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あと、十一か月


「レティアお姉さま、ロンバルディアにはもう慣れましたか?」

「ええ、アンリ公女」


 アンリ・ローズベリー公爵令嬢。


 赤毛がよく映える、若々しく快活な令嬢だ。

 彼女はルイーズの父の妹の娘。つまり、ルイーズとは従兄妹にあたる。

 初めて会ったときは、公爵家の娘ということもあり警戒していたが、彼女と話しているうちに、アンリが良い意味で公爵令嬢らしくないことに気がついた。


 気さくで、肩肘を張らない性格。気づけば、公爵の娘という共通点もあってか私たちは日に日に打ち解けていった。

 今では、私のことを「お姉さま」なんて呼ぶ、可愛らしい子だ。


「もうすぐルイーズお兄さまのお誕生日ですね」

「ええ、あとひと月もありませんから皇宮は大忙しです」


 そう、もうすぐ私の夫――ルイーズ・ディ・ロンバルディアの誕生日だ。

 私が祝う、最初で最後の誕生日。


「プレゼントはもう決められましたか?」

「いいえ、それがまだ悩んでいて。彼に何を贈れば喜んでいただけるのか、さっぱりでして……」

「んー、ルイーズお兄さまなら、レティアお姉さまからのプレゼントは何だって喜ぶと思うけど?」


 アンリは頬杖をつきながら、くすっと笑う。


「まさか、そんなはずないわ」


 私は首を軽く振ると、カップを持ち上げ紅茶を一口含む。


「彼は皇子だし、欲しいものなんて何でも手に入るでしょう? あの人が心から欲しがるものなんてあるのかしら。私には見当もつかないわ」


 カップを置きながらぼんやりと呟くと、アンリは口元に手を添えてまた小さく笑う。


「ふふっ」


 アンリは何度もくすくすと笑った。コーラルピンクの口紅が彩られた、小さな口でくすくすと笑い声を何度も零している。


「もう、どうして笑うの?」


 不思議に思い問いかけると、彼女は楽しそうに瞳を輝かせながら、私をじっと見つめる。


「え〜? レティアお姉さまは可愛いなって」

「……私の何が可愛いっていうの?」

「お兄さまが欲しがるものなんて、一つに決まってるじゃない」

「ひとつ?」


 私の言葉にアンリはニコッと微笑み、私に向かって人差し指を突きつけた。


「ルイーズお兄さまが初めて欲しがったものは、レティアお姉さま。貴女様だけですよ」




∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴




(いや、ないない。ないでしょ。そんなの、ありえない)


『お姉さま、レディは押してこそ本物のレディって言いますよ!』

『誰がそんなことを言ったんですか……?』

『我がローズベリー公爵家のばあやですわ!』

『本当に誰ですか!!』


 ふと、昼間のアンリとの会話が脳裏をよぎる。

 思い出した瞬間、ぶわっと顔が熱くなり、慌てて両手で頬を覆った。


(ありえないわ。私が彼に……?)


 さらに追い討ちをかけるように、アンリのとんでもない一言が脳内再生された。

『お姉さま、ガッツですよ! ほら、お兄さまに、プレゼントはア・タ・シって……』


「ありえないわ!!」


 頭に熱が昇る。もう限界だった。

 思わず叫ぶように声を上げてしまう。


「……レティア?」


 不意に、目の前の夫が心配そうにこちらを見つめていた。

 彼の眉がわずかに寄り、私の顔を覗き込むようにしながら穏やかながらも不安げに尋ねる。


「どうかしたのか? まさか、身体が痛むのか」

「い、いえ、大丈夫です!」


 慌てて手を振り、引きつった笑みを作る。


「ごめんなさい、突然大きな声を出してしまって……」


 最悪だ。よりによって、彼に気を遣わせてしまった。私、これじゃあただの急に叫び声を上げる変人じゃない。


「レティア……」


 私のことをとても心配げに見つめるルイーズ。

 どうしよう、本当に勘違いをさせてしまってるみたい。


「そんなに心配した顔をしないでください、私は本当に大丈夫です! 何故か一年ほど前から身体が痛むことがなくなったんです。どうしてかは分かりませんが……」

「ああ、そういえば言っていなかったか。それなら、これの効果だろう」


 ルイが指さしたのは私の右薬指で煌めくサファイアの指輪。

 これは一年前、皇子ルイーズではなく、誘拐犯のルイが私にくれたプレゼントだ。


「これは我がロンバルディア帝国皇室の宝だ」

「……は?」


 皇宮の宝ですって? あの日、あなたが『この指輪は盗んだものだ』って言うものだから、その時私は『持ち主にそれ以上のお金で許してもらうわ』なんて、言ったけれど。皇宮の宝だなんて一体いくらするのよ。


「これには鎮痛の魔法がかけられている。君の身体の痛みを少しでも和らげられるかと思ったんだ」


 魔法がかけられていたなんて初耳だ。だからルイーズと居る時から何故か身体が軽く感じたんだ。てっきり、彼と一緒に居るとアドレナリンか何かが分泌されているのでは? なんておかしな考察をしていたけれど、本当はそんなにも素敵な効果があったのね。


(私を想って、この指輪を……?)


 魔法がかけられているなんて、とても高価なものでしょう。それを、『祭りを楽しむお守りだ』なんて言って、私にプレゼントしてくれたの?


「これは昔、今は亡き母上が僕に亡くなる寸前にくれたんだ」

「そんな、ダメですよ。あなたのお母様が、あなたに贈った大切なものを私になんかに……」


 慌てて指輪を外そうとしたが、そんな私の様子を見てルイーズは静かに微笑むと私の手を優しく包み込んだ。


「"なんか"じゃない、君は僕の妻だ。母上もきっと君の手元に行って喜んでいるはずだよ」


(あなたっていう人は、どうしてそんなにも優しいの? どうしてそんなにも、私を大切にしてくれるの?)


 胸がぎゅっと締め付けられるような感覚に、私はそっと指輪に触れた。そのひんやりとした感触が、不思議と温かく思えた。


「……ありがとうございます。あなたが私を大切にしてくれるように、私もこの指輪を大切にしますね」

「…ああ、そうしてくれると嬉しいよ」


 私が死ぬ、そのときまで。

 あなたのことを、あなたが私にくれた全てを、ただただ大切に——。


レティアが死ぬまで、あと十一か月。


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