あと、六か月
『一月後に調査結果をお送りいたします。報酬は、その際に」
フレデリックさんは、誰かに調査結果を見られたとしても、依頼したことが決してばれないよう手配すると約束してくれた。
調査結果の伝え方は、一輪の薔薇を送ると言われていた。
その薔薇の花が白なら白。黒なら黒だと。
なんと分かりやすい、と思わず感心してしまったけれど、今はそんな余裕もない。
ベランダに置かれた一輪の黒薔薇は、あまりにも美しくて。あまりにも、私の胸を苦しめた。
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それからは早かった。
今まで一度も休んだことの無かった皇子妃としての仕事を全て放り出して、私はルイーズの元へと向かった。
心臓が煩わしいほどに脈打つ。
何か、とんでもないことが起ころうとしている。その確信だけが、私の足を執務室へと急がせた。
執務室の前に着くと、部屋の中からボソボソと小さく話し声が聞こえてきた。
盗み聞きするのは悪いと思いながらも、私は恐る恐る耳を近づける。
「ですが皇子殿下、そうなると流石に……」
「いいんだ、何でも犠牲を払え。彼女のためだ」
「し、しかし!」
「俺は彼女のためなら、黒魔法でもなんでもやってやる……」
私をあの日連れ出してきてくれた『ルイ』のように、一人称を『俺』とし、荒げた声で「黒魔術」だと、彼ははっきり言った。
バンッ!!
重く響く音に、部屋の空気が張り詰める。それは、私が開けた扉の音だ。
「妃殿下?!」
私の登場に一番に反応したのは、イカルド侯爵だった。
驚愕と焦燥の入り混じった顔。その表情を見た瞬間、すべてを理解した。
「……レティア? どうしたんだ、突然」
ルイはそれでも知らないフリを貫くつもりなのか、何事もなかったかのように笑顔を浮かべていた。
「隠さなくったっていいわよ、もう全部分かっているから」
黒魔法――それは、この世の理を歪める禁忌。
使用すれば必ず等価の代償を伴う。
「私の寿命を延ばすために、黒魔術に手を出そうとしたの?」
信じたくなかった。
あの魔術師が何を言おうとも、私だけは、妻の私だけはあなたを信じようと思っていたのに。
「そんなことをして、本当に私が喜ぶとでも思ったの……?」
これから先、このロンバルディア帝国を背負っていくあなたが黒魔術に手を出したとなれば、いつかこの国は滅ぶことになる。
(そうなれば、あなたの愛した国民だってどうなるか分からない)
この国を、この世の何よりも愛しているはずのルイーズが、国よりも私を選ぼうとしてくれている。
その事実はあまりにも私を複雑な気持ちにさせた。
「私一人の命のために、多くの命を犠牲にするつもり?」
時計の針がカチリ、と音を立てる。
先ほどまで何もなかった空間に、急速に張り詰めた空気が満ちていた。
彼は私の問いかけに、返事をしなかった。
しかし、それこそが答えだったのだ。
「馬鹿な真似しないでよルイ! 私がそんなことをさせるわけが……」
私は声を張り上げ、彼に詰め寄る。
しかしルイーズは私の言葉に返事を返すことなく、視線を落とした。
そして、彼は静かに口を開いた。
「アルベルト」
その名が低く呼ばれた瞬間、私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
(しまった。彼のことを忘れていた)
「……っ、やめて!」
急いで身を引こうとしたが既に遅い。
「アルベルト卿……どういうつもりですか、離してください!」
私の両腕が、鋼のような力で拘束される。
いつの間にか、アルベルト卿は私のすぐ背後に居た。
「申し訳ありません、妃殿下」
アルベルトはあくまで冷静な声でそう告げたが、その手には一切の迷いがなかった。
「何を言って、ルイやめてよ、ねぇ、ルイってば!」
私は必死に彼の名を呼ぶ。
しかし、彼が私の声に返事をすることは無かった。
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「で?」
「その……」
「別に貴方を責めたいわけじゃないわ。ただ、貴方に捕まれた腕、すっごく痛かったなと思って」
「……すみませんでした、妃殿下」
何処にぶつけるべきなのか分からないこの苛立ちを軽減させるために、少しだけ意地悪してやるつもりだった。
「はあ。もういいわ、下がってちょうだい」
けれど、今にも死失神してしまいそうなほど、顔を青ざめさせて、申し訳ないといった顔をするアルベルトの顔を見ていたら、そんな気分もどこかへ去ってしまう。
アルベルトは私に向かって一礼すると、静かに部屋を出ていった。
別に、アルベルトは悪くない。あの場にいたのが彼だったというだけで、もし別の騎士がいたとしても結果は同じだっただろう。
この皇宮において、私の言葉よりもルイーズの命令の方が重いのは当然なのだから。
私は、自室に閉じ込められた。
ご丁寧に窓には鉄格子が取り付けられている。
(これじゃあ、あの時のように脱出することは無理そうね)
ルイーズは私に会いに来てくれなかった。
ただアルベルトを通して、『一月だけ辛抱してくれ』と伝言を残した。
私を閉じ込めようが、噂になることなんてない。
病弱な私が部屋にこもっていれば、皆病が悪化したと納得する。それどころか、ついに死ぬのかと喜ぶ者すらいるだろう。
「本当に、何を考えているの、ルイ……」
レティアが死ぬまで、あと六か月。
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