえ貰えればどんな汚いことだってやるってやつもいる。殺し、強盗、放火上等ってのがな」

「・・・どうしてそんなことが出来るんですか?」

「言ってるだろ、金さえ貰えれば・・・だ」

「・・・リュードさんは?」

「・・・俺は基本的に護衛の仕事や猛獣退治を受け持つことが多いな。武器を振るう仕事が俺の性に合っているからな」

「・・・そういうものなんですか」

「そういうもんだな」

「・・・いつから傭兵を?」

「・・・四年前・・・だな」


僅かにリュードの顔が歪んだ。


「・・・四年前・・・カムラ平原の戦いと同じ時期ですね」

「・・・そうだな」

「・・・皆、私の関わる人はあの戦いと同じ時期に何かがあった人ばかり。さっき話した子供達も」

「・・・他に聞きたいことは無いのか」

「ほ、他・・・ですか?・・・んーと・・・」

「無いならそろそろ・・・」

「あ・・・そうだ」

「・・・何だ」


うんざりした表情でセシルを見るリュード。それに怖気図にセシルは指を向ける。


「・・・この、マフラーなんですけど」

「・・・触れるな」

「え?」

「このマフラーには・・・触れるな」

「・・・大切なものなんですか?」

「・・・答える義務があるのか?」

「・・・え?」

「無いなら・・・もう寝るぞ」

「・・・あ、はい」


瞼を閉じながらセシルは思う。さっきのリュードの眼は確実に敵意を向けていたと。

あのマフラーが何なのか、どれほど大切なものなのかは分からないが、きっとリュードにとって触れられたくないものだろう。


(・・・でも、おかげで・・・よく眠れそう)



気付けば光が眩しかった。


「・・・朝・・・?」

「昼だ」

「え?」

「やっと起きたか・・・もう昼なんだよ。今飯を作ってる」

「・・・・・・嘘」

「嘘じゃない・・・ほら、出来たぞ」


差し出された器には僅かな米と、さっきまで野を駆けていたであろう兎の肉と、鮮やかな緑の草が僅かに添えられていた。


「・・・あの」

「何だ、まさか肉が食えないなんて言い出さないよな」

「・・・いや、そうじゃなくて、その・・・」

「?」

「朝ごはんには・・・重いかなーって」

「だから昼飯だ」



「わっ」

「どうした?」

「い、いやちょっとびっくりしちゃって」

「・・・ん?何だ、動物の死骸か」

「はい・・・やっぱ可哀想・・・」

「まあ・・・自然の摂理とはいえ、な」

「お墓立ててもいいですか?」

「・・・構わないがこれから出会うした全てに墓を建てるつもりか?もしかしたら明日には麓の村に着くかもしれないものをどれだけ延ばすつもりだ」

「・・・そ、それは・・・」

「優しいのは立派なことだが目的を忘れるようなら要らないぞ」

「・・・はい」


セシルは胸で十字を切り、リュードと共に歩き出す。振り向かないように、心で念じながら。

実際には三度振り返ったが。


「・・・ふう」

「どうした?疲れたのか?」

「だ、大丈夫です!」

「まあ、大丈夫じゃなくちゃ困るんだがな。ソロン山はもっと厳しいぞ」

「え」

「・・・当たり前だろう?山だぞ、山」


セシルは大分近くなってきたソロン山を見る。確かにあれを登って降ってをするということを考えると気がおかしくなりそうだ・・・。


「登りさえ終えれば何とかなるとは思うが。その登りで骨が折れるんだよな」

「が・・・頑張ります!」

「ああ、頑張ってもらわなければ困る。」

「ぐむ。」

「とりあえず麓の村まで行けばある程度色々・・・食料とかの買い溜めが出来るからな」

「買い溜め・・・私お金持ってないですよ?殆ど」

「なに?」

「バーゼル村では基本自給自足でしたから・・・そもそもお金を使うってことがあんまないんです」

「なるほどな・・・しかし困ったな」

「リュードさん持ってないんですか?」

「いや、持ってるが・・・」

「持ってるが?」


リュードの顔が少し渋っていることに気づいてはいるがセシルは問い続ける。リュードは面倒臭そうに口を開いた。


「・・・依頼を受けている最中は雑費は依頼主に出してもらうのが俺のやり方だったんだが」

「せこいんですね・・・リュードさん」

「いや、仮にも雇い主と雇われ者の関係なんだぞ?それくらいは」

「16歳の子供からお金巻き上げるんですか!?」

「いや、だからお前俺の雇い主だろ」

「大体ですね私は・・・さっきも言いましたけどお金持ってないんですよ!」

「・・・威張って言うことじゃないだろうが」


話しながら歩いていると時の流れが早く感じるものである。勿論この二人にとってもそれは例外ではなく、昼から始まった二日目の草原の旅は満点の星空の下に変わっていた。


「え、もう夜・・・ですか!?」

「早いもんだな・・・この様子なら明日の夕方か・・・少し前くらいには麓の村に着きそうだな」

「本当ですか?」

「ああ。さて、どうする。もう少し歩くか?それともここで野宿にするか?」

「・・・もう少し、ほんの少しでしかないかもしれないけど・・・歩きたいです」

「・・・了解」


リュードは腕を組みながら少し微笑んだ。横顔からでは何を考えているのかは分からないがセシルはある一つのことを考えていた。


(・・・昨日よりはリュードさんが話しやすく感じたな)



「ご馳走様でした」

「ん、平らげたか」

「神よ。貴方が私めに与えてくださったこの恵みを大変美味しくいただきました」

「随分と格式ばったご馳走様だな。セレスト・カムはそんな感じなのか?」

「いえ?そんなことはありませんけど・・・これは私からの神への感謝です」

「神への感謝・・・ねえ」

「ところで、リュードさん!」


セシルはずい、とリュードに顔を近付ける。突然のことで流石にリュードも面食らったようで、少し後ずさりをした。


「何だ」

「昨日はリュードさんの話をして頂きました」

「まあ、一応は・・・そうなるのか?・・・殆ど話してないような気もするが」

「なので今日は私がリュードさんにお話をします!」

「は?」

「私もリュードさんに沢山話したいことがあるんです!駄目ですか?」

「いや、駄目ってことは無いが・・・あんまり長くなりすぎるなよ?殉教者の話は総じて長いから苦手なんだ」

「大丈夫ですよ!私に任せてください!」

「・・・明日も早いんだぞ?」

「はい!」



「・・・そしてセロは迷える青年にパンを与えこう言いました・・・ってあれ?」

「・・・」

「リュードさん?」


揺さぶってみるがリュードは全くと言っていいほど反応を示さない。だが僅かに聞こえる寝息から生きていることは伺えるのだが・・・。


「・・・って寝息!?ちょっと!寝てるんですか?」

「・・・ん・・・終わったか?」

「終わってないですよ!むしろこれからが一番良いところだったんですよ!聖書の第三章-慈愛ーの最も感度するところで・・・」

「あー・・・あれだな」

「な、何ですか?」

「確かにお前の言う通り・・・話を聞いていると眠くなるな」

「酷いですよ!これからなんですよ!これから!」


セシルは頬を膨らませながらリュードを見る。


「仕方ないだろ・・・興味ないんだから」

「そ、それは・・・何というか・・・」

「歴史とか・・・神話とか。そういった話にはあんまり興味がないんだ。」

「そ、そうですか・・・」


シュンとするセシル。だが。


「じゃあ、私の話をします?」

「お前の?」

「はい。私がどうしてバーゼル村に来たのか」

「・・・どっちでも構わないが」

「じゃあします。と言っても・・・」

「?」

「殆ど、神父様に聞いた話になっちゃうんですけどね・・・私、記憶喪失だから。」

「記憶喪失?」


慌てて、セシルは手をリュードに向けて首を振る。


「あ、でもそんな大層なものじゃなくて。・・・断片的に覚えてないんです」

「断片的に?」

「お父さんとお母さんの顔・・・とかは覚えてないんですけど・・・ぼんやりとどんな家に住んでて、とかは覚えているんです。」

「・・・」

「えっと・・・私がバーゼル村に居るのは、神父様のおかげなんです。」

「というと?」

「まず、私がバーゼル村に来たのは四年前・・・なんですよ」

「四年前・・・まさか」

「はい。私はセルフェス大陸の出身で・・・丁度カムラ平原の戦いに巻き込まれちゃったんですよね」

「お前も・・・」

「はい、それで・・・たぶんその時のショックでお父さん、お母さんの顔を忘れてしまったんだろう。と神父様は仰っていました。・・・両親は二人ともあの争いで死んでしまい・・・私は一人で泣きながら歩いていた・・・と聞きました。」

「・・・そこで神父に会って・・・」

「はい、一緒に海を渡ってバーゼル村まで来たんです。・・・そこで私は神父様からセレスト・カムを教わって・・・同じ傷を持つ子供達と一緒に・・・」

「・・・」

「だから、伝えなくちゃいけないんです。神父様に。あの惨劇という名の事実を。・・・他でもない私の口で。」


強い意志を秘めた両の眼でリュードを見つめる。腕を組みながらも視線を逸らすことなくリュードは見つめ返し、そうだな。とだけ呟いた。


「さて、と。そろそろ寝ましょうか!明日も早いんですよね?」

「ああ、そうだな。早く寝た方が寝坊しなくて済む。」

「大丈夫ですよ!寝坊なんてしませんから。」

「それなら良いんだがな」


そう言って二人は互いに眠りにつく。

セシルは少しずつリュードと心が通っていくのを感じるのだった。


「おい」

「・・・ん・・・むにゃ・・・どしました・・・?」

「・・・朝だ。行くぞ」

「・・・何時くらいですか?」

「6時30分くらいじゃないか?」

「・・・早くないですか?」

「そんなことは無い。さあ行くぞ」


朝陽は眩しい。これは昨日と変わらない。

でもここから見える景色は昨日とは違う。

山はもうすぐそこだ。昨日寝る前に見た時と距離は変わらない筈なのに何故かそう感じる。


「・・・はい、行きましょう!」


川を越え、木の根を踏み転びながら

また見つけた動物の死骸に心からの祈りを捧げ

歩き疲れが顔に出始めて、限界が近くなってきたその時


遂に。


「着いたぞ・・・ソロン山の麓の村・・・ソローネに」

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