バーゼル村
「本当有り得ないよね!」
「・・・何が?」
時間は三時をまわり、おやつの時間となっていた。
セレスト・カム・・・というよりはバーゼル村(厳密にはラテス神父)の特色であり、三時を過ぎたくらいに軽食を摂ることを推奨されている。
年頃の女の子であるセシルはこの時間が大好きで簡単なもの・・・例えばサンドイッチなどを作ってはペルと一緒に食べる、というのが日課となっている。分堂には空き部屋があり、そこからだと見晴らしも良くバーゼル村が見渡せるのだ。
「聞いてよ、ペルちゃん。さっき見慣れない男の人が居たんだけどさ」
「・・・珍しいですね、この村には私たちくらいの年代の子供と、神父とシスターくらいしか居ない筈なのに」
「旅の傭兵さん・・・らしいんだけど」
「傭兵・・・何か胡散臭いですね」
「うん・・・それでね!」
やっと本題に入れるとばかりにガッとペルに向かって身を乗り出す。
あまりの勢いに思わず普段冷静なペルが身構えてしまった程だ。
「私ね、分堂の裏側に居たんだけどね」
「ああ、私たちが神父と遊んでいたときですね・・・なんだってそんなところに?」
「え?えーっとね・・・」
と、とにかく、とセシルは意気込みながら続ける
「私が・・・その、ちょっと趣味であることをしていたら馬鹿にされたんだよ!」
「・・・内容にもよると思います。その趣味でしていたあることの」
「・・・」
「・・・シスター、何してたんですか?・・・まさか、テケレポの踊りとかじゃ・・・」
「・・・テケレポの踊りって何」
「テケレポってのはある民族で・・・」
完全に話の内容が変わってしまっているのだが、そのことにどうやらセシルは気付いていないようである。初めて聞く民族の名前とそれにまつわる特徴的な踊りのようで、外に出たことがないセシルにとっては未知なる世界の片鱗なのだ。
元々知識欲の塊な部分のあるセシルはいつしか話に聞き入っていた。
「へええ・・・!そんなのあるんだ・・・」
「まあ、私もお父さんに聞いただけだから・・・実物を見たわけではないんですけどね」
「ううん、それでも凄いよ!」
キラキラと輝く目をペルに向ける。
この表情を見るだけだとどちらが年上なのか分からなくなってしまう程だ。
「・・・で、話を戻しますけど、何が有り得ないんでしたっけ」
「・・・あ、そうだ。えっとね、その馬鹿にしてきた人ってのがさ、黒くてボサボサの髪の毛してて、黒い鎧みたいなの着てて、剣を腰に差してて、こんな時期なのに黒いマフラーしてて・・・」
「・・・例えばあの人みたいな?」
「そうそう、あの人・・・ん?」
ペルが指差す先には確かにあの青年がいる、しかも・・・。
「・・・ロック?」
「うおお、かっけえ!その剣かっけえ!」
「・・・持ってみるか坊主?」
「え!良いの?!」
「構わないさ、まあ安物とはいえ鉄製だからある程度は重いぞ?」
「う、うん」
外から見る感じだと普通に仲の良い兄弟みたいではないか、と駆け付けたセシルは思う。
「ロック。その人は?」
「あ、ペル!えっと・・・旅の人!」
「・・・」
「ん、さっきのシスターか」
「・・・どうも」
言いたいことが無いわけではないが、流石に子供たちの手前というのもある、と
先ほどの怒りを押し込もうとするセシル。
しかし、自分の感情をコントロールするのは難しいみたいでつい傭兵を睨んでしまう。
「餌が欲しい魚みたいな眼をしてんな・・・腹でも減ったのか?」
「!」
何と失礼な男だろうか・・・とセシルは思う。
仮にも十代の女性に向かってお腹がすいたのか・・・というのはデリカシーに欠けるではないか。
「お腹なんて空いていません!むしろついさっきまで食べていたくらいです!」
頬を膨らませながらセシルは答える。
「・・・随分食いしん坊なんだな」
「何でそうなるんですか!?」
今の発言はそう解釈されてもおかしくはないのだが、セシルは更に不機嫌になる。
「勘違いされてもしょうがないと思うけど・・・」と呟くペルの声は果たしてセシルに届いたのであろうか。
「ねえねえ!いつまでこの村に居るの?」
「ん?そうだな・・・まあたまたま立ち寄っただけだし・・・少し滞在したらまたどこかに向かうつもりだが」
「じゃあさ!少しの間でいいから。俺に剣を教えてよ!」
「・・・まあ握らせてやるのと構えぐらいは見てやっても良いけどな」
「やったー!!」
ロックは非常に嬉しそうだ。
確かに彼くらいの年代であれば剣に憧れがあって当然だろう。「師匠」という存在も胸が躍るものであることも決して想像に難くない。
ゴーン・・・と鐘の音が響く
「ん・・・もう聖書読み合わせの時間みたいね・・・ロック、行くわよ」
「え、ちょっと待ってよペル~!」
二人は走りながら分堂へと戻っていく。
ペルのあとをロックが追いかけていくのが二人の関係を暗示しているかのようで面白いとセシルは思った。
「あれ?あんたは行かないのか?」
「え?・・・ああ、聖書の読み合わせは神父様が行うものなので・・・私は直接参加しなくても大丈夫なんです」
「へえ、そういうもんなのか」
(・・・また、二人きりになってしまった・・・どうしよう、何か話題を・・・)
思考を張り巡らせるセシルだが「今日はいい天気ですね」とか「最近調子はどうですか?」とかしか思いつかない・・・もう四時ぐらいになるのに「いい天気」も何もないし、調子なんて今日初めて会った人間に聞いてどうするというのか。
「・・・この村は」
「え?」
意外にも話しかけてきたのはリュードからであった。
「この村は本当に子供達しかいないんだな」
「・・・そうですね。ここには様々な事情で家族と暮らせなくなった子供達が沢山います。そんな子供達にセレスト・カム・・・セロの教えを説き共に互いを支え合い、たくましく生きていこう・・・というメッセージを伝える・・・そんな村です」
「・・・互いに助け合い・・・か。確かにそんな感じはするな」
「・・・そうでしょう?」
何処か胸が誇らしげだ。やはり私の、神父の信じている道は正しく、美しいのだ。
「・・・さてと」
「・・・どちらへ?」
「ちょっとな。」
そう言ってリュードは村の外へ去っていった。一体何をしてくるというのだろうか。
しかし、迷いも無く外の・・・村の外へ行けるというのはセシルには少し羨ましかった。
「・・・明日・・・ですか?」
「ああ、すまないなセシル」
夜、神父ラテスはセシルに伝えなければならないことがある、と分堂の神父の部屋に呼び出した。
内容というのは、レルトラ大聖堂本堂で年に一度行われる「セロの礼」というものがあり、それに参列しなければならないというのだ。
去年までの司祭が亡くなってしまったため、急遽神父ラテスにその白羽の矢がたってしまったいう。
「正直、あの山・・・ソロン山を越えるのは非常に骨が折れるから、あまり好ましくはないのだけれども・・・流石に年に一度の儀礼だからね。無下にするわけにもいくまいよ。」
「・・・でも・・・この分堂は、バーゼル村は・・・」
「・・・君がいるじゃないか」
「冗談はやめてください」
「冗談なんかじゃあないよ。むしろ君だから。」
「え?」
「君だからこそ、この村を空けられる。任せられるんだ。この村の皆を君ならまとめられる。この村の皆に愛されている君だから。」
これは夢だろうか、とセシルは思う。あの神父様が私を信じてくださっている。
私にならばこの愛する村を託せると仰っているのだ。
嬉しくないわけがないではないか。
「・・・まあ寝坊はするが」
「うぐっ」
神父はセシルの肩に手を置いて、真っすぐにセシルの目を見つめながら尋ねる。
「・・・任せても大丈夫かな?」
セシルは一切の迷いのない眼で神父の瞳を見つめて答える。
「・・・お任せください。」
神父はニッコリと笑って「宜しい」とだけ言った。
「神父様!どれくらいで帰ってくるの?」
「神父様!何処へ行っちゃうの?」
「こらこら、落ち着くんだ。」
神父が村を去る、という話はこの狭い村ではすぐに広まった。
秘密の見送りとなるはずが、気付けば村の人間総出での見送りとなってしまっているではないか
「・・・」
あの冷静なペルでさえ、セシルの手を握り、震えている。寂しいのだ、当然のことであるが。
「大丈夫、すぐに帰ってくるよ・・・それに」
「それに?」
「シスター・セシルがいるじゃあないか、彼女の言うことをしっかりと聞くんだよ?」
「・・・うん、分かった!」
流石神父だ、とセシルは心から思う。さっきまで涙目だった少年達はすっかり笑顔になり悲しい見送りのムードも一変、希望に満ちた表情に変えてしまった。
「神父様・・・お帰りなるのをお待ちしております」
「・・・ああ、任せるよ。セシル」
二人は互いに胸の中心で十字を切る。その後互いに深く礼をしてそのまま神父は村の外へと出てしまった。
「・・・?」
視線が自分の方に集まっているのを感じる。
当然だろう。神父は今居なくなったばかりなのだから。
セシルはしゃがんで子供達に目線を合わせて問いかける。
「・・・今日は何をしたい?」
バーゼル村には花畑がある。
綺麗な花が咲き誇るところで、密かにバーゼル村の名物なのではないか、と思う程である。
「よし、出来た」
セシルはたった今作ったばかりのものを太陽に向かって掲げる。
花の髪飾りだ、棘のある花もあったがちゃんと取り除いているので頭に被せても痛くは無い筈だ。
「ねえねえ、ペルちゃん!」
「何ですか?シスター」
「えい!」
ポスッとペルの頭に手作りの花のティアラが被せられる。ペルはキョトンとしているようだ。
「これは?」
「花飾り!私のお手製だよ!」
「・・・ああ、そうでしょうね。そんな感じがします」
「え?」
「・・・お世辞にも出来が良いと言えないあたりが」
「嘘ッ!?」
「・・・でも、私これ気に入りました。」
「・・・えへへ!」
ペルという少女は決して嘘を吐けるような子ではない。出来が良くないというのは事実なのだろうけれども、同時にこの髪飾りを気に入ってくれているというのも事実なのだ。揺るぎのない。
「・・・それでは私からもシスターにプレゼントです。」
「え?」
気付けばペルの手には自分が作ったものよりも遥かに出来の良い髪飾りが携えられているではないか。
ペルはその髪飾りを、「はい」とセシルの頭に被せてくれる
「・・・え?くれるの?」
「ええ、勿論。良く似合ってますよ。シスター」
ジャストフィットだ。とセシルは思う。
青い長髪のあどけないシスターに色とりどりの花飾りは良く映えるもので
とても美しい、まるで妖精のようであった。
「ありがとう、ペルちゃん。でもいいの?」
「何がですか?」
「渡す相手間違ってたりとか・・・しない?」
意地悪な質問をしたかな、と思うセシルであったがペルは少し微笑んで答える。
「渡すんじゃなくて・・・頭につけてくれる方が私は嬉しいかな」
「・・・そっか」
この時のペルは本当に幼くて、でもどこか大人びているような、そんな不思議な表情を見せてくれる。
セシルにはその表情がとても愛おしいのだ。
「何やってるの?シスターとペルは」
どうやら、向こうでチャンバラごっこをしていたロックがこちらに来たようだ。
丁度セシルたちを見つけ、駆け寄って来たみたいで少しだけ息が荒い。
「花飾りを作っていたんだよ。どう?ペルちゃん良く似合っているでしょ?」
「え?・・・う、うん・・・」
何故か顔を赤くして目を背けるロック。
不審がるペルの表情と見比べ、「どうしたの?」とセシルはロックに問いかける。
「・・・いや、その・・・」
「?」
「ペルって・・・こんな可愛かったっけかなーって・・・」
「・・・可愛い・・・私が・・・?」
「・・・う、うん」
「・・・そ、そう・・・ありがとう・・・」
(初々しいなもう!)
セシルは心の中でそう思った。
でも、ロックはロックでペルのことを意識しているみたいだし、意外とこの二人は収まるところに収まるのではないだろうか、と思うセシル。
(大丈夫・・・神父様がいなくても)
きっと、うまくやっていける。そう確信したセシルであった。
―その夜—
喧騒と僅かにする臭気で眠りから覚めるセシル
「・・・何このにおい・・・?」
それは
火の匂い。
火が燃え移った村の建物の匂いであった。