君の絵
絵を描くのが好きです。
その子はいつも赤い絵の具で絵を描いていた。私と同じクラスの高校生。海を描く時もそれ以外の何を描くにしても赤い絵の具を使っていた。何故、赤い絵の具を使っているのか聞いてみたことがある。
「好きだからだよ」
そう言って彼女は笑った。世の中で目が見えていれば、いろんな綺麗な色が目に入る。彼女は絵が上手かった。それはどれぐらい上手いかと言うと絵画コンクールで入賞するぐらいには上手かった。
美術部には入らないのかと聞いてみたら、
「他にやることがあるから」
と言われた。彼女が色覚障害の類いなのでは無いかと考えて聞いてみたこともあるが、それうでは無いと否定されてしまった。彼女は何故、赤色にそこまで固執するのか、それがわからなかった。
放課後、私は彼女の後をつけた。ただのストーカーだった。彼女は放課後、他校の生徒と遊んでいることが多かった。
「何してるのかな?」
後ろを振り返って彼女が言った。私は体をビクッとさせて隠れたが、客観的に見てどう見ても丸見えだったと思う。観念した私は彼女の前に出た。
「何日か前から私の後つけてるのは気づいてたよ。もしかして、君も私のこと好きになっちゃったとか……?」
そう言って彼女は笑った。気になってはいるが、好きでは無い。多分、そう思う。彼女の顔は整っていて男女問わず、モテる。そういう人だった。
「あぁ……まぁそんなところです……」
嘘だった。彼女が何故赤い絵の具を使った絵しか描かないのか気になった。だから、後をつけた。そんな風に言ったら彼女は引くだろうか。好意があるから後をつけた。それも引かれる理由としては十分だと思うのだけれども。
「人を好きになるのは悪いことじゃないよ」
そう言われただけで警察に通報されるわけでもなく、特にそれ以上は咎められなかった。
連続殺人事件、という程続いてるわけでは無いらしいが、時々テレビのニュースを見ていたら女子高生が行方不明になったとか、殺されただとかそういう事件を割とよく目にするようになった。まさか彼女がやっているわけでは無いだろうなと思いつつ、確証は無かった。確証は無いが、少し怪しいと思った。
彼女の絵を一度じっくりと見るふりをして匂いを嗅いでみた。血の生臭い臭いはしなかった。やはり彼女を犯人として見るのは自分の考えすぎだろうと思った。しかし、もしかしたらそうなのでは無いかという考えが捨てきれなかった。自分がこれ以降尾行してもバレてしまう。それならば、と私には考えがあった。
私はお金を払って探偵に頼み込んだ。
「お願いします。この人のことを調べてください」
「浮気を確かめる目的ですか?」
「いえ、違います……。この人が犯罪を犯しているのでは無いかと」
「それならば、警察に相談した方がいいのではないでしょうか?」
「いえ、警察にも相談したのですが、相手にされませんでした」
事実そうであったし、本人に直接聞いてもはぐらかされそうな気がしていた。探偵にお金を払ってまで彼女に入れ込む自分は、気がおかしくなってしまったのでは無いかと思った。その時から自分は少しおかしくなってはいたのだと思う。
「彼女の尻尾を掴みましたよ」
そう1ヶ月後ぐらいに探偵から連絡が来た。
「結論から申し上げますとやはり彼女は犯行に及んでいました」
そう言いながら探偵はスマホで撮ったビデオを見せた。
「でも、いつも殺害の手順が何か変というか……特徴的で首元あたりを殴打してから遺体を切断してどこかに遺棄しているようです」
ビデオを見てみると本当に探偵が言うようにそうだった。
「まぁ警察側に死亡解剖していただければ、直にわかることでしょう」
そのビデオの提出を探偵に頼んだ。後から考えてみれば、その映像を自分ももらっておくべきだったと思った。
探偵と電話で連絡が取れなくなった。名刺に書いてあったメールに送信しても同じことだった。私は恐怖を感じたが、探偵事務所へ向かうとそこにも探偵の姿は無かった。さらには、事務所自体も閉鎖されていた。
探偵は彼女に存在を消された。そうとしか思えなかった。
美術の授業中、先生に無理を言って彼女を呼び出してもらった。その間に赤い絵の具の中身と赤い色をした水を少しだけもらった。私が警察に証拠を提出するにはそれぐらいしか思いつか無かったし、殺人現場に居合わせる勇気は無いし、尾行して撮影する能力も無いのでそうするしか無かった。
家に帰ってから実際に赤い絵の具らしきものの匂いを嗅いでみたり使ってみたが、普通の絵の具と変わらないようだった。探偵の見せた映像は実はフェイクだったのでは無いか? そう思ったけれども、それならば探偵がいないことに説明がつかない気がした。
人生で殺人犯と対峙する。そのような経験は恐らく滅多に無いだろう。彼女と向き合う勇気が無いとずっと思っていたけれども、テレビのニュースでまた女子高生が行方不明になったというのを見てそうも思っていられなくなった。
「もしかして、そうでは無いと思いたいんですけど……あなたは人を殺していますか?」
あまりにも単刀直入でバカげた質問だった。私は駆け引きというものが昔から苦手だった。
「あー、バレちゃったか」
私はこの会話を録音していた。後で逃げて警察に提出しようと思っていた。
彼女は勝手に唐突に語り始めた。
「何年か前、ハロウィンの日にね。吸血鬼のコスプレをしたの。かなり本物っぽく。そうしたらね、本当に血が吸えるようになったの」
「はぁ……」
「友達の首元に少し噛みついただけなのに血が出てきてびっくりしたな。ねぇ、知ってる? 人間の状態で血なんか舐めても美味しく無いけど、吸血鬼になった状態で血を舐めると美味しいんだよ」
そう言って彼女は笑った。
「私と付き合えることを代償にして血を吸わせてもらった。血を吸わせすぎると死ぬとも知らずにね。みんなバカだよね」
「あなたは何のために人を殺してるんですか?」
「何のため……? 何のためだろうね。美味しい血を吸うためかな。それとも、恋愛ゲームするためかな。殺すゲームをするためかな。どれだろうね」
もしかして、本当に彼女はわかっていないのだろうか。
「でもさぁ、今最高に楽しいんだ」
そう言って彼女は笑った。狂ってる。そうとしか思えなかった。同時にこの録音を警察に届け出たとして信じてもらえるのだろうかと思った。
「何故、私には正直に話しているんですか?」
「それはね……君しか今までここまでたどり着いた人がいないから……それと……後で殺っちゃえばいいからだよ」
そう言うと彼女は私にすぐに近づいてこようとしたので咄嗟に拍手を3回鳴らした。
「……は?」
私の首元に噛みつこうとした彼女はギプスヘッドを見て驚いた。私が拍手で先程呼んだ十字架を持った集団が押し寄せて彼女は一時的に気を失った。
それから彼女はあまりにも呆気なく逮捕された。警察の鑑識が彼女の自宅からこれまでに殺害した女子高生の血を発見したとニュースで見た。血を実際に使って絵を描いていたのは家にあった物だけらしい。
犯行動機は誰かに見つけて欲しかっただとかありきたりな物だった。自分の赤のアートを見て欲しかったとも供述していたらしい。彼女は今までコスプレの写真をSNSに定期的に上げていたが、バズったのはその吸血鬼の物だけだったらしい。承認欲求もあったということだろうか。
彼女が吸血鬼では無いかと思ったのは「嫌いな物かぁ……強いて言えばにんにくが苦手かも〜」と答えていたことや、陽が出ている時にはほぼ必ずと言っていいほど日傘を差していたからだ。でも、まぁそれもほとんど賭けでしか無くて見込みが外れていれば今頃自分は死んでいただろうと思う。
彼女を見つけるのが警察では無くて、誰かに見つけてもらえたらどれだけ良かっただろうか。警察よりも自分が先に彼女を見つけたことに彼女は救われたのだろうか。今となってはわからない。
それから、なりすましに対する法律の強化や過度に誰かになりすますことは禁止になった。禁止になったといっても取り締まり切れてはいないのが現実だが……。
私は前にスマホで撮影していた彼女の絵を見て、もういない彼女のことを想った。短い間ではあったが、彼女のことを一生忘れることは無い。そう私は確信した。
「私は見てたよ。君の絵を」
そう誰にともなく私は呟いた。
単色で絵を描くのとか難しいけれども、楽しそうですね。