竜人は作られた 後編
「また、あの感覚が、ワタシジャナイ意識ガ――」
タツキとハロルドが反応するより早く、竜人は咆哮をあげた。
ドラゴンのあげる咆哮を間近で聴くと、人間の聴覚では耐えきれず、しばらく音が聞こえなくなり、目眩、頭痛を引き起こし、平衡感覚を失わせる。
通常の竜の"サイズ"であれば確実に鼓膜は破れ、永久的に聴力を失うだろう。それどころか、音波の衝撃で脳・臓器がやられ死んでしまうものもいる。
竜人は人間サイズであったため命に別状はなかったが、それでもハロルドは耐えきれず音のない世界に入って行き、床に這いつくばった。
竜人はタツキに襲いかかる。
一方、ルージュは崩れて来た本の山から防御魔法で何とか身体を守り、本をかき分け顔を出した。
「あの咆哮……書棚をひっくり返すほどの衝撃!
ハロルド、魔獣調教が専門だから気にしてなかったが、別にドラゴン専門って訳じゃあないんだよな。
タツキは大丈夫だろうが、ハロルドはやばいかも」
一度身体を起こした後、再び屈んで先程まで読んでいた書物を散らばった本の中から探し出す。
「どこだ――あった。
律儀に日記を書いて研究の進捗と感想を記録するのは、この手の『孤独な研究者』の性か。早くタツキに伝えないと」
* *
「お前、なぜ竜の咆哮が効かない?」
竜人の目が爬虫類のような黄色の目に変異していた。
タツキは飛びかかってきた竜人からハロルドを抱えて避けた。『守らない』と先程ハロルドに伝えてきたが、実際には仲間を見捨てないのがタツキだ。
「ドラゴンテイマー、竜騎士だから」
「『なぜ効かないか』の原理を聞いてるんだ。竜騎士は答えになってない」
竜人はグルグルと喉を鳴らして、脚の鉤爪を巨大な猛禽類のようにカチカチと鳴らしながら間合いを近づけて行った。
タツキは槍を構えながら2つのことを考えていた。
①「人間を食人とするタイプのドラゴン」は人語を話すほどの能力はないはず。キメラ化したことで身につけた? それにしても違和感が拭えない。
②ユリア夫人の意識が戻る可能性がある中、殺してしまっていいのかどうか。
「ヴォアアアアアアアア!!!」
竜人が咆哮をあげて再び襲ってくる。
如何に竜騎士と言えど、片腕で成人男性1人を抱えながらの戦闘はかなりのハンデである。特に『不殺』との両立はタツキ自身の身も危険に晒した。
「がら空きだ!」
竜人がタツキに噛み付こうとした瞬間、頭上から半径1mほどの岩が突如落下して竜人に直撃した。
「が、があああああああ、クソ!! 翼がああああ」
タツキは岩を出現させた主が誰かわかっていた。竜人からは目を離さず、主に話しかけた。
「手助けありがとう、ルージュ。
しかし、また起き上がって来たぞ。保護が最優先だろうが、ここまで強いとそんな悠長なことは言ってられない」
「ああ。元から殺すつもりで岩を落とした。タツキも通常のハントのつもりで槍を突き刺せ」
ルージュの発言に、タツキは今まで目を離さなかった竜人からルージュへ視線を移した。
「……君らしくない」
「いいや、俺の判断そのものだね。
残念ながら既にユリア夫人は『2人とも』死んでしまっている」
「は? まさか」
「目の前にいるキメラは『ドム・レオン』だ」
* *
「ドム・レオンの部屋にはドムのサイズで作られた大量の女性モノの衣服、ウィッグ、着ぐるみなどがあった」
ルージュは竜人に銃を向けながら慎重に近づく。
工房で見つけた書物を取り出して話を続けた。
「日記には『モンスター女性になりたい』という記載があった。
最初のユリア夫人は研究が失敗して亡くなったそうだ。ドムが彼女と結婚したのは『肉体が好みだから』。身体を乗っ取って性的興奮とか色んな欲求を満たすつもりだったようだ」
ルージュの話を聞くタツキは『ドン引き』の表情で硬直して竜人に唖然と不快の眼差しを向けた。
「2人目をわざわざ異世界転生で呼び出すほどにご執心だった。
そして、キメラ合成に成功した。
しかし、その魔法の時点で"ユリア"自体は死んでしまった。
彼は、自分の意識、情報を『肉体は保った』竜人にコピーして植え付けた。そして自分のもうひとつの欲求である『人外の性的興奮を覚えるモンスターに食い殺されたい』という願望を叶えたんだ」
「オリジナルはもう死んでるのか!? そんな、書物のコピーや美術品の版画とはわけが違うんだぞ!」
「タツキ、それが普通の感性だろうよ。でもね、たまにいるんだよ。
自分が完璧にコピーされたモノがあれば、意識の連続性はコピー先に任せて、自分の命はいくらでも捨てれるってタイプがね。
しかも本人にとって最高の死に方だったようだ。幸せを享受しながら、あいつは竜人になって現に生きて目の前にいるわけ」
性癖はともかく、命の考えに関してはルージュ自身「近い価値観である」ということは言葉に出さず飲み込んで、タツキから竜人へ話相手を変えた。
「今の推察やこの記録書の記述への反論はあるか? 竜人。
実は『この記録書自体が捏造された文書』などと言い始めるか?」
ドム・レオンは演じるのをやめて、落石で使い物にならなくなった翼を引きちぎった。
「けけ……ユリアの身体程じゃないが、そのドラグーンの身体も俺好みだぜ。
ドン引きして構えが疎かになってるぞバカめ!!
さっきは効かなかったが今度は数倍の衝撃がある咆哮だ! 喰らえ!」
ドムが宣言通り『ヴォアアアアアアアア!!!』と先程の何倍もの大きい咆哮をあげた。ルージュは魔法でプロテクトしていたが、このレベルの衝撃,音波には耐えきれず、床に膝を付きうずくまった。
タツキも同様にうずくまる。ドムは今度こそ仕留めたと思った。
「お前の身体を堪能させて貰うぜえ!!」
瞬間、タツキは顔をあげて槍を正面に突き出していた。
「あ、が?」
ドムは胸元を槍で貫かれていることに気づいたが、次のことを考える前に絶命した。
「はあ……。欲求に対する行動力は目を見張るものがあったが、肝心の竜に対する知見と研究者としての腕は二流、いや三流以下だったようだ」
タツキは槍をドムから抜いて、タオルで付いた血を拭った。
「東方の竜……『龍』は音を耳ではなく魔力変換して角で知覚するんだ。
いらなくなった耳は海へ落として「タツノオトシゴ」となった。
私はこの伝説の因果か知らないが、聾者(耳の聞こえない人)でね。そもそも咆哮対策で常に耳を塞いでいても何ら問題がないんだ。
今までハロルドやルージュと会話したのは手話を元に魔力で補って多少視覚の外でも把握できるよう改良した会話だったんだ。
竜人、自分の角で『知覚』してたのに仕組みは把握してなかったんだな。
……もう『聞こえてない』から喋っても無駄か」
時間差で、だんだん聴力が戻ってきたハロルドとルージュが起き上がってくる。
「いや、僕にとってもその話ありがたいよ! タツキ!
大学レポートの内容に深みが増すからね!」
ハロルドの天然を効いて、タツキは『ドン引き』した。
「なあルージュ――」
「みなまで言うなタツキ、『大学時代に出自を友人にはちゃんと教えたよなあ』とか言うな。ハロルドはこういうやつだろ」
「全部言ってるじゃあないか!」
ハロルドはルージュにどついた後、『レポートの心配が無くなった!』とにやけ顔を隠さず呆れるルージュたちを尻目に筆を取りはじめた。