要らないお誘い
『昨日起こった殺人事件ですが、未だ犯人は見つかっておりません。有力な手がかりも少なく、現在警察は犯人の目撃情報を探っています。
襲われた5人グループの内唯一生き残った男は、金髪碧眼の少年が助けてくれたと供述、警察の捜査は彼の行方を追う形となっているようです……』
先生のやる気の無い声で伝えられるお知らせに耳を傾ける人はいない。友達と話すか、この後行われる部活に思いをはせるかのどちらかだ。しかし俺はそのどちらでも無く、朝耳にはさんだニュースの内容を思い出していた。
死体の無い殺人事件。矛盾しているような文章だが、これが現実だ。そもそもこの事件が発覚したのは唯一生き残った男が連絡したからであり、もしもその男も死んでいたら発覚すらしなかっただろう。
死体も血も無い、そんな状況はアメリカでも珍しい事は言うまでもない。しかし、さらに珍しいのは男の状態で、体の一部がクッキーになってしまっている。
……かじったらおいしいのだろうか。
さっきの思いは関係無いが、内容をはっきり覚えてしまうほどこの事件は俺の興味をしっかり掴んだ。先生のお知らせを聞く暇なんて無い。
「ねえ、聞いてる?」
さらに言えば、この声に返事をする暇もない。内容は聞いたものの、一切興味は湧かなかった。
「頼むよ、もう今日しか無いんだよ~」
まだいるのか、と窓の外を少し睨んでやる。宙に浮かんでいる白い布のように見えるゴースト―本名は長いためAと呼んでいる―は、俺の視線を受けさらに泣きだしそうな顔になる。
「いつも迷惑かけてるのは分かってる。だから僕等で謝罪も込めたお茶会を……」
「断る。」
Aと、Aの友達が関わるとろくな事が無い。一昨日は遅刻しそうで走っている俺を骸骨が追いかけてきたし、昨日はゴミ捨て場に行ったら生ごみからゾンビが這い出てきた。
たった1日2日なら好奇心を刺激する出来事といえる。しかし俺の場合、これが小学校に通っていた頃から続いているから慣れてしまったのだ。しかも時折生死にかかわることも平気でやってのける。今話しかけてきているAはプールで泳いでいる時にあろうことか目の前に出てきて
「初めまして。僕はアルフレド・ミチェル・ル・ロンド!」
と叫んで息継ぎをしていた俺を驚かせ、溺れかけさせた過去まであるのだ。全く、こちらの事を微塵も考えないような布1枚にどうしてあんな立派な名前があるのか。Aの友達も皆こういう名前で、俺は片端からそれらを省略して呼んでいる。
話を聞かない姿勢を崩さないでいると、Aは俯き珍しく低い声で
「じゃあいいよ。そんなに断るなら……」
と呟く。徐々に白い布が黒くなっていき、上げた顔は悪巧みをした子供のような笑顔が張り付いていた。
「断ったこと、後悔させてあげる」
制止の声を上げた時にはもう遅い。Aは空高く飛んでいき、丁度真上の部屋に入って行った。もちろん、ゴーストであるAに壁は関係ない。
今すぐにでも止めに行きたいがホームルームが終わっていない。いつもなら早いのに、なぜこんな時ばかり遅いのか。先生はのんびりとした仕草で俺たちを見まわすとこう言った。
「突然だが、編入生を紹介する」
ざわざわと小声で会話が交わされる。皆期待で目が輝いているが、ホームルームが遅くなるのは俺にとってストレスでしかない。
先生の掛け声で入って来た少女は、金髪碧眼の少女だった。背は少し低めで三つ編みの髪といい、そばかすといい、どこか素朴な雰囲気を感じさせる。金髪碧眼ということで事件の事を思い出したが、女だから違うなと思った瞬間興味は失せた。
少女は教卓の前に立つと、なぜか俺に微笑みかけてきた。どこかで会っていれば金髪で覚えているかもしれないが、覚えている限りではそんな記憶は無い。少女は俺から視線を外すと今度は全員に向けて微笑み、
「こんにちは。グレーテルです」
と鈴の鳴るような小さな声で自己紹介をした。瞬間、教室は可愛い! という歓声に包みこまれる。
先生がホームルームの終わりを告げると、グレーテルは俺の元に走り寄って来た。もちろん、無視一択。今の俺にはそんな余裕など無いし、何より彼女に興味が無い。それにもかかわらず彼女が俺の右腕を掴もうとした瞬間、彼女の周囲に出来た人の壁がそれを阻んだ。
「初めまして! 私Lって言うの。よろしく!」
「金髪碧眼なんてめずらしいな。どこ出身だ?」
「今日吹奏楽部、活動無いんだ。学校紹介するよ」
いつもは面倒としか思えないクラスメートだが、今回はファインプレーと言えるだろう。俺は無事グレーテルに捕まる事なく、真上の部屋、音楽室に走り込むことができた。
しかし、俺の努力空しく室内はもう奴らの手に渡り、混沌の場と化していた。
ピアノを弾く黒猫、指揮棒をやたら振り回すフランケンシュタイン。
吹奏楽で使う楽器を吹くゾンビ共にドラムを叩いて楽しそうなジャック・オ・ランタン。
ベートーヴェンと踊っているのは人体模型―いや、違う。ベートーヴェンの服装をした魔女と人体模型を操る骸骨が踊っている。
入り口で突っ立っている俺にシルクハットを見につけた黒猫が寄ってきて
「チケットは1枚500円だぜ、ルソー」
とパチンコ店のチラシよりも要らない紙切れを売りつけようとしてくる。
俺の目にはこう見えるが、きっと偶然ここを通りかかってしまった人にはこうみえるだろう。
勝手に演奏するピアノ、宙に浮いて動き回る指揮棒。
演奏者のいない吹奏楽団。
その演奏に合わせて踊るベートーヴェンと人体模型。
こうやって都市伝説やら七不思議やらが増えていくんだ。更に悪い事に、音だけはこいつらが見えなくとも聞こえる。人がやって来る可能性が高く、噂を聞いた人が真っ先に音楽室に向かった俺に話を聞こうとするだろう。
それだけは、絶対に避けなくては。
「おい、やめろ!」
声は届かない。むしろ酷くなる一方だ。届かない事を薄々感じながらも再び叫んでみる。
「やめてくれ!」
その声にAが振り返る。Aはニヤリと口の端だけで笑ってみせるとより激しく指揮棒を振り始めた。その音に合わせて音はより一層大きくなる。先ほどまではうっすらと聞こえてきていたクラスメートの声が聞こえなくなった。俺は両耳を押さえながら唇を噛む。
こうなったら最後の手段しかないのか。だがもう仕方がない。先1週間ほど続く噂の確認より、1夜で終わる多大な迷惑の方がましだ。
「分かった、お茶会に参加してやるから!」
そう言った瞬間音が止んだ。全員目にも止まらぬ速さで片づけ、こいつらがいる以外はいつもの風景へと戻った。俺の前に集合し、向日葵が咲いたような笑顔を浮かべる。
「そうこなくっちゃ!」
学校は元の空気に戻った。外から声が聞こえ、教室から声がしないのを考えると部活が始まったのだろうか。吹奏楽部の活動が無くて本当に良かった。もしあったらすでに手遅れ、地獄の1週間が両手を開いて待っていただろう。
Aたちから目を逸らし窓へ向けると、空は真っ赤に染まっている。髪がぼさぼさで目つきの悪い、いかにも不機嫌そうな少年が映り込んでいた。他の誰でもなく、俺なのだが。1匹で飛んでいくカラスに笑われた気がして不意に殴り落としたくなる衝動に駆られたが寸での所で我慢。その代わりといっては何だが、Aを殴っておいた。
その行為により、新たな疑問と過去の記憶が浮かび上がる。Aはあの時と同じように笑っていたが、俺にはあの時とは違う感想が残り、自分の拳とAを交互に見た。
……アイツ、前殴った時はこんなに固くなかったよな?




