あと、一年間
あっという間に二年という月日が流れ、私は十九歳になった。
私が命を落とすまで、あと、一年。
「レティア、お前に結婚の話が来た」
「……結婚ですか? そんな、一体誰から……」
「隣国、ロンバルディア帝国の皇子だそうだ」
「えっ? 隣国の皇子がどうして……?」
「ロンバルディア帝国は現在、帝国側と教皇側で抗争をしている。恐らく、お前の存在を利用して教皇の娘を妻に迎えろという命令を避けようとしているのだろう」
(ああ、なるほど。結局私は、どこまで行っても政治の駒に過ぎない存在なのね)
「しかしレティア。私はこの結婚をお前に無理強いしない。お前は、ずっと家にいればいい。結婚なんてしなくていいんだ。ずっと私の元にいなさい」
「……お父様」
(ああ、本当に嬉しい。ありがとうございます、お父様)
私は身体にも、立場にも恵まれなかったけれど。家族にだけは本当に恵まれた。お父様はいつだって私を庇ってくれたのに、私は直ぐに死んでしまう。
いつも足枷になってしまって、家の繁栄のために生きれなくてごめんなさい。
だけど、私が皇子と結婚すればロンバルディア帝国からは娘を差し出したとして多額の持参金が貰えるでしょう。
(それがあれば、私一人の命分くらいはチャラにできるかしら?)
「行きます。行かせてください、お父様」
直に死ぬ運命。それならば少しでも、今まで良くしてくれた家族の役に立ちたい。
∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴
「それでは行って参ります」
涙交じりに私を送り出してくれる家族たちに礼をして、私はロンバルディア帝国より迎えに来た騎士団にエスコートされ、ロンバルディア行の馬車まで歩く。
「お手をどうぞ、レティア様」
「…………」
「レティア様?」
「あっ、いえ……」
差し出されたままの手を慌てて取り、急いで微笑みを浮かべる。
いけない、いけない。しっかりしなくては。
私に手を差し出したロンバルディアの騎士様の声は、長年想い続けた彼によく似ていて、とっさに思い出してしまった。
バカね、姿はちっとも似ていないというのに。
「……あなたも一緒に乗るの?」
私を馬車へと乗せた後に、自身も乗り込んだロンバルディアの騎士様。
「これがロンバルディアの方針ですので。いつ何時、レティア様をお守りできるよう同行させていただきます」
「そ、そうだったのね」
そんな方針が合っただなんて、ちっとも知らなかった。
私、こんなことでロンバルディアでやっていけるのかしら? まあ、期間限定のお飾り妻の私に心配することなんてないのだろうけれど……。
まあ、たった一年の命だし。
いくら皇子の妃として迎えられたところで、結局は政略的な結婚だ。すぐに命を落とす、借りものの妃をロンバルディアの人たちが歓迎してくれるとは思えない。
一年間。そう、残されたのはたった一年間だけ。
(……私、本当にこれでいいの?)
「ロンバルディアは本当に美しい国なので、きっとレティア様もお気に召されるでしょう」
「……ごめんなさい」
「レティア様?」
早く忘れてしまおうと、何度も心で呟いたはずなのに、私は一度たりとも彼に貰った指輪を外すことはできなかった。
あなたを忘れ去ってしまうことなんて、私にはできなかったのよ。
「ごめんなさい、ロンバルディアの騎士様。貴方の主人にどうかお伝えくださいね、頭のおかしくなった令嬢が逃げ出したと。そうすれば、貴方には危害は加わらないでしょうから」
「何を言って……」
「せーのっ!」
困惑した騎士様を無視して、私は足を馬車の扉にかけて勢いよく力をかけて蹴り飛ばした。
「へっ?」
ガンッ、と大きな音を立てて馬車の扉は開かれる。
気弱な『病弱姫』という異名は隣国にまで届いていると聞いたことがある。だからこそ、騎士様は驚いているのだろう。
しかし、私だって驚いている。こんなにも大胆な行動が私にできるなんて思ってもいなかった。
「私は自由になりたいんです! 自分の思うままに生きたいの! だから、結婚なんてしません!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 突然どうされたのですか! とりあえずこちらに来てください、そこから落ちれば死んでしまうかもしれませんよ」
「構いません! 私は、彼以外の人と一緒になるくらいなら死んでも構わないわ!」
「どうか落ち着いてください! 危ないですから、ひとまずこちらへ……」
私に向かって手を伸ばした騎士様の手。
それがあの日、私をルイと引き離した護衛兵たちと重なった。
(もう嫌なの、私はもう、誰にも邪魔されたくない……)
「こっちに来ないで……きゃっ!」
その手から避けようと後ろへ下がると、身体はよろけてしまい馬車から落ちそうになる。
(どうしよう、受け身も取らずに後頭部から走る馬車に降りたなら、私は確実に死ぬ……!)
ぎゅっ、と目を瞑ってくるはずであろう痛みに耐えようとする。しかし、私が痛みを感じることは無かった。
「はあ、本当に驚いたよ。妻を迎えに来たら、まさかこんなことをしでかすなんてね」
深夜。月明かりが銀髪の髪を照らして、キラキラと煌めいている。男のサファイアに似た青い瞳が、私を捉えていた。
騎士様が、私の身体を抱きしめて馬車側へと倒れたのだ。……いいや、私を抱きしめたのは騎士様ではなく――。
「……ルイ?」
私を見つめて、笑みを浮かべるその顔は先ほどまで共に居た騎士様の顔ではない。一年前に見た、私を救い出してくれたあの青年のものだ。
そう、彼の。
「ルイじゃない。僕の名は、ルイーズ・ディ・ロンバルディア。元気にしていたかい? レティア」
夢か、まことか?
いや、もういっそのこと夢でもいい。今見ている全てが夢でもいいから、どうか覚めないで。
「本当にあなたなの? あなた、ロンバルディア帝国の皇子だったの?」
「ああ、君に早く会いたくてバレないように変身魔法の掛かった指輪で知人の騎士に変装していたんだが、君の身体を抱きとめた時にどうやら外れてしまったようだ」
「ほんと? ほんとうに……?」
溢れる涙が止められない。
まだ状況が上手く飲み込められない私に、彼は手を差し伸べた。
一年前、私を救い出してくれた時と同じ、あの言葉と共に。
「ははっ、僕を信じてくれよ」
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