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【旧版】パラレルエージェント/多世界転移管理局捜査部門【再投稿】  作者: デューク・ホーク
エージェント:ルージュ・フイユ(3編7話)
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竜人は作られた 前編

「いやあああああああ!!」

 おぞましい"モノ"を森の近くの墓地で見てしまった村民3人が、命かながらふもとの村まで走って逃げる。


 3人のうち2人は間に合わず、"モノ"に襲われ食べられてしまった。1人だけ村の端にある自警団宿に間に合い、数分間言葉も発せられないほど息を切らして喘いでいた。

 

「どうだ、喋れるか? 一体何があった!」

 

「この村のレオン家の主が……竜と人間の間の化け物に、食い殺されていた! 目撃した他の2人の友人も逃げたが、間に合わず……」



 

      *      *


 


「では、翌週までにドラゴンの生態に関するレポートを作成するように」 

 魔法大学で教授の講義を受け終えたハロルドは、げんなりした容姿で帰り支度をしていた。


 多世界管理局の友人『ルージュ・フイユ』の"機転"により、管理局へハロルドも入局することになったのだが、時期が悪かった。

 管理局に入る以上、魔法大学は休学する必要があるが、現在の課題である「ドラゴンの生態」に関する論文を仕上げれば卒業できそうな段階なのだ。


 クラウス村で起こった『ウニキンチャク事件』当日に研修局員となってしまったハロルドには、まだ手付かずの論文に割く時間がない。

 しかし、ここで論文を諦め休学しても、管理局員としての人生が長引くかもしれず、退学になってしまう可能性もある。


 

 担当教授に相談したら

「じゃあ一週間で論文完成させるしかなくない?」

 ときたものだ。ハロルドは『頭が言い分一般院生の感覚がまるで分からない教授』に失望しながら管理局の建物に入っていった。



 

「ほんと、あの『触手の怪物』事件に巻き込まれてさえいなければ!」


  管理局の入口でひとりでに叫ぶ。周りの視線など気にしていられない。

 

「あれ、ハロルドじゃん。なんで管理局にいんの?」


 受付エントランスで大声で嘆いていると、来客室から見覚えのある女性がひょっこり顔を覗かせてきた。


「タツキ……タツキ・ドラコネッティ!

 久しぶりじゃあないか、そしてなんてグッドタイミングなんだ!」


 ハロルドが笑顔で"タツキ"と呼ばれた人物に駆け寄ると、タツキの後ろからつい先日も会ったばかりのルージュが手を振ってきた。

 

「ルージュ、もしかして君がタツキを呼んでくれたのか?」

 

「今回の仕事は"ドラゴン"絡みなんだ。『竜騎士/ドラグーン』のタツキの腕を借りたくてね。

 今回の事件はハロルド、君にも付いてきて貰うよ。研修局員として調査の補佐をしてもらう」

 

「現地調査第1回目に魔法大学時代の旧友たち3人で取り組めるのはありがたいね!」




   *      *



 

「今回調査するのは『レオン夫妻』だ。夫はドム、妻はユリア」


 現場へ移動中の馬車の中で、ルージュは魔道書を開き、調査依頼書を呪文で数倍の大きさに拡大してみせた。


「夫人ユリアは2年前に死亡した。理由は『病弱』と言われている。

 しかし、数週間前から亡くなったユリアに瓜二つの人物が主ドムが共に歩いているのを村民複数人から目撃されている。

 ドム氏は全然社交性がない人物なので、本人確認できる空気でもなく、怪談話として噂は瞬く間に村中に広まった。『幽霊がドム氏に取り付いている』ってね」


「幽霊が並行世界から連れてこられたユリアじゃないかの調査ってことか。

 でもあんまり、竜が関わってくる話と思えないけど?」

 ハロルドが帯同する竜騎士タツキ・ドラゴネッティの方をちらっと見る。

 

 タツキはやれやれと言った感じで応えた。

「昨日、ドム・レオン氏がユリア夫人に"食い殺された"らしい」


「……まじ?」


 ルージュが続きを話す。

「3人の村民が村の西側にある霊園に墓参りに行き日の落ちた頃、ユリア夫人の墓近くで目撃したそうだ。

 3人はあまりの恐ろしさに当然逃げ出したが、2人は間に合わず無惨に殺された。

 1人命かながら村の自警団宿まで辿りついて、何とか命拾いしたようだ。

 あたりを警戒しながら自警団が十数名集まって霊園と自警団宿の間の道中を確認したところ、2名分の死体が大きい牙と鉤爪で引き裂かれたような傷を負ってバラバラ状態で見つかった」

 

「生き残った村人が言っていたよ」

 

 タツキが情報を付け加える。

 

『ユリア夫人の肌が半分以上爬虫類の肌のように変異しており、火を吐きドム氏を燃やしながら食した、あんなに恐ろしい場面ははじめてだ』



 

   *      *


 

 

 クヴァンツ王国の南方、ルイズ村に到着した。

 村に女子供の姿は見当たらない。竜人の事件で村全体に厳戒態勢が敷かれ、自警団や筋骨隆々な男女が辺りを見回していた。


「多世界転移管理局の方々ですね!」

 自警団の1人がルージュたちをレオン家の家に案内した。


「見たところ、中流階級の家って感じだね。ちょっと狭いけど」

 タツキがリビングを見回しながら、感想を述べる。

「特に竜に関するシンボルや武具は見当たらないな」


「しっ、今、聴こえたか?」

 ルージュは人差し指を口に当て、ハロルドとタツキの2人に目配せした。


 タツキは耳上につけた竜皮のアクセサリーを抑えた。

「確かに、感知した」


 ハロルドも続いた。

「なんか、床下から獣のような声が……まさか?」


「そのまさかだろ、ハロルド。

 タツキ、槍を何時でも構えられるように」


「竜専門家のボクに対して指示か? まあ、ルージュの指示は的確だからな。

 ただ少なくとも、地下にいるのは純正のドラゴンじゃあないね。それだったらとっくに気づけている。

 竜因子を持つ竜人の可能性もなくはないが」


 

 3人は地下に続く隠し扉を探しはじめた。

 

 程なくして見つかった。ソファ横のカーペットの下、捲ると魔法陣が描かれている。


「随分"ザル"だな。辺境の村では大それて隠す必要がないと踏んだか、トラップか」

 ルージュは魔道書を取り出して数枚ページを破り、魔法陣の上にばらまいた。


 瞬間、切り離した数ページに、床から生えてきた触手のツタが群がり、巻きついて床底に消えていった。


「主人ドム・レオン氏が加害者か被害者か判断を保留していたが、天秤が傾いてきた」


 

 

 3人はトラップを破壊して、地下への階段を降りていった。

 段々と獣の鳴き声が大きくなっていく。それも2~3頭では無さそうだ。


 地下部屋に辿り着くと、檻には何頭もの"合成されたキメラ"と、左右に大きな魔法陣が2陣描かれていた。


「ハロルドに出題。このふたつの魔法陣はそれぞれなんの魔法で使う? 周りの素材なども観察して答えよ」


「ルージュ、普段魔獣調教専門の俺でもわかるぞ。

 左手に描かれた陣は『異世界転移者の召喚』。

 右手の陣は『合成』だ。しかも生物に対応できるようアレンジされてる」


「お、そこまで気づくとは。大学で同期だった頃より魔法陣知識があるね。

 一時は途中編入のタツキに追い越されて留年の危機だったじゃあないか――」


 ルージュはハロルドと昔話に花を咲かせていたが、タツキの顔を見て言葉を濁し、咳払いした。


「――ちょっと管理局員になってから、友を慮る心が薄れていたかもしれない。済まない」


 タツキは失笑しながら2人に目を向けた。

「2人に恨みはないさ。

 ただ、ボクを"この世界"に連れてきた魔法陣は、未だに慣れないね」


 タツキ・ドラコネッティは異世界転移でこの世界に召喚された。

 ルージュたちが学生時代の頃に、魔法大学全体の大スキャンダルとなる事件が起こり、タツキは完全に巻き込まれた形でこの世界に来たのだが、目の前の事件とは関係ない。


 


   *      *


 


「まあ、『ユリア夫人が病死して、"映し身"がパラレルワールドから連れて来られた』という見立てはほぼ正しいだろうね」

 ルージュは魔法陣や檻に入れられたキメラなどを眺めて歩きはじめた。


「竜人化させられた……のも多分合っているだろう。

 問題点は2つ

①ドム氏はなんのためにキメラを作った?

②『ユリア夫人の意思』で殺人が行われたか or『竜の意思』だったか。今の竜人の自我はどうなっているか」


 タツキは未だ構えている槍の持ち手に施された「タツノオトシゴ」の意匠を眺めながら答える。

 

「食用として人間を食べる種のドラゴンは、ハント対象になりやすい反面、人間や他の動物とコミュニケーションをとるような”思考”をそもそも持ち合わせていないことが多い。

 その場合、キメラ化した生物の自己認識の混乱はより顕著だろう」


「そのドラゴン種は、これとこれ?」

 ハロルドは所持していた『魔法大学で飼育している魔獣一覧』をタツキに見せ、しばらく話し込んだ。


 資料を3人で眺めていると、いきなり落雷のような音が上方から響いてきたあと、タツキの持つ槍に描かれた「タツノオトシゴ」のデザインが発光した。


「ドラゴンの魔力に共鳴して光るんだ」

 タツキは地上への階段に足を伸ばし駆け上がっていった。


「ハロルド!」

 ルージュが呼びかけながら天井を指差す。

「俺はもう少しこの工房を調べる。君はタツキについていって出来事をレポートしてくれ。

 管理局としても大学レポートとしても機能するだろ?」



 

   *      *


 


 空には暗雲が垂れ込める。


 もうすぐ雨が降ってきそうな中、村の霊園の中央付近に、2mほどの尻尾と翼を靡かせた女性がうずくまっていた。


「ハロルド、私の斜め後ろに付くように。

 あと一応確認するけど、魔法大学で護身術は習っているよな? 守りながら戦う気はないよ」

 

「あ……ははは。大丈夫」

 

 ハロルドは単位を落として追試でギリギリだった護身術の授業を思い返しながら、頼りなく返事した。


「まずは、そもそも意識があるのかどうかだな」

 タツキは槍を少し後方で構え、敵意だけじゃないことをアピールしながら慎重に近づく。

「ユリアさん……で名前はあっているか? 返事はできる?」


 タツキの声を聞いた半竜半人の女性は、恐る恐る顔をあげタツキに向けた。

 

「私は……とんでもないことをしてしまいました」

 

 もう一度俯いて、話を続ける。

 

「何が何だか分からなかったんです。異常な食欲に支配されて、目の前の人間を襲っていた。映像では自分の視点として見えていたのに、自我がそこにないというか、夢と現実の境のような。

 "自分の意思"に身体の感覚がだんだん同化していって、この手……恐ろしい鉤爪に滴る血や肉片の感触がリアルになって行くのが、本当に恐ろしくて」


 彼女は両手で頭を抱えた。

 

 タツキは彼女から目を離さずにハロルドに話しかける。

「キメラに対する取り決めはあっただろうか。そっちの方に私は疎くて。大学の魔獣管理に預けられるか? もしや人体実験には回されないよな」


「人間としての意識があるのなら"患者"的に扱われるはず――」


 ハロルドが言い終えぬうちに、竜人は小刻みに震え出した。

「また、あの感覚が、ワタシジャナイ意識ガ――」

 

 タツキとハロルドが反応するより早く、竜人は咆哮をあげた。


 

【後編へ続く】

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