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姉ちゃんの友だち

作者: 155

「悪いけど、ナオトのことをそういうふうには見るのはゼッタイに無理だよ」

「そっか。悪かったな、呼び出したりして」

「ううん、別に。それじゃ、用事がそれだけならウチは帰るね」

「ああ、じゃ」


 10年来の僕の思いは「無理」の一言で終わってしまった。


 小さな頃から彼女のことが好きだなとは感じていたけど、これが恋だと気づいたのはここ数年のこと。それに気づいたときは自分自身でもかなり驚いたものだよ。

 それからも幼馴染としてぎこちなくならないように用心しながらユキナとの関係を続けて来れたと思う。

 でもあとから思えば、学校ですれ違うときも集会で体育館に集まっているときも彼女の姿を探していたかもしれない。ずっと目で追うくらい彼女に夢中だったみたいだ。


 高校に進学するとユキナとは別々の学校になってしまう。いくらお互いの自宅が近くても、生活が変われば容易に会うことができなることが予想できる。


 だから、今日卒業のこの日に彼女に告白すると決めた。


 彼女との仲はずっと良かったし、思春期特有の変な疎遠感も僕達には無縁だった。だからこそ、告白さえすればうまくいく、そう思っていたフシが自分にあったのは認めるところ。

 だけど結果は、そういうふうには見るのはゼッタイに無理、だよ。つまりは男としては一切見られていなかったってこと。惨敗だね。

 まだ長々と言い訳がましく話されたあとにフラれるんじゃくて良かったとここは考えるべきなのだろう。フラれるときは短くきっぱりがいいなんていらない知識を得られたよ。



 さて、明日から高校の入学式まで何をしたらいいのだろう。夢描いていたユキナとのデートプランはあっけなく霧散してしまった。


 トボトボと学校から家まで一人で歩いて帰る。卒業式の目出度さなんて一欠もなくなっている。


「お、ナオトおかえり。今日は卒業式だったっけ? おめでとさん」

「あ、アキ姉ちゃん。ただいま……」

「どうした? むっちゃ暗い顔して、卒業して淋しくなったクチなのか? まさか卒業式で号泣とかしてないよな」

「違うよ」


 僕の姉ちゃんは一つ年上の高校生。明るくて陽気なので学校でも人気なのだとか。今は制服着ているから学校帰りのようだ。


「この子が例の弟くん?」

「そそ。1コ下の弟でナオトっていうの。今日が中学の卒業式だったんだって」

「こんにちは、ナオトくん。わたしはアキの友達の天崎カナっていいます。よろしくね。卒業おめでとう!」

「あ、ありがとうございます……」


 天崎さんは姉ちゃんの友達らしく明るい感じの人。髪もちょっと染めているみたいだし、キレイで可愛いお姉さんって感じでウチのガサツな姉ちゃんとは大違い。


「で、ナオトはなんでそんなに暗い顔して俯いて帰ってきたんだ? 淋しくなったんじゃないんじゃなんなんだよ?」

「あれじゃないかな。卒業で会えなくなる片思いの子に告ったら残念ながらフラれてしまった、とか?」

「ナオトが告白ぅ? まさかぁ! え? まじなのか……なあ、ナオト」

「……」


 体がビクリと跳ねる。天崎さんの指摘があまりにも図星だったので無言になる以外にはなかったが、それが余計に肯定していることの証左になってしまいすっかり僕がフラれたのが姉ちゃんたちにバレてしまった。


「なにそれウケる! そんで相手は誰だよ……って、おまえのことだからユキナだろ? なぁ、傷口に塩塗るように聞こえるかもだろうが、それって、おまえ、フラれて正解だぞ?」


「正解? それはどういうことだよ」


「ナオトは知らないだろうけど――――」


 姉ちゃんに聞くところによるとユキナは裏ではかなり男遊びが酷かったらしい。純真無垢な中学生の顔はあくまでも表の顔で、裏では高校生や大学生、はては社会人の男性を相手にいろいろなことをしていたらしい。


 これって女子の間では有名な話らしく、それで姉ちゃんも知っていたらしい。言われてみればユキナは女子の友達が極端に少なかったような気がする。そういうのが理由だったようだ。


「犯罪ギリギリ、っていうかもう犯罪なんだけど、そんなやつと付き合わないで正解だぞ。まじで」

「そうなんだね。知らなかったよ……」


 驚きと信じられないって気持ちが半分半分。そうかフラれてよかった、なんて気持ちには素直になれない。



「ほら、気落ちしてていても仕方ないでしょ? ねぇ、わたしたちと今から出かけない。ナオトくんの卒業もお祝いしてあげるよ」

「あ、はい。いいんですか? じゃ、お言葉に甘えて、ついていきます」

「ナオト、先にあたしらの買い物してもいいか? 最初の目的もそれだったし」

「うん、ぜんぜんおっけ。なに、服屋にでも行くの?」


 このまま家にいると気が変になりそうだし、せっかく天崎さんが誘ってくれたので、気分転換になるかと思って姉ちゃんたちといっしょに出かけることにした。ウチは姉弟仲がいいほうなんだよ。




 結局繁華街にあるファッションビルの1階から最上階まで全部の店に最低でも一度は顔を突っ込むといった感じで数時間歩き回った。学校の行事でもこんなに歩く行事はないと思うぞ。

 女子の買い物は長いとは聞いていたけど、一人より二人いたほうが長さが倍どころの騒ぎじゃなく長くなるんだね。僕自身体力がない方じゃなくて良かったと思ったよ。


「ナオトくん重くない?」

「これくらい平気ですよ。姉ちゃんと買い物行ってこれの3倍くらい持たされたこともありますかから」

「アキとナオトくんはホント仲が良い姉弟だね。わたしは一人っ子だから羨ましよ」

「そう? それなら、ナオトのことカナに貸してあげるよ。こいつソコソコ出来るやつだから、いい働きすると思うぞ」


 姉ちゃんも人をモノのようにいいやがって。ふざけたことを言っているようで、実際には褒めてくれているのだから怒るに怒れないんだよな。


「えー? いいの。じゃあ、今度の金曜日にわたしとデートしよっ。そのときわたしのことはカナお姉ちゃんって呼んでね」

「あははっ! それおもしろそ。ナオト、頑張れよ」

「え? あ、はぁ……」


 なんか知らないけど天崎さんと出かけることが決定したようだ。予定ではユキナとのデート三昧だったはずだけど、無くなったから暇を持て余すよりはいいのかもしれない。


 天崎さんとスマホの連絡先を交換して、どこに行くか相談することにした。でも相談もしたけど、半分以上は雑談ばっかりだったな。なんかそれってすごく新鮮で楽しかった。

 話し合いの結果、天崎さんは動物全般が好きらしいので動物園に行くってことで決まったのだけど、次の金曜日の天候がどうにも怪しいんだよな。




 待ち合わせの駅には彼女を待たせないように30分前には到着していた。別に楽しみすぎて先走ったわけじゃないからねっ。


 人生始めてのデートが姉ちゃんの友達。いいのかそうでもないのかよくわからないが、天崎さんは先入観なしに可愛いのでいい方に捉えることにしようと思う。


「おまたせっ」

「あっ、あまさ……」


 声が出なくなった。あまりにも天崎さんが可愛かったせいで。先日見た高校の制服姿も可愛かったけど、今日の私服姿は強烈過ぎた。多分この前の買い物の時に買った服なんだろうけどとても似合っていて素敵だ。

 うっすらとお化粧をしているのもいい。学校に行くときは基本すっぴんに近い程度しか化粧はしないみたいだけど、今日はそれ以上にキレイで可愛い。


「どうかな? ちょっと頑張ってみたんだけど」

「す、すごく可愛いです。天崎さんが天使に見えます」

「もう、お世辞はいいよ。それよりも忘れているね。今日はお姉ちゃんって呼んでくれないとだよ?」

「そうでした。か、カナお姉ちゃん……今日はよろしくお願いします」


 実の姉ちゃんと出かけるような気分でいたらぜんぜん別物だった。これはデートだ。今更ながら緊張してきた。


 今日は動物園に行く予定だったけど、あいにくの雨模様で急遽行き先を変更して水族館に向かった。


「急な行き先変更だったけどナオトくん大丈夫だった?」

「はい、問題ないです。どこだろうと僕は一向に構いません」

「もう、話し方が硬いなぁ。一応姉弟って設定なんだからもう少しかるーくお話しようよ。ね? アキと話すようにしてくれればいいから」

「は、うん。カナお姉ちゃんがそう言うなら、そうするよ」

「いいね、そのお姉ちゃんってひびきがたまらないよ」


 デートだって言うけど、ある意味これじゃ1日お姉ちゃん体験みたいだな。本物の姉ちゃん相手なら気安いけど天崎さん相手だとちょっと演技したりしたほうがいいのかな。


「けっこう薄暗いんだね。実はわたし水族館に来たのが初めてなんだ」

「そうなんだね。僕は一度来たことがあるかな」

「ねぇ、混んでいるし迷子になると困るから手を繋がない?」

「え? て、手ですか?」

「手だよ。今日は姉弟だしいいよね?」

「ん、まぁ、いいけど……」


 本当はよくない。アキ姉ちゃんとも手を繋いだのなんか小学生の低学年の頃までだし。でも、天崎さんが思う姉弟がそれって言うなら拒否はできない。


「ナオトくんって手が大きいね」

「は、うん。中学ではバレーボールをやってたからね。あまり上手じゃなかったけど」

「へーだから背も高いんだね。ナオトくんは高校でもバレーボールは続けるの?」

「ん~正直もういいかなって思ってるんだ」


 部活に明け暮れるよりもアルバイトをやったり、趣味のサイクリングで遠くまでツーリングに出かけたりって方が楽しいんじゃないかって思うんだよな。

 別に部活をやるのもいいけど、大会を目指しているわけでもないし、練習に明け暮れてばかりになるのは時間がもったいないって思ってしまうんだ。そこは人それぞれ考え方があると思うけど。


「そうなんだぁ。それで、ナオトくんはどこの高校に進むの?」

「あれ? 言っていなかったっけ。お姉ちゃんとたち一緒のところだよ。4月からは僕も後輩だからよろしくね」

「そうなの!? やったー!」


 天崎さんはほんとうに嬉しそうにするから僕まで嬉しくなってしまう。姉ちゃんの友達ってだけじゃなくて後輩ってことで僕も仲良く出来るのだろうか。




「カナお姉ちゃん、大丈夫? 疲れていない」

「大丈夫だよ、ありがとう。これでも徒歩通学で足腰は鍛えているからね」

「へーそうなんだ」

「だから、まだまだ遊べるからね!」


 水族館を隅から隅までしっかり見学して、海獣ショーも忘れずにチェックした。イルカの可愛さに天崎さんはメロメロだったけど、天崎さんのその姿に僕はメロメロだったよ。

 どうやら僕は天崎さんのお陰で失恋のショックから早くも立ち直れたらしい。ユキナの悪事に長年の恋心も冷めたっていうのもあるけど、大部分は両姉のお陰のようなもの。




「今日はありがとうね。すごく楽しかった。ナオトくんが楽しませてくれたからだよ」

「そんなことないよ。僕こそカナお姉ちゃんに楽しませてもらったよ」

「じゃ、お互いに良かったってことで」

「そうだね」


 楽しかった一日ももう終わり。雨はやんでいたが、日が暮れてしまったし、そろそろ帰らないといけない時間になってしまった。


「えっと、お姉ちゃんが嫌じゃなかったら家まで送るんだけど」

「そんな、嫌なんてことは一つもないけど申し訳ないよ」

「時間は早いけど、もう暗いし女の子の独り歩きは心配だから」

「……うん。じゃ、お願いしようかな」


 女の子にはできうる限りで最大限に優しくするのが漢ってもんだとアキ姉ちゃんに口酸っぱく言われ続けてきたからこういうのは自然にできるようになっている。

 そもそも楽しかった一日になるべく長く浸りたいって思うから送るのなんか苦になるはずもない。



 天崎さんのご自宅は我が家の最寄りよりも二駅ばかり離れた駅から徒歩で10分ばかりの住宅街にあった。家屋はよく見かける普通の家で我が家よりもちょっと新しくてちょと広そうだった。


「送ってくれてありがとう」

「どういたしまして。無事に送り届けられて良かったよ」

「ねぇ、ナオトくん。ちょっと寄っていかない?」

「えっ、いいのかな……」

「歩きづめだったし、少しゆっくりしてから帰ってもいいんじゃないかなって思うんだけど」

「じゃ、せっかくだしお呼ばれします」


 天崎さんのお宅に上がらせてもらった。誰か家にいるものだと思ったが、ご両親は仕事で不在とのこと。学生は春休みだけど世間は平日なので当たり前だった。

 つまりは密室に可愛い女性と二人きり。ほんとにいいのだろうか?


「コーヒーか紅茶。コーラもあるね。どれがいい?」

「天崎さんといっしょで」

「あーまた天崎さん言ってる。お姉ちゃん……はもういいや。カナって呼んで」

「え、あ、じゃ、カナさんと同じものでお願い」


 お姉ちゃん呼びだと演技が入るのでなんとなく普通に呼べたけど、カナってそのまま名前呼びにすると素に戻ってなんとも気恥ずかしい。


 コーヒーを啜りながら今日のデートの感想を話す。多分だけど、カナさんは今日、相当楽しんでくれたようだ。表情を見るだけでそれは分かった。


「ねぇ、ナオトくんってモテるよね?」

「そんなことないですよ。一度も告られたこともないし、誰かが僕のことをなんてウワサも聞いたことないよ」

「そうかなぁ。今日だって年下の中学生の子とデートしているって感じじゃなかったけど。エスコートだって上手だしなんか大事にされているって感じがして嬉しかったよ」

「そ、そうかな……」


 僕ももう中学校は卒業したので中学生じゃないような気がする。でも高校には入学していないので高校生でもない。なんとも宙ぶらりんだ。


 でもまあ、嬉しかったと言われると僕も嬉しくなるんだから単純なもんだと思う。


「ナオトくんはさ、まだ、えっと、幼馴染ちゃん? のこと何か想ったりとかしているの?」

「ユキナ? うーん、話を聞いたあとの2~3日はいろいろと考えたりもしたけど、今は付き合わなくてホッとしているかも。すっかり気持ちは冷めきっているよ」

「吹っ切れたって感じなのかな?」

「吹っ切れたといえば吹っ切れたような。ま、高校生にもなるし新しい出会いもあるでしょ? そっちに期待かな」


 今度入学する高校には同中で友達だったやつは残念ながらいないが、それは言い換えれば一から全く新しい交友関係を構築できるってことだから過去を忘れるには丁度いいんじゃないかとここ数日思うようになった。


 いっそのこと高校デビューを飾ってもいいんじゃないかと考えたが、そもそも何をもって高校デビューなのかわからないので保留中にしてある。


「ナオトくんは、あんな事があったあとでも、か、彼女とかほしいとか思うの?」

「うーん。ほしいといえばほしいかな。ユキナみたいなのは絶対に願い下げだけど」

「じゃ、じゃあさ……わたしなんかどうかな?」

「? なにがカナさんなの」


 カナさんはうつむき加減で、耳まで真っ赤にしながら「かのじょ」って言った。


「えっ!? カナさんを彼女に? えっ、あっ、おっ、いっいいの?」

「だめ?」

「だめなわけないじゃないですか! それよりも僕でいいんですか!?」

「ナオトくんがいいなーって」


 なんでカナさんみたいな可愛らしくてもっと他のイケメンとかにもモテそうな人が僕なんかをどうして選ぶのだろう。正直不思議だったので真正面から聞いてみた。


「アキにね、ずっと聞いていたの。ナオトくんがどんなにか素晴らしい男の子なのかって。気が利くし、優しいし、かっこいいって」


 実の姉にそこまで言わせる僕がどんなものなのかとても興味があったらしい。そこで、僕の卒業式の日にお祝いと称して我が家にやってきたということみたい。


 その後は僕も知ってのことで、買い物とかに出掛けたりして実際の僕の人となりってやつを観察してみたら、アキ姉ちゃんの言う通りの男だったと確信したんだって。


 それで、今日のデートまでの数日間にもアキ姉ちゃんからの強力なプッシュもあって、絶対に他の女の子には取られたくないって想いが募り、あの告白につながったと言う訳らしい。


「いいのですか、こんなに短い間にそんなに大事なことを決めちゃって」

「そういうところだよ。ウチのクラスにも同じ学年にもナオトくんみたいに気が使える男の子なんか一人もいないからね。みーんな子供っぽくて、年下なのにナオトくんのほうがずっと大人っぽいもの」

「そこまで言ってもらえるなら。えと、カナさん、僕とお付き合いしてください」

「こちらこそ、よろしくお願いしますね、ナオト!」


 なんとカナさんが僕の恋人になってくれた。ユキナみたいな頭のおかしい女じゃなくて正真正銘の可愛らしい女の子が僕の彼女になってくれた。恋人ができるってこんなにも嬉しいことなんだな!


 でもこれじゃまた姉ちゃんに頭上がらなくなちゃうかも。裏での姉ちゃんのサポートがないとカナさんが彼女になってくれることはなかっただろうから。

 仕方ないな。今度小遣いから何か奢ってやろう。なんなら僕の友だちから彼氏候補を見繕ってもいいかもしれない。ま、そんなモンいらねーって言われるのがオチだろうけどね。


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