テーブルは三角形 前編
『オンブル』という実在するトランプゲームを題材に執筆しましたが、ゲームを知らなくても読み進められるように描写しました。
『拝啓、カエデ様。
この度、ギルマン家の邸宅にて催される『娯楽殺人集会』に参加して頂きたく、筆を執らせて頂きました。
"オンブル"の名手である貴方は当然参加していただけると存じます。
日時はXX月YY日ZZ時。
くれぐれも時間厳守でお願い致します』
早朝、郵便受けから取り出した見知らぬ差出人の手紙を読んだカエデという女性は、手紙と共に同封された『片足を切断され泣き叫ぶ友人』の写真を見て、青ざめてその場で腰を抜かし動けなくなってしまった。
* *
ルージュ・フイユの妹カエデはクヴァンツ王国の首都グリーンリッターの地で名を知らぬものはいないほどのトランプカードゲーム『オンブル』の名手である。
貴族の社交界の間で金銭を賭け、3人で行うこのトランプゲームは専門誌で毎日選手の成績が張り出される程首都全体の流行になっており、もはや文化となりつつあった。
その戦略カードゲームの名手とあれば、カエデは『首都グリーンリッターの顔』と言えるような存在である。
「だからこそ、唯一の親族である俺がメディアに追い回されたり、管理局の仕事に支障が出ないように兄妹であることは一切外に出さなかった」
ルージュはハロルドに妹のカエデのことについて一通り説明した。
ハロルドはルージュと数年来の付き合いであったが、妹の存在を知ったのはおよそ一時間前だ。
カエデは写真を見つめて語った。
「写真に写っているのは、同じオンブル仲間の『ピエレッタ・グノー』です。
プライベートではなく、公共の場の交友関係では一番関わりの大きい人です」
(プライベートではなく――)
ハロルドはカエデの言い回しに"含み"を感じたが、一旦話の続きを聞くことに集中した。
「グノーはフェンシングの大会でも名を馳せている人物で、"文武両道"という言葉が似合っています。
そんなグノーが、あ、足を切断されて。むごい……。
それにしても、差出人の意図が分からないのです」
「『意図が分からない』とは?」
調書を執っていたハロルドは顔をあげて質問した。ルージュは何か察している様子だが。
「『オンブルの名手である貴方は当然』というような書き方がされてくるのですが、なんというか"当然"と言われてもピンと来ないというか。
グノーがされたことはほんとにむごいことですけど、そこまでグノーと私の仲は良くないです。
ああいや、仲が悪いという意味ではないですけど。
何かこう、『親友や親族』を脅して身代金や快楽殺人やデスゲームを興じるような雰囲気で、実際には『そこまで仲が深くない人物』をターゲットにして、本来の向こうが考えてそうな目的が見えないというか……"娯楽殺人"と"オンブル"も結びつかないし」
「……」
ハロルドとカエデは黙ってしまったが、ルージュが話を引き継いだ。
「ハロルドは首都グリーンリッター出身ではないし、"オンブル"を知らないだろう。
逆にカエデはオンブルを知り尽くしてるが故に『ライト層』がオンブルにどういう印象を抱いているか、に考えが及んでいない」
ルージュはトランプを取り出して適当にルージュ自身、ハロルド、カエデの前に手札を配った。
「オンブルは3人で競技する卓上競技だが"チームゲーム"だ。この意味がわかるか? ハロルド」
「えっと、そうだな。
各ラウンド毎に個人軍とチームに分かれて、最終的にはラウンドポイントの合計値で個人点を算出する。みたいな感じ?」
「正解。
臨時でパートナーシップが求められるため、社交の場で人気が出たと言ってもいい。
では次、単独プレイヤーと複数プレイヤーに別れると単独プレイヤーが不利に思えるが、このゲームのバランスは競技として優れている。
どうやってバランスを保っている?」
「単独プレイヤーの点数を倍にする?」
「残念不正解。
それだと手札を適当に配ったことのランダム性で理不尽な試合が沢山起こる」
(まあ点数2倍を採用する代わりに他の箇所でバランス調整しているゲームもあるだろうけど)
「正解は、『オークションで勝利ポイントを釣り上げる』だ。
手札の強さを各プレイヤーは推察して、持ち点をベットする。
1番得点を釣り上げた人物がソロプレイヤーとなり、残り二人はタッグを組んで対抗する。
誰もソロプレイヤーになりたがらなかった場合、そのラウンドは"流れ,パス"になって、参加料は次のラウンドに持ち越される」
ここでルージュは「週間オンブル」という雑誌を取り出す。
選手成績ページを開いた。
「ここにカエデの戦歴が書いてある。
ピエレッタ・グノー氏と同卓だった直近20試合の記録を確認したまえ。
7割は第3のプレイヤーが『単独宣言』をしており、グノーとカエデで3割を分け合っている」
カエデはまだ首を傾げたが、今まさにこのゲームを学んでいるハロルドが合点が言ったように手を叩いた。
「グノーとカエデの二人が"チーミング"してるみたいに見える!」
「な、私は真摯に競技に打ち込んでいるのに! しかも時折タッグを組むことは"戦略"を超えてルールだよ!」
「そりゃ競技の"手練"が観れば一目瞭然だけどさ――」
ルージュがカエデを諭す。
「――メジャー競技はミーハー,ライト層が居てこそなんだが、同時にちゃんと物事を見ずに中傷するカスも集まりやすくなるし、あることないこと噂されて独り歩きするんだよ」
ルージュは手紙に同封されたピエレッタ・グノーの足を確認して話を続けた。
「これは『復讐』の可能性が高い。
グノーと同卓になった試合で、オンブルの腕よりは"ギャンブル"優先で参加してそうな人物で、大金を失った人物……さらに付け加えるなら"試合終了時感じの悪かった人物"心当たりないか?」
カエデは記録表を眺めながら試合を順に思い返した。
「居る。コルサコフっていう男性が、試合終わり悪態をついてきた。当時の私は『自分から掛け金を釣り上げて何言ってるんだ』って感じだったけど」
「カエデもグノーも『守備』と『オークションで相手に釣り上げさせること』が上手いからな。
でもコルサコフは見抜けなかったのだろう」
「オンブル勝負の再戦を求めている?」
ハロルドが一番気になる点を問いただす。
「手紙の文面は『グノーのようになりたくなければ"正々堂々"オンブルで勝負するよな』と聞いてきているように読み取れる。
そしてこの写真――」
ルージュはグノーの足の切断面を指さす。
「――刃物で切ったんじゃない、体がブロック状になって崩れたような跡。そしてピエレッタの足の他に写真から見切れた誰のものか分からない第三の足」
「『ドッペルゲンガー現象』の可能性」
ハロルドは故郷の村で起きた事件を思い出した。
(詳しくは1・2話「触手の擬態」参照:パラレルワールドの自分と接近すると体が崩れていく現象のこと)
「コルサコフはグノーとカエデを"チーミングをする仲間同士"と思い込んでいて、復讐したい。
だからその写真でカエデを誘い込めると思った。グノーの片足を――しかも十中八九パラレルワールドのグノーも共に――奪うことで逃げられないようにね」
「私が行ったら、奪われる可能性はある?」
カエデは写真から目を離さずに聞いた。
「もちろん! もしや行こうとしてたか? 管理局員としても兄としても絶対認められない。
オンブルの勝負前にカエデの身体を欠損させて来る可能性だって高いんだし、そもそもオンブルのこの試合内容でチーミングだと思い込むやつに理屈は通じない」
「でもどうするんだルージュ。パラレルのカエデもグノーも生きてるなら助けなければ」
「……替え玉だな」
【後編へ続く】
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