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契約


「・・・なにこれ?」


むせ返るような木々が焼け、人体が焼けただれた臭い。

あまりの異様さにセシルは口を抑えてしまう。これが、あのバーゼル村なのか、子供たちが遊び駆け回り、緑の木々が風に煽られそよそよとしていた、あのバーゼル村なのか。

目の前にあるのは、赤。焔の赤。

昔神父ラテスに見せてもらった地獄の絵がこれに最も近かった。


(そうだ・・・こんなの地獄だ・・・)


セシルは動けなかった。これが現実であると理解するのに脳が追い付かなかったのだ。

我を取り戻したようにハッとしたセシルは全力で駆け出した。


(皆を・・・皆を探さなくちゃ・・・!)


この村を、バーゼルの子供達を、託された。

その想いが非現実に埋もれたこの村をセシルに駆けさせる。

確かにした人体が焼けただれた臭いを必死に忘れようとして。



「・・・うそ・・・でしょ・・・」


分堂は最早、業火の中の瓦礫と化してしまった。

あそこで授教をした。聖書の読み合わせをした。皆でおやつを食べた。

もう、あの憩いの、救いの場所は無い。地獄絵図の一つと化してしまった。一夜にして。


「・・・う・・・うわあああ!」


駆け出す。

この絶望の世界から、この燃え盛る豪火の臭いから逃げたくて。



「・・・ひっく・・・えぐ・・・」


僅か数分歩いただけだ。なのにどうして子供達の死体があんなにあるのか?

昨日までは一緒におやつを食べたり花畑で遊んだりしていた女の子が。

たまに分堂のものを盗もうとしたり着替えを覗かれそうにもなったが憎むことが出来なかった男の子が。

無残に、凝視しなければ誰だったかも分からないくらいに酷い姿になってしまっているのか?


「・・・はあ・・・はあ・・・」


最早眠りたい。眠って覚めたら実は夢だったというならどれだけ嬉しいだろうか・・・。

ありもしないことを考えてしまうセシルは、もう精神的にギリギリだった。

託されたのに、任されたのに。責任を果たせなかったんだ。それが辛い。申し訳なくて、辛い。

溢れそうな涙を必死でこらえるセシル。あの子たちはもっと熱かったんだ。辛かったんだと。

立ち止まりそうになった心を引き締め、生き残っている子を探し始める。

諦めては駄目だ、と呟く少女はいつもより大きくも小さくも見えた。



「・・・う・・・うう・・・」

「!だ、だれか生きているの!?」


声が聞こえた方に駆け寄るセシル。ある家から聞こえた、間違いなく。

そこに居たのは三人の少年・・・しかし二人は既に息絶え、最後の一人。

赤い服を着た少年・・・ロックだけが命辛々生きていた


「・・・ロックくん!!」

「・・・セシル姉ちゃん・・・ごめん・・・」

「・・・え?」



どうして、そんなに申し訳なさそうな顔をしているのだろうか、とセシルは思う。


「俺さ・・・守れなかった・・・村の兄ちゃんなのに・・・結局」

「・・・ロックくん・・・」


(そうだ、私だけじゃない。この村は皆の居場所で守りたい場所なんだ。ロックくんは皆のお兄ちゃんだもの・・・当然だよね)


「もっと、早く・・・あの黒髪の兄ちゃんに会って・・・剣術とか教わって・・・」

「・・・喋っちゃ駄目だよ・・・」


良く見れば崩れた瓦礫が彼の下半身を潰している。もう逃れることは出来ないし、この炎の中ではどちらにしても・・・


「・・・くっそー・・・リートもフィルも・・・ペルも・・・」

「・・・ロックく・・・」

「・・・セシル姉ちゃんも・・・守れたんだ・・・」

「!・・・」

「・・・あいつらから」

「・・・あいつら?・・・あいつらって・・・?」


家が崩れる、ロックの怒号と共に家から離れる。

崩れ去っていく家の下敷きになった彼はもう・・・あまりにも急な事態に十字を切って供養できないことを心の中で何度も、何度も謝りながら瓦礫と化した家だったものから背を向ける。


「・・・あいつら・・・?」


この惨劇を誰かが行ったというのか?一体誰が・・・何のために?

考えながらセシルは駆け出した。



「・・・あ・・・」


花畑、だった場所。いまや美しい花々など無い哀しい場所。

そこに少女は横たわっている。手には踏みにじられた花のティアラを持ちながら。


「ペルちゃん!!」

「・・・シスター・・・?」


駆け寄り、ペルを抱き起すセシル。


「何なの・・・これ?」

「・・・分かりません・・・突然、謎の男たちがやって来て・・・村に火を点けたんです。・・・男たちは炙り出せとしきりに言っていたから・・・たぶん何か目当てがあったんだと思います・・・でも・・・時間が経ったら突然、私たちを見てニヤニヤ笑って・・・更に火を点けたんです・・・。」


(信じられない・・・何でそんな酷いことが出来るというの・・・?)


同時にセシルは一つのことを考えてしまう。


(私は・・・神父の教えを守って9時にベッドに入った・・・でももう少し遅ければ・・・この事態を防げたんじゃないの・・・?こんなにこの子たちを怯えさせることも無かったんじゃないの・・・?)


セシルは拳を握り締める。爪が掌に刺さっていることも気にせずに。


「・・・自分を責めないでください、シスター。むしろ私は最期にシスターに会えてとても嬉しいもの・・・」

「・・・ペルちゃん・・・」

「・・・シスター、一つ良いですか?」

「・・・何かな?」

「・・・ロックは・・・無事ですか?」

「・・・え?」

「・・・ロックですよ・・・あの馬鹿は無事かな・・・って」

「・・・そ、それは・・・」


沈黙が流れる。そして。


「・・・無事・・・だよ・・・保護して・・・今は寝ている・・・」

「・・・そう・・・ですか・・・」


嬉しそうだ・・・本当に

なのに私は・・・


「・・・良かった」

「・・・ペルちゃん?」


もう、返事はない。それを確認してからセシルは泣いた。激しい声で。この涙が雨であったならばこの焔も消えてくれたのに。


「ごめんね・・・ペルちゃん・・・ごめんねえぇ・・・!!」



ひとしきり泣き止み、放心状態となったセシル。

僅かな足音にそちらを振り返ると。


「・・・何だ?生き残りがいるみてえじゃねえか?」

「だな、もうガキどもは全滅したと思っていたんだが・・・」


(・・・誰・・・?)


全く見覚えのない二人だ。一人はブクブクに太った眼帯の男。もう一人は逆にひょろひょろとやせ細った気持ちの悪い男。どちらにしても善良な人間には見えようがない。


「・・・貴方達が・・・これを?こんな酷いことを・・・!?」

「・・・まあ、俺たちも関わったわな。」

「ああ、一度火の中の人間のファイヤーダンスが見たかったんだ」


ギャハハと意地汚く笑う下卑た人間たちだ、こんな奴らに未来ある子供達の命は絶たれたというのか。

悔しい、という気持ち以前に無念さがこみ上げてくる。


「てか、どうするよ?この村の人間は皆殺しって話っしょ?この女も殺らねえとまずいよな?」

「まあそうだが・・・おい、団長って帰ったか?」

「ん?残ってんのは俺たちだけみてーだぜ?もうみんな戻っちまったみてーだよ」

「てことは、だ。俺たちが何をしても団長には報告されねーし、俺たちが確認して生き残りがいなかったって言えば生き残りはいないわけだな?」


眼帯の男の眼がセシルを捉える。あまりにも欲にまみれたその眼にセシルは背中に冷や汗をかいているのを感じる。


「・・・なるほど・・・確かにそりゃそうだな・・・」


下卑た笑いはヒョロガリ男からもだ。感じていた冷や汗は全身を駆け巡る悪寒に変わる。



「はあ、はあっ!」

「待ちな嬢ちゃん!」

「へっへ・・・さっさと観念してくれよお!」


全力で村を駆けるセシル。それを追いかける二人の悪漢。

悪漢の眼は完全に肉欲にまみれている。これに捕まったらどうなるか・・・セシルは想像さえしたくなかった。


「嫌だ嫌だ嫌だ・・・」


ここまでの恐怖を感じたことが未だかつてあっただろうか?

昨日までは幸せだった、本当に。

一日でここまで絶望に突き落とされるというのか。


「はあはあ・・・」


駆けるセシル。脚は棒のように痛いし、胸は最早呼吸を拒絶するんじゃないか。そう思うくらいに走っている。もう限界は超えている。それでも走らなければ。

しかし、肉体はそれを許さない。どんなに死に物狂いで走ったとしてもセシルは女の子であり、どれだけ遊び半分で追いかけ回していても悪漢たちは男なのだ。

次第に距離は縮まるし、いずれは・・・


「捕まえた!」

「うぐ・・・」


セシルの首を捕まえて、ヒョロガリの男は勝ち誇る。

涎を垂らして欲情する姿は最早人間のそれとは言い難いものである。


「げへへ・・・やってやる・・・」

「・・・おい、見ろよ。この女、髪が真っ青だ」

「・・・本当だ・・・珍しいな。初めて見たぜ」

「・・・へへ、こいつぁ売るところに売れば金になりそうだな」

「売るところ?」

「奴隷でも良いし、物好きの貴族とかな・・・この女顔も良いしかなりの金になると思うぜ?」


人を売る・・・なんと恐ろしい話をしているのだろうか。人の価値を誰が何の理由を持って決めていいのだろうか、あまりにも違いすぎる世界にセシルは恐怖を超えていた。


(・・・私・・・売られるの・・・?)


信じられるわけがない、どうしてこうなってしまったのか

―セロは、神は助けには来てくれないのだろうか―


(・・・来るのなら・・・ロックくんもペルちゃんも死なないか・・・)


「・・・この女幾らくらいで売れるのかな?」

「あくまでも見立てだが・・・処女なら200ガル、まあ非処女でも100ガルくらいはいくんじゃねえのか?」



「つまり、その女の処女には100ガルの価値があるわけだな?」


黒い傭兵がセシルと男たちの前に姿を現す。


「・・・リュードさん・・・」

「なんだてめえ?邪魔すんなよっ!」


剣を抜き突如リュードに襲い掛かるヒョロガリの男、しかし。


「・・・全然腰が入ってねえ・・・そんなんじゃまともに切れねえぞ」


スッと避けられ、頭から転ぶヒョロガリの男。一言でいうなら間抜けであった。


「・・・剣ってのはな・・・こう振るんだよ」


ヒョロガリの男は後ろから一文字に切られてしまう、あまりにも突然のことなのでおそらく男は傷みを感じているのか怪しいほどだ。


「貴様!」


眼帯の太った男がナイフをリュードに向ける。


「・・・へえ、さっきの男よりはマシみてえだな」

「ほざけっ!!」


その体型からは想像も出来ないほど素早い突きをリュードの胸に放つが、リュードは身を屈めてその突きをかわす。そしてその体勢のまま眼帯の男の懐に潜り剣を振るう。

血と共に落ちたのはナイフを持った男の手であった。


「うおおおお!!?」

「さあて・・・とどめだ!」


クルリ、と身を翻しながら回転蹴りを眼帯の男の腹に食らわせる。

眼帯の男は汚らしい声と共にその場に崩れ落ちる。


「・・・ま、こんなもんだろ。」

「・・・あ、あの・・・ありがとうございます・・・」

「俺は100ガルで動く人間だ。お前の”初めて”にはどうやら100ガルの価値があるらしい。その100ガル分で動いてやっただけだ。」

「・・・」


この人物は、正直良く分からない人物だ。

ぶっきらぼうでデリカシーに欠けるかと思えば、結局デリカシーには欠けるが、理由になっていない理由で人を助けてくれたりもする。


「・・・」


セシルは村を振り返る。

焼け果てた村を、悲劇を生み出してしまった村を。

伝えなければならない、この事実を。守れなかった真実を。

遥か遠く、ソロン山の向こうにいるラテス神父に。


「・・・リュードさん」

「・・・ん?なんだ?」

「私は・・・200ガルの価値があるんですよね?」

「さっきの男たちの話ならな」

「そして・・・私は処女を、”貴方が私を守る金額”として失った」

「・・・まあ、そういうことになるんだろうな」

「つまり私には・・・命という100ガルの価値が残っています」

「・・・何が言いたい?」


セシルは真っ直ぐにリュードを見つめて答える。


「私の命を差し上げます。だから私を護ってください」

「・・・面白い依頼だな。具体的には?」

「私はこの事実をある人に伝えなければならないんです。だからそこへ辿り着くまで・・・私を護ってください」

「・・・なるほど、それなりに傭兵業やってきたつもりだったが・・・」


リュードは笑いながら続ける


「こんな契約は初めてだ」

「受けてくれますか?」

「ああ、受けてやる・・・お前の命を代償にお前の命を護ってやるよ」

「じゃあ、契約は成立なんですね!」

「・・・いや、まだだ」

「え?」


キョトンとするセシルにリュードが口を開く。


「互いの名前を知ること、それが最後の条件だ」

「・・・セシル・クラインです」

「・・・リュード・ラヴル」


二人は業火の中で互いの名前を告げる。


「・・・契約成立だ」





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