9話 聖慈愛病院霊安室
マレビトは不死であるが、不滅ではない。男しかいない。女はいない。この世界ではそれは常識である。
登場人物初期設定
鏡子 唯一のマレビトの女、死ぬと記憶を無くす
コトブキ 刑事、自称500歳のマレビト
ハタノ 全身刺青の破滅型のマレビト
カガミ 千年の寿命を迎え、ヒトとなった美青年
カスミゴロウ 鏡子が昭和の初めに生んだ子ども
モリオ 子供の頃に鏡子助けられた。
軍団カラス カスミゴロウが組織する私設武装集
マンデラ現象
聖慈愛病院の地下霊安室に、刑事コトブキはヘマをして、捕まり、椅子にしばられていた。
そのコトブキの前に、カスミとカガミが立っている。
干からびた老人姿のカスミに対して、カガミは20歳程の美しい青年だった。カガミがコトブキに話し掛ける。
「マレビトの女を探しているんだって?」
「そんなものはおれへん」
カガミが、コトブキの関西弁を笑う。
「大阪は長いのかい?」
カガミの笑いにつられて、コトブキも自嘲気味に笑う。
「生まれは飛騨のほうやけどの」
「君は何年?」
「500才、おのれは?」
「千年過ぎた」
「ほ、じゃあ、呪いから解き放たれたわけか」
「これから老いるさだめさ、もうヒトだよ」
そう言ってカガミは皺だらけのカスミの顔を見る。
「あれは受け入れられそうにない。今すぐ死にたいよ」
「修行がたらんのう、ご同輩」
「本題に入ろうか、君がマレビトの女が存在する事を知っている事を、僕達は知っている。それを何年も探している事も、僕達も探している、彼は…」
カガミは、そう言ってまたカスミを見る
「彼は、随分昔に、その女のマレビトが産んだ子供だ。大体、鏡子と名乗っていると思うよ」
突然、ふたりの会話にカスミが割って入ってくる。
「知っている事を今すぐ話せ。痛い思いはしたくないだろう?」
と言った時には、コトブキの左手の甲に手術用のメスが刺さっている。
「もう刺さっとる」
コトブキは見下すようにカスミを見上げる。
「あんた、怖いんやろ?マレビトは一度死んで初めてマレビトになる。だがあんたは、自分がマレビトかもしれんと、先に知ってもうた」
「黙れ」
「無垢の死って言うんやで」
コトブキの手の甲に2本目のメスが刺さる。
「70年前、そういう口ぶりのやつを登戸の研究所で、何人も見て来たよ。不死者よ、いつまでそのわざとらしい関西弁を喋っていられるかな?」
老人カスミの肩をカガミが掴む。
「やめろ、傷つけるな。約束しただろう?約束が守れないなら、僕は協力しない」
カガミはコトブキに向き直る。
「僕らは味方ではないが、敵でもない。考えて欲しい。千年、500年と生きてきて、なぜ今、女のマレビトを探すのか?もしくは僕ら以外にも探し続けているものがいるのか?」
コトブキはため息をつく。
「チンケな言い方しか出来んが、要は、俺達はゲームのキャラクターや」
「ゲーム?」
「ああ。ゲームのキャラクターはまずルールありきで存在する。ライフ、動きの制限、ゲームオーバーの条件。それが最初に与えられて、ようやく物語の中に立てる」
「物語の登場人物もそうだろう?」
「いや、物語はまず“世界観”がある。その中で生きる条件が生まれる。でもゲームは逆や。ゲームの世界は必ずゴールがある。無限ではない。まず制約があって、あとからキャラクターに意味が与えられる」
「それがどうした?」
「なぜ今か?やない、今、条件が揃ったんや、世界の何かに当てはめるものが現れて初めて俺達は目的が持てたんや」
「それが鏡子?」
「そうや」
カスミとカガミは顔を見合わせる。
「お前、それは自分で導き出した理屈か?」
「そうや」
「それは事象の具現化という考え方だ。マレビトそのものを形而上のものと考え、存在する条件を揃え、あるべき姿が見えるまで、マレビトは存在しないものと考える。僕らが戦前に研究していたテーマだ」
コトブキはあまり分かっていない顔をする
「マンデラ現象という言葉を知っているか?南アフリカの黒人大統領であるネルソンマンデラは2013年に死んだが、1980年に獄中死していると認識しているものが、多数存在する。我々がいる世界では起こり得ていない事象を複数の人間が共有しているという言葉だ」
コトブキが訝し気にカガミを見る。
「人間?」
ニヤリとするカガミ
「君はひとりで我々と同じ疑問までたどり着き、そして答えを見つけようとしている」
カスミのメスで、コトブキの縛られた手の縄をカガミが切る。
「行くんだ。コトブキ、君は君の答えを探せ」