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龍の落とし子 前編

「あ……ああ……うう」


 目の前にいる『物言えぬ捨てられた自分』を見ると、どうにも人間の"グロさ・性悪"を考えずにはいられなかった。


「これが"あの"ルカの愛なの……ドラゴネッティ家が守ろうとしたプライドなの……気持ち悪い」


 タツキという女性はルカ・ドラゴネッティに侮蔑と憐れみの混ざった顔を向けた。


「違う、違う違う違う違う!!! あなたは『タツキ・ドラゴネッティ』なんかじゃない!!!」


 ルカはもう壊れてしまっていた。


『言葉をろくに教えられず幽閉されたタツキ』と、『心が壊れてしまったルカ』のどちらがより哀れだったのだろうか。


 部屋の奥でドラゴネッティ家の没落を見届けるルージュは、ただ無言で姉妹を見つめていた。




   *      *




 1週間前。


「ワイバーンレースも最終コーナー!

 上空50mから川上の『レッドホット大橋』をくぐれ抜けて一位に輝くのは誰か!?

 先頭は『ムーチェン』!

 すぐ後ろを『ルカ・ドラゴネッティ』が追いかける!

 ほぼ並走して『ハロルド』と『ルージュ』が続く!

 順位は……ドラゴネッティが抜いた! ゴールロープを切った!

 ルカ・ドラゴネッティ一位! ルカ・ドラゴネッティ一位です!

 竜騎士の名門一族ドラゴネッティが人竜一体を見せつけたああああ!」




 クヴァンツ王国の各魔法大学で行われる競竜は、毎年沢山の人々が詰めかけ熱狂する。

『ドラゴネッティ家』は代々竜騎士の家系であり、ドラゴネッティ姓の騎手が出てくると、真っ先に注目されるのだ。


「"やっぱり"ドラゴネッティ家として負けられない試合でしたか?」

 インタビュアーの言葉に一瞬イラッとしつつ、あくどい笑顔を見せてルカは答えた。

「今年で竜騎士としての活動は引退しますわ。今後は最上級魔法使いを目指すので、どうぞよろしく」

 この発言は瞬く間に国中に広がり、賛否両論を巻き起こした。

 




「そもそも」

 

 翌日ルカはハロルドとのデート中に、昨日の発言の意図を語った。

 

「ドラゴネッティ家は代々『竜因子を持つ魔法使い』の家系だったのよ。

 別に絶対竜騎士になる必要なんてない。戦争が当たり前だった時代では時折騎士が出ているくらいかしら。

 それがここ20年くらいの"競竜"の盛り上がりで先代がプロモートしたのよ!

 私はありがたく力を魔法使いの能力として使わせてもらうわ」


「そうなんだ……あ、この苺うまっ」

 ハロルドは適当に受け流して苺狩りを堪能していた。

「苺をその場で練乳につけるってシステムを考えたやつは偉大だな」


「そこまで露骨に面倒くさがらないでくださる?」


「そうは言ってもなあ。

 僕自身本業は魔獣調教師で、競竜は趣味みたいなもんだし。

 ルカ、君はあんまり心から楽しんで競竜をできてないみたいだし、それで一位獲得してるから、競竜好きとしてはなんと言っていいやら」


「ま、競竜に完全に関わらなくなるのももったいないわね。

 今後はコーチとしてやっていこうと思ってるわよ?」


「へえ、僕はコーチング受けたくないなあ」


「あなたねえ……まあ、そもそも今回順位上位にいた人は私から教わる気はないでしょうね。

 ただ、今度行う魔法には騎手の面々に参加して頂きたいのよ。ハロルド、あなたも含めて」


「ふーん? 何するの?」


「上級魔法使いの証である"転生者召喚の儀式"をしたいのよ。

 せっかく私は竜の因子を持っているし。追加で――因子を持っていなくても――『騎手』という竜に縁のある人達を呼べば作業が捗る。

 騎士が同一空間に集まれば"竜因子"を持つ転生者を呼び込みやすくなるわ」


「……竜因子を持つ人を呼び込んでどうするの? まさか能力を奪うつもりじゃないだろうな」


「まさか、そんな野蛮なことはしないわ。

 私の家系に養子として迎え入れて、要因として補強するのよ。

 ま、私の弟子になってくれたら竜の力の拝借がすごく楽になって最上級を目指しやすいわね」


 ハロルドは怪訝そうに話を聞いていたが、お互い苺で腹を満たされたところで、儀式の話は終わり次のデートプランに移った。




   *      *




 数日あと、セントラル魔法大学の儀式場に、ハロルドはルカに連れられてやってきた。


「Τώρα ο μάγος δανείζεται τη δύναμη του δράκου και το μεγαλείο του Φοίνικα......(今、魔法使いは龍の力と不死鳥の威光を借り……)」

 

 ルカは異世界転生のために必要な詠唱をはじめた。詠唱完了に約5分ほどかかるという。


「まあ、ハロルドは当然いるよな」

 5分ほど経って、数日前競竜の騎手として見かけた人物が入ってきた。


「えーっと」

(名前、なんだっけ)


「ああ、君、競走相手の分析とかしないタイプ?

 名前はルージュ・フイユ。君と3位争いしてたやつだよ」

 

 ルージュはレース中に乗ったワイバーンの写真とゼッケンを見せた。


「ああ、よろしくルージュ。同じ大学だったのか」


「そ、『儀式召喚学』でドラゴネッティに誘われてね。後学になるかと思って」


「あれ担当ロバート教授だろ? 厳しいことで有名な。よく履修する気になったな」


「え、そんな難しく感じないけど」

 ルージュはルカに同意を求め、ルカも頷いた。


(あー、頭の良い奴らのムカつくやり取り)

 ハロルドは単位が危ないことを思い出して頭を振った。



「おや、メダル受賞者のお集まりじゃないか」

 ルージュが来てからさらに5分後、レースで2位になったムーチェンと、『儀式召喚学』担当教授のロバート(※)が入ってきた。

 

(※後に多世界転移管理局の局長になるロバートである)


「教授!? なんでここに」

 ルカは驚いて作業の手を一旦中断した。


「あれ、『上級魔法使いの証として儀式を行う』って言ってたから、"隠すようなことじゃない"でしょ?」


 ルージュがわざとらしく発言したあと、ルカに近づいて小声で耳打ちした。


「"竜因子持ちの弟子欲しさ"が本音だろうけど、失敗した時の尻拭いをこちらに押し付けられたら溜まったもんじゃないからね。事前に教授に話させて貰ったよ。

『陰口だ』なんてクレームはなしだぞ。

『在学生は儀式を内密で行っては行けない』。当然のルールだ」


「あなたねぇ」

 ルカはルージュを睨んだ。


(そんなに嫌悪感だすか?)

 ルージュは呆れた顔でまた儀式場の部屋の隅に戻った。





「――準備は整ったわ」

 ルカは魔法陣を一周して最終確認をはじめた。


「結局、俺たちが特にやることはなかったな」


 ムーチェンはハロルドとルージュに小声で言った。


「まあ、別に"竜の因子"を持ってる訳じゃなくて、『竜と共に過ごした時間が長い』って理由だからね。

 微弱な"竜の魔力"や、それに自分たちの魔力を合算した『騎手』としての力を貸すことに意味がある。

 儀式をする閉ざされた空間に一緒にいて、参加表明するだけでいいんだ」


 ルカは魔法陣に宝石を散りばめ、両手をかざした。

『今、契約の元に、この魔法世界へ現れよ』

 


 円陣の模様の線に沿うように各宝石が眩い光を放ち、円の軌道に沿って回転し出す。

 

 火が燃え上がった。

 

 水は噴水のごとく吹き上げる。

 

 砂が一面に広がり、そこから草木が勢いよくドーム状に覆われ、だんだんと地中深くに沈んでゆく。

 

 草木が覆っていた円陣の中心部に、一人の女性が眼を閉じて佇んでいた。

 


(やった、成功だわ!)


 ルカはニヤリと口角をあげた。


「すげ――」


 ハロルドが声を挙げかけるが、ルージュはハロルドの肩を叩き、人差し指を唇に当てた。小声で注意する。


「召喚された者と意思疎通を図り、契約が無事相違なく交わされ、相手に敵意がないか確認しなければならない」

 

「コホン。では、召喚に応じた淑女よ。名を告げていただけるかしら?」

「……」

 

 召喚された女性は目を瞑ったままである。

 

「あの、聞いていますか?」

「……」

「……無視しないでいただけますか」

 

 ルカの顔には露骨に冷や汗をかき焦りの顔が見えた。周りのゼミ生も互いに顔を見合わせ、不安な面持ちでいる。

 

「あの!」

 

 持っていた魔道具類を床にぶちまけて、手を女性の肩へ伸ばす。


「!!」

 道具が落ちたタイミングで女性は急に驚いて目を明け、当たりを見回し、怯える様に肩を竦ませ後ずさりした。

 

 ルカは相手に伸ばした手の行き場を失い、迷いながらゆっくり下ろした。

 


 少しシンとした間の後、ロバート教授が頭を抱えた。


「――失敗だ」


  ムーチェンが追撃する。

「契約の同意なしの転移は、かなりダメなタイプの失敗だ」

 

「ちょっと黙って!」

 ムーチェンの言葉になんとか返答したが、ルカの顔は蒼白だ。


「嘘、嘘嘘嘘ウソウソうそうそ嘘嘘」


 ルカは床に這って魔法陣のデザイン、術式を確認した。

 ずっと「嘘」という単語のみ反復して瞳孔を開かせて設計図と魔法陣を見比べるルカは正気を失う寸前に見え、ハロルドは書ける言葉がなかった。

 

 ルージュは一歩引いて状況を観察していたが、召喚から数分経って事情に気づいた。

 

「もしかして、耳が聞こえてないんじゃない。その女性」



【中編へ続く】

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