出逢い
兄、マルクスが攻めてくる。魔人達を率いてこの存在世界へ。
セロは驚愕した。何故あの兄がこの存在世界に襲い掛かるのか
同時に絶望した。彼を敵に回すということがどれほどまでに悲しいことか、恐ろしいことか。
しかし、セロは母神フレアの愛した純人達を守るという使命がある。
このか弱き存在を守り、更なる世界の魅力を見つけ母が喜べるような世界でなくてはならないのだ。
セロは立ち上がる。
兄を、いや、暴虐の徒マルクスと魔人を打ち倒し純人達を
存在世界を守り抜かなければならないのだ。
セロは勇敢な純人の男性たちを集め、マルクスが創り出した武器を、鎧を持たせ兵士とし軍隊を創り出した。
軍隊はひたすらに進み続け、遂に時空の歪みの中心・「オルフェル」へと辿り着く。
マルクスのオルフェルで待つという言葉に従い、決戦前の野営を行う。
夜。
マルクスとセロは岩に腰をかけながらお互いについて話す。
マルクスは語る。
自らの望む繁栄と理想は力によって実現すると。
守る為の力、得る為の力。掴む為の力。
自らの生まれてきた意味を魔人達に感じたと。
望みを成し遂げる為の力の美しさを感じたと。
セロは語る。
博愛と真実は互いを思いやる心で生まれると。
力ではなく、争いではなく、傷つける為ではなく。
母の想いだけでなく、自らの情も純人達に感じたと。
彼等なら助け合い、愛し合い、より美しい世界を作っていけると。
交わることのないあまりにも純粋すぎる兄弟の想いは
二人にとって「初めて」の争いを起こさせた。
時空の歪みは外の世界とは時の流れが違う。
早い時もあれば反動に歪みでの一日が存在世界での10年に及ぶこともあるという。
丁度この兄弟戦争の時分は後者であったか、存在世界に当て嵌めるならば数百年の激戦となっていた。
永きに渡る戦争に双方の兵は疲れ果てていた。
自らが産み出した兵器にマルクスが率いる魔人軍団は押され
かと言って、元来の肉体で劣る純人達もその数を次第に減らしていくのであった。
多くの被害を生み出しながらもマルクスとセロは遂に最後の対峙をする。
互いに握りしめた剣をぶつけながら始まった三日三晩に渡る。
先に剣を落としたのは
マルクスであった。
しかし、マルクスは自らの命を糧としながらセロに凶悪な呪いをかけたのだ。
「輪廻の呪い」と呼ばれるそれは現世で起きた自らと呪いをかけた相手を来世で引き合わせ因縁を繰り返すというものだった。
マルクスはこの世界ではセロには勝つことは出来ず、自分の望む力が支配する繁栄と理想の世界が叶わないのであれば、次に生まれ変わる世界で、時代で成し遂げようとしたのだ。望む世界の実現とセロを打ち倒す快感に溺れることを。
セロは絶望する。
激戦を終え、兄の亡骸を見届けた彼は自分の力を殆ど使い果たし、死期が近づいていることを悟ってしまう。まだ、この世界でしたいことがあるのに、彼等、純人達に伝えたいことが山のようにあるというのに。
セロは考えた。残されている時間で自らに何が出来るのか。何をすべきなのかを。
四日もの間、母神フレアの棺の前で自らに、母に問い続けた。
彼は存在世界の更なる発展と自らの思想を後世に伝えることを決意する。
互いを愛し合い、手を取り合い、美しいこの世界を更に美しく見えるようにと。
時空の歪みを閉じ、セロは広場に人々を集め、自らの想いを口にする。
その言葉は海を越え魚たちに、野を越え狼たちに、空を越え鳥たちにまで響く。
高潔なるセロの言葉は民衆たちの涙を誘い、各々の感情を大いに揺さぶった。
セロの言葉で世界はあるべき、より良い姿に向けて歩み出したのだ!!
セロは床に伏せ、遂に自らの死が明日であることを悟る。
最期の力を振り絞り、「輪廻の呪い」を断ち切ろうとするが完全に断ち切ることは出来なかった。
ならば、とセロはこの呪いに新たな誓約をかける。
「12回の因縁の輪廻」
この転生し争い続けるのは12回だと誓約をたてたのだ。
フレアの教えに従い、13回の喧嘩を行おう、そしてこれが1回目だ。
13度目の戦いでこの神話
セロが導いたこの神話―セレスト・カム―は終わりを告げるのであろう。
しかし、何度敗北せしめたとしても
憎きマルクスの転生者がこの世界を再び貶めようとしても
この世界は、存在世界は決して崩れることはないのだ。
セロは最後に必ずしや、我等に栄光の勝利を与えてくれるであろう。
大地に根付く木々に愛され
大空を飛び交う心地よい囀りを奏でる鳥たちに愛され
大海原を自由気ままに走る波に愛され
何よりも、その大きな愛を持って私たちを導いてくれたセロを
何故私たちが愛さないだろうか?有り得ないことだ。
森羅万象全てに愛されるセロはこの美しい世界を守り続けていくのであろう!
―FIN—
「・・・はい、おーしまい」
パタ、とセシルは持っていた絵本を閉じる。
子供達からは「えーっ!」という残念そうな声が響くのであった。
「まあまあ、寂しいのはわかるけどね。今日はここまで。面白かったでしょ?」
「面白かったけどさあ・・・」
言葉を続けないのはロックだ。
「どうしたの?ロック?」
「そのあとどうなるのさ?マルクスは?セロは?」
「どうなるって?」
「転生するんじゃないの?」
やはり純粋な子供達だ。その点に目をつけるのは純粋であるが故でもあり、興味を大いに惹かれているからであろう。一人の子供をここまで夢中にさせることと、させたことにもしかしたら自分の話術が多少でも入っているのではないだろうか、と少しセシルの胸は踊る。
「・・・例えば、大きな嵐がやってきたとします」
「うん」
「その嵐はバーゼル村に向かい。このままでは大きな被害を被ってしまうとして・・・」
「ひがい・・・って?」
(私、そんなに難しいこと言ったかな?)
12歳の少年に分かり易い言葉を選んだつもりだがロックには難しいのであろうか。確かにこの少年はあまり勉学を得意としてはいないのだが。
「・・・何かにぶつかれば痛いし、あまりにも強い風が吹いたら木が倒れるでしょ?・・・そういったことよ」
「おお!なるほど!頭良いなー流石ペル!」
「・・・褒めても何も出ないわよ」
(その割には嬉しそうなんだよなー・・・)
素直に感心しているロックと想い人に屈託の無い笑顔を向けられて目を背けながらも頬の赤さだけは隠せないペル。本当にこの二人は微笑ましいものだ、と恋をしたことのないシスター、セシルは思う。
「で、今ペルちゃんが言ってた通り、嵐なら家が倒れちゃったりするんだけれどもね。それを不思議な神風が嵐の向きを変えてくれたりすることがあるんだよ。こんな風に見えないところで私たちを護ってくれる存在としてセロは生き続けているんだ」
「じゃあさ、この場合の嵐はマルクスなの?」
「ん・・・んーまあ、そうだね、そうなるのかな?」
やはり子供の発想は自由であるとセシルは思う。
確かにそのような解釈も出来るし、自然現象に神々をなぞらえるほうが説明もしやすいし、何よりも夢があるではないか。
「そうだね。流石ロックくん」
「えへへ・・・」
「・・・」
(・・・ペルちゃん、目が怖いよ・・・)
性格に似つかわしくない可愛らしいショートカットの少女の目線が丁度話の締め時かもしれない、とセシルは考え、授教の時間を終わりにした。
授教の後、セシルは分堂の裏側に出る。
ここは近くに建物も無いし、神父様も少年少女の相手をしに村の広場の方に向かっている。
絶好の練習場所なのだ。
「・・・スゥ・・・」
セシルは大きく息を吸い込み
歌を歌いだす。とても綺麗な声と美しいメロディに乗せて・・・
赤と青が交わりし時
世界はその暖かさを知る
赤と青が交わりし時
世界はその冷たさを知る
赤と青が交わりし時
世界はその優しさを知る
赤と青が交わりし時
世界はその厳しさを知る
赤と青が交わりし時
世界はその強さを知る
赤と青が交わりし時
世界はその弱さを知る
赤と青が交わりし時
世界はその美しさを知る
赤と青が交わりし時
世界はその醜さを知る
赤と青が交わりし時
世界はその始まりを知る
赤と青が交わりし時
世界はその終わりを知る
赤と青が交わりし時
世界はその理想を知る
赤と青が交わりし時
世界はその真実を知る
赤と青が交わりし時・・・
そこまで歌って、セシルは人の気配を感じる。
この村に大人は神父以外居ないし、神父は今ここに居るはずがない。
なのに、この気配は決して子供のものではないのだ。
「・・・」
身構えるセシル
誰がいるというのか・・・
「・・・別に盗み聞きしてたわけじゃねえよ」
後ろからの男性の声に振り返る
そこに居たのは木にもたりかかる青年。
年の頃は自分より幾分か上であろうか、と考えるセシル。
青年は黒髪を無造作に、敢えて言うならばボサボサにしている
その黒髪の下にある顔は目付きこそ鋭いもののかなり整っているのではないだろうか。
整った顔立ちであることが余計に彼の左頬にある傷に違和感を示す。
強いて言うならば完成されている美しき女性の絵に何故かほくろを付け足したかのように。
彼の服装は、いや、服装というには少し重すぎるかもしれない。
鎖帷子、といった程度のものではなく少し使い古されている感じは見受けられるが漆黒の鎧を身に纏っている。
首元には暑くないのだろうか、と思わず聞きたくなってしまうが同じく黒いマフラーをつけている。
腰元には剣を携えておりその風貌からでも只者ではないであろうことは容易に想像が出来るほどだ。
「・・・何だよ」
「へ?」
思わず青年の観察に夢中になってしまったみたいだ。
とはいえ聞きたいことは沢山あるのだ。まずはそれからでも遅くはないだろう、とセシルは考えた。
「あ、貴方は?」
「リュード」
「えっと・・・どうしてこのバーゼル村に?」
「・・・バーゼル村か・・・良い村だな」
(・・・は、話が噛み合ってない)
「・・・ああ、何でここにいるのかだったか?」
「あ、はい」
「丁度旅の途中で立ち寄っただけだ」
「旅?」
「ああ。」
「・・・へえ・・・」
「・・・」
(・・・は、話が続かない・・・!!)
「た、旅ってことは旅人さんなんですか?」
「・・・職業と呼んでいいのかは分からんが傭兵をやっている」
「よ、傭兵?」
確かに、傭兵という仕事は聞いたことがある。
金を貰い雇い主の要望・・・用心棒から、魔物の盗伐。黒いところでは人の暗殺まで請け負うという人物もいるくらいだ、と本で読んだことがある。
「よ、傭兵さんなんですね・・・道理で立派な剣を」
「立派?ああ、これか。ただの安物だ」
そう言って僅かに剣の鞘を撫でるリュードと名乗った青年。
「・・・傭兵ってことはやっぱりお強いんですか?」
「・・・とりあえず言えることは俺は100ガル貰えれば動く・・・ってことだ」
「ひゃ・・・100ガル!!?」
この存在世界には二つの貨幣がある。
一つは「ゼネ」これはおおよそ一般的な家庭が一日を過ごすのに10ゼネかかる、といえば想像がつくであろうか
もう一つは「ガル」これは1000ゼネで1ガルという単位になる。
単純に100ガルというと100000ゼネ・・・一般的な家庭が一万日過ごせる計算となる。
ましてやバーゼル村ではそんなガル単位の貨幣などありはしないのだ。
「そ、そんなにするんですか・・・?」
「そんなに・・・?か?」
「え?」
「例えば、用心棒として、護衛として俺を雇った奴もいたが・・・それはつまり命を金で買うってことだろ?」
「・・・まあ」
「朝日を拝めるのに金で何とかなるんなら安いもんだと思うがな」
「・・・」
リュードにはリュードなりの信念があり、それに基づいての発言であり行動なのだろう。
自分とは違う世界を生きている人物だ。物事に対する価値観も違っていて当然だ。
ただ、命の価値は金銭とは違う。セレスト・カムはその考えとは違うからだ。
「・・・そう、ですか」
「・・・」
そろそろ神父も戻ってくる時間だろうと、分堂に足を向けるセシル。
「・・・あ、さっき歌ってたのは秘密にしてくださいね」
今度、ロック達に披露しようと密かに練習しているセレスト・カムの聖歌だ。
昔から大好きな曲で神父に初めて教わった、思い出の曲なのだ。
「・・・歌じゃ腹は膨れねえよ」
分堂の廊下に不機嫌そうに歩くセシルの姿が見える。
先ほどの傭兵の何とあまりに失礼な物言いだろうか、とセシルは頬を膨らませながら
やはり相容れなさそうだ、と思うのであった。