あと、十か月
「ほう、こちらの方があの……。いやはや、ルイーズ皇子は本当に……」
「お初にお目にかかりますレティア様、お噂通りとても麗しいお方ですね……そうですわ、ルイーズ皇子」
ルイーズの横に立つ私に軽く挨拶を交わした後、貴族たちは私を頭の先から足元まで値踏みするように眺め、それきりまるでそこに私が存在しないかのように扱った。
ロンバルディアに来る前から、自分が歓迎されることのないくらい分かっていた。だからもう少し悪意のある視線を向けられると思っていたけれど。
すぐにそれが何を意味しているのか分かった。
みんなが私を敵視をしないのは、私があと一年も生きられないと知っているからだ。
私が死ねば、第一皇子であるルイーズが皇太子となり、やがて皇帝となる。
そうなったとき、きっと教皇の娘とやらが私の座に就くだろう。……いいや、そもそも彼の妻の座は、私のものではなく、彼女のものだ。
顔すら知らない、神殿のお姫様。未来永劫、彼と共にあるべき本物の妃。
私はただの、期間限定の仮の存在に過ぎない。
だから誰も、私を気にかけたりしない。どうせすぐにいなくなる存在なら、敵視するまでもない。
どうでもいい、取るに足らない存在。
だから、誰も私に親切にしないし、誰も私に敵意を向けることもない。
(なんとも、笑える話だわ)
「レティア、宴は楽しいか?」
(だけど、今、彼の妻の座は私のもの。神殿の姫君にだって、この瞬間だけは彼のことを譲ったりしない)
「はい、とっても楽しいです。こんなにも素敵な宴に参加するのは初めてなので、緊張してしまいます」
今日は待ちに待った、ルイーズの誕生日。
皇宮は華やかな装飾で彩られ、金と銀の燭台が煌めき、豪奢なシャンデリアが会場を優雅に照らしている。
甘美な旋律が流れるなか、美しく着飾った貴族たちが優雅に舞い、テーブルには見たこともないほど豪華な料理がずらりと並んでいた。
本当に、夢のように見事な宴だった。
「さぁ、僕たちも踊ろうか」
私たちが人前で正式に踊るのは、これが初めてとされている。
だけど、本当は違う。一年前、街の祭りであなたと私は、あの小さなステージの上で踊った。
何の格式もない、ただただ楽しくて、心が弾むような時間。私はあの時、初めて踊りというものの楽しさを知れた。それ以来、あなたとのダンスを思い返して練習に励んだわ。
叶うはずのない夢だと思っていた。けれど今、こうして堂々とあなたと手を取り皆の前で踊れることができる。
(ねえルイ、私本当に幸せなの。あなたのおかげで、あなたの傍にいることができて、本当に幸せ)
「ええ、踊りましょうか」
さぁ、私の手をとってちょうだい。
ずっと、ずっと離さないで。
私のことを、手放したりしないで。
あなたがあの日私を連れ出してくれた日から。私はずっと、あなたのもの。そして、あなたは私のものよ。
(他の人のものになんて、ならないで……)
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ルイーズの誕生記念宴も終わり、寝室に二人きりの中、私は夫に声をかけた。
「どうぞ、私からのプレゼントです」
「ありがとう、嬉しいよ」
エメラルドグリーンの梱包が施された箱を差し出すと、彼は驚いたように目を瞬かせた後、嬉しそうに笑みを浮かべてそれを受け取った。
丁寧に包装を解いていく。すると、中から現れたのは上品な銀細工が施された懐中時計だった。
「時計……か」
「はい、時計です。素敵でしょう? 時間は有限ですから」
その言葉に、ルイーズは目を細めた。私たちの関係に限られた時間があること、そしてその意味を彼もまた理解しているのだろう。
「ありがとう、大事にするよ」
ルイーズは静かに時計を見つめ、箱に戻すとベッドの傍に置かれた棚に置いた。そして、私に向き直り「そろそろ寝ようか」と言うと、彼は自分の寝室へと戻るべく背を向けた。
「ま、待って!」
私は思わず彼の袖を掴んでいた。
驚いたように目を見開くルイーズの頬に手を添え、無理やり顔をこちらに向ける。
「レティア……?」
「……プレゼントは時計だけではありません」
心臓が痛いほどに鳴る。
女性の私からこんなことをするなんて、下品だと嫌われるかもしれない。
けれど、ちゃんと彼の気を引かなくては。
『お姉さま、ナイスですわ!』
頭の中でアンリの明るい声が響いた。
(そうよ、引いてはダメ。ちゃんと攻めなきゃ!)
私はぎゅっと目を瞑り、意を決して口を開く。
「ぷ、プレゼントは、時計だけではありません。わ、わたし、私です……!」
言い終わるや否や、顔が一気に熱を帯びる。羞恥で穴があったら入りたいくらいなのに、ルイーズは目を丸くしたかと思えば、くすりと笑みを零した。
次の瞬間、彼は私の手を引き軽々と自身の膝の上に乗せる。
「えっ」
彼よりも顔の位置が高くなり、ルイーズが私を見上げる姿勢となった。
ゆったりとした仕草で、彼は私の髪を手に取り、唇をそっと落とした。
「君は本当に、愛おしいな」
「ルイ……」
「最高のプレゼントをありがとう、レティア。君のおかげで人生で一番の誕生日になったよ」
彼の甘く低い声が耳元に落ちる。鼓動がますます早くなり、胸が熱くなった。
次の瞬間、ルイーズの手が、そっと私の頬を包み込む。
そして静かに、優しく、彼の唇が私の唇に触れた。
レティアが死ぬまで、あと十か月。
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