蝉の鳴く頃に
思いつきで小一時間ほどで書き上げた作品ですので、構成などはめちゃくちゃです。
情景描写が少なくて申し訳ありません。
真夏の日差しが照る中、元気に走り回る少年少女達を日陰で見つめる少女が居た。
肌は病的なほど白く、着ているワンピースには女の子らしく淡いピンク色にちりばめられた花がプリントされている。
――キィ、キィ……
錆びたブランコが風に揺られて声を漏らす。その声が聞こえるのは少女くらいだろう。
走りまわる少年達は、風の音すら気にも留めていないのだから。
「……暑いなぁ、お家に帰りたいなぁ」
アブラゼミの鳴き声が耳につく公園で少女は呟く。
すると、その横に人影が見えた。途端に彼女は身構えて、人影が居た方向を見る。
「そんなにビックリしなくてもいいじゃない」
そういって微笑む少年は、ポロシャツを身にまとっており肌は小麦色に焼けて、まさに夏を満喫していると言わんばかりの容姿だった。
くりくりの目にサラサラの髪は、まるで女の子のように風に靡いていた。
少女が黙っていると、少年はしゃがみ込み、少女の顔を覗きこんだ。
恥ずかしそうに顔を隠す少女に、少年はクスリと笑いながら立ちあがった。
「はは、可愛いなぁ。恥ずかしがらなくてもいいんだよ? 僕は君に何もしないから」
「……ほんと……?」
「ほんとだよ、僕は悪者じゃない。君とお話したいだけなんだ」
それを聞いた少女はパッと顔が明るくなり、こっちこっちと手招きをした。
少女の仕草を見るなり、少年は少女の横に座り話し始める。
「君、名前は?」
「私ね、ちゃんとした名前がないの。生まれたときに家族は居なくて、ずっと施設で育てられたの」
「……そう、なんだ」
「うん。ねぇ、貴方の名前は?」
「僕? 僕はユウタ」
ユウタという少年は、自分の名前を名乗ると頬を染めながら優しく微笑んだ。
「ユウタ……。いい名前だね、私は施設長さんにはミカって呼ばれてるよ」
「ミカか。可愛い名前」
「可愛くないよ? もっとさ、ほら……マリとか?」
少女がそういうと、ユウタは立ち上がりそんなとこはないと否定した。
それを見た少女はクスッと笑い、変なの……と呟いた。
ユウタは顔を赤く染めて座り込む。
「う、うるさいなぁ……」
そんな姿を見て、少女はまた笑った。
笑顔の少女を見るユウタも、だんだんと笑顔に戻って、いつしか二人で大笑いしていた。
話は弾み、気がつけば五時の鐘があたりに響き渡るまでになっていた。
「もうこんな時間か、早いもんだね」
「本当に。ユウタと話してると時間がすぎるのが早い……」
「僕もだよ、ミカ」
お互いを見つめ合いながら、二人は別れを告げた。
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次の日、二人はまた公園に設置された木陰のベンチで、日が暮れるまで話した。
今までで一番驚いたこと、最近のテレビ番組が面白いこと……他にもたくさん。数え切れないほど。
気がつけば、出会ってから二週間が経とうとしており、夏休みも終盤に入っていた。
「夏休み終わっちゃうね」
「やべー宿題やってない。まぁ先生なら許してくれるさ」
「またそんなこと言ってー……もう」
照れながらじゃれ合う光景は、カップルのようだった。
だが、二人は決して付き合っているわけではない。ただの話友達として一緒に居るだけだ。
お互いに話さなくても、距離感は分かっていた。今以上の関係になることは、確実と言っても過言ではないくらい有り得ない。
このままでいいのだ。このままの距離感でいれば、夏が過ぎても悲しくない。
傷を浅くするためだけに、本当の想いを心に秘めながら残りの休みを過ごした。
夏休み最終日、二人は公園ではなく、少女が暮らしているという施設にやってきていた。
そこでは赤ん坊から中学生まで、身寄りのない子供達が楽しそうに暮らしているようだった。
だが、本当の母親と父親が居ないせいか、どこか悲しそうな目をしている。
心の底から楽しいというわけではないようだった。
「ここが私のお家。生まれたときからここに居るの」
「そうなんだ……素敵なところだね。暖かい」
「冬は寒いよ?」
「……そういうことじゃないんだ」
頭上に疑問符を浮かべながら、少女は施設の中へとユウタを案内した。
すると、施設長であろう優しそうな女性がでてきて、挨拶をする。
「いらっしゃい。ミカちゃんのお友達?」
「こんにちは。いつも公園でお話させていただいてます」
「あらあら、年の割にはしっかりとしてるわね。ミカちゃんの将来の旦那さんかしら?」
「施設長!」
顔を真っ赤にし、施設長の体をボカボカと殴るユカと呼ばれる少女。
その光景を、微笑ましそうにユウタは見ていた。
「旦那になるかは分かりませんが、ミカちゃんとはずっと仲良くしていきたいです」
満面の笑みで返すと、どこか悲しそうな笑顔を浮かべた施設長はありがとうとだけ言ってどこかへ行ってしまった。
玄関に取り残された二人は、脱いだ靴を下駄箱に入れると、奥へと進んでいく。
「私の部屋でいい?」
「うん、大丈夫」
少女の部屋という言葉にドキリとするが、聞こえないように深呼吸をして気分を落ち着かせる。
まだ幼いといえども、やはり男が女の部屋に入るというのはどこか抵抗があるのだ。
果たして入っていいのだろうかという迷いが、ユウタの脳内をぐるぐると回転している。
そんなユウタをよそに、少女は平気そうな顔で自分の部屋に向かって足を進めていた。
「ユウタ、汚くても引かないでよ?」
「引かないから……」
入ることだけに緊張しているユウタにとって、汚いか否かなど眼中になかった。
一体どんな間取りがしてあって、どこに何があるのかなど深くまで考えようとする余裕がない。
あまりの緊張に、変な汗をかき始める。
「ここだよ」
そういって少女が立ち止まると、扉には丁寧な字で「みか」と書いてあった。
施設長の手作り看板だろう。
「どうぞ」
少女は扉をあけ、少年を招き入れた。
部屋には、ベッドと勉強机、そして洋服の入ったタンスと小さな冷蔵庫が置いてあった。
中央部には小さなちゃぶ台がおかれ、下には可愛い柄のカーペットが敷かれている。
いかにも女の子というような部屋を見て、少年の顔は一気に蒸発してした。
「だ、大丈夫……?」
心配そうにする少女に、大丈夫と返事をすると、喉にたまった唾をゴクリと飲み込んだ。
「なんて言うか、女の子の部屋入ったの初めてで……」
「そうだったんだ……じゃあ私の部屋が初めてなんだ?」
「うん」
「……何か、嬉しいな」
照れくさそうにしながら、少女は飲み物の準備をし始めた。
隅の方に設置された冷蔵庫の中から、りんごジュースを取り出すと、グラスに注ぐ。
「こんなものしかないけど」
「十分だよ。なんか、お姉さんみたいだね」
「……慣れっこだよ、こんなの。ずーっとやってきたもん!」
はち切れんばかりの笑顔を見せると、少女はユウタと向かうように座った。
「ユウタはさ、好きな子とか居ないの?」
唐突な質問に、飲んでいたジュースを吹き出しそうになる。
みるみるうちに顔は赤くなり、背中は丸まっていった。
「ユウター?」
「い、いないよっ……」
耳まで赤くなったユウタは、しばらく顔をうずめたままだった。
それを見た少女は笑ったが、すぐに悲しそうな表情を見せ、黙りこむ。
静まり返った部屋に違和感を覚えたユウタは、少し顔を浮かせ、少女の顔をうかがった。
その隙をついて、少女はユウタをくすぐった。
「やっ、やめろって!!」
「あはは、やーめない!」
今までの大人しい印象が嘘かのように少女ははしゃいでいた。
ユウタはそんな少女に不安を覚えたが、一緒になって騒いだ。
いつものように話し、笑い。
気がつくと、五時の鐘などとうに過ぎ、時計は七時前を指していた。
「やっべ、お母さんが帰ってきてる時間だ。塾に行かないと怒られる」
「……帰っちゃうの?」
お母さんという単語を聞いた少女は、切ない気持ちになりながら少年に訴えかけた。
「ごめん、ミカ。学校始まっても、土日はここに来るから!だからまた会おう!」
「うん……」
「ミカ、そんなに落ち込むなよ……帰れなくなっちゃうだろ……」
「ごめん……」
今にも泣きだしそうな表情でうつむく。
ユウタは、早く家に帰らなければ怒られるという恐怖感と、このままユカを放っておけないという気持ちに挟まれていた。
「ユカ……」
「うん、大丈夫。また明日ね?約束よ?」
「約束」
そういって、二人は指きりげんまんをした。
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数日後、ユカが倒れ入院しているという事実をユウタは知ることになる。
それを聞くなりすぐさま病院へ駆けつけると、そこにはぐったりと横たわるユカの姿があった。
重い瞼をゆっくりと開け、少年の名前を呼ぶ。その声には生きている力が感じられなく、ユウタは悲しみのあまり泣き崩れてしまった。
「泣かないで、ユウタ……」
枯れ果てたような声で慰める少女に、ユウタは泣きながらすがりついた。
「何で? どうして?」
「……昔からね、心臓が弱くて。夏休みに入ってから調子がよかったんだけど、この前血吐いちゃって。もうね、生きられないんだって。ごめんね、ユウタ。一緒にいてあげられなくて」
「馬鹿……馬鹿……」
少年は涙を流しながら、少女を罵倒した。そのたびに、悲しく切ない表情で謝る少女。
運命が無惨に二人の仲を引き裂いた。ひ弱な少女と平凡な少年。
どこにでもありそうなのに、なんて神様は非情なんだろうかと、この二人を見て思わない者はいないだろう。
「ユウタ……泣かないで?笑って?」
力無く微笑みながら、少女はユウタの頭を撫でた。
「初めてユウタの髪触った。柔らかいね」
次に、目の周辺を触る。
「睫長いんだね、目もくりくりだし。羨ましいなぁ」
そして、頬を伝って唇に触れた。
「……柔らかいなぁ。髪の毛より柔らかい」
その言葉の後、少女は涙を流した。
声にならない泣き声を発しながら、布団をかぶる。
「……ユウタ、今までありがとう。楽しかったよ」
布団をかぶったままそういうと、少女は喋らなくなった。
沈黙の空間が流れる。どうも、居心地の悪い間だ。
その空間を断ち切ったのは、先程まで泣きわめいていたユウタだった。
「ユカ」
少女の名前を、今世紀最大の優しい声で呼んだ。
何の反応もない布団を確認して、ゆっくりと剝していく。
すると、顔を真っ赤にしながら泣く少女の姿が見えた。
「やめてよ、恥ずかしいじゃない……っ」
少年から布団を取り返そうと伸ばした手を、しっかりとつかんだ。
「好きだよ、ミカ」
病室の中に、ふわりと爽やかな風が流れ、少しの間涼しくなった。
そして、その風も瞬く間に消えじわじわと残る暑さが病室内を占領する。
「……遅いよ、馬鹿」
軽く胸を叩かれた少年は、そのまま少女に覆いかぶさるようにして唇を重ねた。
優しく、柔らかく。二人の最初で最後の夏は、こうして幕を閉じたのだった。
――end――
8/30 文章中で少女の名前が変わるというまさかの展開が起きていたので修正しました。