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ジンジャーマンクッキー化?

 薄暗い1本道を抜け、傾いた城の元にたどり着いた。遠くから見るとそれ程でも無いように見えたが、こう見上げると高層ビル5階くらいはある。傾き具合も想像以上だ。

 正門をこじ開けて入ろうとしているのはA。いつもならあんな大扉はすり抜けていくだろうに。

 まるで後から入る俺が入りやすくするためのよう。

 しかし、そんな事を考える暇はない。Aの体が青紫に変わっているのだ。完全に毒物を食べた色。何を食べたかは知らないが直ぐに吐き出させなければならなそうだ。

「行くしかない、よな」

 Aの姿が扉の向こうに消えた後、俺はAにすら足音が届かないようそっと城の中へ侵入した。



内装はまさに城の成れの果て、といえる物だった。レッドカーペットは虫に食われたのか穴が開き、シャンデリアは蜘蛛の巣まみれ。正面にある階段の手すりも錆びついている。左右の壁にはひびが入っているが、ドアノブは新品に入れ替えられていた。

誰か住んでいるのか。こんな傾いた城に。

「やっぱり来てくれたね、ルソー」

 Aはこちらに背を向けたまま言った。

「でも来ない方が―」

 呟いて振り向く。そして一瞬で距離を詰めてきた。いつもの笑顔とは違う、気持ち悪い張り付いた笑顔。目は焦点が合わないまま、それでもしっかり俺を見据えていた。大きく口を開いた時に今まで見たことの無い牙が付いていた。

 喰われる。

 背中にはしる悪寒を振り払うようにAの腹を殴る。音楽室で殴った時より一段と固くなっていて、あまり遠くまで飛ばなかった。

「お前、一体どうしたんだ! さっきから変な行動ばっかしやがって!」

「―良かったかもしれないよ」

 ゆらりと体を起こす。先ほど俺が殴ったところにひびが入っていた。幽霊にひびはおかしいだろうと目を凝らす。ひびの隙間から見えたのは、クッキー生地。

「はぁ?」

 体が硬かったのはクッキー生地のせいだろうか。しかしAの体はほぼ布で、殴っても感触なんて無かった。だから元から生地が入っていたわけでは無いだろう。ならばどうして―。

「た、助けて、誰か!」

 前方、Aの背後にある階段から降りてきたのは、あの時グレーテルに真っ先に自己紹介していたLだ。後頭部で結ばれたポニーテールが揺れる。ちなみに名前は今日覚えた。まあそんな事はどうでもよく、なぜLがここにいるのか。アイツにも見えていたのか?

 Aのそばを走り去り、俺を見るとすぐに走り寄ってきた。まあその分後ろに下がるが。そういえばLは俺より身長が低いが、グレーテルはもっと低かった。飛び級かよ、なんて関係ない事を考えつつ疑問をぶつける。

「どうしてここに?」

「分かんないよ! ちょっとクラスを出て帰ってきたらグレーテル以外いなくて、皆何処に行ったのって聞いたらここに来て……」

 慌てて状況説明をしてくれるが、その言葉は途中でさえぎれた。なぜなら、彼女はジンジャーマンクッキーに変貌したから。突然の事で声も出ない俺に正面から近づいた影が腹を殴ってきた。痛いやら怖いやらで頭がついていかない。理解できた事は、

 Lがクッキーになって、影に殴られて、そいつを見上げている事だけ。

……見上げている?

 立っているのに誰かを見上げるなんておかしいだろう。普通の高校生男子ほどには伸びているからそんな経験久々だ。なら影は俺より身長が高い事になる。

だが影は正面から来た。Lの背後に隠れていたなら座らなければならない。しかしそれだとすぐには殴りにこられないはず。腕が届かないほどには距離を開けていたからだ。なら影は本来Lより低いはずで。

「……あれ?」

 影の身長が定まらない。俺がおかしいのか?

 視線を下げ、自分の両手を見る。そこにあったのは人の手ではなく、ジンジャーマンクッキーの手。クッキー生地。食べれそう。

「なんだこれ!」

 体もクッキー生地と化し、赤と緑のチョコレートが縦についていた。頭には髪が無い。クッキーならば当然といえば当然か。断じて禿げたわけでは無い。断じて。

「やっぱり、あなたは意識が残るのね」

 上から降ってきた声は鈴が鳴るような小さな声。この声、どこかで。

「……グレーテル?」

 目を細めて(おそらくチョコレート。多分元が人だから出来る)再び見上げると、Lだったジンジャーマンクッキーを持った金髪碧眼の少女がいた。学校の制服を着ているので、人違いというのも無いだろう。少女は微笑んで楽しそうにクスクス笑った。

「当たり」

 次の瞬間、左右にあるドアというドアから怪物が現れ、か弱いジャーマンクッキーを捕まえようとしてくる。走っても歩幅は小さく、距離は縮められるばかり。もう駄目か、という考えが頭をよぎった時、誰かが俺を持ち上げた。意味が無いと思いつつ両手足を振り回し最後の悪あがきをしてみる。

「俺なんて食っても美味しくないぞ!」

「食べませんよ。逃げますから落ち着いて」

 予想の斜め上をいく言葉に思わず動きを止める。黒いジャケットに白いシャツ、ネクタイをキッチリ結ぶその姿は、燕尾服を着こなす凄腕の執事そのものだ。脅威と言ってもいいほどの速さで怪物たちをおいていくのは、金髪碧眼の少年。

 あの死体の無い殺人事件に関わっているらしい少年の特徴と一致していた。


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