第2話 初対面での告白はロマンある②
改めて思い返せば、呉田春空の人生は普通そのものだった。
まともに恋愛なんてしたことがないし、好きになった子には必ず好きな男がいて、それは当然俺ではない。ダメ元でアプローチすることだってしなかった。
高校に入ってからも特に変わりはない。というか、中学からの思春期を拗らせている気がしないでもない。彼女が欲しいとかじゃなくて、ただ純粋に「告白」というモノに興味があった。その好奇心は、中学時代よりも顕著になったと自覚している。
無論、思うだけで行動に移すなんてことは一切していない。
だが、そんな俺に向かって、間宮レイアは「好き」だと言ってきた。青い瞳で真っ直ぐ俺の事を見つめてきて、その見た目からは想像出来ないほどの流暢な日本語を放ったのだ。
好きだと言われたが、正直戸惑いしかない。
これまでの記憶を探っても、間宮レイアに遭遇したことは絶対にない。断言できる。そのくせ、彼女は俺に好意を伝えてきた。幸いにも、周りのヤツらはそれを聞き逃してくれたから、変に揶揄われるようなこともなかった。
それを聞き返す間もなく、彼女は俺の視界から消えた。窓際の一番後ろに新しく置かれた机とイス。そこに移動するたった数秒の間にも、クラス全員が彼女を視線で追いかけていた。その優雅さは俺から見ても独特で、女子たちの視線は嫉妬に近い何かが込められているように見えた。
「――」
そんな間宮レイアは、屋上の扉を開けた先でジッと青空を見上げていた。太陽が沈みかけていることもあって、真っ昼間のような眩しさはない。
「早いね。俺も急いできたつもりだけど」
冷静に声を掛けると、その瞳は紛れもなく俺を捉えている。長く伸びた金髪が春風に揺れている。制服との組み合わせも案外悪くなくて、つい見惚れてしまう。
「誰にも悟られず、静かに屋上へ来るようにと、あなたから言われた言葉を守っただけです。声は震えてましたね」
「あ、あはは……」
なんで急にイジられなきゃいけないのか……。確かにそうは言ったさ! そうしないと野次馬に囲まれて話が進まなくなる。
それに、彼女に声を掛けるのだって大変だったんだぞ。常に誰かが隣にいたから、タイミングを見極めるのに時間が掛かってしまった。
まあ……言い換えればずっと彼女のことを見ていたということだが。なんとなくだけど、変に浮世離れしている気がした。上手く言葉にできないけど、少なくともルックスに表れるように、俺とは違った人生を歩んできたんだろう。
「あの……俺たちってどこかで会ったことあるっけ?」
自分でも回りくどい言い方だと思う。仕方ないだろ。『さっきの話なんだけどさ』なんて切り出し方も考えたが、恥ずかしくて言い切れる自信がなかった。
告白されることって、こんなんなのか? 今回の場合は絶対に特殊だよな? 本当だったら俺たちはもうカップルになっているか、よそよそしくクラスメイトとして過ごすかの二択しかないはずだ。
「これがグミ……なかなか美味しいですね」
――って話聞けよ! 間宮レイアはいつの間にかカバンからグミを取り出していて、それを興味津々に口に運んでいる。グミぐらい外国にもあるだろうに。
俺って本当に告白されたんだよな? それともなに? これってまさかのドッキリとか罰ゲームってヤツ? それに踊らされて、変にウキウキで屋上に上がってきた虚しい奴なのか俺は?
「だから、さっきの話だよ。その……好きって」
イラついたせいか、あれだけ恥ずかしさを盾にして言わなかった言葉が素直に出てきた。間宮レイアはモグモグとグミを咀嚼しながら、再び俺の目を見つめてくる。……やっぱりルックスは綺麗だから見惚れちゃうな。
「どこから説明すれば良いのか分かりませんが」
彼女は一歩俺に近づく。ようやく話が先に進みそうな気配がして、思わず固唾を飲む。警戒感を与えない程度に身構えると、間宮レイアはその小さな口を開いた。
「《《とりあえず》》、あなたが好きです」
とりあえずという前置きが気になったが、二度目の告白には変わりない。外国の血が入っているから、日本語の使い方が間違っていても不思議じゃない。まあ完全な偏見なんだけどさ。
彼女の声は先ほど俺が聞いたトーンと変わりなく、妙な説得力が再放送のように胸の中を蠢いている。
「……そ、そのさ。《《ありがたい》》話だけど、俺はよく君のことを知らないんだ」
自分で言っておいて、何がありがたいのかは分かっていない。でも嬉しいよりは戸惑いが勝っているわけだし、こうやってぼかすのが最適だと勝手に判断した。
妄想の世界では、とりあえず付き合うとかイキっていたけど、現実に起こると冷静になる自分が少し虚しくもあった。
「私はよく知っています」
「そ、そうなの? やっぱりどっかで会ってるのかな……?」
「来る日も来る日も、好きだと《《言わされて》》いますから」
「……はい?」
純粋に、言葉の意味が全く分からなかった。
そんな俺の心を察したのか、彼女はカバンから一冊のノートを取り出して俺に差し出してきた。
「な、なにこれ?」
聞いても何も言わない。とりあえず素直に受け取ると、かなり年季が入っていて驚いた。開いても良いか聞く前に、彼女は俺に背中を向けた。
「ま、間宮さん?」
初めて彼女の苗字を呼んだが、全くと言って良いほどドキドキもしない。
そしてそれは――彼女も同じだったようで。
「私はそのノートから来ました」
――なんて面白くもない冗談を言い放った。