あと、四か月
あれからルイーズは黒魔術に関与していたものを全て手放した。
そして、私に二度と隠し事をしないこと。黒魔術には今後手出しをしないこと。この二つを約束してくれた。
元々反対気味であったイカルド侯爵は、今回の件を他に他言しないことを喜んで頷いてくれた。
イカルド侯爵には年の離れた妹君がいる。その妹君が危機の時にルイーズが救ったことがあるらしく、いつか恩返しをと考えていたイカルド侯爵は、魔術の知識に長けていることもあり、今回協力するに至ったという。
そして今日は、アンリから招待されたローズベリー家のパーティーに参加するべく、ローズベリー公爵邸にやって来ていた。
馬車を降りると、既に公爵邸の前には 煌びやかな衣装を纏った貴族たちが談笑していた。
ルイーズと共に会場へ向かい、ほどなくしてアンリと合流する。
「お姉さま、来てくれて嬉しいわ!」
アンリが満面の笑みで腕を組んでくる。相変わらず、彼女の明るさはこの場の華そのもの だ。
「では僕は公爵と夫人の元へ挨拶に行ってくるよ。アンリ、レティアを頼むよ」
「任せてくださいルイーズお兄さま!」
(あはは、一応私の方がアンリより年上なんだけどな……)
「アンリ公女、今日は招待いただいてありがとう。嬉しいわ」
「私の方が嬉しいですよ、お姉さま!」
ニッコリと笑顔を浮かべて私の手を取る。
(相変わらず、笑顔の似合う可愛い子ね)
私が長くない命だからと、皆私を避ける。
まるで触れれば壊れてしまうガラス細工 のように、腫れ物に触るような態度をとられるのが常だった。
その配慮のつもりの距離間が、私は息苦しくて仕方なかった。
だけどこの子は、アンリは違った。
彼女は私の体調を気遣って特別扱いすることもなく、まるで他の人と変わらないかのように笑顔で楽しい話ばかりをしてくれる。
その明るさはまるで、冬の冷たい空気に差し込む陽だまりのようだった。
アンリと過ごす時間は、私の癒しになっていた。
「まぁ、珍しい。皇宮以外で妃殿下にお目にかかれるとは」
その時、私たちに声をかけた令嬢。
「私のことを覚えていらっしゃいますか? レティア妃殿下」
「もちろんです。皇子の誕生パーティー以来ですね、イメルダ嬢」
イメルダ・イオランダ侯爵令嬢。ウェーブがかった濃いピンク色の髪に、つりあがった目元が特徴的なひと。
(なんとも分かりやすいのね。私のことが大嫌いだって、顔に書いてあるわ)
「やはりレティア妃殿下はお体が良くないという噂は本当だったんですね。なんだか顔色が悪いように見えますが」
「そうでしょうか? ご心配いただきありがとう。イメルダ嬢はとてもお優しいのね」
私が微笑むと、イメルダの目が僅かに細められた。
「……そんなことで皇子妃としての仕事が務まるのか、心配です。妃殿下は他国から来られた姫君ですし、分からないことも多いでしょう」
(イメルダ嬢は恐らく、アンタは外国から来た部外者だからでしゃばるなとでも言いたいのでしょうね)
「本当にイメルダ嬢はお優しいのね。……だけど、貴女が心配することではないわよ」
微笑みを崩さず、淡々と返す。
イメルダの唇が明らか様に引きつる。だが、それをすぐに取り繕い彼女もまた笑みを浮かべた。
「はっ、流石病弱姫ですね。仮面を被るのがお上手で……」
私のすぐ隣で話を聞いていたアンリが、我慢ならないといった様子で声を荒げる。
「ちょっと貴女!」
まさかアンリが口を挟んでくるとは思っていなかったのだろうか、明らか様に分が悪そうな顔をしたイメルダ嬢。
「あ、アンリ公女様……」
「イメルダ嬢、さっきから黙って聞いていれば、貴女何が言いたいのよ! 貴族令嬢ならば、ハッキリと言いなさいよ!」
イメルダは一瞬だけ驚いたように目を見開くが、すぐに表情を整えた。
「まあ、そんなに感情的になられては困りますわ。私はただ、妃殿下のことを心配していただけですのに」
「はっ、どこが心配だっていうの? 是非とも私にもお聞かせ願いたいわね。そうね、ルイーズお兄さまも呼んで来てみんなで貴女の話を聞かせていただこうかしら」
アンリがイメルダ嬢に向かって力強く一歩踏み込むと、イメルダ嬢は怯えたように数歩後ずさった。
「いえ、その、そうだわ私、お父様から早く戻ってくるように言われているんでした。すみませんがこの辺りで失礼いたします!」
先ほどまでの余裕はどこへやら、声を震わせながらイメルダ嬢はスカートを翻してそそくさと立ち去る。
皇子妃の私にはあんなにも高圧的に接していたのに、公女であるアンリにはあんなにも怯えるなんて。
(私も随分と舐められたものね)
「まったく……。彼女の言うことなんて、気にしないでくださいねお姉さま!」
「ありがとう、そう言ってくれるのは貴女だけよ。私は随分と嫌われてしまっているようだから」
私が苦笑すると、アンリは悔しそうに唇を噛んだ。
「レティアお姉さまは悪くありません! イメルダ嬢は昔からルイーズお兄さまが好きだったんです。だからお姉さまに嫉妬しているだけで、あんなのただの八つ当たりよ」
「まぁ、そうだったんですね」
(イメルダ嬢がルイのことを……。なるほど、だから初めて会った時からあんなにも私を睨みつけていたのね)
眉を下げたまま笑顔を作り、アンリに返事をした。
彼女の行為が、ただの嫉妬心からの八つ当たり。それなら、尚更くだらないわね。
「私を羨むなんて、不思議です」
「えっ? どうしてです………あっ、」
一瞬何が何だか分からないと言った様子でポカンとした顔を浮かべたアンリは、すぐにハッ、と顔が青ざめていく。
「ごめんなさい、失言だったわ」
申し訳なさそうな顔をするアンリに、何も気にしていないと笑顔を向ける。
その反応を見れば、察したのだろう。
イメルダ嬢が私を妬む気持ちも分かる。だけど、私は貴女が羨ましい。
イメルダ嬢の健康な身体が、羨ましくてたまらない。
喉から手が出そうなほど、羨ましくて羨ましくて、仕方ない。
「うぅっ、うう……」
突如、丸い大きな目からポロポロと涙を零したアンリ。
「えっ? ど、どうして泣かれるのですか」
「ぐすっ、だって、お姉さまが、そんなことを言うから……」
涙を拭おうとする彼女の目は、真っ赤になっていた。
(まずい、これはとてもまずい)
周囲からの視線が突き刺さる。
視線だけではなく、ささやき声までもが聞こえてきた。
『妃殿下が公女様を泣かせている?』
『まぁ、なんてこと……』
そりゃあそうだ。アンリはロンバルディア帝国の公女。
傍から見れば、外国から来た病弱な妃が帝国の大切な公女様を虐めて泣かせているようにしか見せないだろう。
「ど、どうか泣き止んでください!」
とんでもない誤解を生みかねない状況。
それは、大変困る……!
∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴
「落ち着きましたか?」
「ぐすっ、ぐす、はい……」
アンリを嗜めながら外廊下を並んで歩く。
「皆さんご覧になりました? 妃殿下のお姿を」
すると突如、一人の令嬢の声が聞こえてきた。
(父親に呼ばれていたっていうのはやはり嘘だったのね)
そこに居たのはイメルダ嬢。人の立ち寄ることの少ない外廊下だから安心しているのか、取り巻きの令嬢二人と三人で談笑していた。
「あんなにもやつれてしまって。これじゃあ、教皇の姫君が嫁がれてくるのもそう遅くないようですね」
「あと数か月のの命だと言いますから、仕方ないでしょう」
忍び笑いが混じった声が、夜の冷たい空気の中で広がる。
話の内容が自分についてのものだと気付くのに、時間はかからなかった。
(相変わらず凄い言われようね。全く、彼女たちはいくらなんでも油断しすぎよ)
小さく息を吐く。こういった陰口にはもう、慣れっこだ。
「場所を変えましょうか。そうだ、何か飲み物でも……あ、アンリ公女?!」
ふと視線を横にずらすと、今にも乗り込みかねないアンリ公女。
今にも令嬢たちを怒鳴りつけんばかりに、拳を握りしめているではないか。
「アンリ公女、私は大丈夫ですから」
「お姉さま、あんなことを言われて許せません!」
「ま、待ってください! 私は大丈夫ですから」
幸い談笑に夢中になっているイメルダ嬢たちに私とアンリの声は聞こえていないようだが、それでもいつ気づかれるか分からない。
これ以上令嬢たちとトラブルは起こしたくないのに。
必死にアンリ公女を引き留めていると、鈴の音のように甲高い令嬢たちの声の中に低く鋭い声が響いた。
「口を閉じろ」
それは、とても聞き馴染みのある声だった。
「皇子殿下?! どうしてこちらに……」
突然の声に、ざわめいていた令嬢たちの動きが凍りつく。男が足を進め、月光に照らされながら私の視界へと入る。
銀の髪が夜風に揺れ、青の瞳が冷たく光る。
私の夫、ルイーズ・ディ・ロンバルディアだ。
「誤解ですわ皇子殿下! 今のは、その……」
イメルダ嬢が縋るようにルイーズの袖を掴んだ。顔を青ざめさせ、涙を滲ませながら必死に訴えかける。
「その手を離せ」
ルイーズは怪訝そうな顔のまま、彼女を振りほどいた。
「皇子殿下? まさか私をお忘れなのでしょうか、私はイオランダ家の……」
必死に取り繕おうとするイメルダ嬢。
だが、その言葉を遮るようにルイーズは短く告げる。
「黙れと言っているんだ」
低く、鋭い声音。皇族としての、圧倒的な威圧感。
それまで得意げに話していた令嬢たちの顔が、たちまち真っ青に染まる。
「二度と僕と妻の前に現れるな」
「お、お待ちください! 誤解です! どうかお許しください皇子殿下……!」
イメルダ嬢は必死にルイーズを引き止めようとする。しかし、ルイーズは一切振り返ることなく、その場を去って行く。
その姿を、私とアンリは柱の影からじっと見守っていた。
(あんなにも怒ったルイの姿は初めて見た)
「レティアお姉さま、ほらお兄さまの元に行かなくていいの?」
「えっ? うーん、そうね……」
「確かに今出て行っても、ルイーズお兄さまは困るかもね」
アンリは肩をすくめて笑う。
どうやらルイーズの登場でアンリの怒りは収まったようだ。
「それじゃあお姉さま、我がローズベリー公爵家自慢の庭園に案内してあげるわ!」
「まぁ、それはとても楽しみだわ」
「皇宮の庭園にも負けないくらい見事な庭園ですよ! さぁさぁ、こちらです!」
そう言って私の手を引く彼女に付いて行きながら、私はふと考え事をしていた。
私のために侯爵家の令嬢にあんな言い方をしてしまうなんて、いくらなんでもやりすぎだ。
(私を庇うために、彼が敵を作ってしまったら、その行為のせいで彼の足枷になってしまったら、私はどうすればいいの?)
「ふふっ」
その時、私の不安を打ち消すように、アンリがくるりと振り返り、私の手をしっかりと握り返すと満面の笑顔で言い放った。
「お兄さまは甘いくらいだわ、あんな奴ら首を切り落としてしまえばいいのにねっ!」
「……ああ、うん、そうね」
そんな私の考えは、アンリの毒舌発言によって 一瞬で消し飛んだ。
∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴ ୨୧ ∴∵∴
「こんばんは、レディ」
「ふふっ、こんばんは紳士様?」
ローズベリー公爵邸から帰った後、寝室からベランダに出て私は夜空を眺めていた。
そんな私の元に、お風呂上りのほんのり湯気を纏ったルイーズがやって来た。濡れた髪から滴る雫が、月明かりに煌めいている。
「夜風に当たっていると身体に触るよ」
「うん、だけどもう少しここに居させて?」
「それなら僕もここにいるよ」
彼は私の隣に静かに腰を下ろし、優しく微笑んだ。
「何をしていたんだ?」
「少し、考え事をしていたの」
「考え事?」
「うん、私昔から星を眺めながら考え事をしちゃう癖があって……」
「そんな癖があったとは、知らなかったよ」
夜空を見上げ、手を上げる。
(人は死んだら星になると言うけれど、私があんなにも美しい存在になれるのか不思議だわ)
もしも私が地獄に落ちたなら、天国に行くであろうルイーズを待つことは出来ない。
(だけど、ルイーズならば地獄までも私を迎えに来てくれそうね)
簡単に想像できてしまうのが、少し可笑しかった。
「えへへっ」
「機嫌がいいな、そんなにパーティーが楽しかったのか?」
「うーん、それもありますね」
そっと手を伸ばし、ルイーズの銀髪を撫でる。
月光に照らされたその髪はまるで溶けるように柔らかく、指の間をすり抜けていく。
夜空に照らされた彼の銀髪を見ると、思い出してしまう。
あの時、庭園の隅で一人涙を流していた私に手を差し出し、あの地獄から救い出してくれた彼の姿を。
ルイーズと過ごした時間。その全てが、私にとって宝物のような記憶として刻まれている。
「あなたの妻になれて私は本当に幸せ者だと、改めて思ったんです」
思うままに口にすると、ルイーズの綺麗な青い瞳がわずかに揺れた。
「……ああ」
「あははっ、もう、また泣いちゃうの?」
くすりと笑ってからかうと、ルイーズはそっと目を閉じ、唇の端をわずかに持ち上げた。
袖で目元を軽く拭い、ゆっくりと私を見つめる。
「泣かないよ」
彼は静かに息を吐くと、私に向かって微笑んだ。
その笑顔はどこか切なくて、だけどそれ以上に優しくて。
「君と約束したからな。僕はもう、泣いたりしない」
レティアが死ぬまで、あと四か月。
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