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彫像に近づくな 前編

 男女5人の若者たちが、立ち入り禁止の看板を蹴飛ばして、廃墟となった研究施設に度胸試しで入っていった。


 5人が在り来りな壊れた電灯や研究器具を触ったり眺めたりして騒いでいると、ある1人が壁際に立て掛けてある絵画らしきものを見つけた。


「なんか、随分立体感のある絵だな」


「これ絵じゃなくて彫像だよ。身体半分が壁にめり込んであるんだ」


「ここ、研究施設だろ? なんでこんなのが――」

 

 1人が彫像に触れようとした瞬間、像の手が動き出して若者の手首を掴んだ。


「な、なんだこれ!?

 あ、が……」

 

 彼が壁に取り込まれる瞬間、辺りを見回すと、他の若者たちも阿鼻叫喚を上げながら壁に取り込まれて行く光景が映った。


 1分もしないうちに若者たちは石化して沈黙し、各々が芸術的な"ポーズ"をとって作品の一部に加わった。


 

 

   *      *


 

 

『クヴァンツ王国の隣国、フィンア帝国では、毎年秋頃に【彫像祭】という一大フェスティバルを開催している』


 ルージュ・フイユは多世界転移管理局の局長から受け取った調書をフィンア帝国のある宿舎で読み返した。


『国中の美術品制作工房がパトロン向けではなく、一般市民や政府関係者に作品を披露する絶好の機会であり、そこかしこで彫像が展示される』


(そんなに毎年作っていたら街中に彫像が溢れかえってしまうのでは?)


『数年前、彫像を"浅浮き彫り(レリーフ)"に変換する魔道具が政府機関より作成され、彫像の保管場所問題が解決されたことにより、一層彫像制作が盛んになった』


(なるほどね)


 ページをめくり本題に入る。


『先月から、制作された彫像が"自分と瓜二つ"なことに不信感を持った市民がより近づいて確認しようとして、身体が突如四散したという事件が複数発生。

 管理局が把握しているだけで10件にのぼる。

 フィンア帝国はこの事実を隠蔽。多世界転移管理局(パラレルエージェント)はフィンア帝国と協定を結べておらず公式の介入はできない』


((異世界転生で連れてきた人間を"石化"させて彫像を大量生産している。

 金儲けのためか、異状な性的欲求か)

 

『今回の遠征は1週間、とにかく情報を集め持ち帰ること。自力で解決出来そうな場合連絡を局に送ってから行動に移すこと』


 ハロルドは新米すぎて携われない、タツキは本業の竜退治で忙しい。

 

 今回は事件解決よりも情報収集がメインなので(解決できるならしたいが)、ルージュほか同じ等級の管理局員2人との任務である。


 


   *     *


 

 

「そもそも、現魔王が前政府を虐殺してから、事業引き継ぎとかを全くしてないことが原因なんだよなあ」


 ほかの管理局員が街中で情報収集をしている間、ルージュは『バーデン・ルコピック山』というフィンア帝国の山の麓にいた。


 この山は黒林といって、真っ黒な葉を生やす木々が一面生い茂っており、頂上付近に魔王城が昨年突如として建てられたのである。


「君、魔王討伐に挑戦するのか?」


 魔王城を見上げて眺めていると、鎧姿の冒険者のグループが話しかけてきた。


「いえ、自分は建築家で、城の構造に感心していたのです。城の主に感心できるかは別問題として」


 管理局員と名乗っていいか悩んだルージュは、大学で学んだ科目の一つを咄嗟に語った。


「ああ、あの魔王は前政府のの要人を虐殺し、一般市民も数百という命が犠牲になった単独クーデターの張本人。

 何故か政府の生き残りに実務を丸投げして社会の仕組みはそれほど変わってないが、国内の犯罪件数は全体的に増して、魔法犯罪の歯止めもきかなくなっている。

 我々が魔王を打ち倒しフィンア帝国を取り戻す。

 巻き込まれないよう今のうちに逃げるんだな」


 そう言って森の中へ入っていった。


 

(多分あの力量じゃ返り討ちにされるだろうな)


 ルージュは森に背を向けて立ち去ろうとした。

 

 すると、空から一羽の八咫烏がルージュ目掛けて突っ込んできた。


「うわ! ……このカラスは、ロビンソン(今回の管理局の調査員の1人)が手懐けていたペットだ」


 足に紙が折られて結ばれている。伝書鳩のようになにかを伝えにきたのだろう。


「小型ゴーレムがあれば連絡ができたろうに……」


 文書に書かれた内容を読んで、息を飲んだ。


『XX番地の旧政府管轄の研究施設廃墟、要調査。

 人を石化させる"壁"に注意。私はもう助からない』


 


   *      *



 

 ルージュは急いでもう1人の局員アーロンと合流し、廃墟に忍び込んだ。


「なあルージュ、ほんとに大丈夫なのか? この文書自体が偽造で、罠に誘い込まれてるんじゃあないだろうな」


「筆跡は本人のものだ。魔法で細工された痕跡もない。ただ本人が脅されたか操られて書かれた場合はやばいな」


「う……書いてある内容通りと信じるしかないか。壁に気をつけていれば避けられる程度であると。アイツが助からないことも、同時に認めることになっちまうが」


 

 しばらく、建物の階段を登っていく。


 5階に向かう階段を見つけた。


「なあ、この建物、外から見たら4階建てだったぜ。どう思う? この階段を登ろうか。それとも壁面とこの階段が別問題と願って階段を探すか」


ルージュはアーロンに忠告した。ふたりは「せーの」で答えることにした。


「「せーの」」


「登らない」

「スルー」


お互い顔を合わせる。


「一旦1~4階をもっとくまなく探そう」

「賛成」



 

 改めて1階を探索すると、資料室の棚裏に隠し扉を見つけた。


「ここに扉に鍵が壊され捨てられている。

 ロビンソンなら魔法で解除しそうだ。廃墟だから、ほかのやつが冒険心で入ったか?」


 奥に付き進むと、テニスコート分はありそうな広間に繋がっていた。


 前方の壁一面に、何体もの彫像が"レリーフ"の状態で埋め尽くされていた。


「今まで犯罪捜査でいくつか悪趣味なものを見てきたが、もしかしたらこれがワースト1位かもしれない」


 ルージュは魔王のことを思い出した。


(もしやこれも魔王の仕業か?)


 しかし、部屋の残りの三面に目を移した瞬間、その考えは覆された。


「――ホルマリン漬けされた魔王の身体が、10、20……30体は横ならびに配置されている」


「なんだこれ。魔王の身体の、スペア? 石化魔法や彫像とどう関係があるんだ?」


「おいアーロン、彫像だけじゃなくてそっちのカプセルにもむやみに近づくなよ  一旦この部屋を出よう。

 魔王がやばいと思っていたが、旧政府自体がめちゃくちゃきな臭い気がしてるぞ。俺は」


 そうして隠し扉に向かった時、ふたりは絶対絶命のピンチを感じた。


「あ、生きた人間がここにいる」


 

 ある女性は羊を思わせる角を生やし、竜のような尻尾を引きずって入ってきた。

 手には、先程魔王城に向かった冒険者の首を持っていた。


「魔王、本人か――」



 

   *     *



 

 ルージュとアーロンの2人は、死を覚悟した。

 2人とも杖と魔道書を取り出したが、ルージュは一旦構えた杖をすぐに下ろした。


「な、ルージュ、なぜ!」


「……魔王は俺たちを見ても敵意を示さなかった。

(最初は感情の読み取れなさが不気味だったが)

 俺たちが交戦体制になった時、悲しそうな顔で魔王も構えをとったのを、見逃さなかった」


 ルージュはアーロンから魔王に視線を移して続けた。

 

「あなたは、私たちが戦う意思がなければ攻撃してこない。違いますか?」


 魔王は目の前に突き出した手を下ろし、冒険者の生首を彫像の前に置いた。


「私が攻撃をするのは『正当防衛』の時だけ。力加減が分からないから、ほとんどの場合相手が死んでしまう」


 淡々と答えた。


「この彫像はあなたが?」


「これは私が生まれた時から存在した。

『死んだら身体は美しい石像とする』と研究員が語ってた。相手から攻撃を仕掛けて来ても、やっぱり弔ってあげるべきかなと思って、この墓に入れてあげてる」


「ぜ、善意だって……」

 アーロンは混乱して、思ったことを声に出していた。


「? 弔いは悪意でするものではないでしょう」


「アーロン、横槍を入れるな。

『生まれた時から』と言っていたが、どこで、いつ頃生まれたんだ?」


「この施設で生まれた。

 そこのガラスが割れて中身の入ってないカプセルから。

 いつからかは分からない。気づいたらカプセルの水の中で研究員が色々と私に実験をしていた。やめて欲しかった」


「カプセルから出た理由は?」


「生まれた人間に『どうして生まれたの?』と聞いているような質問だと思う。上手く答えられない。

 ただ、私は異世界から何人もの人間の魂……それも恨みを持って死んでいく直前の魂をごちゃ混ぜにして作られた。カプセルから出てしばらくは理性などなかったかもしれない。

 思い返して見ればただ怒りを全方向にぶつけていた。気がつけばここで働く研究員全員の身体がバラバラになっていた」


 ルージュとアーロンは情報の多さやあまりの想定外の自体に混乱していた。


 何とかルージュは声を絞り出す。


「今、色々と困っているのだが……

 俺は人間が不審死した出来事を調査する専門職の人間だ。

 あなたが話した内容が事実かを、周りの資料などを用いて調査したい。しても構わないか?」


「私自体に危害を加えようとしたり、命を弄ぶようなことをしなければいいよ。

 あと、拘束されるのは絶対に拒否する」


「そうか……その、こっちにいるアーロンを一旦帰国させて、俺の活動国『クヴァンツ』から仲間の調査員や必要な道具を色々持ってきたいんだが、いいかな?」


「それは嫌、そこまであなたを許してないし、"ここ"の研究員のようなクズでないという保証がない」


「そうだよな、そうだよな」


 ルージュは悩んだ。

 

(おそらく、魔王と対峙した時ただ「逃げさせてくれ」と言えば逃げられただろう。しかし、今はもうそういう空気じゃなくなってしまった。ここで帰らせてくれと言っても不信感が募るだろう)


「今から魔王城に招いてくれないか?

 そこで色々語り合いたい」


 魔王は少し目を見開いたあと、また元の無表情に戻った。


「いいよ、着いてきて」



【後半へ続く】

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