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【一般】現代恋愛短編集 パート2

初デートで彼女が壺を売って来たので衝動買いした

作者: マノイ

ラブなし、ほぼコメディです。

大壺(おおつぼ)さん、僕と付き合ってください!」


 校舎裏、ではない。

 放課後の教室、でもない。

 学校の帰り道、でもない。


 体育館での全校集会の直後、生徒指導の先生から『最近風紀が乱れている』的な話を聞いたにも関わらず、生徒達で埋め尽くす高校の廊下のど真ん中という全くムードの無い場所での告白は、ギャグとしか思えない。


 告白された大壺もまたそう感じたようで、目鼻顔立ちが整った美しい顔を少し歪め、相手の真意が分からず困惑していた。


「冗談かしら?」

「本気です!」


 しかし相手の男子は真剣な表情を崩さない。

 近くを歩く生徒達が『こいつこんなところで馬鹿じゃないか』と唖然とした視線を向けるけれど全く気にせず大壺だけを見ている。シチュエーションさえまともならば本気だとすぐに信じてしまいそうな雰囲気だ。


「告白するならもっとまともな場所にしなさいよ……」


 至極真っ当な指摘である。


 ただ、相手の男子は何も考えていなかったわけではない。

 このタイミングで告白したことには理由があった。


「全校集会で大壺さんの姿が偶然目に入って、その時に一気に好きになっちゃったんです!」


 ついさっき恋の炎が燃え上がったため、我慢出来なくなってつい、ということらしい。


 なんて迷惑な、と思わなくも無いが、それ以上に大壺には聞きたいことがあった。


「そんなに目を惹くようなことしたかしら?」


 体育館の床に座って先生の話をただ単に聞いていただけで、前に出るなど特別なことをした覚えはない。


 それに、髪をかきあげるなど、男子の心に刺さるかもしれない仕草をしたかどうか思い出そうとするが心当たりはない。


 そこまで考えて大壺は一つの仮説を思いついた。


「元々好きだったけれど、先ほど改めて私の美貌に見惚れてしまった、ということかしら?」


 近くを歩いている女子の顔が少し歪んだ。

 どうやら大壺は自分が美しくて男子からちやほやされている自覚があり、そのことを堂々と口にしてしまう癖があり同性に敵を作ってしまうタイプのようだ。


「いえ、違います!」

「そこは認めろよオイ」


 反射的に低い声を出してしまい周囲の人々を怯えさせるが、件の男子生徒は笑顔のまま告白した理由を告げた。


「教頭先生の話がつまらなくて全員が我慢できずあくびをする中、必死にあくびを嚙み殺してすまし顔で真面目に聞いてます風を装っていた大壺さんが可愛かったから告白しました!」

「どこにキュンと来る要素があるの!?」


 驚きながら大壺は頬を少し赤くする。

 男子に告白されても慣れているのでなんとも思わないが、冷静さを必死で装っていたことがバレたことによる恥ずかしさは耐えられないらしい。


 その恥ずかしさを振り払うため、大壺は話の矛先を強引に変えた。


「というか、あなた誰?」


 教室に帰る途中、いきなり隣に並んだかと思えば告白して来たのだ。


 この男子生徒は同じクラスではなく、会ったこともない相手。

 そんなことはこれまで山ほどあったが、自己紹介をしない相手というのは流石に初めてだった。


「僕の名前は芥川(あくたがわ) 龍之介米(りゅうのすけべぇ)です!」

「絶対偽名でしょ!」

「本当です!はい、生徒手帳!」

「マジだわ」


 キラキラネームは格好良かったり可愛いと親が勘違いしてつけるものだ。しかし龍之介米は芸人につける名前のようでギャグとしか思えない。


「貴方のご両親のこと悪く言いたくはないけれど、端的に言って狂ってるわね」

「大壺さんのご両親と一緒ですね!」

「…………この話は止めましょう」

「はい!」


 大壺(おおつぼ) 羽瑠(わる)


 漢字だけは可愛い物を選んでいるところが更に哀愁を漂わせる。


 ちなみに弟の名前は和李男わりお。絶賛不登校引きこもり中。


「それじゃあ自己紹介を続けます!」

「この流れで続けるの?」


 大壺的には名前だけ分かれば後はどうでも良かったのだが、芥川が目に見えて言いたそうにうずうずしているので満足するまで言わせることにした。


「特技は見失ったリモコンやスマホをすぐに見つけることです!」

「地味に便利ね」

「趣味はフォワーが少ないVtuberの動画に好評価を押して回ることです!」

「無駄に期待を持たせるの止めなさい」

「チャームポイントは何事にも慎重なところです!」

「勢いで告白して来たくせに良く言うわね。それにどこがチャームなのよ」

「こんな僕だけど、付き合ってくれますか!」


 全く魅力を感じられない自己紹介。

 ほとんどの女子がお断りすること間違いなし。

 しかも相手は男にちやほやされ慣れている美少女ともなれば歯牙にもかけない相手のはず。


 しかし。


「良いわ」


 なんと大壺は告白を受けたのであった。


「ただし……」

「いいいいやったああああああああああああああ!」

「え!?ちょっ!何処行くの!? 話はまだ終わって……!」


 付き合うにあたっての条件をつけようとしたが、芥川は大喜びで踊るように走り出してしまった。多くの生徒達が歩く中のこと、大迷惑である。


「待ちなさい!待ちなさいって!」

「やったああああ!告白が成功したああああ!大壺さんが付き合ってくれるうううう!」

「こらああああ!叫ぶな!名前を呼ぶなああああ!」


 恥ずかしくなり追いかけるものの、芥川は人の波を縫うように走るのが妙に上手く、中々追いつけない。


「あの真珠の乙女の大壺さんが!孤高の月の大壺さんが!微笑みの聖女の大壺さんが!月光の妖精の大壺さんが!快便の巫女の大壺さんが付き合ってくれる!!!!」

「恥ずかしいから止めなさああああい!後、最後の誰が言ったのか教えなさい!」


 結局、追いついたのは告白話がほとんどの生徒達に伝わった後だった。


「ぜぇ!ぜぇ!ぜぇ!ぜぇ!あんたわざとやってるんじゃないでしょうね!」


 告白が成功したという事実を周知させ、しかも全身で喜びを表現するほどに嬉しがることで、別れにくくしたのではないだろうか。


 あんなに喜ばせておいて、もうフッたの?


 そうやって責められることをイメージさせてフる難易度を上昇させ、告白をより確固たるものにする作戦。


「何のこと?」


 しかし芥川は純粋な眼で大壺を見つめ、キョトンという擬音が目視出来そうな程に何も考えて無さそうだ。


「……まぁ良いわ。それより話は最後まで聞きなさい」

「はい!」

「まずはデートをして、それから付き合うかどうか決めましょう」


 告白はひとまず受けるけれど、本格的に付き合うのはデートをして相性を確認してから。

 至極真っ当な提案ではあるのだけれど、大壺は意味ありげに妖艶な笑みを浮かべていた。


 そんな彼女の様子に全く気付かない芥川はデートが出来ると大喜び。


「デート!?良いの!?」

「ええ」

「じゃあ牛久大仏を見に行こう!」

「初デートで選ぶ場所じゃないでしょ!」


 しかも彼らは都内在住であるため、茨城県の牛久はかなり遠い。高校生にとって相性を見定めるデートで使って良い交通費では無いだろう。


「う~ん、じゃあ鴨川シー〇ールド!」

「あんた外房がどれだけ遠いのか分かってるの!? 同じ千葉なら普通はディ〇ニーでしょ!」


 千葉県の鴨川は、東京駅発で計算すると牛久より倍以上時間がかかる、とてもアクセスが悪い場所なのだ。水族館はデートの定番ではあるが、都心から高校生が行くような場所ではない。


「それなら首都圏外郭放水路は?」

「外郭?何それ?」

「洪水から首都圏を守るために作った埼玉にある放水路のことで、まるで地下神殿のような雰囲気なんだって」

「微妙に気になるの提案しないでよ。そういう場所はもっと関係が深くなってから行くところよ」

「そっかぁ……」

 

 残念そうに首をかしげる芥川。

 どうしてこれらが受け入れられると思ったのだろうか。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 突然、何故か無言になる二人。

 それは大壺が芥川の次の言葉を待っていたからだった。


「次は神奈川じゃないの?」

「え?神奈川が良いの?」

「良いだなんて言ってないわよ。関東ばかり挙げてたから流れ的にそうかと思っただけよ」

「分かった。神奈川ならとっておきがあるよ!町田の……」

「本気で怒られるから止めなさい!」


 これ以上はいけない。


「はぁ……あのね。都内の近場で良いでしょ、初デートなんだから」

「あ、そっかぁ」

「本気で分かって無かったのね。それで、デートの最初にカフェに行きたいんだけど」

「カフェ?」

「ええ、出来れば話をしやすくてそれでいて混みすぎてない場所が良いわ」

「それならおすすめの場所があるよ!」

「そう?なら今度の土曜に行きましょう」

「うん!」


 大壺には行きつけのカフェがあったが、相手が選んでくれるのであればそれでも問題無かった。

 というより条件を満たしていれば何処でも良かった。




 どうせそこでデートも芥川との関係も終わってしまうのだから。




「それじゃあまた」

「楽しみにしてるね!」

「はいはい」


 芥川は満面の笑みで大壺の元を離れ、自分のクラスへと走って行った。


 その姿を最後まで見ずに、大壺も自分のクラスへと戻ろうとしたのだが。


「あ~あ、やっちゃった」

「え?」


 彼女の隣に、いつの間にか小柄な女生徒が立っていた。

 彼女は悪戯が成功したかのようなにやけ顔で大壺に告げる。


「芥川君を他の有象無象の男子と同じと思わない方が良いよ」

「ふん、何の忠告かしら?まさか彼に本気で惚れるとでも?」


 そんなことは天地がひっくり返ってもあり得ない。

 それは芥川の性格が合う合わないという話では無く、誰かと付き合うことそのものに興味が無く、自分が恋に戸惑う様子など全くイメージ出来ないからだ。


 しかし謎の女生徒の言いたいことは全く違うことだった。


「そういう意味じゃない」

「ならどういう意味かしら」

「芥川君は規格外の馬鹿(・・)だから、あなたの思い通りにはならないって話」

「は?」


 一体何を知っているのかと大壺は問いかけたかったが、その人物は足早に大壺の元から離れて行く。


「告白されたら初デートで必ず相手から別れを切り出させるよう仕向け、面倒な女だと印象付けて男子を遠ざけようとするスピリチュアル大壺さん。あなたのその作戦が芥川君に通じると良いね」

「…………余計なお世話よ」


 どうせいつものように嫉妬の類のものだろうと、その人物の言葉を忘れようとした大壺だが、何故か嫌な予感が胸から消えてくれず、初デートまでの日々を悶々とした気持ちで過ごすことになるのであった。


ーーーーーーーー


 初デート当日。


「わぁ、大壺さんとっても可愛いよ!」

「ありがと」


 駅で待ち合わせし、芥川はしっかりと大壺の私服を褒めた。


「おとぎ話のお姫様が現実に出てきたみたい」

「そう」

「ううん、天界から舞い降りてきた美少女天使かも」

「…………」

「美術館に飾られててもおかしくないレベルで最早美しさが人間国宝」

「流石に恥ずかしいからそのくらいで……」

「二次元より可愛い」

「もう止めて!」

「あ、そこの人、僕の彼女世界一可愛いですよね!」

「やめろおおおお!」


 ちやほやされ慣れていても、歯が浮くようなセリフを連発され、挙句の果てに通行人まで巻き込んで可愛さを証明しようとしたら流石にガチ照れしてしまうようだ。


 顔を真っ赤にした大壺は、慌てて芥川の腕を掴みその場から逃げ出した。


「まだ全然褒め足りないのに……」

「もう分かったから!さっさとカフェに案内しろ!」


 これ以上の羞恥プレイを防ぐため、大壺は強引に芥川オススメのカフェへと移動する流れにした。


「へぇ、雰囲気良い店じゃん。駅近にこんな店あったんだ」


 上品で落ち着いた雰囲気の店で、流れているBGMも音量小さ目のジャズで煩くない。

 かといって上品すぎて静かにしなければならないという感じでもなく、先客たちが程よい感じで和気藹々と談笑している。


 まさに大壺が望んだ通りの店だった。


 二人は空いている席の中で、先客達からなるべく離れたところを選んで座った。


 するとすぐに店員が水を持ってきた。

 執事服をラフに崩したような洋風衣装の男性店員だ。


「あら、このお水柑橘系の香りがするわね。やるじゃない」


 デートの前までは大した店じゃないだろうと甘く見ていたけれど、脳内評価を大幅に上方修正する。

 

「ご注文が決まりましたらお呼び下さい」

「あ、決まってます」

「え?」


 まだメニューを見てもいないのに注文しようとする芥川の行動に眉をひそめる大壺。急いで注文内容を決めようとメニューを探そうとして思い留まった。


「(面倒だから彼と同じものにすれば良いわね)」


 初デートでカフェでの最初の一杯に変なものを頼みはしないだろう。

 それが酷い思い込みだったことに、大壺はすぐに気付かされることになる。


「お客様は?」


 レディーファーストなのか、店員は先に大壺に向かって問いかけた。


「彼と同じ物を」


 その言葉を合図に店員が芥川の方を向き、大壺は水を飲みながら彼の注文を聞いた。


「ラーメンスープ!」

「ぶふぉっ!」


 絶対にありえない注文に、ヒロインらしからぬ盛大に噴き出す姿を晒してしまう大壺。


「ど、どうしたの大壺さん!?」

「ケホッ!ケホッ!な、何を注文してるのよ!カフェにそんなものあるわけないでしょ!」

「ラーメンスープですね。承りました」

「あるんかーい!」


 まるでお笑い芸人かのようなツッコミを入れる大壺だが、店員は顔色を変えずにテーブルから離れようとする。このままでは大壺もラーメンスープを注文することになってしまうため、慌てて止めた。


「ちょちょっ!待って待って!私は他のにするから!」

「…………はい」

「この店員露骨に嫌そうな顔してるんだけど!」


 客商売としてあるまじき表情に、大壺は思わず大声をあげてしまった。

 その様子を見た店員は更に嫌そうな顔になる。


「お客様。店内ではお静かにお願いします」

「あ……そ、そうね。失礼したわ」


 いくら予想外のことが起きたとはいえ、流石に大声を出すのはまずかったかと反省し、一度冷静になろうと軽く深呼吸する。


「ふぅ……それじゃあ改めて、私の注文は別の物にするわ」

「…………どちらになさいますか?」

「その嫌そうな顔を止めなさいよ。そうね……」


 今度こそメニューを見て選ぼうかと思った大壺の視界に、遠くの席でメロンソーダを飲んでいる人が入って来た。


「メロンソーダで」

「当店にはメロンソーダはございません」

「え?でもあそこの席の人が飲んでるじゃない」

「いえ、あれは『冬のプールの水』という商品です」

「メロンソーダに謝れ!あの緑は藻かよ!ネーミングセンス最低ね!飲む気失せるわ!」


 はぁはぁと息を切らせながらつい突っ込んでしまう大壺は、頭を抱えながらもう一度注文する。


「妙な名前つけてるけど、結局はメロンソーダなんでしょ。じゃあそれで良いわ」

「かしこまりました。緑色に着色されたとろろ昆布が入ってますが、クレームは受け付けませんので」

「ストップストオオオオップ!メロンソーダじゃないのかよ!」

「またですか?」

「だからその嫌そうな顔ほんとに止めなさい!」


 結局また大声を出してしまっているのだが、不思議と店員が注意してこないし他の客も注目してこない。常連にとっては馴染み深い良くある光景なのかもしれない。


 疲れた顔をした大壺はテーブルの隅に小さなメニューが置かれていることに気が付いた。


「なんだ、普通のメニューあるんじゃない。それじゃあコーヒーで」

「当店にはコーヒーはございません」

「何でよ!このメニューに書いてあるじゃない!」

「それはローヒーの文字が一部掠れたものです」

「ローヒー?」

「当店向かいの中華料理屋の名前で、その店のラーメンスープになります」

「ほんとだ、楼に喝って書いて楼喝(ローヒー)って読むんだ。なわけないでしょ!絶対これコーヒーよね!コーヒーで良いから!」

「…………チッ」

「舌打ち!?なんて店なの!」


 コーヒー一杯頼むだけなのに激しく消耗してしまった。

 案外今ならコーヒーよりもラーメンスープの方が美味しく頂けるかもしれない。


「ちょっと芥川君。この店何なの!?」

「普通のメニューを頼むと店員の態度が悪くなるんだ。面白いよね」

「それ最初に言ってよ……」

「知らない方が楽しいと思って」

「楽しいどころか疲れただけよ」


 がっくしと肩を落とした大壺は、さわやかな水を飲んで気持ちを無理矢理落ち着かせた。


「(こんな店、二度と来るものですか。さっさと目的を達成させて帰りましょ)」


 大壺は鞄を手に取り、芥川に話しかける。


「芥川君。少し私の話を聞いてくれるかしら」

「もちろんだよ!」


 笑顔でそう答えてくれる芥川の様子に満足しながら、大壺は鞄の中からあるものを取り出しテーブルの上に置いた。


「これって……壺?」


 両手で丁度包み込める程度の小さな壺。龍やら亀やら天使やら縁起の良さそうなものが書かれているが、素人目に見ても質は良く無さそうだ。


 大壺は芥川が漏らした疑問の声に応えず、逆に質問をする。


「ねぇ芥川君。今幸せ?」

「もちろん!だって大壺さんとデートしてるんだもん!」

「もっと幸せになりたいと思わない?」

「これ以上幸せになったらバチがあたるよ」

「…………私が幸せになってもらいたいのよ」

「なる!なるなるなる!幸せになる!」

「(ふふ、ちょろいわね)」


 イエス以外の答えは許さない。

 そのためにどう問いかければ良いのか、これまでの経験で大壺は分かっていた。


「実はこの壺。持っているだけで運気を呼び込む壺なのよ」

「え?」


 いきなり胡散臭い話を始めた大壺に対し、芥川は素直に驚いた。


「(驚いただけ?妙ね、どうして顔が歪まないのかしら)」


 これまでの相手はこの時点で嫌な予感を察し、話を強引に打ち切らせようとしてくる人が大半だった。しかし芥川の表情からはその『嫌さ』を全く感じられない。そのことにむしろ大壺の方に嫌な予感が生まれる。


「すっごーい!そんな壺があるんだ!」

「簡単に信じるなよ!」

「え?」

「い、いえ何でもないわ」


 嫌な予感は正しかった。

 芥川は完全に大壺の話を信じてしまっていたのだ。


 これではスピリチュアルな壺を信じる危ないやつと思わせて相手にフらせる作戦が効果を為さない。


「(それならこれでどうかしら)」


 だが大壺の作戦はこれで終わりという訳ではない。

 まだ諦めず粘ろうとする男向けに用意した、徹底的にヤバイ奴と思わせるための続きがあるのだ。


「この壺にはアバディブゥ様が宿っているの」

「アバディ……?」

「ヴァンクラヴィー教に伝わる幸運の神様のことよ」

「…………」


 再度驚きで硬直した芥川に向かって大壺はスピリチュアルな話を畳みかける。


「そもそもこの世界はメランコランデン様とヴィクトラリブス様によって作られて、私達人間はラーンとメーンとチャーとシューを元に作られているの。そこにアバディブゥ様が宿ることによりリーノンが活性化して世界のナハトルデプスにアクセスしてヤモシをンコレンビックしてギャゾデヴォックがデップヴァンになるのよ」


 大事なのはそれを本気で信じているかのように振舞うこと。

 狂信者の瞳であればあるほど、相手は大壺を異常なスピリチュアルに嵌まったヤバイ人間だと判断して距離を取るからだ。


「(ふふ、流石の芥川君も、これで私と別れたくなるでしょう)」


 未練を残さず、ヤバイ女という噂を学校で流してくれれば男が寄ってくることも無くなるはずだ。

 これまでで十分噂は広まったと思っていたのだが、芥川が告白して来たということはまだ不十分だったに違いない。芥川のような騒がしい人物が広めてくれるなら、今度こそ確実に学校中の男に周知されるだろうというのが彼女の狙いだった。


「なるほど!」

「え?」


 だが大壺は芥川を甘く見ていた。

 彼は大馬鹿だと忠告されていたにも関わらず、その意味を全く理解していなかった。


「じゃあ大壺さんはその壺を持っているから、アバディブゥ様が宿っていてリーノンが活性化して世界のナハトルデプスにアクセスしてヤモシをンコレンビックしてギャゾデヴォックがデップヴァンになってるんだね!大壺さんを幸せにしてくれてるなんて、メランコランデン様とヴィクトラリブス様に感謝しなきゃ」

「何言ってるんだコイツ」

「え?」

「こ、こほん。何でも無いわ。一度で全部覚えたの凄いわね」

「そりゃあ大壺さんの話だもん」


 彼の『馬鹿』は性格的な意味であり、勉強的な意味では無かったのだった。

 実は芥川は何気に成績優秀だったりする。


「(まさかこの話をしてもヤバイ奴だなんて思わずに目をキラキラさせてくるなんて。こいつ絶対マルチとかに騙されるわね)」


 少なくとも、今の自分がマルチを持ちかけたら芥川は速攻で受け入れてしまいそうだ。


「(仕方ない。こうなったら最終手段よ)」


 普段はトドメとして使うソレに頼らなければならないことが些か不安ではあるが、それ以外に用意した弾はもう無い。これで嫌ってくれと祈りながら、大壺は致命的な(・・・・)言葉を口にしてしまった。


「芥川君にも幸せになってもらいたいからこの壺を譲りたいんだけど。高いからタダで渡すのは難しいのよね。だから十万(・・)でどう?」


 やはり金だ。

 金が全てを解決する。


 芥川がたとえ大壺の言葉を信じたとしても、彼が感じる壺の価値はせいぜいがお守りと同程度のものだろう。それに十万も払うなどありえない。お金を持っている大人だったら万が一にもポンと出してしまう可能性が無くは無いが、お金を持っていない高校生なら十万に対する心理的ハードルは高すぎるだろう。


 スピリチュアルな何かではなく、高額商品の押し売りとして嫌がられれば良いというのが大壺の最後の作戦だった。


「…………でもその壺を貰ったら大壺さんが幸せじゃなくなっちゃうよ」

「(かかった!)」


 これまで無かった否定の言葉をついに引き出した。

 これは相手がネガティブになっている証拠だと判断した大壺は、嬉々として攻勢に出ようとする。


「私の家に沢山あるから気にしないで。一つ減ったところで大して変わりは無いわ。それより芥川君に幸せになってもらいたいから買って欲しいの」


 つべこべ言わず買えよ、という圧力をかける。

 嫌な印象をたっぷりと植え付けて嫌いになってもらうために。


 だがやはり大壺は分かっていない。

 芥川がネガティブになったのは、本気で大壺のためを思っての事だったことを。


 ゆえにそれが解消されてしまったならばどうなってしまうのかを。


「分かったよ!じゃあ買うね!」

「え?」

「はい十万!」

「ちょおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 財布からポンとキャッシュで十万円を出され、思わずのけぞってしまった大壺。

 絶対に買わないと思っていたからこそ、その衝撃は半端なかった。


「あ、あ、芥川君!?お金持ちだったの!?」

「ううん!初デートで何があるか分からないから、これまで銀行に貯めてたお年玉全部引き出して持って来たんだ!」

「ぬぐっ!ふん!ふん!ぐおおおおお!」


 乙女らしからぬ声を出して悶絶する大壺。


 もしも彼女が男から金を搾り取る悪女だったら大喜びするのだが、良心が痛んで苦しんでいるのだから根はまともなのかもしれない。


「やったぁ!これで幸せになれる!」


 大壺が苦悩している間に芥川はすでに壺を手にしてしまっていた。


 もちろん大壺の目の前には芥川が幼い頃からコツコツためた全財産に近い十万円が置かれている。

 欲しい物があっても我慢して将来の為に貯めた十万円が置かれている。

 家族親類からの愛情がつまった大事な十万円が置かれている。


「ダメーーーー!」


 良心が張り裂けそうになった大壺は慌てて壺を取り返そうとする。


「え!?どうしたの!?」

「や、やっぱりこれは売れない!売れないの!」


 壺をぶんどり強引にリコールさせようとするが、そんな彼女に芥川の無意識な攻撃が襲い掛かる。


「……僕……幸せになっちゃダメなの?」

「んうん!ふん!ふん!ぐおおおお!」


 泣きそうな程に悲しそうな顔が大壺の良心にクリティカルヒットだ!


「ち、違うの。これは、その……」

「そうか分かった!本当はもっと高いんでしょ!じゃあお母さんに追加で十万借りて……」

「もう止めて!こんな壺あげるから!十万もいらな……」

「ご注文の品をお届け致しました」

「タイミング悪いわボケぇ!」


 まるで狙ったかのタイミングで注文した飲み物を店員が持ってきた。


「本当!?ありがとう!」

「え、あ、じゃあこれも返……」

「こちらラーメンスープ二つになります」

「普通のコーヒーじゃねぇか!!!!」


 壺を芥川に奪われたので十万円も返そうと思ったら、店員がまたしてもタイミング良く遮ってきた。

 コーヒーにラーメンスープと名前をつけるカフェ。端的に言って嫌である。


「いやぁまさかこんなに素敵な幸運アイテムを売ってもらえるなんて思わなかったよ。ありがとう!」

「あげるわよ!お金返すわ!」

「ダメだよ。いくら恋人同士とはいえ、物の価値を貶めるようなことは良くないと思う」

「だからその価値が間違ってるって言ってるの!」

「そうだったね。必ず追加で十万円用意するから」

「逆うううう!」

「逆?もしかしてこの壺ってこっちが下なのかな?」

「うわああああん!話が通じないよおおおお!」


 最早わざとやってるのかと思えるくらい、十万円を返させてくれない。


「お願い。本当にお願い。私が悪かったから、これ返……」

「うう……」

「どうして泣いてるの!?」

「大壺さんがこんなにも僕の幸せを想ってくれてただなんて思ったら嬉しくて」

「ぬうん!むぐっ!ぐおおおおお!」


 泣くほどに感動している相手に実は嘘でしたとがっかりさせることがどうしてもできない。

 でもこのままだと、芥川の貴重な十万円を奪ってしまう形になり良心が破壊されてしまいそう。


 告白を受ける気も無いのにデートをして相手にフらせるという男心を弄んだが故の天罰だった。


 結局この日、どれだけ大壺が説明しても十万円を返すことは出来ず、詐欺が成立してしまったのであった。


ーーーーーーーー


 数日後。


 精気を失った顔で高校の廊下を彷徨う大壺の姿があった。


「うう……どうすれば……どうすれば……」


 生徒達は気味悪がって近寄ろうとせず、彼女の周囲には奇妙な空間が生まれていた。


 その空間の中に、一人の女生徒が入って来た。


「酷い顔をしてるね」

「……あなたは!」


 それは彼女が芥川に告白された日、忠告してくれた人だった。


「助けて!あなた何か知ってるんでしょ!」

「いきなりそんなこと言われても。何があったか知らないと何も言えないよ」

「説明する……説明するから助けて。私が壺詐欺で男避けしてるのは知ってるでしょう」


 詐欺が成功して十万円をゲットしてしまった大壺だが、良心が痛みで原子分解されてしまいどうすれば良いか分からなかった。だが男にちやほやされるのが当然とでも言うかのような態度のせいで相談できる友人がいない。


 ゆえに仕方なく両親に相談することにした。


「滅茶苦茶怒られたわ。人生であんなにも怒られたのは初めてよ……」


 残念でもないし当然である。


 そして大壺は両親と一緒に芥川家に赴き謝り、十万円と迷惑料を追加して返そうとした。


「あいつらお金の話になると聞こえないフリするのよ!しかも息子にこんな美人な彼女が出来て嬉しいとかって号泣するし、全力でフォローするから別れないでくれと土下座してくるし、壺代だなんて言って更にお金払おうとして来るし、何なのよ一体!」


 つまり、まだ十万円を返せていないということになる。

 負い目がある以上、別れて欲しいだなど言える訳もなく、ズルズルと関係を続けてしまっている。


 説明し終えた大壺の肩に女生徒が優しく手を置いた。


「ご愁傷様」

「酷い!助けてくれるんじゃなかったの!?」

「そんなこと一言も言ってないよ」

「詐欺だああああ!」

「どの口が言うの」


 本当にそれな。

 彼女は普通に話しかけただけなのに、勝手に助けてくれると思い込んでしまった大壺が悪い。


「それにそうなったらもうどうしようもないよ」

「どうしてそんなことが分かるの!?」

「そういえば自己紹介がまだだったね。私、芥川君の隣の家に住む幼馴染の与謝野(よさの)よ」

「幼馴染!?」

「そう、だから知ってるの。あの家族の異常さを」


 幼馴染の家のことを心底嫌そうに異常と表現する彼女の様子に、大壺の頬がヒクヒクと引き攣った。


「あいつ、小さい頃から変な性格だったから、大人になっても結婚なんて出来ないって思ったんだろうね。無理矢理結婚の約束をさせられそうになったり、泊まらせようと何度も誘ってきたり、ご近所様との交流だなんて言いながら完全に私を狙っていて、幼いながらに超怖かった」


 それでもまだ彼女が幼い頃は、芥川家は本性を出しきってはいなかった。

 少しやりすぎな程度で済んでいた。


「でも私がいつまでたっても芥川君との関係を認めようとしないから焦ったのでしょうね。最近は手段を選ばなくなってきたの」


 彼女は最近体験した恐怖の出来事を思い出した。


「朝起きたら真横で芥川君が寝てた時は背筋が凍る思いだったわ」

「はぁ!?なにそれ!?」

「既成事実を作るつもりだったのでしょうね。今日は雷が鳴っていて怖がっているだろうから添い寝してあげなさいってご両親に言われて来たそうよ。ちなみに高校生になってからの話よ」

「犯罪じゃない!」

「どの口がそれを言うの?」

「ア、ハイ」


 ちなみにどうやって家に入ったかというと、隣の家だったため、二階の窓から飛んで入ったとのこと。


「そこまでされたら流石に警察に通報すべきでしょ」

「そこが難しいところなのよ」

「え?」

「芥川君はね、本気で私が雷で怖がってると思って来たの。添い寝はしたけれど、指一本触れて無いのよ。隣でこんな美少女が寝てるってのに」

「自分で美少女って言う?」

「どの口がそれを言うの?」

「ア、ハイ」


 もしも芥川本人に少しでもやましい気持ちがあれば、速攻で警察に通報していただろう。幼馴染だからなんて理由では決して許されない行動だからだ。


 でも彼女はどうしてもそれが出来なかった。


「芥川君の両親はアレだけど、本人は純粋で優しくて思いやりがある大馬鹿なのよ。百パーセント善意で行動しているから、どうしても責めにくくて」

「…………」


 そしてその厄介な家族の嫁候補とする矛先が、いつまでも振り向いてくれない幼馴染ではなく、彼女となった大壺に向けられた。


「多分、貴方達の罪悪感を敢えて解消させずに、関係を長引かせようと思ってお金を受け取って無いのね」 

「なんですってーーーー!」

「だから忠告したのに。ご愁傷様。それとありがとう、おかげで私は自由になれたわ」


 がっくしと肩を落とす大壺。 

 足がガクガクと震えていて、今にも崩れ落ちてorzになってしまいそうだ。


 そんな彼女の前に噂の人物がやってきた。


「あ、大壺さん!」


 その人物は壺を大事そうに抱えていた。

 それがまた自分の罪を見せつけられているかのようで、原子分解されたはずの良心が更に軋みだす。


「ぬっ!ふっ!はぁっ!むうううううん!」

「あはは、今日も面白いね」


 大壺が変な反応をしても笑って楽しそうにしているだけの芥川はある意味大物かもしれない。


「大壺さんがくれたこの壺のおかげで今日も大壺さんに会えた!超幸せ!」

「むぐおおおおおおおお!」

「おっと、急がなきゃ体育に遅れちゃう。また今度デートしようね!」


 芥川は貰った壺をどんな時でも持ち歩いているため、会うだけで大壺に精神ダメージが入ってしまうのであった。


 そんな悶絶する大壺の肩に、与謝野は再度優しく手を置いた。


「お幸せに」

「くけーーーーーーーー!」


 こうして男避けのために詐欺まがいのことをして男を弄んだ少女は、世界一素敵な少年と結ばれて幸せな未来が確約されたのであった。


 ハッピーエンド。


「ハッピーじゃねええええ!」


ハッピーエンド!

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― 新着の感想 ―
今回も色々鳴いてるw 町田の話は… 知らないと分からないネタですねw 結婚は、愛する人とするより愛してくれる人とするほうが幸せになれるというから。きっと彼女は幸せになれますねw
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