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旅立ち

少女は胸の中心で十字を切り祈りを捧げる。

僅か一日で亡くしてしまった尊い16の命を。

その命を讃える小さな墓前に向かって。


「・・・ご丁寧だな、一つ一つちゃんと名前まで彫って。」

「この村にいた16人全員に名前が有ります。誰が特別で誰が劣っているなんてことはありませんから」

「・・・そりゃそうだ。子供も大人も草木も獣も関係ねぇ。全てが生きている。」

「・・・はい。」

「・・・そしていつか死ぬ。必ず」

「・・・はい。」


そうだ、彼は非情なことを言っているわけではない。命というものにとって、逃げようのない事実について語っているのだ。生まれたものはいつか死にゆく。何度も神父に聞いていたのに。解っていたはずなのに。


「・・・でも・・・どうして今なんでしょう・・・」

「・・・」

「・・・なんであの子たちなんでしょうか。・・・分かっています、これはエゴです。」

「・・・エゴか・・・どうだろうな」

「え?」

「当たり前の感情だと思うがな。ましてや大切な人であったなら余計に」

「・・・」

「恨むか?神様を」

「・・・恨みません」


確かに私たち殉教者にとってこの事態は衝撃的なことだ。

神の庇護がなく、幼い未来ある命が消えてしまったのだ。一夜にして16人も。

でも彼女は神のせいにはしない。


「・・・神はすがるものではありませんから」

「・・・なるほど」


僅かに傭兵は笑う。殉教者であるはずの目の前のシスターが自分の想像よりも現実を見据えた発言を、自らの考えを放棄するという愚かな行動に向かわなかったことが面白かったのだろう。


「・・・リートくんは臆病でいつも本を読んでいました。特に私が描いてあげた聖書の絵本が好きでいつも持って・・・これはどういうことなの、どうしてこんな伝説が生まれたのって聞いてました。」

「・・・」

「・・・でも不思議とやんちゃなフィルくんとは仲良くしてたんです。・・・フィルくんっていうのはこの村の乱暴者・・・すこしガキ大将的なところがあって、初めてこの村に来たときは周りの子を泣かせてばっかでした。」

「・・・」

「・・・二人とも、流行り病で両親を亡くしてしまったんです。そのあとすぐに治まったんですけどね。その病」

「・・・ああ。」


確かに二年ほど前流行った病があった。症状は風邪と対して変わらないが悪化すれば死に至る可能性があるという、それでもすぐに「アレナ」と呼ばれる植物の葉を煎じて飲ませれば効果があると判明しすぐに人々から忘れ去られたが。


「当時はやさぐれてたんですフィルくん。あともう少し早ければって・・・」

「・・・」

「・・・ロックくんはとても好奇心旺盛な男の子で昔から剣とか槍とか・・・武器を見るのが好きな子だったんです」

「・・・ロックって確か・・・」

「はい。あの赤い服を着た男の子です」

「・・・そうか」


僅かにリュードの顔が歪む。僅かな関わりしかなかったが、あの目の輝きをもう見れないことが残念だったのだろうか。


「・・・惜しいな。あのガキは」

「・・・はい。」

「・・・」

「・・・ロックくんは戦災孤児なんです。まあ、この施設の子の多くは戦災孤児なんですけどね。その中でも一番のお兄さんだったんです」

「・・・戦災孤児・・・」

「はい、四年前の。セルフェス大陸で起きた」

「カムラ平原の戦い・・・?」


このファラーン島から海を隔ててセルフェスという大陸がある。

四年前、その大陸で大きな戦争があり、多くの被害が出たのだ。その戦争で身寄りをなくした子供達を他のセレスト・カムの殉教者から情報を集め回ってこの村で保護する。それがこのバーゼル村であったのだ。


「・・・そして、ペルちゃん。彼女のお父さんは冒険家で、沢山のことを・・・行ったこともないような秘境のことを話すのがとても好きな子で、普段はあんまり愛想良くないのにそういった話になると目を輝かせるんです。・・・だからかな?凄く授教が好きな子でした」

「・・・」

「お父さんが冒険に出たまま帰ってこなくて・・・お母さんは過労で亡くなってしまったみたいで。ここに来たときは人を信じない、全てが敵だ、みたいな眼をしてました。」

「・・・親父さんが帰ってこなかったからか」

「帰ってくるって言ったのに・・・って言ってましたね。子供ながらに耐えてたみたいですけど・・・限界寸前だったみたいで私に弱音を吐いてくれたことがあったんです。それ以降仲良くなれて・・・」

「・・・」

「いつしか恋もして・・・普通の青春を・・・楽しい生活を送れる・・・筈だったのに」


セシルの眼から大粒の涙がこぼれる。この理不尽に。尊い命を失ったことに。この参事を知った時の神父の悲しみに。自分の無力さに。


「・・・セシル」

「・・・はい?」


ゴシゴシと袖で涙を拭い振り返るセシル。


「・・・行くぞ。神父を追いかけるんだろう?」

「・・・はい。」

「・・・ここにいても、なにも進まない」

「・・・そう、ですね」


しゃがんでいた体勢から立ち上がりスカートについた砂を払い落とす。もう旅の準備は出来ている。振り返る必要はもうないのだ。リュードの隣に立って歩きながら心の中でセシルは呟く。


(さようなら、皆・・・またね、バーゼル村・・・)



セシルは目を見開く。目の前に広がる広大な大地を。

大空には鳥が飛び交っている。周りを見渡しても建造物と呼べるものは殆ど見えてこない。これが、村の外・・・これが、世界なのか。


「す、凄い・・・」

「そういえば、外の世界を見たことないんだったか?」

「あ、はい・・・村の外から出たことがないんです。だからどんな危険があるのかも分からなくって・・・それでリュードさんに護衛をと・・・」

「ま、理由はなんでも構わねえけどな依頼主様になるわけだし。で?どこへ向かうんだったか?」

「・・・えーっと、確か・・・ソロン山・・・そう!ソロン山を越えた先にあるレルトラ大聖堂の本堂です!」

「ソロン山・・・またあそこを越えんのか・・・そいつぁ骨が折れそうだな」

「え?そ、そんなに凄いところなんですか?ソロン山って」

「・・・見てみろよ、あれだ」


そう言って指差したリュードの視線の先にセシルも目を向けると非常に巨大な山脈があるではないか。殆ど雲に差し掛かるかギリギリの高さだし遠目から見てもかなり急な山道になっていることが想像できる。


「な・・・なな・・・何ですかあれ?」

「だからソロン山だ。俺たちが向かおうとしている」

「・・・え?あ、あんなに凄い山なんですか?」

「ああ、そうだ。あんなに凄い山だ。・・・楽な気持ちで登山したがもっと準備していくべきだったと思ったくらいだよ」

「・・・神父様・・・あんなところを越えるの?嘘だと言ってください・・・」

「・・・まあ麓の村で食料を買い溜めしたり、準備を整えたりすれば越えられないところでは無い筈だ・・・行くぞ」

「・・・そう、ですね・・・進まなくては神父に追い付けない」


セシルとリュードは踏み出した。大いなる冒険の第一歩を。



「・・・」

「・・・」

「・・・」


(ど、どうしよう・・・会話が・・・無い)


そもそもまだ会って二日ほど、互いのことなど何も知らない状況でべらべらと話せるほうが不思議ではあるが、とはいえ無言の旅路というのも味気ないし、何よりもこの空気に耐えられない。ましてやもう一時間もこのままなのだ。


(わ、話題話題・・・前もこんなことで悩んでた気もするけど・・・)


どうしようか、と慌てるセシルとそれを全くと言っていいほど意に介していないリュード。しかしこの沈黙は意外な形で破られる。


グギュルルル。


「・・・ん?」

「・・・あ」

「何だ今の音?」

「え、えっと・・・」

「・・・腹の音か?」

「・・・はい」

「・・・飯にするか?」

「・・・はい」


確かに沈黙は破られた。でも、どうしてこんな形なのだろうか?恥ずかしさでセシルは気が動転しそうだった。


「・・・ちょっと待ってろ、捕まえてくるから」

「・・・捕まえてくるって?何をですか?」

「まあ、兎とか・・・鳥とか・・・食えそうなもの」

「・・・え?狩りをするってことですか?」

「当たり前だろ、それ以外に何があるってんだ」

「・・・命を殺すってことですか?」

「それが食べるってことだろ?」

「そ、そうかもしれませんけど・・・」

「すぐに捕まえてくる。・・・罠を作ればあとは・・・」


そういいてリュードは木を伐り、非常に簡単なもの(引っ張れば相手を捕まえるような)—恐らくトラバサミとよばれるものであろうか―を作った。刃物は無かったので剣で鋭利に削った木の根っこが刺さる仕組みとなっている。


「・・・これを設置して・・・と。少し待ってろ。あとは獲物を待つだけだ」


慣れた手つきで罠を設置し、囮の餌を乗せておく。多分そんなに待たなくても獲物は来るだろう、とリュードは語る。


「・・・いつも、こんなことを?」

「ああ、旅しているとまず村なり町なりの集落に辿り着けるのは稀だからな。誰かの用心棒だったり、依頼だったりを受けている状態ならちゃんとしたモン食える時もあるが、大体は罠張って獲物待って食う。」

「生きている命を食べるんですか?」

「ああ、そうだ」

「・・・命の冒涜です」

「違うな。その発言こそが命の冒涜だ」

「・・・えっ?」

「人も獣も何かを食べなければ生きていけないもんだ。それはすなわち他の命を踏み台にしてでも食べるという本能だ」

「わ、私が言っているのは・・・生きているものを殺して食べる”狩り”という行為です。例えば食事として出される肉料理は別でしょう?・・・まあバーゼル村でお肉が出たことは無いんですけど」

「食事のときにその目の前にある食い物の生きていたときの姿なんて想像して食ってるか?してないはずだ。それはそこまでその肉となる前・・・生命だったころを否定しているだろう?それこそ冒涜だ」

「・・・」

「それとも肉は生命じゃねえのか?なら、生命とは何だ、動いてれば生命か?」

「・・・分かりません。」

「ああ、俺も分からねえよ。だからだ。分からねえくせにご高説立てる奴が」


ギッという動物の声が聞こえる。どうやら罠に兎が掛かったようだ。


「・・・俺は大嫌いだ」


言い放ったリュードは脱兎の如く罠に掛かった兎に近づき捕まえる。

そして、その命を絶った。


「・・・そろそろ焼けるぞ」

「・・・はい」

「・・・どうした?」

「・・・バーゼル村は自給自足の生活をしていました。皆が畑を耕し、野菜が生ったら皆で食べて・・・だから肉を食べるなんてことなかったし・・・直接奪う命に目を向けることなんて無かった」

「・・・」

「・・・小麦が生ったらパンを焼いて、サンドイッチを作って。大豆は畑の肉だーなんて言いながら皆で食べて。・・・ロックくんとかフィルくんは本物の肉が良いって最初は言ってたけど、途中から言わなくなって」

「・・・」

「・・・何も奪わない生活をしていました。それで良いと思って」

「・・・」

「・・・全てが奪われて、今旅に出て・・・そして目の前にさっきまで生きていた兎の肉があって」

「・・・ああ」

「・・・さっき私がお腹を鳴らして、何かを胃に入れたいっていう私の理性とは違う部分で食べるものを求めました」


セシルは燃え盛る火を見ながら続ける。


「命を奪う行為を目の前で見て、失われていく命を見て。それは酷い行為だと思うし、今でも許せない。」

「そうだな」

「でも、この兎も同じなはずなんです。ここで死ぬ命じゃなかったのかもしれない。神がお怒りになるかもしれない」

「命を大切にする宗教だからか?」

「そうです、セレスト・カムは隣人の、全ての生物を愛するという博愛の精神から来ている教えなんです。だから、本当はリュードさんの行いを咎めなければならないんですよ。」

「・・・ああ。」

「でも、私は今・・・目の前にある兎だったものを・・・焼けた肉を見て」


「美味しそうって思ってしまって・・・います」


「それが・・・私にとって不思議で・・・」

「・・・命を食べるということはその血肉を啜り自分自身の血肉として取り入れ生き永らえるってことだ」

「・・・はい。」

「・・・その覚悟があるってんならその目の前にある肉に手を伸ばすんだ」

「・・・」


セシルの中に僅かな迷いがある。もう、決めた筈なのに。命を無駄になんてしてはいけないのに。


「・・・冷めちまうぞ」

「・・・いただきます」


セシルは胸の中心で十字を切り祈りを捧げる。

生きていたころ元気に野原を駆けまわっていた兎のことを脳裏に浮かべながら。

そして、皿に乗った肉をリュードが持っていたナイフとフォークを使い切り分けながら自らの口へ運ぶ。


「・・・美味しい」




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