彫像に近づくな 後編
「今から魔王城に招いてくれないか?
そこで色々語り合いたい」
「いいよ、着いてきて」
アーロンは「マジかよ」と項垂れたが、ほかの案がアーロン自身から思いつくわけでもなく、覚悟を決めてルージュと共に魔王のあとに着いていった。
隠し扉を経て、1階の廊下に出た時、アーロンは廊下の壁に掛けられた鏡に気づいた。
(こんな鏡、来た時に置いてあったであろうか。鏡全体がくすんでいて、灰色に見える……)
「おい、アーロン!」
ルージュが杖を取り出しアーロンに魔法をかける。アーロンは後方に吹っ飛んでいった。
鏡からは触手が出ていた。
ルージュが調べようとすると、魔王はルージュを抑えて止めた。
「あれは人間を石化させる触手。まだ生きたいと思っている人は触ってはいけない」
「さっき通った時はあんなのなかったぞ!」
「分からない、なんで――」
魔王が言い終える前に、アーロンが吹き飛ばされた方向から、足音が近づいてきた。
しかし、音の主はアーロンではなかった。アーロンが異型の触手まみれの生物に取り込まれだんだんと石化していった。
「な……あれは、なんだ? 魔獣?」
「私は、人間だよ」
異型の怪物は話を続けた。
「旧政府の人間どもに石化魔法の技術を教えてやったんだ。
あいつらは人間を売買して金銭を儲けたり奴隷を増やしたり、性奴隷で欲を満たすことに苦心していたからな」
ルージュは魔王をちらと見たが、その表情は嫌悪に包まれていた。
「そこのホムンクルスは、苦しむ人間の人格をどんどん混ぜていったらどうなるか知りたかった研究者が御しきれなくなって暴走した怪物だ。こいつのせいで石化されて苦しみ絶望する人間がとんと見てなくなったのは残念だ」
(お前の方がよっぽど人間の原型留めてねーっつーの)
ルージュは直接言ってやりたかったが、思うだけに留めた。
「私はそのホムンクルス――今や世間に"魔王"と呼ばれているが――の暴走で逃げ惑ったが、あの『壁面』に触れて開発者である私自身が取り込まれてしまった。
しかし開発者として仕組みは知っている。石化される額縁の世界で生きていける"魔獣"へと自分の身体を改造したのだ……おかげで『壁の中』から時折生きて取り込まれ石化していく人間を感じられて絶頂ものだったぞ」
魔王は異型の怪物に嫌悪の眼差しで睨んでいたが、だんだんと絶望の色が混ざってきた。
「弔った人間は……」
「ああ……表面が石化した後中身は美味しく頂いたよ。この魔獣の身体になってから、人肉が美味しく感じるなあ〜。
さっきの"アーロン"っていったか、彼もちょうど今食べ終わったところだ」
化け物の側面に取り込まれたアーロン姿の"石"が、異型の触手で叩かれ崩れた。中身は空洞であり、いくらかの肉片がくっついていた。
「そのまま続けば良かったのに、そこの管理局だかなんだか知らない奴らが調査して石化魔法を食い止めるだって?
絶対絶対ぜったいぜったいゼッタイゼッタイゼッタイにそんなことはさせん!!」
異型が魔王目掛けて攻撃してきた。しかし、臨戦体制の魔王の目の前で直角に触手が曲がり、ルージュに突っ込んできた。
「まずい!」
魔王が触手を引きちぎると、両手がどんどん石化していった。
「あああ」
ルージュは魔王に呪文をかけた。
「στάση(止まれ)!」
そして魔王を抱えあげて廃墟入口まで一目散に駆け抜けた。
出口が見え、全速力で逃げるが触手がどんどん近づいてくる。
触れそうになる瞬間、空から巨大なドラゴンがある女性を載せて廃墟に突撃してきた。ドラゴンは炎を異型に吐きかけながら、騎乗する女性は襲われたふたりを抱えあげる。
(八咫烏に託した手紙、上手く届いたか!)
「な、なんだあの化け物!」
竜騎士タツキ・ドラゴネッティが手綱を操作して急速にUターンし、化け物から距離をとった。
「今あいつの相手をしてる余裕は無い。今すぐあの山も頂上の城に向かうんだ!」
「えっでもあそこは魔王城――」
「城の持ち主はここにいる! いいよな!?」
ルージュは魔王に聞くと、苦悶の表情をしながら頷いた。
タツキは衝撃を受けながらも、一旦思考を竜騎乗に専念し魔王城に向かった。
「君、名前聞いてなかったな。なんて言うんだ?」
ルージュは魔王の石化しかけている両手に杖を当て続けながら尋ねた。
「ビオラ……ビオラ・ガーベラ」
「ビオラ、もう少しの辛抱だ。その手、治してやるからな」
* *
魔王城で、30分間ずっとルージュは魔王の手に杖をあてがい詠唱し続けた。
「――どうだろうか。ホンの手の平の一部分だったので、進行を妨げる魔法をかけて、後数日すれば石化部分は剥がれるだろう」
「……とりあえず痛みは引いてきた。感謝する」
「ルージュ」
タツキが落ち着いたのを見計らって声をかけた。
「どうなってるのか、教えて欲しい」
「それは――」
「――というわけだ」
「……その化け物、どうするんだ。野放しで言い訳ないだろ?」
「多分、あいつが強力過ぎるのは」
ビオラが二人に考察を伝える。
「別の世界から、魔力と養分を無尽蔵に吸い取ってるからだと思う」
「……確かに、そもそもの石像の事件はパラレルワールドから連れて来られた人間で石像が量産されてることが発端だ。
どこかの並行世界を植民地みたいにしてるのか」
「石像とは別ルートで作られたのが私だから、よくわかる」
ビオラの発言にルージュとタツキは押し黙るしかなかった。
「どうすればいいんだろうな。『向こうの世界にいって、反対側から"パス"を切る』とか?」
「ルージュ、できるの? そんなこと」
「……できるな。2人とも、多世界転移管理局に来てくれ」
* *
タツキは何度か管理局の来客室には入ったことがあったが、建物中央に位置する『儀式場』に足を踏み入れるのははじめてだった。
「う……自分がこの世界に召喚された時を思い出すね」
「大丈夫?」
「まあ、召喚した張本人とはその後も会話したからね。ここ一年くらい会ってないけど」
少しの間儀式場で待っていると、管理局局長が3人の前に現れた。
「ルージュ、調査・報告ご苦労であった。そしてパラレルワールドへの転移の許可が出たぞ」
「そこで許可が出ないと、この管理局の意義が薄れますよ」
「タツキくん、久しぶりだね」
「ご無沙汰してます、ロバート局長」
「魔王ビオラ・ガーベラくん、はじめまして」
(くんって呼ばれた……)
「あの化け物を倒せる?」
「できるできないではなくやるしかないだろう。フィンア帝国に出現した石化の怪物は放っておけばいずれ世界に災害をもたらす。
一刻も早く討伐せねば」
局長は儀式場の床一面に描かれた魔法陣中央に3人を立たせて、詠唱をはじめた。
「Τώρα ο μάγος δανείζεται τη δύναμη του δράκου και το μεγαλείο του Φοίνικα......(今、魔法使いは龍の力と不死鳥の威光を借り……)」
詠唱後、ロバート教授は魔法陣に色とりどりの宝石を散りばめた。
宝石と魔法陣が触れた瞬間、魔法陣の周りに霧が発生し、中央の三人、ルージュ、タツキ、ビオラを覆った。
数十秒後、霧は晴れていった。儀式場には、ロバート局長が1人立ち尽くしていた。