婚約を破棄すると言われましたが私には大天使様がついているので結構です
煌びやかな舞踏会が開かれている王城の大広間。大理石の床が輝き、金糸で織られたカーテンが、優雅に風に揺れている。パーティーに集まった貴族たちは、今日の主役であるエリーナ・ルシアス令嬢に注目していた。彼女はこの王国でも名高い名門家の令嬢であり、王子との婚約を発表するという晴れの日を迎えていた。
エリーナは、白いシルクのドレスを纏い、髪には光り輝くダイヤのティアラを乗せて、まるで夢の中のように美しい。そんな彼女を、王子フィリップは誇らしげに隣に迎え、宴の最中、会場のすべてが彼らの姿を見守っていた。
だが、その笑顔が突如として崩れた。
王子が、静かにだが確固たる声で言った。
「エリーナ・ルシアス嬢、私たちの婚約をここで解消します」
その言葉に、会場は一瞬で静まり返った。驚きと疑念が広がり、誰もがその意味を理解できなかった。エリーナも、その言葉に瞬時に凍りついた。
「待ってください、王子……どうして、突然?」
エリーナの声は震えながらも、冷静に王子を見つめた。
「私が選んだのは、他の女性だ」
王子フィリップは、冷たい目でエリーナを見つめながら言った。
「君との婚約はもう無意味だ。私が心を寄せているのは、リディアという別の女性だ」
会場の貴族たちは、ざわざわと口々に囁き合い、エリーナはその言葉に胸が締めつけられるのを感じた。しかし、彼女は驚きもせず、しばらく黙って王子の目を見つめていた。
「本当に、それでいいのですね?」
エリーナは静かに微笑んだ。顔を赤らめたり、涙を浮かべたりすることはなかった。むしろ、清々しさが漂っていた。
「もちろんだ」
王子は少しも顔色を変えずに言った。周囲の目を気にしている様子は一切なかった。
その瞬間、エリーナは深く息を吐き、会場の中心で静かに一歩踏み出した。
「それでは、私からも一つ宣言します」
彼女の声は、予想に反して、強く、澄んでいた。
「王子、私にはもっと素晴らしい人物がいるのです」
会場中が息を呑んだ。誰もがその言葉の意味を理解できず、エリーナが何を言おうとしているのか、気になって仕方なかった。
そして、次の瞬間。光が会場に降り注いだ。天井からまばゆい光が降り、辺りの空気が一変した。
「……エリーナ・ルシアス」
低く、神々しい声が響いた。
その声を聞いて、会場の者たちは思わず足を止めた。姿を現したのは、まさに伝説の存在――大天使アリエルだった。
彼は、白い羽根を広げて天から舞い降り、エリーナの隣に立った。その存在感に、会場の空気は一瞬で凍りつく。
「アリエル様……!」
誰もがその神聖さに圧倒され、息を呑んだ。アリエルは、顔を隠すことなく、堂々とその姿を現した。彼の黄金色の髪と透き通るような青い瞳は、まるで天空の星をそのまま持っているように輝いている。
「エリーナ・ルシアスは、私が選んだ者だ」
アリエルは静かに、だが力強く言った。その言葉は、まるで運命そのものを指し示すような重みを持っていた。
王子フィリップは、あまりの光景に呆然と立ち尽くしていた。彼が選んだリディアは、ただの一貴族の娘にすぎないが、エリーナの隣には天使が立っている。その力、そしてその美しさは、彼にとってあまりにも遠い存在だった。
「天使様が……」
エリーナが微笑んで言った。
「私には、もうこの国で得るものは何もありません。あなたが選んだ相手と私を比べる必要はありませんね」
王子は言葉を詰まらせ、何も答えることができなかった。その表情には、驚きと恐れが浮かんでいた。
「では、これにて」
エリーナは一度、軽く会釈をしてから、アリエルの手を取った。その手に触れると、何か温かい力が彼女に満ちていくのを感じた。
「今夜、この場で私達の関係を終わりとしましょう」
エリーナは堂々とした声で告げ、会場の者たちに向かって最後の一言を放った。
「この国には王子の選んだ方がいて、私には、私を見染てくださった大天使様がいらっしゃいますので」
その言葉に、会場は再び静寂に包まれた。誰もがその意味を深く感じ取り、次第に彼女がどれほど強い存在であるかを理解し始めた。
王子フィリップは、ただ静かにその光景を見守ることしかできなかった。
そしてエリーナは、アリエルの手を受けて、何事もなかったかのように会場を後にした。その後ろ姿は、王国中に新たな伝説として語り継がれることとなる。
彼女の人生は、もう誰にも左右されることはなかった。




