病弱姫
「話は分かった。ダンドリ―侯爵令息とのことは、お前がゆっくり決めなさい。しかしだな、そのような経緯があったとしてもお前に何の罰も課さないことはできないのだ」
「分かっています、お父様。ご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ございませんでした」
私は騎士団によってカスターナ公爵邸へ連れ戻された。
そして一週間部屋から一歩も出てはいけないと父から命じられた。
この罰は比較的軽い方だ。厳しい家ならば、鞭打ちなどの躾があったかもしれない。
私の両親は昔から、私が病弱だからだということもあってか、私に甘い。だからこそ、申し訳なさが増すというもの。
(待っていると約束したのに突然消えてしまったから、きっと彼は怒っているはずだわ)
ポタ、ポタ、と涙が零れ落ちる。
涙を拭おうとしたとき、右手に光るサファイアが目に入った。
彼の瞳とよく似たサファイア。彼が私にくれた、プレゼント。
「ルイ……」
(ダメよね、こんなことじゃ……)
しっかりしなくちゃ。泣き虫な私は、もう終わり。
たとえ彼に二度と会えないとしても、私は私で、頑張らないと。
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「公女様、戻られたのですね!」
「はい、皆さんにはご心配をおかけしました」
「驚きましたよ。てっきりカスターナ公爵様はとても厳しいお方だとおもっていたのですが、そうでもないようですね。ふふ、意外とカスターナ公爵家は自由奔放な教育方針なのかしら?」
「あはは、あの時はどうかしていました。そんなことはありません、お父様にはこっぴどく怒られてしまいましたわ」
「そ、そうなんですね」
「まあ、公女様はなんにせよお体が……ね?」
なぁにが「ね?」よ。この、忌々しいレリアンめ。貴女はただ私の事をいびりたいだけでしょ?
レリアンだけじゃない、他の令嬢たちだってそう。
確かに今までの私なら、貴女たちのいうことを真に受けて今頃涙で枕を濡らしていたところでしょうね。
(だけど、今回は私が貴女たちを利用させていただくわ)
「そうですね、私は身体が弱いですから何かと皆さんにご迷惑をおかけしてしまい申し訳ないです。しかし、本当に悲しい出来事があったんです」
「まあ、悲しい出来事ですか?」
「はい。……ね? レリアン嬢」
やり返しだと意味を込めて「ね?」と、レリアンに視線を向けてみる。
すると、その場に居た全員の視線がレリアンに移った。
「レリアン嬢、何かご存じなのですか?」
「え? な、何を仰いますか公女様。み、みなさん誤解で……」
「誤解ですわ、皆さん」
(まさか、貴女に先に言わせるわけがないでしょう?)
「私が悪いのです! ケホッ、ケホ……私が至らないばかりに不快にさせてしまったのです。ダンドリ―侯爵令息にはすぐに死ぬ女の相手など誰がするかと怒られてしまいましたわ」
「……ダンドリ―侯爵令息?」
私のロイドに対する呼び方が気になったのか、先ほどまで私をいびっていた一人の令嬢が追及して来た。
「ああ、ごめんなさい。実は先日ダンドリ―侯爵令息に婚約破棄すると言われてしまったので、馴れ馴れしい呼び方は控えた方がいいかと思いまして。ですがどうか誤解なさらないでください、私が全て悪いのです。私がダンドリ―侯爵令息とレリアン嬢の甘いひと時を邪魔してしまったのですから……」
私の言葉を聞いて、みるみると令嬢たちの顔色が変わっていく。
どれだけ悪口を言っていても、この子たちはただ甘やかされて育った箱入り娘だけであって、けして悪人ではない。自身の良心に引っかかるものがあるのだろう。
「ぐす、ぐす……」
涙を堪えきれないといったようにゆっくりとポタポタと涙を流していく。
(泣くことは得意なの。病弱姫の私に、ピッタリの特技でしょ?)
「レリアン嬢、今の話は本当ですか?」
「えっと、いや、その、」
「……否定されないのですね」
レリアンに向けられる名の知れた令嬢たちの冷たい視線。
涙で頬を濡らす今話題の家出公女。
それだけの情報があれば、この宴会場にいる人間の全ての視線を集めることなど、容易いことだった。
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「家出騒動の後からどうもおかしくなったと思っていたが、ついにそんな愚かなことを言いやがって!」
「まぁ好き勝手言っていただいて構いません、早くこちらの婚約破棄の示談書にサインをお願いします。出来次第、我が公爵邸に送ってください。それでは私はこれで」
「ふざけるなよ、誰がこんな書類にサインするものか!」
顔をしかめたロイドが、去ろうとした私の手首を掴む。
(今更引き留めようとするなんて、何様のつもり?)
私は力のままにその手を振り払い、ロイドを睨みつける。
「私を誰だと思っているんですが? たかが侯爵令息の分際で、私に触れないでください」
「……っ、お前のような死にかけの女、誰も妻になど貰わないだろう! お前は一生、後悔することになるからな!」
(そうね、貴方の言う通り。私のような死にかけの人間を愛してくれる人など、誰も居ないでしょう)
でも、そんなことはどうだってよかった。あの人にもう二度と会うことができない。それが、私の胸を何よりも苦しめ、それ以外は心底どうでもよかった。
「公女様!」
ロイドの横でずっと黙り込んでいたレリアンが口を開く。
「どうか私の身の潔白を証明してください! で、でなければ……」
「どうするの?」
「え……?」
「私が証明しなければ、どうなるのって聞いているのよ」
「だから、その、」
「貴女はたかだか男爵の娘。その点、私は公爵家の娘よ? 直接処罰を下さないだけ、有難いと思いなさい」
心配しなくとも、私はあと三年で死ぬんだから。
私が死んで、少しもすればこの噂はきれいさっぱり無くなるだろう。
(まぁ、あなたたちへの世間からの目が変わることはないでしょうけど)
驚くほど淡々と事は進んでいった。
全てが私の計画通りだと思っていたが、一点だけ予想もしていなかった出来事があった。それは、レリアンについてだ。
レリアンとロイドの話が広まれば広まるほど、レリアンと関係を持っていたと名乗り出る令息が後を絶たなかったのだ。
それはもう、広々と。十代の令息、二十代、三十代……六十代まで。貴族から、使用人まで。聞いていて思わず紅茶を吹き出してしまった。
確かにレリアンは男性から見て魅力的な女性だから、将来結婚相手くらいは見つかりそうだけど。
誰にでも身体を委ねてしまうと話題になった以上、どこの家も彼女を嫁に貰うことを拒否するでしょうね。
結婚も出来ない貴族の娘の成れの果てといえば、修道院だけど。
私が生きているうちに彼女が修道院に送られていく様をこの目で見れないなんて、本当に残念だわ。
肝心のロイドに関しては、堪忍袋の緒が切れた私の父、カスターナ公爵によって結ばれていた経済面の契約を全て切ると宣言したという。
経緯が全く分かっていなかったロイドの父、ダンドリ―侯爵が謝罪に伺いたいとわざわざカスターナ公爵邸まで来て申し出たが、それもお父様によってすぐ追い出された。
我ながら、私は本当によく頑張ったと思う。自分で自分を褒めて褒めて褒めてあげてもまだ足りないくらい。
この私が、よ? あの『病弱姫』なんてムカつく異名で呼ばれた私がやり返したの。信じられる?
これは全て、ルイ、あなたのおかげだわ。
ありがとうと言いたいのに、あなたとはもう会うことができない。
心の底からスッキリしたと言い切れないのは、あなたに会えないという事実が、私の心をぽっかりと空けるから。
(ねぇ、あなたは今、何をしているの……?)
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