車椅子の騎士 後編
「この世界では、フェンシングの勝敗判定も電子化されていてね」
ビオラは片手剣の剣先を触って見せた
「精巧なボタンが取り付けられていて、鎧にも電気が流れている。有効範囲に剣先が触れると、電気が通ってブザーがなるんだ」
タツキは防具をつけながら、机に置かれたゴーグルを見つめた。
「VR場で戦う訳じゃあないんだ。興味あったんだけど」
「目の前にあなたがいるのに、わざわざ使うの?
剣が交わる感覚ってのは、まだ対応できてないの、目の前に対戦相手がいるなら直接やりたい――」
「いや、良いじゃないか。VRと実践のハイブリットでしましょう」
奥から、スーツ姿のOLがにこやかに入ってきた。
「……この方は、ゲームの広報担当のビシエさん。
まあ、実践に追加する形でのVRならいいか」
「あの、広報のビシエさん?」
ビオラが手招きする。
「VR側でフィールド選択とか、観客としてフィールド内プレイとかしたいのだけど、いいか?」
「ええ、いいですよ。今度Metubeの宣伝に映像を使わせていただけるなら!」
(Metube? フィンア帝国の資料集にはなかった情報だ)
「ご自由に」
ビオラはルージュとともにPCの前に座って、Virtual Realityのフィールドにダイブした。
「意図、わかるよね。ルージュ」
「ああ、この仮想世界でも、"魔力が濃い場所"があるかもしれない」
「魔法を使えば、視覚・音声以外の感覚も共有"させる"ことが出来るだろうね」
「ああ……しかし、この慣れない機械を身体につけてあの化け物に会うのは嫌だなあ」
フィールドには2席の厳つい車椅子が点対称に設置されていた。
次いでNPCの審判が前に出てくる。
グノーとタツキは車椅子に着き、片手剣を構え、距離を測る。
「椅子に座っているので、最初に剣が平等に相手に届き、いくらか攻撃を防御出来る距離か確認をする」
「了解」
広報の人が車椅子の位置調整と、下半身を固定するベルトを入念にチェックした。
「エト・ヴ・プレ?(準備はいいですか)」
主審が剣士二人に語りかける。
「ウィ(はい)」
「ウィ(はい)」
「――アレ!(はじめ!)」
ルージュは、フィールド場に集まってきた観客を観察していたが、フェンシングの決闘にどうしても目移りしてしまった。
「車椅子フェンシングという決闘を初めて見たけど、すごいな。
普通決闘で身体がその場に留まることなんてない。
その場に2人の騎士が固定されてると、あんなに素早い攻防が繰り広げられるのか」
攻撃が突き、相手が防御し、攻守交替してまた剣が交わるという攻防が一秒毎に行われた。
剣さばきは比喩でもなんでもなく早すぎて残像が見えるほどであった。
さらに、VR特有の「エフェクト」が観戦のしやすさを数段あげていた。
剣が交われば火花が飛び散り、有効な剣戟が相手に当たれば剣から相手騎士の身体に衝撃波が可視化される。
「この世界の"魔法"だよ。あのエフェクト」
タツキのアバターに衝撃波が走る。
「グノー! 1ポイントゲット!」
観客の声をONにしているため、様々な歓声があがった。
「すご! めっちゃかっけえ」
「VRもここまで来たか」
「防具をクリアにしてアバター同士の姿が見えて戦ってるのめっちゃいいな」
「グノー頑張れ!」
「タツキも負けるな! 竜騎士の鎧カッケー!」
そうこうしているうちに2戦目が始まった。このゲームは5本先取である。
「ピエレッタ・グノーの視点から見て、時計7時の方向。怪しい動きをしているアバターがいる」
ビオラは懐からキューブ状の魔道具を取り出した。
キューブは緑色を基調としているが、怪しいアバターに近づくと赤く光り出した。
「魔力濃度が濃くなってるんだ! ルージュ、気をつけろ!」
「気をつける?
君たち、VRを使いこなせていないな」
不信な男は、現実世界で集合しているルージュたち全員の背後に立った。
「仮想の身体なんだ、分身して同時に動かすなんてお手の物さ!
現代に蘇るニンポウ (忍法)だな!」
男は一番油断状態にあった広報の女性に飛びついた。
「え? え? 何、感触がある。気持ち悪い!!!」
「なんで触られてるか分からないだろう?
魔法で五感全てを共有できるんだ。まあ、魔法を使えないお前らにはわけが分からないだろうが――」
男が言い終える前に、吐血をして言葉が途切れた。
自分の身に起きたことが理解できないという風で、呆然と自分の口から出た液体を手に取って眺めていた。
「ピエレッタ・グノーは……この世界の"元々の住民"のピエレッタ・グノーはさ……魔法も使えないのに、魔法世界と縁ができちまって、それで四肢欠損で現代に返されたんだぜ?
管理局も『本人が元いた世界に帰りたがった』からって、はいそうですかと返さず護衛をつけてるだろ」
「ピエレッタ・グノー、お前……まさか」
不審な男はアバターがだんだん崩れていき、体のまわりに彫像が同化した化け物へと変質していった。
「私は『フィンア帝国出身』のピエレッタ・グノーだよ。
『カードゲーム復讐事件』で酷い目にあったけど、科学世界のグノーがVR上で起きてた変死事件を語っていてね。
気になるから、私と彼女で『世界を入れ替えた』のさ。
向こうの世界のグノーは今管理局の人間に守られている。
私は、観ての通り、『魔法剣』をずっと修練していたよ」
「こっちの世界でも護衛をつけてる。だろ。広報の人?」
ルージュは石化で取り込まれそうになってる女性を指さすと、女性はスライム状になって床に溶け落ちて、どこかに高速で移動してしまった。
「管理局に依頼を受けて護衛していたわよ。私が一番に攻撃されるとは思ってなかったけど」
「お、お前ら、騙したのか」
「こっちの世界に来た時点で魔力が沢山消費されるから、魔法が信じられてない世界で『魔力を扱える生き物』がそれを感知するのは容易い。
正直、ポスターを眺めてるあたりの猿芝居感はバレないかヒヤヒヤしたが」
「私がタツキに決闘を申し込んだのは本心だから熱がはいったわ」
グノーは片手剣をもう一本取り出し、石化の化け物に突き刺した。
「あ、があああ」
フィールドがホログラムのように崩れて、ある部屋に変容した。
化け物が仮想世界からフィンア帝国に繋げた"パス"の通ってる部屋で、一面が鏡張りになってフィンア帝国側が見えるようになっていた。
「あ、あああああ」
鏡の向こうには、カエデ・フイユ、ハロルド、そしてもう1人のピエレッタ・グノーが待機していた。
「お前みたいな気持ち悪い人間は、無慈悲に死ね」
ハロルドとカエデが手をかざすと、鏡の向こうのグノーが持っている片手剣が炎を纏った。
剣先が鏡をすり抜けて男の身体を貫く。
「ああああああ、命だけは助けてくれ、そうだ、フィンア帝国の研究で使われた全てを管理局に提供しよう!あれがあれば世界全体がいのままだ。他国から奴隷を奪ってもっと国谷組織を発展させることが――」
「うるさいな。さっさと消えろ」
「あぎゃあああああああああああああああああああああああああ」
石化の化け物は全身が炎に包まれ、灰となって朽ち果てた。
* *
「さて、ビオラ・ガーベラ、これからどうする?」
ルージュはビオラに問いかけた。
「統治、したくないなあ」
「とは言っても、多世界転移管理局の理念的にこちらとしても仮政府として動きたくないし」
「フィンア帝国があんなに腐ってたなんて」
タツキがフィンア帝国の資料を色々と眺めながら独りごちた。
「ここまで来たら、各自治区の政権争いは避けられないんじゃないか?」
「しばらくはビオラが統治してくれないだろうか。各国に状況を管理局が説明して回るから」
ロバート局長がビオラに頭を下げる。
「……わかりました。
ルージュ、タツキ、グノー。近いうちに遊びに来てくださいね」
「あれ、僕は?」
ハロルドがカエデに尋ねる。
「私もあなたも裏方でビオラと全然関わりないでしょ。脇役も脇役よ。
今後仲良くできるといいなあ」