あと、____
『最後は二人きりで話がしたい』
一か月間ロンバルディア帝国に滞在した両親や、私の最後を見届けるために皇宮に通い詰めたアンリ。愛する人々に頼み、本当の最後はルイーズと二人きりにして貰うことにした。今までの感謝の言葉は、全て伝えた。悔いは無い。
私は、昔から一人で居る時間が好きだった。賑やかな場所よりも静かな空間が好きだった。
だから、死ぬ時もどこか誰も居ない場所で一人静かに息を引き取ろうと思っていた。
そのはずだった。だけど私はあなたを選んだ。
「ねえ覚えてる? あなたが、一人泣いていた私を攫ってくれたときのこと」
「ははっ、攫うとはまた人聞きが悪いな」
ベッドに横になったまま、くすくすと笑う私をルイーズは優しい目で見つめていた。
「でも事実でしょ? どこからどう見ても怪しい誘拐犯! 不審者のあなたの手を取るなんて、本当に馬鹿げているわ」
あの忌々しい元婚約者や、その浮気相手まで、わざわざ記憶の奥を探らないと思い出すことが無いくらい、私の中で彼らの存在はどうでも良いものとなっていた。
しかし、あの時の私にとっては本当に悲しい出来事だったのだ。
華やかなパーティーが開かれる中。私は悲しさのあまり庭園の隅で一人泣いていた。
そんな私に、あなたは手を差し伸べてくれた。
「後悔しているか?」
「まさか。後悔したことなんて、一度もありません。……だけど、あなたとの出会いは全て不思議で仕方なかったんです。あまりにも偶然が重なりすぎていて、信じられなかった」
突然現れた不審者の男。それが隣国の皇子であったこと。いくらなんでも、出来すぎている。全て夢の中だったと言われた方がまだ納得できるというもの。
「でもね、最近やっと気づけたの。これは全て、運命だったんじゃないかって」
「……運命か。それはまたファンタジーなことを言うんだな」
「ふふっ、そうよ。あなたと私は運命。運命に全てを賭けてみるのも、悪くないでしょ?」
ファンタジーな話でもいいじゃないか。
夢物語でも、子供じみた話だと笑われても構わない。
「私は、あなたの愛に賭けてみたいの」
私の言葉に、ルイーズは分かりやすく目を見開いた。
(本当に分かりやすい人)
ルイーズは私の考えが手に取るように分かると言っているけれど、それは私だって同じこと。
あなたのことなら、なんだって分かる。
「ねえ、ルイ」
だって私はあなたの妻なのだから。
「……私を、ずっと愛していてくれる?」
この言葉を言えば、必ず彼の人生の足枷になる。私は分かっていたから今までずっと、堪え続けていた。
だけど結局私も、一人の人間。あなたが誰かのモノになるなんて考えるだけで嫌なの。
「お願い。私を、私を忘れないで欲しいの」
声は掠れ、今にも消え入りそうなほど小さかった。
私の中で必死に抗い燃え続けていた命の灯が、今、消えようとしている。
「……約束するよ。僕は、君を一生忘れない」
それはまた、私を知り尽くす彼も分かっているのだろう。
ルイーズは私の手を取ると、手の甲に口づけを落とす。誓いを込めるかのように、優しく、暖かく。
「僕は今後、君以外を愛することはない。君以外を妻に迎えることもない。君が死んでも、僕が死んでも、僕は君を永遠に愛し続ける。必ず君を忘れない」
その言葉がたとえ、その場しのぎの言葉だったとしても。今後あなたがその約束を破り、私以外の人と結婚することになったとしても。
それでも構わない。
あなたに騙されもいいと思えるほど、私はあなたのぞっこんなのだ。
あの日、『僕を信じて』なんて胡散臭い言葉と共に私を連れ出してくれた、私を地獄から救い出してくれた、私だけの王子さま。
「私はあなたを信じています」
あなたの言葉を信じて後悔したことは、一度だってない。
私はいつまでも、あなたを信じている。
私は最後の言葉を言い残すと、愛する夫が必死になって私の名を呼ぶ声を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。
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レティア・カスターナ
生まれながらに身体が弱く、物心がつく頃には二十歳を迎える時に命を落とすと余命宣告された、公爵家の『病弱姫』。
彼女はロンバルディア帝国の皇子の妃となり、余命宣告通りに死んだ。
夫、ルイーズ・ディ・ロンバルディアは彼女の死を前に、全てを失ったといっても過言では無かった。
何よりも愛した人がこの世からいなくなったのだから当然だろう。
だというのに、喪が明けるのを待たずして、皇宮は新たな妃を迎えようと動き始めていた。
皇帝陛下と皇后陛下はすぐにでも教皇の娘、神殿の姫君をルイーズの妻として迎えようとした。
「今後誰とも結婚することはないだと? 跡継ぎは、跡継ぎはどうするつもりだ!」
玉座の間に響く皇帝の怒声。
「そんなもの、適当に親族から選ぶか、養子でも迎えればいいでしょう。僕はこの人生で妻以外の女性を愛することも、結婚の誓いを結ぶこともありません。どうしても許せないというならば、どうぞ僕への戴冠式を取りやめてください」
ルイーズの淡々とした言葉に、皇帝の顔はみるみるうちに青ざめる。
「クソっ、お前がどうしても他国の公女と結婚したいと言うものだから期間限定ということで飲んでやったというのに! お前は私を裏切るつもりか!」
「話は以上です。それではごきげんよう、陛下」
「まっ、待て! ルイーズ!」
皇帝の叫びが響く。しかしルイーズはその呼び声に振り返ることは無かった。
王冠も、王座も、帝国の未来すらも、何の意味も持たない。
彼にとって唯一無二の存在だった彼女を喪った今、何もかもが虚無だった。
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「ルイーズ皇子殿下」
「………」
「レティア妃殿下より、生前お預かりしていたものがございます」
ルイーズの眉がわずかに動く。エンディミオンは静かに一礼し、恭しく一通の封書を差し出した。
「こちらになります」
ルイーズは黙ったままそれを受け取ると、無意識に指先で封筒の端をなぞった。
右下には『レティア』と名が書かれていた。反対側の中心には『ルイーズへ』と小さく書かれていた。
「妃殿下は私を呼びだし、皇子殿下に自分が死んだ後に手紙を渡してほしいと、私に託されました」
「……レティアが、僕に」
震える手でルイーズは手紙の封を開ける。
中には、数枚の便箋の紙が入っていた。
『ルイーズへ』
それはまさしく、レティアがルイーズに書き残した最後の手紙だった。
『あなたには、私のことなんてすぐに忘れて幸せになって欲しい。そう、心から思っているわ』
『でもね、それは今世での話よ!』
『私は次こそ健康な身体で生まれてくるから、そうしたら今度こそあなたと共に歳を重ねて、しわくちゃになるまで精一杯生きたいの。だからそのときはもう一度、私をあなたの妻にしてちょうだい』
明るく振舞う文章に対して、紙の上に滲んだ小さな染みは彼女がこの手紙を書きながら流した涙の名残が目に入る。
普段、彼女が自分を心配させまいと必死に嘘の笑顔を向けていたことには気づいていた。
しかし、そのことに触れてしまうと、彼女がすぐにでも消えてしまうようで、結局最後まで口にすることは出来なかった。
『私の分まで必ず幸せになってね』
『あなたと出会えて、幸せでした。愛しています。』
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