01:死亡、アーサー・ランスロットに転生。
死んだ。
自転車に乗っていたら一時停止をしていない車にはねられて死んだ。
まだ二十四歳なのに、まだ人生で何もしていないのに、まだ親孝行もできていないのに、死んだ。
だけど死んでみれば特に後悔の念もない。誰しも必ず死が訪れるものだからそれが早く来ただけ、他の人たちに何も残せないまま。
ただ俺をはねた運転手は恨みしかない。あの運転は絶対に俺をひかなくても今後死傷者を出していた。
はー、死んだものは仕方がないにしても……死んだのにどうして俺の意識はハッキリとしているんだろうか。
もしやこれが俗に言う異世界転生なるものか。
それならば神さまとやらにご挨拶をしなければ……うん? 周りを見ようとしても何も見えない。
よくある真っ白な空間に光がぁ! みたいなことが起きると思っていたが全く起きない。それに声も出ないし体を一切動かすことができない。
はぁぁぁぁ、思考しかできないのなら仕方がない。今のうちに定石通りなら神さまにどういう二度目の人生にするかを聞かれると思うから、考えておこう。
あれだな、特にこだわりはないな。
チート能力を貰うとか、ハーレムを築くとか、男としてはいいと思うし全然アリだ。
でも俺ってたぶん根っからのモブキャラだからそういうスポットライトが常に当たっているとかちょっと考えられない。
どうせなら平民の子供に生まれて、少し貧乏でも平凡な暮らしを送って、友達とか恋人とか普通に作って結婚して子供を作って、死ぬ間際に二度目の人生は普通だったと言って死にたいものだ。
でも異世界には興味がある。魔法とかスキルがあれば面白そうだなとは思う。
だがチート能力とかもモブキャラだからなくていい、というかあったら困る。モブなんだからそうでなきゃな。
俺の周りで主人公みたいなやつがいるのはいいけど、モブとして回りから見るので十分だ。誰が主人公みたいにやるんだよ。しんどそ。
まあそれが無理なら主人公をサポートする立場は面白そうだ。
『その願い、叶えさせるわけにはいかぬ。何故なら我は魔神なり!』
えっ、急に声が聞こえてきたと思ったら思考に語り掛けてくるタイプでしたか。
あっ、もしかしてもう願いを叶えてくれるんですね、それはそれはどうも……今なんて?
『ではさらばだ!』
いや、もう少し会話しません? 魔神とか聞こえたんだから姿を見せてその威厳を見せてくれてもぉぉぉぉぉぉぉぉ……。
☆
何だ、この目の前の外国人のおっさんは。イケメンだな。
ていうかちけぇんだよ! そんなに顔を近づけてもいいことないだろ!
……何だ、この違和感は。顔が近いイケメンなおっさんが大きい気が……あっ、これ俺が小さいんだ。
しかも解放感があると思ったら何も着てないし目を動かしたらこのおっさんと並び立ったら絵になる美女が少ししんどそうにしてベッドに横になってこちらを見ている。
あっ、これ異世界に生まれた瞬間なのか。あー、部屋の感じから普通の家庭じゃない気が……。
「お前の名はアーサーだ、アーサー・ランスロット。ペンドラゴン王家を支えるランスロット公爵家の次期当主として相応しい名だ」
……ちょっと待ってください。アーサー? ランスロット? 何だか欲張りセットになってますけども?
それに公爵家? えへぇ⁉ このお子さまアーサー・ランスロットは王家に仕える公爵家の次期当主? うへぇ?
拝啓、前世の母上、父上。
今世にて公爵家の次期当主になりました。
……いやだぁぁぁぁぁぁぁ! どうしてモブとして生きられないような人間に生まれ変わったんだよぉ!
☆
今世のお母上様にお乳をもらう生活をして早一ヶ月。いやぁ、こんな美人な女性のお乳を飲めるのならこの赤子の生活は悪くない。
だってこれが今の俺の当たり前なんだから誰にも変態とは言わせねぇよ!
それにしてもてっきり乳母がお乳をくれるのかと思ったらお母上様だった。まあ聞きかじっただけの知識だから当てにはならんが。
こうして赤子として生活していると寝るかお乳を飲むかで起きてしまったら暇だから部屋の中やお母上様に抱っこされて色々な場所を観察していると、前世ほど文明は発達しておらず魔法が主な世界となっている前世では当たり前なファンタジーな異世界。
えっ、この二度目の世界でアニメとか漫画がないってことか? それにスマホ大好きっ子である俺にスマホを奪い取るとは……異世界転生は大いな代償を支払っているようだ。
少し暇だと感じればスマホを手に取り、何も考えていない状態でスマホをいじるというルーティーンになっていたのに……!
異世界転生したラノベとかは、まあ物語の世界だから魔法を極めようとか前世知識でチートとかあったけど、それよりも現代文明の方が大好きなんですよ、俺は。
スマホがなくてネットもないとか、俺は何を活力に生きて行けばいいんだぁ!
異世界転生に憧れているやつらは、結局ラノベとか読んでそう思っているわけだろ? それがなくなっている生活なんて普通考えられないだろ!
異世界自体は面白そうだからいいけど、一、二年くらいで十分かなぁ。
赤ちゃんだから話してしまえば怪しまれるかもしれないからため息すら吐けない状況で、何か手のひらに大きなものが乗ったのが分かった。
「……え」
思わず声が出てしまったことで周りに聞かれていないかとか考える暇を俺に与えてくれない事象が目の前で起きていた。
俺の手の上には前世では多くの人が持っていた依存症の権化、『スマホ』が存在していた。
えっ、どういうことですか? 何でスマホが俺の手のひらの上にあるんですか? しかも俺が持っていたスマホと同じ型だ。
えっ、同じ地球人がこの空間にいて俺の思考を読んでスマホを出して貴様を見ているし知っているぞとか言ってんの?
それとも魔神だと名乗ったけど考えを改めて俺に少しの慈悲を与えてくれたの?
それとも、俺が作りだしたのか。一番あり得そうなのがこれなんだよなぁ……。
「あら、これは何かしらぁ……?」
近くで読書をしていたお母上様こと、スザンヌ・ランスロットお母上様が俺の手のひらにあるスマホに気が付いてしまったぁ!
ほわほわとしているとしか言いようがない長い金髪が波打っている我が母上のほわほわパワーでどうにかしてくれぇ!
「見たことがない物ねぇ……ベラはこれが何か知っているかしらぁ?」
「いえ、見たことがない物です。それに先ほどまでアーサーさまの近くには何もありませんでした」
この空間には赤子である俺とお母上様と完璧メイドである、亜麻色の長髪をポニーテールにしているベラの三人だ。
しかし、ほわほわとしているがさすがは公爵家の婦人でかなり鋭いお母上様と、俺の気分を見透かしているような完璧なメイドのベラという、厄介でしかない二人なのだ。
息が荒くならないように、そして何もかもバレないように純真無垢な赤子のフリをすることに全神経を注ぎ込む。
「それなら誰がこれをぉ?」
「一番可能性があるとするならば……」
「そうよねぇ……」
二人が俺の方を見てきたから、ここで俺の渾身の演技を発動するしかない。なぁに、赤子の経験は二度目だぞ? 前は記憶にないけど。
「あうわぁ~」
一ヶ月では少し早すぎる発声な気がするが、今は仕方がない。
「怪しいわねぇ」
「怪しいですね。生まれてから泣き声を上げずに死んだ目をしていた、一瞬本当に死んでいるのかと錯覚させるような赤ん坊が……これほど赤ん坊のようなフリをしているのは不可解です」
えっ、俺そんな目をしていたのか? もう手遅れかどうかは分からないけど、これから赤ん坊に徹しなければどこかでボロが出かねない。今のように。
しばらく俺の純真無垢な瞳がお母上様と完璧メイドを見ていたが、二人はようやく諦めてくれた。
「……これ以上見ていても仕方がないわねぇ……これくらいにしておきましょうかぁ」
「はい。そちらの物はどうなされますか?」
「これは調べてもらいましょうかぁ。何か危険な物かもしれないからねぇ」
「承知しました」
はぁぁぁぁぁ、赤ん坊も大変だなぁ。物心がついてからでも良さそうだけど、そこは文句を言ってはいけない。
いや、そもそもこの人生すら文句だらけだが……俺を愛してくれている両親や姉たちを悲しませないためにもアーサー・ランスロットを生きなければ。
でもランスロット家を継ぐのはなぁ……そんな自分の人生をなげうってまでランスロット家のために、領民のため、国のために働くという考え方は俺にはない。
前世は一般人だったんだから自分のやりたいようにしていたんだから。
☆
やべぇ、ものすごくやべぇよ……本当にあいつ魔神だったよ……。
お母上様のお乳から卒業し、歩けるようになったり言葉を話せるようになったりと自由度が高い二歳になった。
俺の手にスマホが出てくるという通称『スマホ事件』が起きてから、不用意に何かを考えることをしてこなかったが、自由に動けるようになったということはメイドや姉たちの目を盗んでどこかに隠れれるようになったということだ。
大抵の場合はどういうわけか見つかるのだが、千回に一回くらいは見つからないからそういう時に自身にどういう力があるのか確かめた。
……確かめて、しまった。
色々なことを試した。
まずはスマホ事件と同じようにスマホを作り出そうとした。できた。
スマホ関連で家庭用ゲーム機を作り出そうとした。できた。
それならばと電化製品である掃除機を作り出そうとした。できた。
ここで、『これはもしかして俺が構造を知らないものでも作り出せる能力なのか?』と仮説を立てた。
仮説の通り、ありとあらゆる電子レンジからパソコンまで作り出すことができたから仮説が正しいと証明された。
すっげぇ便利! これは使い方によっては老後のお金をたっぷりと稼ぐことができる! とその時の俺は思っていました。
『あっ、ルーシー姉さんとかベラが来ていないかな……?』
そう考えた瞬間、ランスロット家の屋敷内の映像が事細かく頭の中に入ってきた。
えっ……? ってなるわな。その時の俺は『これだけ情報を入れても頭痛くない!』とか見当はずれのことを考えていた。
その数秒後、ことの重大さにようやく気が付いた俺氏。
そこで頭の中でよぎった仮説は『考え得るすべての能力を使うことができる』という悪魔のような仮説だった。
それを人は全能と言う。こんなモブキャラとしては赤点も赤点な公爵家に生まれてきたのに、その上まだそんな属性を付け足そうとしているのか!
だがその説が本当かどうかを確認しないことには分からないから……確認した。
およそ考えられることをすべて試し、結果仮説は正しかった。
くそっ! いや待て、仮説が間違っているということを否定できないから全能ではない! でもほぼ全能、万能よりも万能であることに変わりない。
能力を確認している時は何でもできて面白かったよ? これが頂の気分なのかと悦に浸ったけど、次の瞬間には気分が落ちた。
……二年前、俺がこの世界に生を受ける前に聞いたあの言葉。
『その願い、叶えさせるわけにはいかぬ。何故なら我は魔神なり!』
なるほど、俺の願いをどうしても叶えてくれないわけか。
俺がモブキャラとして生きたいと、チート能力がいらないと、そう考えていたからこうなったわけか……くそがぁぁぁぁぁぁ!
あの魔神、俺以外の主要キャラに跡形もなく消し去られろ!
あぁ、俺が主人公だったら主要キャラは俺の周りの人たちだよね! どうか俺以外の人が主人公であってください!