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作戦実行、そして

 傾いた城、エントランスホール。俺をジンジャーマンクッキーにしたまさにその場所で、グレーテルは目を瞑り兵たちの帰りを待っていた。

 彼女に近づいていくのは、A、V、Rと、無駄に巨大なC。グレーテルは気配を感じ取ったのか、ゆっくりと目を開けた。

「どう? 上手く捕まえられた?」

 その言葉に4人を代表してAが答える。

「はい。近くに見つけた秘密の場所に監禁しまして」

「よくやったわ。早速連れていきなさい」

 俺を捕らえられた事がよほど嬉しいのだろう、何の警戒もせず4人の横を通り抜けた。

 その隙をつき、Vがグレーテルを後ろから羽交い絞めにした。AとRは両手を封じる。極め付けに左右のドアから大量に霊たちが登場。

「何、どういうつもり?」

 グレーテルは暴れて見せるが、1対多数のため全く歯が立たない。彼女の正面ギリギリまで近づいたCが大きく口を開き―その中から俺が飛び出した。

「あなた、クッキーにしたはずじゃ!」

「やっちゃえ、ルソー!」

 右手に力と気合、魔力を込め、グレーテルの左手を掴む。

「トリック・オア・トリート!」

 そう叫ぶと、グレーテルを掴んでいる右手が急に熱くなった。これが魔力を取り出すという事なのだろうか。少しすると熱も引いていった。おそらく彼女の魔力を全て取り出す事が出来たのだろう。地面にはジンジャーマンクッキーが数枚落ちていた。

 A達が離れると、グレーテルは膝をついてしまった。すると大扉が音を立てて開き、ヘンゼルとガリックさんが駆け込んで来た。2人が城に入って来てもグレーテルは顔を上げなかった。


 悲しい境遇に置かれた兄妹の再会。さぞ感動的な結末だろうと思っていた。具体的に言うならば、ヘンゼルがグレーテルを説得して強く生きようと決める、みたいな。

 しかし、現実はそんなやり方で終わらない。

「兄上はそれでいいの?何で捨てられたかも知らないのよ!そんな理不尽さ、私は認められないわ。真実を見つける権利ぐらいあるはずよ」

「いやそれは、そうなんですけどね……」

 兄妹喧嘩、勃発。しかも兄の方が劣勢に立たされている。

 こんな言い合いが小1時間ほど続いており、見守っているのはもう俺とAしかいない。保護者のガリックさんでさえ他の霊たちとお茶会を開いてしまっている。

言うなら、今しかない。

「なあ、A。俺たちであの2人手伝えねえかな」

 何も返事が来ず、不安になって隣を見るとAは変な物を見たといいたげに目と口を大きく開いていた。こっちは勇気を出して言っているのに、いつも通り失礼なやつだ。

「珍しい事言うね。それに僕はついて行っていいの?」

「あー、それは、だな……」

 大切な物は無くして気づくとよく言うが、まさに今回がそうだった。Aや皆が操られて消えていってしまった時、想像以上に焦って、不安になって、居ても立っても居られない自分がいた。自分でも気づかないうちに、大切な存在になっていたのかもしれない。

 かといって騒いでほしいというわけでは無いし、面倒に巻き込まれても平気というわけでは無い。ただ今まではあいつらが起こす「現象」にばかり目がいっていたと少し反省しただけで、親友と認めたわけではない。断じて。

 それにこんな短時間の思いで大切な存在と決定したくないし、どうせそういう存在ができるならもっと期間を挟むだろうし……。

まあ何であれ、Aにはこんな事は言わない。調子に乗られるのは困る。決して恥ずかしいとかそういうわけじゃなく。ただ困るだけで。

「あいつらほっといて、またこんな事に巻き込まれても面倒だろ」

 彼らの両親が2人を捨てなければこんな事にはならなかったのだ。巻き込まれた人として、殴るくらいの権利はあったっていいと思う。

 ……情が移ったとか、そういうのじゃ無くて。

「素直になればいいのに。僕知ってるよ?ルソーは意外と他人の事を思いやれる人だって」

「意外とってなんだよ……」

 明日は暇な土曜日。つい昨日まではネット上で有名な動画最新日で暇ではなかったのだが、今はそんな事どうでもいいと思えるような、妙に晴れ晴れとした気持ちだった。

「そういえば、俺はどうやって帰ったらいいんだ?」

 急に恥ずかしくなって話題を変えようと質問をぶつける。その問いに、Aはそれならね、と少し勿体ぶりながらも答えてくれた。

「行きも帰りも、この世界の住人と存在が重なればいいんだよ」

 また難しい事を。それに行きにコイツと重なった覚えなど無い。第一重なるとはどういった事なのか。そう考えつつ眉間にしわを寄せAを睨んでいると

「こうするんだよ」

 とAが笑いながら言うと同時に俺の体をすり抜けた。

 ああ、そういえば行きにもこんな事があったような。確か自転車にはねられそうになって、その時に―。

 それほど前ではない筈の記憶を掘り出そうとしていると、まるでそれを嘲笑うように思考が止められ、視界が真っ黒に染まって、最後に意識が遠のいていった。

 まるで、死んだ後に今とは違う世界へ魂ごと移されるように。


 次に目を覚ました場所は通学路の道路。その角で俺は座り込んでいた。少しタイムラグがあったものの、ここは自転車とぶつかりそうになった場所だと思い出せた。

 どうやら記憶の混濁はないようだ。

「あ、あの、大丈夫っすか?」

 突然頭上から降ってきた声に驚きながら視線をあげると、俺と事故を起こしそうになった自転車の運転手がいた。起きるまで待っていたのか、あるいは―。

「大丈夫です。ところで、俺どのくらい気絶していました?」

「3分くらいだけど……」

 全く時間がたっていない。あの冒険は嘘だったのかと叫びたくなるほど短すぎる時間だった。とにかく全く怪我は無いため、彼とは早々に別れる事にする。今は彼と話すよりAを探し出す方が先だ。

 立ち上がって角から顔を出す。するとそこには小さな紙切れを持ったAが待っていた。

「2人とも、手伝うって言ったら喜んでくれたよ。この時間に学校で待ち合わせだって」

 そう言って渡された紙切れにはたった2文しか書かれていなかった。

 1文は乱雑な字で『午後1時』と殴り書きされている。

 もう1文は紙の端で控えめに『ありがとうございます』とお礼の言葉を綴っていた。

 どう見てもあの兄妹だ。思わず苦笑しつつその紙をポケットにつっこむ。

「ああ、そうだ。クッキーになった人たちは?」

「ガリックさんが明日の朝までには全員元に戻すってさ。記憶も消すみたいだから、これで元通りだね」

 俺の質問にAは胸をはって答えた。自分が何かするわけでも無いのになぜ自信たっぷりに答えるのか。元の固さに戻った腹を弱めに殴った後、大きめの声で宣言する。

「さあ、部活の続きだ」

「そんな事言って、帰宅しかしないじゃん」

 空の1部分が紫色に染まる時間。帰宅を促すチャイムが流れ、家からは夕飯の香りが漂う、口裂け女も何もやってこない平凡な時間。それでも友人と笑いながら歩く時間であり、何より大切な時間に感じた。

 もちろん、そう思っている事を伝えるのは随分と先になるだろうけれど。



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