合わせ鏡
20**年7月7日
それは、1通のメールから始まった。
「さな。すごい発見だよ。ここのブログ、偶然見つけたんだけど、あんたそっくりだよ~。びっくりだから、ちょっとみてごらんよ」
友達のあおいからだった。メールには、あるブログのURLが張られていた。私は早速、ケイタイからアクセスした。へえ、おもしろい偶然もあるんだな。私は、そのブログを見て驚いた。あおいのメールどおり、まるで私が書いたかのようなブログだったから。
ニックネーム:さな
誕生日:9月5日
趣味:猫とあそぶ
………
憧れの先輩のことや、友達のこと、猫を飼っているところや大好きなアーティスト…。本当に本当に私そっくりだ。世の中には、自分そっくりの人が3人いるって聞いたことがあるけれど、その中の1人かな?顔も私に似ているのかな?私はとても知りたくなった。
私は、そのブログにコメントを書くことにした。
「こんにちは。私も「さな」っていうの。よろしく!私たち、名前だけじゃなくて、趣味とかもすごく似てるみたい。もしかして、顔も似ているのかなぁ…」
なんだか、すごくわくわくした。もう1人の私への送信。どんな返事が返ってくるのだろう?
私は、送信した。waiting… コメントは送信されなかった。なんどやってもerrorだった。
「どうしたんだろう?こんなこと、今まで一度もなかったのに…」
私はもう一度、ブログを見直した。
「あ…」
なんで、今まで気づかなかったんだろう?このブログの日付。1週間早い。最新の日付は、7月14日
今日は七夕なのに…。
20**年7月8日
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【7月15日】
今日は、テストが帰ってきた。ラッキーなことに、一夜漬けが成功してた!まみ、ノート貸してくれてありがとう。感謝。感謝!これで、新しいケイタイおねだりできるかな~?
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次の日、さっそくブログをチェックしたら、こんなことが書かれていた。テストかぁ。今回はヤマあたんなかったし。私とはちがうな。あたりまえか・・・。この子は私じゃないんだもの。少しほっとした。
20**年7月15日
1週間後、私は、信じられないものを手にした。現国のテスト。まるでダメだと思っていたところが、ことごとくあたっていて、私史上最強の点数だったのだ。
私は、うれしくて、こう思った。「そうだ、これをネタに、新しいケイタイおねだりしちゃおうかなぁ」あれ、どこかで聞いた話?あ、あのブログと同じ?
私は、あわてて、ブログをチェックした。ブログはこの1週間、毎日更新されていた。
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【7月15日】
今日は、テストが帰ってきた。ラッキーなことに、一夜漬けが成功してた!まみ、ノート貸してくれてありがとう。感謝。感謝!これで、新しいケイタイおねだりできるかな~?
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【7月16日】
新しいケイタイは、1学期の成績をみるまでおあずけだって。ママのケチ!
でも、おやつは奮発してくれて、私の大好きな、“ブラウンシュガー”のレアチーズケーキ!おいしかった~。
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【7月17日】
今日は、ブカツの帰りに、カンノ先輩と目があっちゃった。チョーうれしい!あおいが、“センパイ、佐奈に気があるんじゃない?”だって。そんなわけ・・ないよね?でも、うれしい。今日は、めちゃめちゃハッピーな日
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私は、怖くなった。似ているんじゃない。私とおなじ。“ブラウンシュガーのチーズケーキ”も“憧れのセンパイの名前”も“佐奈”という名前も、“あおい”という友達も…
まるで、私が書いているような日常。まるで合わせ鏡だ。最新のページは7月21日だった。
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【7月21日】
昨日、ママとパパが、けんかしているのが聞こえた。パパのあんな怒鳴り声、初めて聞いた。ママ、少し泣いていたみたい。なんだか、怖い。いつも仲良しだったのに。早く眠りたい…。でも眠れない…。
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ブログをとじて、私は思った。パパとママのけんか?ありえないよ。たぶん…。
20**年7月21日
最強の現国テストが返ってきた次の日、ママは言った。“新しいケイタイは、1学期の成績しだいね”
ブログの予告どおりだった。でも、いかにもママの言いそうなことだ。おやつは、“ブラウンシュガーのレアチーズケーキ”私の大好物だから。いつも、ご褒美にはこれだよね。特別なことじゃない。私は、ブログの予告を追い払った。
次の日、ブカツの帰り、自転車置き場で、センパイと目が合った。あおいが言った。
「佐奈に気があるんじゃない?」
「そんなはずないよ」
私は答えて、はっとした。これも…。同じ?
最近、パパの帰りが遅い。
帰りを待って起きているママと、パパの言い争う声が、私の部屋まで聞こえてくることがある。いつもやさしいパパなのに、聞いたことのないような大きな声が聞こえることがある。
そんな時、ママはいつも黙っている。泣いているの?ありえないよ。いつも仲良しが自慢の、パパとママなのに。なんだか、眠れないよ
「最近、元気ないね」
あおいが、なぐさめてくれる。
「どうしたの?」
「なんでもない」
私は、あおいに伝えるべきか迷った。“あおいが教えてくれた、あのブログ、本当に私とそっくりなの。そのものと言っていいくらい。それでね、ブログの日付が1週間も早くて、まるで予告みたいに、書いてあることが起こるんだ。”
怖くて言い出すと、泣き出しそうで、なかなか言えなかった。言葉にすると本当にそうなりそうな気がした。「それでね、あおい。今日、私に、すごく落ち込むことがあるみたいなの。それが何かはかかれていなかったけど…」
私が言い出そうとしたとき、あおいが口を開いた。
「あのね、さな。私、さなに謝らないといけないことがある」
私は驚いて、あおいを見た。でも、あおいは私の顔を見ない。あおいは早口に言った。
「あのね、さな。私、カンノ先輩と付き合うことにしたの。この間、告白されて…。さなの事、迷ったんだけど、私も本当は、カンノ先輩が好きだったから。ごめんね、さな。私のこと、嫌いになっていいよ。」
あおいは、そういい終わると、走り去って行った。
…待って、あおい。
私は何も言えなかった。あおいも先輩が好きだったなんて。ぜんぜん気づかなかった。ごめんね、あおい。でも、よかったね。願いがかなったんだ。だから、こっちを見てたんだ。なのに、私を見てるって勘違いして、ばかみたい。そうだよね、あおいのほうが、百倍かわいいもの。
ブログのさなも同じ気持ちだったのかな?かわいそうな、さな。私も同じだよ。私は1人で家に帰った。ママが出迎えてくれた。ママは少し青白い顔をしていた。
「さな、話があるの」
ママは、リビングに私を呼んだ。テーブルには、“ブラウンシュガーのレアチーズケーキ”が乗っていた。いやな予感がした。
「その話、聞きたくない」
私は言った。
「ごめんね、さな」
悲しい話は、いつも、この言葉から始まる。
「ママね、パパと離婚しようと思う」
私は、黙ってうつむく。なぜ、今日なの?
「さな、ごめんね。もう決めたことなのよ」
「どうして?」
「さなには、関係ないことよ。パパとママの問題なの」
「パパが浮気したんでしょ」
思わず口からでた言葉だったけど、ママの顔が青ざめた。…図星だ。こんなことが、実際におこるなんて。それも、自分の身に。パパなんて不潔だ。
20**年7月28日
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【7月25日】
今日は、人生最悪の日だ。何も考えられない。
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7月25日の書き込み以来。さなのブログは更新されなかった。
私は、ブログのさなに同情していた。友達に裏切られ、両親が離婚を決めた日。その日から、彼女も私と同じように、途方にくれているだろう。同時に、私は怖かった。彼女がこれから、どうするのかが。それが、私の未来でもあるのだから。
20**年8月2日
1週間後、さなのブログに書き込みがあった。
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【8月4日】
私はもう、なにもかも、いやになった。死んでしまいたい。もう、おしまい。
このブログも、これで終了です。さようなら。
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私は、目の前が、真っ暗になった。最悪だ。死ぬほど落ち込んだけれど、私はまだ、死にたくない。
さな、ばかなことやめようよ。どうしても、この命をつなぎとめなきゃ、私も死んでしまう。
…そうだ、コメント。コメントを送信しよう。何度トライしても、つながらなかったコメントだけど、もう一度、トライして、つなぎとめなきゃ。
“さな。私は、過去のさなです。お願い死なないで。でないと、私まで死んでしまう。もう一度考え直そうよ。生きていればいいこともあるよ”
まるで陳腐な言葉の羅列だった。
…送信
…error
…error
…error
…error … …
20**年8月4日
以来、ブログの“さな”からの書き込みはない。あおいと先輩が、一緒に歩いているのを見て、パパとママが、慰謝料でもめていて、落ち込んで、死にたくなったことはあったけれど、私は死ななかった。ブログのとおりに、なりたくない。なるわけがない。
そう思いかけたとき、さなのブログに書き込みがあった。さな本人からではなかった。友達のあおいからのコメントだった。
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【8月4日】
さな、ごめん。あなたが、こんなことになるなんて、思ってもみなかった。
ほんとうに、ごめん。後悔している。安らかにお眠りください。
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“安らかに、お眠りください”
激しい日の光で、ケイタイの画面がよく見えない。同時に、トラックのクラクションが、心臓を貫くような音を立てて私の耳を壊した。
…あ…
トラックのボンネットが、私の体を突き上げた。
青い空と太陽をバックに、黒い文字が浮かんだ。
“安らかに、お眠りください”
私、死ぬのかな。大きく飛んだと感じたあと、地面にたたきつけられたみたい。痛くはなかった。
20**年8月5日
さなをはねたトラックの運転手はこう証言した。
ケイタイを見ながら、歩道を歩いていたんです。危ないな、と思いながら、その姿を見ていました。すると、突然、ふらっと、こっちへ倒れこんできたんです。その顔を、今でも覚えています。何か、恐ろしいものを見たかのように、凍り付いていました。避けようがありませんでした。
私は、あわてて救急車を呼びました。そして、連絡先を知ろうと、ケイタイを拾い上げました。ケイタイは、車道に打ち付けられた衝撃で、動きませんでした。最後のケイタイの画面には、こう書かれていました。
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さな、ごめん。
あなたが、こんなことになるなんて、思ってもみなかった。
ほんとうに、ごめん。後悔している。
安らかにお眠りください。
最後に、いやな思いをさせてしまったね。
ご両親のことも、ぜんぜん知らなかったの。
こんなことになるのなら、もっと話をしたかった。
あなたが、事故でこんなに早く逝ってしまうなんて。
このブログは、私が閉じます。
さようなら。 あおい
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