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真相と光明

 少年の速度は恐ろしいほど速く、怪物の姿は庭を通り抜けた時には見えなくなっていた。背の低い今こそ怪物と感じたが、今思えばNやKといったお茶会の参加者も混じっていたように思う。その証拠として庭には誰もいなかった。

 この少年に詳しく話を聞きたい。

 その思いは強かったが、速度に見合う分の風圧に襲われて体が崩れそうになっては聞く事も出来ない。なにせクッキー生地だ。本当に崩れる可能性がある。しかも少しでも欠ければ正しい人の姿に戻れる可能性が極端に下がるだろう。手が欠けたら指が1本消えていたとか。想像するだけで恐ろしい。

「ここまで来れば大丈夫でしょう」

 そうこうしている間に目的地に着いたらしい。目の前にあったのはお菓子の家。壁はビスケット、屋根はチョコレート。所々に刺さっているポッキーがこの家の個性を主張していた。

 ようやく止まった少年は俺の顔を覗き込んでそっと微笑んだ。

「突然すみませんでした。僕はヘンゼルと申します」

 ヘンゼルとグレーテル、お菓子の家。飴細工の窓からこちらを見ているお婆さんは魔女だろうか。俺たちに手招きをしている。

 ……もうクッキーとして焼いてあるのでかまどに入れられるのは勘弁してほしい。

 そんな願いも知らないヘンゼルはマシュマロのドアを開け、室内に足を踏み入れた。

「ただいま帰りました」

「はいはい、お帰り」

 黒い魔女帽を白髪の上にかぶせ、紫の長すぎるコートを羽織ったお婆さんが迎えてくれた。しゃがれた声は優しさに満ち溢れている。魔女は2人の子供を食べる人だったような。きっと童話に当てはめてはいけないのだろう。それにしても慣れ過ぎだろう。一緒に住んでいるのだろうか。

「ガリックさん。この人、多分魔力持ちです」

 普通の男子高校生が魔力なんて持ってたまるか。両親も平凡な人間。どこをどうすれば魔力を持つようになるのか皆目見当もつかない。

「そうじゃな。この姿でも自我を保てるのがその証拠」

 そういえばLはジンジャーマンクッキーになった時、動きもしないし話もしなかった。俺とLの違いが魔力の有無なら確かに話は通る。

 さらに深い思考へ身を任そうとした時、ガリックさんが俺の肩に手を置いた。目を瞑り、しばらく瞑想すると大きく見開いた。

「トリック・オア・トリート!」

 その発言に思わず吹き出しそうになるが、その直前に自分に起きた変化に気づいた。先ほどまで見上げていたガリックさんの顔が少し下にあるのだ。慌てて指の数を数え、10本ある事を確認。髪もちゃんとある。正しい人の姿に戻れたらしい。

「あ、ありがとうございます」

「ふむ。お主、名は?」

「ルソー」

 ガリックさんは顎に手をやり、考える人のポーズをとった。声をかけるのも躊躇われ、奥に立っていたヘンゼルに目を向ける。会った時から聞きたかった事を今なら聞ける。

「お前、死体の無い殺人事件の関係者だろ」

 その言葉にヘンゼルは体を固くした。目線を下に向け、小さな声で話し出す。

「そうです。その事件も、今回の事も全て僕等に責任があります」

「どういう事だよ?」

 ふいにガリックさんは立ち上がり、ヘンゼルと2言3言交わした。その会話が終わると、ヘンゼルは深々と頭を下げて見せた。

「僕等の事情に巻き込んでしまい申し訳ありません。ですが今帰って頂くわけにはいきません。失礼を承知で、協力してほしいのです」

「協力…? 一体何に。まずは聞いてからだ」

 俺の言葉に2人は明らかに安堵の表情を浮かべる。ほとんどの真実を知っている2人でも解決できない事を俺が出来るとは思えない。だが1人で帰る方法も分からないし、ここまで巻き込まれて結局何も分かりませんでしたというのも嫌だ。

 何となくだが皆を放っておくのも気が引ける。

 とにかく、彼らから話を聞く以外に今の俺には選択肢が無い。

「そうですね、何から話しましょうか……」

 飴細工の窓から覗けた空は曇り空。いつ雨が降ってもおかしくないほど黒く染まっていた。


 まずは魔力について教えてもらう事にした。事件の真相も気になったが、ひとまず自分に直接関係のある事から明らかにしていきたい。

 ガリックさん曰く、この世界に暮らすハロウィンの霊たちは皆魔力を持っているという。しかしよくある魔法発動に使うのではなく『食べ物以外の物を食べ物にする』事に使っているらしい。それによって作られた食べ物を食べる事で少しだが人も魔力を宿す事が出来る。

「ルソー、お主この世界で何か食べたかの?」

「今日と5歳の頃にチョコクッキーを」

「それですね」

 衝撃の事実、美味しいチョコクッキーは元食べ物では無い物だった。どうりでVも作ってくれない筈だ。原材料がまず食べ物では無いのだから。下手すると元雑草だったりするのだろうか。いや、それも食べられる種類もあるのだからまだマシ。空き缶、ペットボトルとかだったら……。

 ……吐き出すか。

「僕等もこの世界の人では無いので、魔力は持っていないんです。ガリックさんに食べるなと止められていましたから」

 ヘンゼルの言葉にガリックさんが深くうなずく。

「元の世界―お主が普段暮らしとる世界じゃ―に戻った時面倒じゃからの」

 確かに、自分の出すごみを食べ物に変えられたらさぞ便利だろう。だが霊にとっては無害でも人には害が無いとは言い切れない。現にそれを食べてしまった俺とグレーテルは、本来持たない魔力を持ってしまったのだから。

「そういえば、お前ら2人はどうやってここに来たんだ? ガリックさんが呼んだのか?」

 俺はAによって連れてこられたが、2人も同じなのだろうか。

 その質問を受けると、ヘンゼルは少し俯いてしまった。

「いえ、僕等は捨てられたんです。あなたと同じように霊に知り合いのいる両親によって」

「私はこの森で泣いていた2人を拾っただけじゃ。金髪碧眼は魔力を大量に持つ親から産まれる子に多くてな。放ってなどおけんかった」

 霊に知り合いがいる、という事はきっとこの世界にも何回か来たのだろう。だから人がいない事も知っていたはず。その上で幼い2人を森に捨てたのだ。

 自分の知らない所で死んでくれとでも言うように。

「僕はなんとか事実を受け入れられたんです。ですがグレーテルは納得いかなかったみたいで……。まだ6歳ぐらいでしたし、仕方ない事なのですが…」

 その後のヘンゼルの話をまとめるとこうなる。

 2人の両親はかなりの量の魔力を持っているのは先ほど言われた通りだ。だからもしまともに話を聞きに行こうとすれば、その力で食べ物にされて終わり。幼いながらそれが分かっていたグレーテルは自分も魔力を手に入れようとした。

 普通の魔力の手に入れ方は2つ。俺のようにこの世界のスイーツを食べるか、ガリックさんが持つ魔法書を読みあさるか。どうやらグレーテルは両方行い、手に入れられるだけ手に入れようとしたようだ。

 しかしグレーテルはそれほど魔力を手に入れられなかった。それが普通なのか、魔力を受け入れにくい体質なのかは分からないが両親には届かない。考えた結果、『より魔力を手に入れられる物』を食べようとした。

「より魔力を手に入れられる物?」

「人間、ですよ」

「……」

 魔力は命を持つ物の方が多いらしい。まさかここに人喰いの要素が入るとは。

 死体の無い殺人事件はその結果。殺人事件では無く、グレーテルが人をジンジャーマンクッキーにしたというのが真相だ。ヘンゼルはこの事件で初めてグレーテルの野望に気づいたらしく、それ以前にも行われていたと思われる。

 だが人間クッキーを食べても手に入れられない。そんなグレーテルが次にとった行動。

それが霊に人間クッキーを食べさせ、自分のものでは無い魔力を入れる事で正気を失わせる事。正気を失った霊に自分の魔力を注ぐと操る事さえ出来るとか。彼らを自らの兵として使い、それで魔力差を埋めようとしたらしい。

「まさか、Aの体が少しクッキー化していたのは……」

「おそらくグレーテルの魔力を注がれた影響じゃろう。少しずつ注がれるなら気づかれないのでな」

 魔力を注げるのは半径1メートル。俺のクラスメートが一気に消えたのも、全員同時に魔力を注がれジンジャーマンクッキー化したからのようだ。おそらくLはクラスメートが一気にクッキーにされた時、1メートル以上離れていたのだろう。

「ただ、命を持つ物、つまり人間が少しでも魔力を持つと直接触れるしか注ぐ方法が無くなるんです」

 それには思い当たる節がある。グレーテルは自己紹介を終えた後、すぐ俺の右腕を掴もう

としてきた。もうあの時には俺が魔力持ちだと感じていたのだろうか。

まあ、自分が魔力持ちだなんてさっき知ったわけだが。

「僕達がルソーさんに頼みたいのは、グレーテルを止める事なんです」

 ヘンゼルはいつになく真剣な表情で訴えた。

「ヘンゼルは魔力を持っとらんから論外。かといって私だと警戒されてしまう。そこで、魔力を持つうえにグレーテルに簡単に近づけるお主が適役というわけじゃ」

 頼みたい事は分かった。ただ、魔力を持っていても無力に近い俺に何が出来るのか。たかが知れている気もする。第一警戒されてはいけない理由が分からない。兵の処理が大変なのだろうか。

 そのあたりを聞こうと口を開いた瞬間、ドアが激しくノックされた。

 お客にしてはマナーがなっていない。いきなり訪問してこの叩き方は無いだろう。正体を見ようと1番近い窓を覗いた瞬間、カーテンを閉めたい衝動にかられる。実際に手を伸ばしていたのだが、カーテンがピーナッツバターまみれだったためすぐに離した。

「もう追ってきやがった!」

 庭1面を埋め尽くすゴースト、骸骨、フランケンシュタイン……。その他にも沢山の種類が集い、数えきれないほどとなってこのお菓子の家を襲ってきたのだ。あまりに多すぎて感覚が全く開いていない。そんな中にAの姿を発見したため、グレーテルの仕業とみて間違いないだろう。

 こんな数の兵相手にどうするのか。何も出来そうにないが、とりあえず指示を受けようと後ろを向くと優雅に紅茶を飲んでいる2人を目にうつした。

 ヘンゼルはイチゴジャムを溶かし、ガリックさんは角砂糖を3つ放り込む。楽しそうに談笑する姿は、見ていて殴りたくなってくる。状況を何も分かってないぞこの人達。

「そんな場合じゃないだろ……」

 呆れて力が入らない。いっそのこと平手打ちでもしてやろうかと思ったがそんな気力が出ない。とりあえず遠くから眺めていると、視線に気づいたガリックさんが立ち上がってくれた。

「仕方ない、見せてやろうかの。この私の真の力を……」

 茶番と前置きは要らないから早く見せてほしい。そして状況を打破していただきたい。

 俺の冷たい視線に見送られ、ガリックさんはドアから外へ出た。そして近くのゴースト改めAに触れ、凛とした声で一言。

「トリック・オア・トリート!」

 俺を元の姿に戻したあの魔法が炸裂。まずAの体からジンジャーマンクッキーが飛び出す。次にAに触れていたヤツの体から、さらにそいつに触れていたヤツの体からというふうに連鎖が続いていく。結果、庭に集まっていた全ての霊からジンジャーマンクッキーが飛び出し、庭が一面ジンジャーマンクッキーまみれとなった。

 魔力の効果はこれだけでは無い。

「うーん……、あれルソー。どうしたの?」

 なんと、ジンジャーマンクッキーが体から飛び出した事で正気に戻ってくれたのだ。


 自分以外の魔力が入ると正気を失う。つまり逆に言えば自分以外の魔力を取り除けば正気に戻るという事。

 どうやら『トリック・オア・トリート』という魔法は正気を取り戻させる為の物らしい。詳しく説明すると、「魔法をかけられた人から、その人以外の魔力を取り出す」という事。俺の場合は、体内に入っていたグレーテルの魔力を取り出すことで元に戻れたようだ。

「そういえば、俺の時には食べた物が出てこなかったよな」

「人は魔力が多いですし、何より生命の力が強いですから。食べたものが出てくるのは元が人間だった時だけですよ」

 ヘンゼルは笑顔でそう言い、説明を再開した。」

 2人が俺に頼みたい事。それはこの魔法を使いグレーテルから魔力を奪う事。

 グレーテルの魔力は生まれ持った物では無いため、この魔法で全て奪う事が出来るらしい。ちなみに俺も持っていた魔力は元の姿に戻った時に取り出されたため、再びVにクッキーを作ってもらう事で解決した。原材料は家から突き出ていたポッキーである。どうやらあれはお菓子では無くインテリアの一種のため食べ物では無いらしい。

「しかしこの魔法は、相手に触れなければならないのじゃ。警戒されると触れにくくなるから、私ではダメなのじゃよ」

「成程。でも魔法なんて一朝一夕で身に付く物じゃないだろ」

 5分後。

 完璧に使えるようになってしまった。

「簡単すぎ!」

「最近の魔法は簡略化されとるんじゃ」

 使い方は簡単。片手に魔力を溜めた状態(これは手に力と気合を込めると自然と溜められる)で相手に触れて、トリック・オア・トリートと叫ぶだけ。

 まさか魔法がこんなに簡単だとは思わなかった。簡略化にも程がある。

「後はグレーテルの元へ行くだけじゃ」

 満足そうにうなずくガリックさんの後ろで、ヘンゼルは庭に散らばったジンジャーマンクッキーを丁寧に集めていた。

 そういえば、あのジンジャーマンクッキーも人が変えられた姿のはずだ。あの中にもしかしたら俺のクラスメートもいるかもしれない。その事について聞いてみると、

「それなら大丈夫じゃ。私が彼らを治す魔法を知っておる。あんな小娘に遅れは取らんよ」

 と豪快に笑われた。その笑い声で準備の終わりを感じたのか、ヘンゼルがこちらに駆け寄り、律儀に再び頭を下げた。

「すみません、何もかも押しつけてしまって……。どうか、妹をよろしくお願いします」

 確かに下準備は整った。だがこのまま正面から行っても返り討ちにされるだろう。兵はいないとしても、魔法を使った回数による慣れの差は埋められない。こっちはほとんど初心者同然なのだから。

 作戦を練っていると、Aが話しかけてきた。いつもより声が小さいのは、迷惑をかけたと負い目を感じているからだろう。

「あのさ、僕等でよかったら手伝うよ」

 その瞬間、頭の中で最も良い作戦が組み上がった。相手を油断させ、簡単に近くまで行けて、かつ俺の危険が少ないという最高の作戦が。

 俺はAと、Aの後ろで待機している霊たちに微笑んでみせた。この作戦、彼らの演技力が鍵を握る。俺に心配をかけさせた分は働いてもらおう。

「……なら、頼みたい事がある」


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